ルガールの頬を赤らめた。
異様にキモイ!
何やってるだぁぁぁ親父ぃぃ!!
個人的にオルガー君の服描くの楽しかった。

最近金髪が好きだなぁ。
同じ金髪でも色合いが違うとかそういうの好き。

正しいチョコの食し方

2月半ばのドイツは恐ろしく冷える。厚手のコートを纏っていても、その冷気は容赦なく骨身に染み入り道行く人々の身体を震わせる。
それでも空港内は暖房が良く効いて暖かで、オルガーはさしたる寒さを感じることもなく迎えの男を待っていた。

「ルガール・・・」
待ち人の名を口にするオルガーの口元には自然と柔らかな笑みが浮ぶ。
バルログと一緒にあちこち汚しながら作ったチョコレートのできは上々。箱も包装紙もリボンもバルログと二人で選んだのだから美しくないはずがない。

(早く来ないかな)
贈り物を送られるのはとても嬉しいが、自信のある贈り物を誰かに贈るのはそれ以上に胸躍る楽しいイベントだとオルガーは思う。

「オルガー君?」
「え?」
見知らぬ青年に声を掛けられ、オルガーの顔に緊張が走る。

『知らない人についていってはいけない』
オルガーはバルログやケンにいつもそう言われているのだ。

「誰?」
オルガーは自分の正面に立つ青年を不躾なほど凝視した。

(何て・・・何て綺麗な人なんだろう。お人形さんみたい)
青年の美しさにオルガーは言葉を失くす。
彼は美しかった。とても、とても美しかった。
常日頃バルログや鏡を見つけているオルガーですら目を奪われるほどに美しかった。
仄青いほどに白い肌は人形よりも滑らかだ。光の加減によっては白髪に見えかねない色素の薄い金髪は、今は微かに緑がかった翳りを帯び、まるでそれ自体が発光しているようにも見える。

「私はアーデルハイト・バーンシュタイン」
「バーン・・シュタイン?」
青年の名乗った姓にオルガーは首を傾げた。
バーンシュタイン。オルガーが待っている男と同姓だ。が、ファースト・ネームが違う。年齢も容姿も何もかもが違いすぎる。

「あの・・・・」
「君の名前はオルガー君。間違いないね?」
「・・・う・・うん」
アーデルハイト・バーンシュタインと名乗った青年の醸す不思議な迫力に、オルガーは知らず後ずさる。

「私は父の、ルガール・バーンシュタインの代理だから警戒する必要はない」
「ルガール・・・子供いたんだ」
ルガールにこんなにも大きく美しい息子がいるなど、オルガーは聞いたこともなかった。おそらくバルログもないだろう。

「似てない」
脳裏に思い浮かべたルガールと目の前の青年を頭の中で並べ、オルガーは率直過ぎる感想をそのまま口にした。

「良く言われる」
苦笑する青年の顔はやはり人形のように美しかったが、根底に暖かな人間味を感じさせた。

アーデルハイトの運転する深紅のシャコタン・フェアレディZがバーンシュタイン邸につく頃、年頃の近い二人はすっかり打ち解けて話すようになっていた。
オルガーは自分に向けられる感情に敏感である半面、そこに善意や好意を感じれば幼子のように人懐っこい性分であったし、アーデルハイトは利かぬ気な妹と長年付き合ってきた経験から、懐いてくる子供には無条件に優しいところがあったため、彼ら二人の相性は非常に良かったのである。
アーデルハイトにしてみれば、あの一癖どころではない気難しい父がオルガーのような子供を愛でることに当初奇異の年を感じずにはいられなかったが、今はその気持ちが何となくわかるように思えた。

「さ、ついたよオルガー君。足元に気をつけて」
「うん。ありがとう」
長時間の歩行にまだ杖を必要とするオルガーを気遣ってアーデルハイトが手を差し伸べてやれば、オルガーもまた素直に礼を言ってその手をとる。
ほんの2時間ほど前に知り合ったばかりとは思えぬ自然なやり取りであった。

「ようこそ、オルガー君」
「ルガール!」
玄関で客人と息子を迎えるルガールの変わらぬ姿に、オルガーは嬉しそうに歩み寄る。

「ファーター・・・・会議は?」
「ああ、適当に切り上げた」
「あなたという人は!」
「アーデルハイト、客人の前だ」
生真面目な息子のクソ真面目な説教を、始まる前に片手で止めて、ルガールは小さな客人の肩を傷めぬようにそっと抱擁した。

「相変わらず細い・・・きちんと食事はとっているかね?」
オルガーの肉の薄さにルガールは眉をしかめる。不必要に肥えた肉体はルガールの好むところではなかったが、触れるとすぐに骨の感触ばかりが目立つというのも考え物だ。

「大丈夫。ちゃんと食べてるよ」
ルガールの抱擁を受け入れたまま、オルガーは幸せそうな微笑を浮かべる。
大柄で筋骨逞しい片目片腕の男を、世間の人間は随分と恐れているようだが、オルガーは彼を恐ろしいと思ったことはない。
オルガーにとってのルガールは、強く逞しく大きい、安心の象徴のようなものなのだ。

「ならばいい。何か軽めのもので遅い夕食にしようではないか」
「うん・・・あ・・・ルガールっ」
「何かね?」
「僕、ルガールに渡すものがあるんだけど・・・・・」
あれほどルガールにチョコレートを渡すことを楽しみにしていたというのに、いざこうしてその時を迎えると妙に気恥ずかしいのは何故だろう。

「ここだと・・・ちょっと」
「わかった。私の部屋に行こう」
いつも無邪気なオルガーの見せた恥じらいに、またぞろルガールの旺盛な好奇心は頭をもたげ始めていた。

「今日はすまなかったね。急な会議で迎えにいけなくなってしまった」
広々とした自室にオルガーを通し、手ずから淹れたコーヒーまで振舞って話しかけるルガールは、常の彼を知る者が見れば驚くほど上機嫌だ。
ちなみに、ルガールは余程気に入った者にしかこの空間に立ち入ることを許さない。ここ数年で許されたのはオルガーの他にはバルログとビリー・カーンくらいのものだ。

「ううん。僕、楽しかったよ?アーデルハイトとたくさんお話できて」
「ほう?あれを相手に会話が弾んだのかね?」
ルガールが知る限り、彼の息子はどちらかといわず無口な性質であったはずだ。

(あれもオルガー君の無邪気さにアテられたか)
妙なところで息子との血の繋がりを感じて苦笑する。

「私にあんな大きな子供がいて驚いたのではないかね?」
ルガールの目元に悪戯な光が見え隠れする。いい年をして自爆するような男なだけに、ルガールはこの手のサプライズが実はかなり好きだったりする。

「うん。びっくりした!だって、アーデルハイト、お人形さんみたいだし女の子みたいだし、すごく綺麗なんだもん」
「ぶっ・・・・!」
ルガールが噴いた。
確かにアーデルハイトは女顔だ。早くに逝った妻に生き写しの面立ちは、男としては随分と華奢で小奇麗であろう。
が、よりにもよってそれをオルガーに言われようとは!彼自身が美しい少女人形のようなオルガーに、だ。

「これは失敬」
ルガールは噴いてしまったコーヒーをハンカチで上品に拭い、一息ついて落ち着きを取り戻した。
これだから天然は怖いと思う。

「私とは、似ても似つかんだろう?」
意趣返しに、少しオルガーが困るような質問をぶつけてやった。が、

「似てるよ」
意外な返事が返ってきた。

「どこがだ?!車の趣味おかしいだろうがアレは?!!」
あまりに意外でルガールは思わず素で反応していた。

「ちょっと狭かったけど、いい車じゃない?」
「・・・・ありがとう。君は優しいな」
チンチラシートだけでも止めてくれと親としては言いたい。

「えっとね・・・・僕も最初は全然似てないと思ったの。アーデルハイトにもそう言っちゃったし。でも、よく見ると似てるの」
「いや・・・・どの辺が?」
これは是非わかるように説明してもらいたい所だ。場合によっては大袈裟でなく画期的発見だ。

「ちょっと怖そうに見えるんだけど、すごく優しくて一緒にいると楽しいの。もっとたくさんお喋りしたいって思うの。ルガールもアーデルハイトも。僕は二人とも好きだよ?」
「君という子はまったく・・・・」
アッサリとなされた一台告白に、ルガールはクリーム色の天井しかないことを承知で天を仰いだ。
子供の素直さ・正直さは時として凶器だ。そして実子に軽い嫉妬を覚えている自分紛れもなく狂気だ。

「アレはどうか知らぬが、少なくとも私は『優しい』などと形容される人間ではないよ。君はすこし世間の風評というものにも耳を傾けた方が良い」
そんな偽悪的な言葉で感情を紛らさせる術をルガールは充分に知っていた。しかし、今回は相手が悪かった。

「他の人の言うことなんて知らない。僕は僕に優しくしてくれる人が好き。ルガールは僕に優しいから、僕はルガールが好き」
「これは参った」
ルガール・バーンシュタインに心底から『参った』と言わせる。そのような偉業を成し遂げた者がいったいこの世にどれほど存在するのだろう?

「君は君自身の目で見耳で聞き手で触れたものしか信じない、というわけか。結構。なかなか悪くない人生哲学を持っているようだ」
愉快でたまらぬと笑うルガールに、オルガーは何がそんなにおかしいのだろうと首を傾げる。

「ねぇ、そんなことどうでもいいから、僕の贈り物受け取ってよ?」
「あ・・・あぁ。そうだったな」
どうでも良いと切り捨てられたことに多少のショック受けつつ、をもとはといえばそれを受け取るためにオルガーをここに招き入れたことを思い出す。この青年といるとつい話が脱線してしまうのは困りものだが、どうした逸脱から得られるものはいつも大きい。

「ルガール・・・・はい」
「これは?」
ルガールは差し出された小さな箱をじっと見つめる。シックな中にも華やかさの見える包装紙とリボンのセンスは悪くないと、ルガールはどうでも良いことに感心する。

「開けてみて?」
「では遠慮なく開けさせてもらおう」
なるべく包装を損なわぬよう、ルガールは大切に小箱を開いてゆく。その仕草の優しさに、オルガーは胸の温かくなる感触を覚える。

「チョコレート・・・・なるほど、バレンタイン・ディか!」
俗世間の子供の祭りめいた行事のことなど、ルガールはここにいたるまですっかり忘れていた。むろん、モテなきからではない。むしろモテすぎるのだ。はっきり言って、彼の場合一年丸っとバレンタイン状態と考えて差し支えない。ある意味バルログと同じだ。

「君は、わざわざこれを私に渡すためだけにドイツまで来たのかね?」
だとしたらお疲れ様としか言いようがない。・・・・が、少し、いやいや、かなり嬉しい。

「ケンがね、好きな人には手作りのチョコを直接渡すと良いって教えてくれたの」
「ケン・マスターズか・・・」
オルガーの口から出た名にルガールは露骨に顔をしかめた。本来ルガールはケンのような負けん気の強い男は嫌いではないのだが、あの馬鹿陽気でいい年をして有り得ないほど真っ直ぐな瞳をした青年を見ていると、何故だか無性に蹴り飛ばしたくなるのだ。バルログが自分ではなくケン・マスターズを選んだ理由がわからない。あるいは何となくわからなくもないのだが、わかりたくない。

「僕は、もうファビィとケンには渡したから、最後はルガールに渡そうと思って」
「私は最後かね?」
ルガールの顔に揶揄するような笑みが刻まれる。

(この子にとっての『好き』とは、つまりそういう『好き』にすぎんのだ)
つい勘違いしそうになる自分を戒める。
オルガーは可愛い。不自由な身体で、それでも朗らかに屈託のない顔で良く笑う。彼と他愛のない話をしながら、彼のペースで自然の中を散策するのは非常に心地良い。
ならば彼の求める『好き』を受け入れようではないか。無理強いして居心地の良い関係を壊すなど愚かで性急な子供のすることだ。

「うん。最後。・・・あのね、ルガールは僕の『特別』だから」
「それは光栄だ」
以前オルガーが家出して来た時のことを思い出す。
オルガーはバルログとケンが大好きだけれど、バルログの『特別』はケンで、ケンの『一番』はバルログなのだと。どんなに二人のことが好きでも、どれほど二人が自分に優しくしてくれても、決して『一番の特別』にはなれないのだと。
ルガールが見るところ、バルログやケンがオルガーに注ぐ愛情は『両親』のそれであり、そうした類のものに一番二番と順位をつけること自体ナンセンスなのだが、あの二人の関係にオルガーがそういった意味で入れないこともまた事実である以上、無責任な気慰めは言えなかった。

(セルダ君の代役とはまた大役だ)
大好きな『ママン』と『パパン』に嫉妬する己を厭ったオルガーが、自分という逃げ道を見つけ『特別』と位置づけていることをルガールは知っている。
知っていてなお、オルガーを愛しいと思う。他人を妬む醜い心を拒み、代償であろうとなかろうと純粋な好意を向けてくる子供を嫌うことなどできるはずがない。

「ファビィと作ったんだ・・・食べて?」
少しはにかんだような微笑をふっくらとした瑞々しい唇に湛えたまま、オルガーはハート型のチョコを一粒自分の舌の上に乗せた。

「あー・・・オルガー君?」
私にくれるのではなかったのかね?とルガールは厳つい顔に疑問詞を浮かべる。オルガーは素直な良い子なのだが、時折理解しづらい言動をとりもするのだ。

「ん・・・・・らべれ」
チョコの乗った舌を突き出したまま、呂律の回らないオルガーが懸命にルガールに訴える。

『食べて』
不明瞭なオルガーの要求を、ルガールは確信をもってそう解釈した。どうせこれもまたケン・マスターズの入れ知恵に違いない。どうやら彼は『優しく頼りになるパパン』と『コトんばっか教えてくれる従兄弟のお兄さん』の一人二役をこなしているようだ。余程暇なのだろう。少しは伴侶であるバルログの負担を減らしてやれと思わぬでもないが、完璧主義な上に己の関わる全ての事柄に対して『美』を、それも超一流のものを求めるバルログが、他人に自分の仕事を任せきりにするなどまず不可能であろう。
もう少し物事に余裕をもってゆったりと構えることを覚えたならば、色気にも深みが増そうにと思う一方で、彼の持つキリキリと張り詰められた『極限』もまた凄艶な魅力があって捨てがたい。
ルガールにとってバルログはどこまでも美しく悩ましい存在であった。

「うぁぁーーう・・・!」
そしてここにもバルログとは別の次元で悩ましい子供が一人。
一体、この子は今己がどれほど卑猥な仕草をしているかわかっているのだろうか?

(わかっておらん)
自問に対しルガールは即答できた。
ピンク色の艶やかな舌先に美しい光沢を放つ菓子を載せ、華奢な頤をツンと反らせて上を向き、宝石以上に美しい双眸でルガールを見詰める青年。
突き出したままの舌の端からは、今にも涎が滴り落ちそうになっている。
ここまでやっておきながら、本人に誘惑している意識がまるでないのだから罪を通り越してある種神々しくすら思えてくる。

「・・・・・・・・・・・・そこから、かね?」
「ん」
溜息混じりに聞かずもがななことを確認すれば、そうだと自信たっぷりにオルガーは頷く。

「では、頂くとしよう」
いろいろと問題は山積みだったが、ルガールは何はともあれオルガーからの贈り物をありがたく頂くことにした。これ以上彼に舌を突き出させたままにはしておけない。
ルガールとて男だ。若い頃より大分押さえはきくようになっていたが、こんなものを延々と見せ付けられて大人しくしている自信は流石になかったのだ。

「甘い・・・」
愛しい子供を柔らかく抱きしめたままルガールは呟く。オルガーの舌から受けたそれは、本来のルガールの好みよりも5段階ほど甘かったが、彼はそのことについては触れなかった。

「君の唇の甘さがチョコレートに乗り移ってしまったようだ」
代わりに出たのがそんな気障な口説き文句なのだから、やはりこの男は手練だ。

「ルガール甘いの好き?」
意外だというように問うてくるオルガーにルガールは苦笑した。
ここまでのことをしておきながら、この美しい子供の行為には性的なニュアンスはないのだ。

「好きになりそうだ」
君の唇ごと。

「僕は、甘いの大好きだよ・・・・ねぇルガール?」
問いかけるオルガーの白磁の頬がほんのり薄紅に染まっているのは何故か?

「何だね?」
「・・・・あのね、また僕と一緒に甘いの食べてくれる?」
頬に挿した紅を濃くしながら伏目がちに問うオルガーは、今までの彼になく明らかに照れていた。
そして・・・

「か・・・かまわぬぞ、わ・・たしはっ!」
軽く噛みながら答えたルガールの頬もまた気色悪いコトに赤く染まっていた。


なまじ恥じらいを覚えてしまったピュアな子供に、彼がこの先激しく振り回される様はいずらまた別の機会に。