トップページ

突然ですが私は何を隠そう中年のオバサンでしかも肥満体です。

新林の山林で道に迷った1時間がこたえたのか、

かねてより調子の悪かった私のヒザが悲鳴をあげはじめたのでした・・・・。

かなりマズイです・・・。

しかしお不動さんの階段に座り込んだところで何の解決にもならないぃぃ〜〜〜、ので気力を振りしぼって江ノ島へ。

江ノ島はピーヒョロとんびが飛んでいました。

岩屋不動から江ノ島までは江ノ島弁財天の道標を見ながら進みます。時期的にどこのお寺も梅がきれいで天気もよかったので観光客がいっぱい!

そして江ノ島を見ながらお昼ごはん。時刻は午後1時半。やっと座れた・・・。40分ほど休憩。ふぅ。

龍口寺横穴墓(りゅうこうじおうけつぼ)

江ノ電 江ノ島駅からすぐ。

龍口寺横穴墓 龍口寺横穴墓 土牢
龍口寺横穴墓横の穴

たいへん立派なお寺です。
たつぐちでら・・?とか思ってたら「りゅうこうじ」でした。中世に土牢として使われていた横穴墓が1基ある、とある。たぶん「土牢」の表示のあった右上の開口部が横穴墓なんだと思いますはが、ではその横にある穴(左写真)は横穴墓ではないのか・・?中には高棺座のようなものがあって見かけは横穴墓に見えるのですが・・・。

「土牢だって怖いなぁ」とか言いながら老夫婦が見学していました。その前は墓だったと知ったらもっとずっと怖くなって良かったのではないかと思いました。次の光則寺でも気になりましたが、誰々が入牢されていた土牢、ではなく「古代の横穴墓で中世土牢として誰々が・・・」というふうに書いてもいいのに、と私的には思ったわけであります。



さて、ここからは江ノ電で江ノ島から長谷へ向かいます。

江ノ島駅 お洋服を着たスズメさん


これ江ノ島の駅前なんですが、さすが江ノ島!スズメもおシャレ。
晴れた日にサザン・オール・スターズな気持ちになって江ノ電に乗る。それだけで大層気分がいいものですが、ほとんどの乗客が海に釘付けになって右側の窓に集中するとき、我々は左側にへばりつかなければなりません。
鎌倉高校から七里ヶ浜駅間だけで怪しいモノを含めて6基の開口部を発見。市や県の崖条例とかで擁壁とかが築かれてしまうんでしょうが、それでも怪しげでおステキなガケを裏庭に持つお宅がたくさん見受けられました。あ〜、いいところですねぇ。

そして長谷駅から光則寺に向かう途中でみつけました。よもぎ大仏あんパンと観音クリームパン。リュックに入れっぱなしでちょっとひしゃげちゃったけど。

よもぎ大仏あんパン 観音クリームパン



光則寺谷横穴墓(こうそくじだにおうけつぼ)

梅の美しいお寺です。長谷寺のとなりにあります。

光則寺横穴墓1 横穴墓1内部

山門から見て正面右側の横穴墓。人が立っているのでわかりやすいですが、かなり大きな開口部。右はその内部。

光則寺横穴墓2 横穴墓2内部

左側の横穴墓。
中に入ってみましたが、棺座部分は高さ160センチくらいあります。


横穴墓に行くためには境内の端にある階段を上るか、左側の足場の悪い山道を登ります。ぐるりと一回りで済ませたいなら左から上るのをお勧めします。本当に足場が悪いので、下ってくるのはちょっと危険。
登るにも「本当にここを登るの?」と思うかもしれませんが、ヒザに故障を抱えている私でもなんとか回れましたので大丈夫です。内部まで入れる貴重な横穴墓です。がんばりましょう!

右は私の旅のメモです。ご参考まで。
山間コースから見える由比ガ浜は大変美しいです。

たて看板には「足場が悪くなっています。小さいお子様の遊び場になさらないよう・・・」とか書いてありました。横穴墓への案内板じゃありませんので悪しからず。

光則寺図説



さてここから歩いて鎌倉駅をめざします。
ゴールも目前です!

和田塚 和田塚駅

長谷から和田塚を通ります。和田塚は三浦半島の豪族和田氏の供養塔。かつて由比ガ浜一帯にあった古原古墳群の名残のひとつ。明治時代に道路を通すためこの古墳群は消失。

そして電車が通ったあと、線路の上をフツーに横断していく近隣の方々。鎌倉っていいとこよね。

ここで最後の目的地千葉ヶ谷横穴墓に向かいますが・・・
本にも個人所有地で現在無人のため確認できない、とありました。でもここは鎌倉市の市指定遺跡なんですよ。市役所のそばのいわゆる「出る」ので有名なトンネルのある山沿いにあるに違いないと目星をつけて探してみました。たぶん御成町16番地の家だと思われます。中に入れなかったので断定できません。でも門の横の壁面に横穴墓らしき穴が見えます。もし違ったら困るので写真は載せませんが、ご興味のある方は探してみては?

本日すべての旅程をクリアして鎌倉駅着16:55PM。・・・・・疲れました・・。

トップにもどる