〜崩壊あるいは回帰再生〜

赤い。

目に映るもの全てが。

紅い。

手に触れるもの全てが。

朱い。
感じる得る全てが。

空が墜ちて来る。大地が沈んでゆく。


「暗い・・・・」
暗赤色の闇が来る。覆われる。喰われる。潰される。


「闇が・・・・・・・闇が・・・・・・・」

怖イ 助ケテ

「闇・・・・・・が天・・井を・・・・覆・・・・う」

嫌ダ 出シテ 怖イ 怖イ 怖イ

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

あぁ、遠くで獣が哭いている。
哀れな獣。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアアあっぁあああああ!!!!!!!」

己の存在すらわからなくなった、哀れな獣。愚かな獣。

「闇が・・・・ヤミがぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

助ケテ。誰カ助ケテ。

誰・・・・・カ

「マ・・・・・マン・・・」

12月某日 14:30。
ドイツにて自らドクトリン・ダークと名乗っていた青年の自我が崩壊する瞬間を見届けた者は、無数に転がる物言わぬ屍のみであった。




〜拾遺物はお持ち帰り〜

ドイツのアウトバーンは良い。誰憚ることなく思う存分スピードを出せるのが爽快だ。
フルフェイスのヘルメットから零れ落ちる黄金の三つ編みをなびかせ、艶消しのブラックレザーを纏った優美な長身を完璧な角度で傾けてバルログはツーリングを楽しんでいた。
ちなみに恋人のケン・マスターズはイタリアのバイクを好むが、バルログの愛車は日本のYAMAHA R−6だ。元の作りが精巧である上に自分好みにカスタマイズしたそれは、彼の高すぎる美意識を満たすに足る仕上がりを見せていた。ことにカーマイン・レッドに塗り上げたボディと、厳選した皮を張ったチョコレート・ブラウンのシートは跨るたびにバルログの気持ちを高揚させる。よせばいいものを、『バイクに跨ったときのおまえってエロイのな』と発言した」マスターズ氏はその場でバックドロップの制裁を受けたものだ。

(そろそろ戻るか・・・・)
風を切り裂いて果てない地平を目指したくなる衝動を抑え、バルログは次の出口でアウト・バーンを降りた。彼は多忙な青年であった。表舞台で闘牛を演じ、裏舞台でデスマッチに興じ、貴族の現当主としての責務を果たす。シャドルーから抜けて大分負担は減ったものの、それでも身一つでは足りぬほどに忙しい。家業を父親に任せ切りにして格闘技馬鹿をやっている恋人とは違うのだ。今回の訪独にしても、あくまでビジネスのためであり、今は束の間の休息というわけだった。

帰り道は行きとは打って変わって緑豊かな風景が流れていく。
近代化された機能的な町並みのすぐ裏で、のどかな田園風景が広がる。それがドイツという国なのだ。
流石にアウト・バーンほどの速度をだすことは躊躇われたが、森林沿いの道には充分な広さがあり、ヘルメット越しにも感じられる冷たく冴え渡った空気にバルログは我知らず微笑んでいた。浮世離れした美貌ゆえに人形のように思われがちなこの青年は、口に出さぬだけで自然を愛し楽しむだけの情緒を充分に持っているのだ。


ふと、何かに呼ばれた気がした。
耳が捉えた音ではない。それでも、バルログは何かに呼ばれたことを疑わなかった。
格闘にはむろん論理が必要であるが、それだけに凝り固まっていては一流にはなれない。ことにルールに守られることのない地下では生き残ることすら難しい。優れた直感力はファイターにとって必要不可欠な資質であり、彼は生まれながらにして恵まれていた。

「何だ・・・?」
バイク路側帯に寄せ、豪奢な金糸を惜しげもなく宙に散りばめながらヘルメットを脱ぎ去り、バルログは自分を呼んだ何かに耳をそばだて、漠然と感じる気配に向けて慎重に歩き始めた。




眼前に広がる光景にバルログは息を飲んだ。

それは恐ろしく凄惨な光景だった。
揃いの軍服を纏った屈強な男たちが、一人の例外もなく地に伏し急所から流れ出した血で不吉に大地を染めていた。

その中でも無惨を極める死体が一つ。

爆発でもしたかのように付け根から爆ぜた手足。鋭利な刃物で裂かれでもしたのか、見事に縦真っ二つに断ち割られた胸から下腹部。切り刻まれた挙句引きずり出された臓物は悪趣味な陳列物と化し、少し離れた場所に転がっている首は恨めしげに宙を睨んでいた。

「ロレント・・・?」
バルログは肉塊と化した男の顔に見覚えがあった。軍人のための軍人による軍人の国を作ると息巻いていた夢見るテロリスト軍人。本人の望む肩書きとは異なるだろうが、バルログは男をそのように認識していた。

「見事な殺しっぷりだ」
バルログは殺人者の正確な手腕に感心した。ロレントは頭こそ気の毒であったが、決して弱い男ではなかった。卑怯も美醜も関係ないといわんばかりの軍事格闘術は、侮ってかかればバルログとて危険なレベルであったはずだ。

「それをここまで刻むとは・・・」
バルログは殺人者に興味を覚えた。その強さ。迷いのない徹底した冷酷さ。久しぶりに楽しい獲物に出会えたという気がする。
もっとも、凶行の犯人がいまだこの場に留まっている可能性は極めて低い。殺人現場で余韻に浸るような人間は、相当の阿呆だけだ。だが、運がよければ手がかりくらいは残っているかもしれない。
これだけの数を相手取っての死闘の直後に、完全に痕跡を絶って逃亡するというのは至難の技に違いないのだから。

「あれは・・・?」
死体の群れに眼を走らせれば、一人だけ異なる戦闘服を纏った青年がやはり地べたに倒れ伏していた。

美しい子供。

それがバルログが彼に対して抱いた最初の印象であった。
血の気を感じさせぬ白い頬を、色素の薄い金髪が額縁のように飾るさまは神秘的とすら言える。

「無粋な」
せっかくの整った目鼻立ちを、顔半分を覆うマスクで隠しているのは
如何せん勿体無い

このマスクの下を見てみたい。
バルログは己の欲求に正直に従った。

「美しい」
失神したまま動かない青年の口元からマスクを外し、バルログは極自然に呟いた。
素顔の青年は素晴らしく美しかった。
アーチ型の少し神経質そうな眉。小作りだが鼻筋の通った鼻。そして何よりバルログの目を引いたのはその唇だった。少女のような瑞々しさを湛えた唇は、少女にはない艶を帯びその質感はどこまでも柔らかだ。

触れてみたい。
そう思った時には、バルログは既に青年の唇を味わっていた。

濃厚な血の味がした。
そこに本来あるべき温もりはなく、マネキンのように冷たかった。

「どうしたものか・・・」
バルログは青年のやや小柄で華奢な身体を見やり、たっぷり30秒ほど思案に暮れた。
青年は負傷していた。それも、軽くはない傷だ。
4箇所ほど有り得ない方向に曲がった右腕は、おそらくリハビリをしても完全に元には戻らないだろう。砕けた肋骨と骨盤が皮膚を突き破り、象牙色をした骨片が覗いているのも気にかかる。夏場よりいくらかましであろうが、それでも剥き出しの骨が長時間空気に触れていたとすれば感染症の危険は大きい。

果たしてこの状態で命を救われ青年は嬉しいだろうか?
逆の立場で考えるならば御免被りたい。

「う・・・・・・ん」
青年が小さく呻いた。

「おい!」

バルログは青年の冷たい頬を平手で軽く叩いて覚醒を促した。叶うのならば、これからの行動を起こす前に彼に確認しておきたいことがある。
苦痛の生と安息の死。
果たして彼はどちらを欲するのか?生きるにしても死ぬにしてもそれは非常に重要な問題といえよう。

(おまえならばさしずめ、『生きてりゃ必ずイイコトあるから、とりあえず死ぬな!』とでも言うのだろうな)
バルログは単純明快にして健全な価値観を持つ自称恋人の顔を思い出し、少し疲れた笑いを唇の端に浮かべた。バルログにとって『生きる』ということは、それほど単純に色分けできる問題ではないのだ。

「ぅ・・・・・ぁ?」
どうした肉体の働きが青年にそうさせたのか、彼はバルログの腕の中で僅かながら瞳を開いた。

(これは・・・)
彼我の状況も忘れ、バルログは青年の瞳に魅入った。
金髪碧眼の美少年。そのような陳腐で安っぽい俗な表現をバルログは心底蔑んでいたが、今己が腕の中にいる青年はまさにそれを体現している。
光成す金糸の髪と、高貴な宝石の青を宿す瞳。それは西洋における美的価値の一つであり、バルログ自身も極めて上質なそれらを所有していたが、彼に言わせれば自身の髪と瞳は完璧なる美を構成するパーツの一つに過ぎない。
自身がかくも美しく在るのは金髪碧眼故ではない。真に強く美しき者に付随するが故にそれらは輝く場を得るのだ。
バルログ以外の者が口にすれば愚かしい自惚れ以外の何物でもない台詞であったが、彼の名工が彫り上げ命を吹き込んだとしか思えぬ唇から紡がれると、言葉は途端に真実味を帯びた。

(この瞳が大きく見開かれる様を見たい)
落ちかかる瞼の隙間から覗く藍をバルログは見詰めた。もはや彼の胸中にあるのは人命救助でも個人の意思の尊重でもなく、彼自身が真に美しいと認めたものへの探究心のみであった。

「目を開けろ」
欲望のままにバルログは命じる。
極論すれば、その瞳を心ゆくまで堪能した後に青年がどうなろうとどうでも良くなっていた。

「死ぬならば、その藍を私に見せてから死ね」
瀕死の重傷者に対してあまりといえばああまりな言い様であったが、これがバルログという男の本質なのだ。美という唯一絶対にして至上の価値の前には、世の中の倫理観など塵芥に等しい。

「見せろ」
青年の頬を両側から掌で挟み、接吻でもするかのように顔を近づける。
人形よりも美しい青年たちの秘め事めいたやりとりを見ているのは、幸運なことに木々の枝で羽を休めている小鳥たちだけであった。

「ぁ・・・・・・・かはっ・・・っ」
バルログの言葉を解したわけでもなかろうが、青年は一度だけ大きく瞳を見開いて咳き込み黒ずんだ血を吐いた。

「マ・・・・・・・・・・・マ・・・ン・・・」
虚ろな瞳を閉ざしながら、青年はそれを最後の言葉として再び意識を深い赤の中に沈めていった。

「ママンだと?私は男だ」
憮然とした表情で青年を見下ろしながら、バルログはこの先の行動を既に決めていた。

「もはやおまえの意思など知らぬ」
見開いた瞳があまりに美しかったから。
その瞳をもっとゆっくり見たいから。
バルログはそうした個人的希望により、青年本人の意思を猛牛をかわすように華麗にスルーして彼の生命を救うことにした。

これまたスカイプチャットでお話書いた流れからのラクガキ。
しゅーまさんがさ、バルログはライダースーツ似合うとか言うから、描きたくなったんだよ。似合うと思うよ。実際。あのスタイルの良さだし。似合わないはずがない。

個人的にはオルガーくんの公式コスはすごくエロイと思う。ケツのラインがとかさぁ・・・
EXの彼は細いね。この前久しぶりに見たけどやっぱり細い。バルログも細い。でも、ココではあえて体格差出してみた。趣味で。でも、このバルログはちょっとガタイ良すぎた。反省。蒼天描いた後だとどうしてもゴツクなるよ。人の体型の基準が狂うというか。

ついでにもう一つ反省。
オルガー君の右腕もっとグロテスクに歪めれ場良かった。血とか骨とか難しいね。猟奇ホラー見て勉強しよう。