ほのぼのしたのが描きたくなった。ほんとはDVネタ前編のはずだったんだけどさ・・・ま、いいか。こんだけフリーダムなサイトで季節なんかちっさい話だよ。
クソださい、垢抜けないナリのバルログ描きたかったらしい。

俗世間の男共が一喜一憂するバレンタイン・ディ。
今年はいくつもらえるか?意中のあの娘は誰にチョコを渡すのか?
極一部の例外を除き、男ならば誰しも一度はそんな青臭い思いを胸に、ソワソワと落ち着かない気持ちでその日を過ごしたことがあるはずだ。
しかし、セルダ家当主バルログ・ファビオ・ラ・セルダは例外中の例外であった。
彼は物心ついた頃より、バレンタインなどという俗なイベントに踊らされたことも踊ったこともない。彼にとってその日は、真に美しい者を敬うことを知る下々の者から、鷹揚な寛大さを持って貢物を受け取る日に過ぎなかった。
そんなバルログにとって、その日がいくらか特別な意味を持つようになったのは四年ほど前からだ。
ケン・マスターズと再会し、かなり一方的に好意を寄せられたのが運のつき。甘いマスクに似合わぬ強引さで押してくるケンの勢いにうっかり呑まれ、、気がつけば半同棲生活を営むに至っていた。
あらゆる面においてノリの良いケンは、イベントと名のつくものは一通り騒ぎ倒したいタイプの男だった。当然バレンタインも例外ではない。むしろ異様に燃える。
毎年毎年、その日が近づくと恥も外聞もなくあの手この手で『チョコおくれ!』アピールを展開するのだ。そのあまりのウザさに堪えかねたバルログが、『何故私が、貢がれる立場であるべきはずのこの私がっっ!男になど贈り物をせねばならんのだ?!』とキレつつも、適当なチョコレート菓子と彼自身の身体を捧げてきたのだ。

(何故あの男はもう少し大人になれぬのだ・・・)
自分より一つ年下の男は、バルログの目には随分と幼く写る。ファイターらしい逞しい体つきと、大抵の女がハンサムだと見惚れる顔立ちをしていながら、その表情からはいつまでたっても少年めいたものが消えないのだ。

(さて・・・今年はどうあしらってやろうか?)
実際のところ、バルログはケンにチョコレートを送ることをそれほど厭っているわけではない。ケンに対してどれほど邪険な言動を取ろうとも、根本の部分では嫌っていないのだ。
ただ、愛しているだのなんだのと口にするのは余りのも恥かしい。何よりも、バルログにとって『自分』というものはとてつもなく重い価値を持っている。
愛され、慕われ、貢がれる。それは構わない。だが逆はだめだ。それをすることを、彼の高すぎる気位は決して認めず許さない。
時にそうした性分を彼自身持て余すこともあったが、それを捨てれば自分は『バルログ』で在り得なくなってしまう。

「どうしたものか・・・オルガー?」
背後に気配を感じたバルログが振り返ると、そこには予想通りの小さな人影があった。

「ファビィ!」
ニコニコと屈託なく笑いながら、オルガーと呼ばれた青年は片足を引きずりながら、それでも元気にバルログに駆け寄った。

「オルガー!走るのはやめなさい!転んだらどうするのだ!?」
慌ててオルガーを抱きとめ、過保護な母親のようなことを言うバルログに、オルガーは『平気だよ!』と白くすべらかな頬を膨らませる。

「無理をしてまた痛みが出たらどうするのだ?ただでさえ冷える季節は身体に障るというのに・・・・・」
「ねぇ、ファビィ。買い物に連れて行って!」
長々と続きそうなママンのお説教を、オルガーは子供特有の強引さで打ち切った。

「買い物?」
「うん。デパート・・・・一緒に行こう?」
駄目?と可愛らしく強請られバルログは苦笑する。普段我侭らしい我侭も言わぬオルガーのたっての願いとあらば、たかが買い物を渋る理由はバルログにはない。

「もちろんかまわんが・・・おまえから買い物に行きたがるとは珍しいではないか」
歩行と呼吸器に軽度とは言いがたい障害のあるオルガーは、静かな自然の中をゆったりと自分のペースで散策することは好んでも、人いきれで蒸すようなショッピング・モールに自分から好んで行きたがることはまずなかったのだ

「ちょっと買いたいものがあるの」
「何が欲しい?」
物欲の乏しい青年がはっきりと『欲しい』と言うものに、バルログは多少の興味を覚えた。

「チョコレート」
「・・・・何?」
オルガーの口から出た言葉はかなり意外であった。

「あのね・・・ケンから聞いたの。もうじきバレンタイン・ディなんでしょう?」
「あの馬鹿が」
余計なコトをとバルログは舌打ちした。こんな仕草まで上品なのは流石と言うべきか。

「その日には、自分の好きな人にチョコをあげるんだって。だからね、僕はファビィとケンと、それから・・・ルガールにチョコをあげたいの」
「ルガール?」
オルガーの口から最後に出た名をバルログは問い返した。
自分やケンにチョコレートを渡したいというオルガーの気持ちはわからぬでもない。だが、何故そこにルガールが出てくるのか?

「うん・・・あのね?ルガールと僕は友達で仲良しなの」
「友達・・・・仲良し・・・・」
似合わない。それらの単語はルガール・バーンシュタインに壮絶なほど似合わない。

「ルガールはね、すごく優しいんだ。だから、僕・・・ルガールにもチョコrあげたいの」
ほんのりと頬を染め、初恋を語るように言葉を紡ぐオルガーにバルログは盛大な溜息を吐いた。
あの悪い大人にろくでもないことを吹き込まれていなければ良いのだが・・・。

「僕、チョコレート作りたい。手作りだと『気合』が沢山入って、それだけ気持ちも沢山伝わるんでしょう?」
「それもケンに聞いたのか?」
「うん」
本当に、本当にロクなことを教えない。バルログはオルガーという搦め手を使ってまで『男のロマン!手作りチョコ』をゲットしようとするケン・マスターズに頭痛を覚えた。格闘馬鹿の癖に、年々手口が巧妙になっていくのが腹立たしい。

「ファビィ・・・ファビィは僕の作るチョコなんか食べたくない?」
「いや!違う!!それは違うぞオルガー!」
悲しげに曇るオルガーの顔に、バルログは慌てて否定した。
オルガーの純粋な好意は、いつだってバルログのともすれば尖りがちな心を柔らかく包み、温かく癒してくれるのだ。

「オルガー、おまえはチョコレートの作り方を知っているのか?」
「あ・・・」
どうやら知らなかったようだ。

「私もそう詳しいわけではないが、基本程度ならば知っている。買い物の後一緒に作ろうではないか」
「うん!」
結局のところ、バルログはオルガーに甘い。そこをケン・マスターズに利用されているとわかったところで、無邪気に懐いてくるオルガーを突き放すことなどできるはずがないのだ。

数十分後。
バルログは彼的美的感覚からして有り得ないような、垢抜けぬ姿でショッピングモールに立っていた。
ダブダブのチノパンに着膨れたフォルムのダウンジャケット。黒のニット帽に小学生のようなツインテール。極めつけは似合いもしないプラスティック・フレームの伊達メガネときたものだ。ウィンドウに自分の姿が映り込むたびに、鉄の爪でガラスを粉々に叩き割りたい衝動に駆られる。
しかし、オルガーと共に国内で行動する以上、これは仕方のないことなのだ。
若くしてスペインにおいては国民的英雄とも言えるマタドール界の頂点に立つ美貌の青年貴族。それがバルログなのだ。これだけ揃えばどこで何をしていても嫌でも目立つ。
自分一人の時ならばそれも構わない。人気商売とはえてしてそういったものと割り切っている。
ケンと共に在る時でも、お互いある程度慣れているし覚悟もできているから構わない。
だがオルガーは違う。
彼にはその手のことに関する知識も覚悟も何もない。いきなりカメラのフラッシュをたかれ、質問攻めにでもされればストレスからフラッシュバックを起こし、発作の引き金にもなりかねないのだ。
オルガーと行動する時はとにかく目立たぬように。それがバルログが自らに課したルールだった。

「ねぇファビィ・・・・いろいろあるけど、どれがいい?」
一方ルガールはそんなバルログの思いも知らず。大好きなファビィとのたまの買い物を大いに楽しんでいた。
手作りチョコの原材料であるクーベルチュールチョコを両手にもってバルログに差し出す。

「ああ、チョコと言っても色々な味があるからな。どれが一番かは個人の味の好みにもよるが・・・・・」
「ルガールは甘すぎるのは嫌いだと思う」
「・・・なるほど」
再び出てきたルガールの名に、バルログは形の良い眉をしかめた。
一体あの手練は、いかような方を用いてオルガーの心をこうもしっかりと捕らえたものか?
少し、ほんの少しだけ悔しいとバルログは思った。

「では、これが良いだろう」
そう言ってバルログがオルガーに手渡したのは、最高に甘いミルクチョコレートだった。