恋若葉、芽吹いて候

夏の訪れを予感させる日差しを見えぬ目の瞼に感じながら、もう皐月も半ばを過ぎたのだと、縁側に腰掛けた似蔵はさしたる感慨もなく思う。
世間の人間は皐月を過ごしやすい良い季節だと言う。しかし似蔵はこの新緑の季節があまり好きではなかった。何故なら――

「どうにもゴチャゴチャしていていけないねぇ」
彼にとってこの季節はあまりにも煩雑に過ぎた。
皮膚を刺す強い日差しにそぐわぬひんやりとした風。蒸し暑いからと脱げば肌寒く、冷えると着込めば汗をかく。少し前まではどうとも思わなかったことが、侵食後の病んだ身体には酷くわずらわしい。
強烈すぎる草木の匂いも良くない。盲目の人斬りにとって、嗅覚を鋭敏に保つことは大袈裟でも何でもなく死活問題だというのに、咽返るほどの生命の匂いはともすれば全てを塗りつぶそうとする。
新しい生命を孕んだ混沌の季節はいわば光の領域であり、現実的にも比喩的にも闇を生きる男にはいささか居心地が悪かった。

「アンタぁ、そんなところに突っ立って、何してんだい?」
「拙者の抑えた気配を捉えるとは、さすがは”狂犬”似蔵殿」
『狂犬』にこめられた揶揄めいた響きに、似蔵の肉感的な唇が不快げに歪んだ。

「嘗めてんのかい?そんな半端な気配の殺し方してりゃぁ、かえって目立つさね」
背後に立つ男、河上万斉を振り返ることもなく似蔵は吐き捨てる。皐月も気に入らないが、この若造はさらに気に食わないのだ。

「これはしたり!拙者としたことが不覚でござった。以後気をつけるといたそう」
飄々と嘯きながら、万斉は許しも得ずに似蔵の部屋を横切り主の隣に腰を下ろす。

「良い天気でござるな、似蔵殿」
「天気の話をしに来たのかい?」
いい若いモンが暇なことだと続ける似蔵には、フレンドリーな会話のキャッチボールをする気など微塵もない。似蔵は何を考えているのかまるでわからない、この若い人斬りが苦手だ。

「まさか。拙者かように暇ではござらぬよ」
「だったら何だってこんな所で油を売ってるんだい?」
「似蔵殿に会いたかった故」
その気になれば、百の嘘・千の偽り・万の甘い言葉を難なく弄するだけの語彙力を持っていながら、万斉は時折どうしようもなく真っ直ぐな言葉を口にする。それが天然なのか計算なのかは本人のみぞ知るところ――あるいは、人斬りと芸能人という二重生活を送るうち、彼自身ですら嘘と真実、計算と天然の線引きが曖昧になっているのかもしれない。持て余す程に器用な男故、意図的に曖昧にしている可能性も高い。

「・・・・俺に、何の用だい?」
無視すればよいものを、つい気になって聞いてしまう。この地点で言葉遊び下手な似蔵は早くも相手のペースに飲まれている。似蔵の学習能力がお世辞にも高いとは言えないこともあるが、それ以上に相手の性格を踏まえた万斉の話術が巧みなのだ。根本的に素直で単純で不器用な似蔵が、太刀打ちできる相手ではないのだ。

「恋人に会いたいと願うことに、何か特別な用事が必要でござるか?」
「はぁ?!」
歯の浮くような台詞に思わず悲鳴めいた声を上げる。ほんの十秒前に『暇ではない』と言ったのはどの口か。

「アンタぁ、忙しいんじゃなかったのかい?」
「無論、忙しいでござるよ?鬼兵隊のお仕事にプロデューサーのお仕事。拙者、引っ張りだこ故」
「はン、役立たずの人斬りに自慢話をしに来たってわけかい?」
似蔵の口元に自嘲が浮かんだ。紅桜の侵食を受けた彼の身体は、失った右手だけでなく至る所に深刻なダメージを受けていた。内臓にまで至るそれらのダメージは、似蔵に長期に渡る寝たきり生活を強いた。それは人を斬り、高杉の役に立つことだけを生きるよすがとする彼にしてみれば、死んでいるのと同義であった。床上げ適った今も、大柄なその身体は元通りとは程遠く、人斬りどころか日常生活を自力でこなすだけで精一杯といった有様だ。

「そんな顔で笑わないで欲しいでござる」
「面がマズイのは生まれつきさね」
「似蔵殿は可愛いでござるよ?」
「・・・・・・・・・・・・頭、沸いているよ」
可愛いだの何だのと、大の男相手に(しかも自分のように大柄で厳ついおとこに)言う言葉ではない。

「本当に、拙者はただ似蔵殿に会いたかっただけでござるよ」
「意味がわからないよ」
万斉の声にこもる哀切な何かに似蔵は戸惑う。倣岸不遜、唯我独尊(高杉とは違うベクトルで)、解析不能な若造が、何故こんな声を出すのか。おおよそ人の望むもの全てを持つ男が、一体自分のような壊れ物に何を望むというのか。同じ人斬り同士でありながら、万斉は常に似蔵の理解できない領域で呼吸している。

「愛してるでござる」
有無を言わせず、それでいて酷く優しく背中から抱きしめられ、似蔵の傷だらけの身体がビクリと震えた。

「気持ち悪いよ、アンタ」
触れ合う身体も、万斉という男の存在そのものも、似蔵には気味が悪かった。
何の酔狂か、万斉が己に懸想していることを似蔵は知っている。万斉本人の口から告げられたのだから、自意識過剰から来る勘違いなどではない。
そもそも、今現在似蔵が暮らすこのひなびた庵も、万斉が彼のリハビリを兼ねた療養のためにと自費で用意したものだ。住居を用意するだけでも大したものだというのに、三日に一度は誰かしらが様子を見に訪れ、一週間に一度は医者が定期健診をしに来るのだ。至れり尽くせりの環境で、過分なほどの生活費を与えられ囲われているのだ。

(だったら、俺の都合などお構いなしに犯ればいいよ)
そうまでしていながら、万斉は口で『愛しい』『好きだ』『欲しい』と言うばかりで、手を出してこないのだ。厳密に言えば、性的な意味合いを含む手つきで戯れに身体に触れることも『手を出す』には違いないのだろうが、決定的なことを仕掛けては来ない。
間違っても万斉に抱かれたいわけではないのだが、大枚はたいて片輪の中年を囲っておきながら抱こうとしない万斉の意図が読めないのだ。万斉は似蔵以上に大柄で、若く健康で力が強い。こうして衣服越しに後ろから抱きしめられているだけで、その身体がバランスよく鍛えられていることが良くわかる。こんな男に襲われたならば、今の己に抗う術はない。

(欲しけりゃぁ、力尽くで犯せばいいんだよ)
男として、人斬りとして、似蔵には似蔵の矜持がある。いかに囲われていようとも、一回りも年下の男に自ら身体を開くことなど有り得ない。彼にそれを命じ従わせることが出来るのは、この世に唯一人高杉だけだ。
しかし、だからといって戯れに触れられるだけの生温い関係のまま、気遣われ労わられるなど気色悪いことこの上もない。時として哀れみは蔑み以上に男の矜持を傷つける。

(アンタは何を待っているんだい)
「愛されたいでござる」
「・・・っ!」
己の胸中を読んだかのような万斉の呟きに似蔵はぎょっとした。己の嗅覚と同様、異常に発達した万斉の聴覚は、始終悪趣味な音を垂れ流すヘッドフォンを装着していてなお、言葉になる以前の人の想いすらも聞き取ってしまうのだろうか?
そんな有り得ない錯覚に陥りそうなほど、万斉の呟きは絶妙のタイミングで囁かれたのだ。

「拙者、似蔵殿に愛されたいでござる」
「有り得ない、ねぇ・・・」
甘く切ない吐息と共に耳元に囁かれる声に、似蔵は溜息を漏らす。

(無駄口叩いてる暇があるなら、そのまま組み敷けばいいじゃぁないか)
積極的なのか消極的なのかわからない万斉の為し様に、似蔵の苛立ちは静かに高まる。
可笑しな言い様ではあるが、この場合万斉が似蔵を手篭めにしてしまえば全てが丸く収まるのだ。万斉は男の欲を満たす。似蔵は力で適わぬ相手に犯され、犬に噛まれただけだと諦める。剣を握ることの出来ない人斬りの矜持は、もはや手酷く犯されることでしか守られない。
万斉を拒むが故に、惨たらしく扱われることを望む。身体の在り様よりも心の在り様に執着する似蔵は、本人が認識しているよりも情感豊かなロマンティストである。

「またかように悲しいことを・・・」
首筋に唇を寄せ軽く吸いながら、冷たい掌を似蔵の胸元に滑り込ませる。

「少し、痩せられたか?」
「別に・・・変わらないよ」
「似蔵殿は何が好きでござるか?」
「あ?何の話・・・っだい?」
胸の突起をキツク摘まれ、一瞬が息が弾む。

「食べ物の話でござるよ。食が進まぬようであれば、好物を用意する故」
「いらない気ぃ回す・・・・んじゃねぇよ・・・ぉっっ」
親指と中指でつまみ上げられたままの乳首の先端を、人差し指で柔々と撫でられゾクリと肌が粟立った。

「いらなくはないでござろう?拙者、似蔵どのの身体が心配でござるよ」
「これ・・・が・・・・心配してる人間のすること・・・かねぇ?」
昼日中の縁側で、着物の裾を大きく割り開かれ、似蔵は羞恥に喘いだ。

「拙者、似蔵殿を愛している故」
「答え・・・になって・・・・・・っ・・・・っ!」
似蔵の声は言葉になる前に万斉の唇に食まれた。

(男同士で・・・口なんぞ吸うもんじゃないよ)
似蔵とて衆道の知識がないわけではない。しかし彼の知るそれは、あくまで女の代用品としての性欲処理手段に過ぎない。

「拙者は、似蔵殿を犯すのではなく、抱きたい、抱き合いたいのでござる」
「アンタぁ・・・・」
「似蔵殿、拙者に抱かれて欲しいでござる」
「・・・俺ぁアンタに囲われてる身だ。好きにすりゃぁいいじゃないかぃ?」
「それでは、それでは駄目でござる!」
万斉はこの日初めて吼えた。
何故この腕の中で悩ましげに喘ぐ愛しい人は、こうも察しが悪いのか?
本当に欲しいものを、心から愛しているものを、腕尽く力尽く、あげく金に物を言わせて身体のみ奪ってどうするというのだ?
それは余りに――

「不毛でござる」
「何が、だい?」
似蔵にしてみれば、万斉のような男が己に懸想することそのものが不毛に思える。

「寂しいでござる。寒いでござる。哀しいでござる」
似蔵の身体を弄んでいた万斉の手はいつしか動きを止め、彼の口を吸い中を蹂躙していた舌は端的に切々とした言葉を紡いでいた。

「アンタは・・・何でも持ってるクセに、何がそんなに哀しいんだい?」
「似蔵殿に愛してもらえぬことが」
「そんなモノなくても、アンタは充分過ぎるモノを持ってるじゃぁないかい」
「晋介は晋介。誰のモノにもならぬでござるよ。幾度抱いても、どれほど啼かしても、拙者はいまだに晋介と一つに溶け合えなんだ。淫らに喘ぎ悶えながら、晋介は孤独。故に拙者も孤独でござる」
暗に高杉のことを仄めかせば、赤裸々に生々しい惚気が返ってきた。

「アンタぁ、無いモノねだりも大概にするといいよ」
似蔵が触れるどころか軽々しくその名を口にすることすら憚って『あの人』と呼ぶ高杉を思う様に抱きながら、身体だけでなく魂の融和まで求めるとは、まったく呆れるほどの強欲さだ。

「似蔵殿に拙者の寂しさはわからぬでござるよ」
「あぁ、わからないねぇ」
万斉の抱く感情は、似蔵にはどれも満たされ過ぎた人間が重箱の隅を突付いて探す贅沢な不満に思えた。

「卑怯を承知で物申す。拙者の寂しさを、拙者の虚ろを、似蔵殿の温もりで埋めて欲しいのでござる」
「勝手だねぇ」
人として最低なことを、隠しもせずにヌケヌケとほざく。どこまでも自己中心的なそれは、果たして万斉の甘えなのか誠実さなのか。いずれにせよ性質の悪さは変わらぬが。

「拙者、同じ人斬りの似蔵殿ならばわかってくれると思ったでござる」
「甘えなさんな」
似蔵は万斉の母親ではない。図体のデカイ糞餓鬼を甘やかしてやる義理は無い。

「拙者、似蔵殿にだけは嘘をつきたくないでござるよ」
「面倒なお人だねぇ」
似蔵は万斉の本音など知りたくなかった。蹂躙する者とされる者。犯す男と組み敷かれる男。それだけの関係の方がずっと気楽だ。

「それもこれも皆ひっくるめて、やはり拙者は似蔵殿を愛しているのでござる」
「いらないよ」
「似蔵殿、抱いても構わぬでござるか?」
切羽詰った万斉の声音に、似蔵は一度大きく息を吸う。
我侭で強欲で甘ったれたガキ。けれども、天才故に大勢の人間に囲まれながら誰とも交われなかった寂しい子供。

「好きにすればいいって言ってるじゃぁないか」
「その言葉、拙者を受け入れてくれたものと解釈するが・・・良いのでござるな?」
「くどいよ」
青臭い童貞小僧のような言い様に、そんな場合ではないのだが、思わず似蔵は笑ってしまう。

「そう!それでござるよ!」
「あ?」
「拙者が見たかったのはその笑顔でござる!やはり似蔵殿はやればできる子でござったなlぁっ!」
「やれば出来る子って・・・」
嬉しそうにはしゃぐ万斉に、似蔵の笑顔が引きつる。腹をくくったつもりが、速攻で後悔したくなってきた。

「さ、そうと決まれば寝所に参るでござるよ」
「え・・・」
ウキウキと似蔵の手を引く万斉に、似蔵は戸惑う。これから己が身に為されることがわからぬほど世間知らずではないものの、こうも明るくサバサバとことが運ぶとは予想外だったのである。

「似蔵どのは、屋外の方がお好きでござるが?なれば拙者は一向に構わぬでござるよ?むしろ気候も良いし、たまには新鮮かも知れぬ」
「ちっ違うよ!」
とんでもないことを涼しい声で言われ、似蔵は大慌てに慌てた。自分のようなトウの立った人斬りが、同じ人斬りの若造とまぐわうというだけで気が遠くなりそうだというのに、いつ誰が通り過ぎるとも知れぬ縁側でなど冗談ではない。

「そうでござるか?では青姦はまたの機会ということで・・・」
「ないよ!またとか、ホントにっ!!」
「残念でござるなぁ・・・・あ、無人島でなら良いでござるか?拙者ヘリを出す故」
「アンタ金の使い方間違ってるよ、絶対」
頭の回る馬鹿に金と権力を持たせてはいけない。万斉しかり、坂本しかりだ。

「すぐに布団を敷くでござるよ。おぉ、キチンと干してるでござるな、感心感心」
一人暮らしの息子の家を訪問した母親のようなチェックを入れながら、万斉は程なく己の欲で使い物にならなくするであろう敷布を几帳面に伸ばす。似蔵の匂いが染み付いた床に、万斉の雄は早くも匂い立ち主張し始める。

「準備万端、整ったでござる」
布団は一つ。枕は二つ。枕元にはボックスティッシュと潤滑油。初夜ならぬ初昼の床は完璧な布陣をもって敷かれていた。

「似蔵殿」
「・・・何だい?」
「不束ながら、よろしくお願い申し上げる」
「あぁ・・・・うん」
折り目正しく布団の上に正座などして床入りの挨拶を述べてくる万斉に、似蔵は急速に鼓動が早くなるのを感じた。
これから自分はこの若い男に組み敷かれ、凶暴な一物に聞く座を穿たれ生身を裂かれるのだ。人斬りとして幾度と無く手傷を負い、果ては紅桜まで受け入れボロ雑巾のようになった身で、今更その程度の痛みに怖気づくなど馬鹿げていると思いながらも、本音を言えば逃げ出したいほどに恐ろしかった。

「似蔵殿、拙者が怖いでござるか?」
「怖くなんか、ないさね。俺ぁ”狂犬”似蔵だよ?」
男とは、侍とは意地を張って何ぼの生き物なのだ。ここで生娘のように怯え震えるなど、似蔵にとってあってはならぬことなのだ。

「安心めされよ。拙者、なるべく優しくする故、似蔵殿はただ心地良い夢を見ていて下され」
「大きなお世話さね」
労わりなどいらない。いっそ、何もかもわからなくなるほど、手荒く犯してくれればいい。歯を食いしばり、時には喉を震わせて絶叫しながら激痛に耐えることには慣れている。

「いざ参る」
万斉は処刑の時を待つ咎人のような恋人を酷く優しく、まるで壊れ物でも扱うかのように床に押し倒した。

「愛しているでござる」
心を込めて語りかけ、万斉は似蔵の身に着けているものを躊躇無く全て剥ぎ取った。

「似蔵殿・・・」
うっとりと見つめる万斉の視線の先に晒された似蔵の裸体は正に満身創痍、気の弱い女ならば悲鳴を上げて腰を抜かす程の様相を呈していた。

「見られたモンじゃぁないだろう?」
見えずとも、似蔵は己の肉体の惨状を限りなく正確に把握していた。侵食の影響で内側から裂けた皮膚は、体液の漏出こそ止まったものの、醜く捩れたまま固まってさながらケロイドだ。あちこち砕けた骨は、どうにかこうにか繋ぎ合わせたものの、明らかに不自然な形に歪んで擬似関節だらけだ。今や似蔵の身体で傷一つない部分は、本物と見分けがつかぬほど精巧に作られた右の義手だけであった。

「萎えたんなら止めてもいいよ?」
むしろそれが似蔵の望みだ。この醜く爛れ捩れ歪み欠けた身体を見て、万斉が冷静さを取り戻せばいい。

「萎える?何故?」
「何故って・・・」
この男は真性の阿呆だと、似蔵は頭を抱える。

「こうして包帯の取れた身体を改めて眺めると、何とも艶かしく扇情的でござるなぁ。こんなことならば、撮影機材一式セットしておけば良かったでござる」
万斉のサングラスの下の目は、本気と書いてマジだった。

「変態だよぉっっ!」
変態耐性の薄い似蔵が悲鳴を上げるも、万斉は気にしない。

「ふむ・・・晋介にも良く言われるでござる」
「・・・・・・アンタ、まさかアノ人にも・・・・・・・・・・・・・」
似蔵の身体からユラリと殺気が立ち上る。並みの人間であれば失禁しそうな迫力にも万斉はまったく動じない。ここまで来ると、肝が太いというよりもむしろ5〜6本飛んでいるとしか思えない。あと20本も景気良く飛ばせば、あるいは桂と張り合えるレベルの電波になれるかもしれない。

「いやいや、縛ったり吊るしたりはしたが、まだ撮影はしてないでござるよ」
「縛って吊るすって・・・・っ」
「心配には及ばぬ。拙者基本はしっかりと抑えておる故、晋介に深刻な怪我をさせるような真似は誓っていたさぬ」
SMプレイを行う前に、まずは正しい知識と技術。非常に正しい心構えではあるが、何か根本的な論点が完全にズレている。

「似蔵殿も慣れてきたら拙者の糸で芸術的に縛り上げて差し上げるが、今日のところはオーソドックスにまぐわうでござる」
「・・・・・・・遠慮しとくよ」
怖いことをサラリと言うのは止めて欲しい。

「似蔵殿は、ご自分を醜いと思われるか?」
「身体中傷だらけの中年男をキレイだと思う奴がいたら、そいつは間違いなくイカれてるよ」
遠まわしにお前のことだよと言ってやる。

「拙者は身体中傷だらけの中年男を美しいとは思わなんだが、似蔵殿はセクシーでござる。そもそも傷だらけであることと醜いことが同義であるならば、晋介とて相当のものでござるよ」
「アンタは、もう喋るな」
直球で頭の可笑しいことを言い出す万斉に、似蔵は露骨に嫌な顔をする。
「酷いでござる似蔵殿。まぐわいに睦言はつきものでござろうに」
おどけた口調で言いながら、万斉の掌が似蔵の身体の表面をラインを確認するかのように撫でていく。絹のように滑らかな肌とは程遠かったが、無惨に刻まれた凹凸もまた趣があって良いと万斉は微笑う。

「初めに聞いておくが、触れられて痛いところはござらぬか?」
「別に、もう平気だよ」
傍若無人に振舞いながら、奇妙に紳士的な気遣いを見せる万斉が鬱陶しい。
傷が癒えた今、触れた程度で痛む箇所はない。が、逆に言えば少し強い刺激を受けただけで、どこと言わず鈍痛が走るのだ。

「では遠慮なく頂くでござる」
万斉は似蔵に体重を掛けぬよう注意深く覆い被さり、口で鎖骨を、左手で乳首を、右手で一物を同時に攻め始めた。

「・・・っく」
敏感な箇所を一度に弄られる刺激に、似蔵の腰が軽く浮いた。

「気持ち良いでござるか?」
「うる・・・さいよ」
「乳首をかように硬ぅして。あぁ、下の方もすっかり育ったでござるな」
「ぐくぅっ」
握りこまれた一物を無造作に扱かれ、似蔵は溜まらず声を漏らした。

「似蔵殿、声を抑えることはござらぬ。拙者、似蔵殿の淫らに乱れた声が聞きたいでござる」
「・・・誰・・・が・・・・」
声を出せと言われて素直に啼き喘げるほど似蔵は性の体験を積んではいなかった。

「ふ・・・ぎぃっ?!」
自らの先走りで濡らし憂くした万斉の指が、似蔵の後孔にヒタリと押し付けられた。
一見細く長いばかりだが、よくよく見れば剣ダコのある男の指だ。
これからこれを捻じ込まれる。現実が覚悟に歩み寄るにつれ、似蔵の背筋には悪寒が走る。

「似蔵殿、指を挿れるでござる」
万斉はそう断りを入れ、枕元においていた潤滑油を手指に絡ませ菊座の入り口に宛がう。

「ここを使うのは初めてでごあるか?随分と可愛らしい色をしている」
「俺みてぇのを抱きたがる気狂いなんざいなかったんでねぇ」
「何事も経験が大事。ああ、くれぐれも息を止めちゃ駄目でござるよ」
「・・・・っ」
ヌルリと滑り込んだ異物に、似蔵の身体が強張った。

「痛いでござるか?」
「平気だよ」
強がりではなく、予想していた痛みはなかった。ただ、体内でクネクネと動く異物の存在が気持ち悪いだけだ。

「動かすでござるよ。気持ち悪いでござろうが、何、すぐ悦くなる故大丈夫でござる」
万斉は左手で似蔵の一物を柔々と扱き、舌で似蔵の脇腹を嘗めながら初々しい蕾のような菊座を解してゆく。

「ふ・・・っ」
「ここで悦でござるか?」
「ぁ・・・・っっ」
早くも似蔵の良いところを見つけ、重点的に攻め立てる。

「すごい締め付けようでござるな。似蔵殿は隠れ名器でござったか」
「・・・・っめぇは・・・・黙って・・・・できねぇ・・・・の・・・かい」
「おぉ、似蔵殿はお喋りに気を散らすよりも、拙者を感じることに集中したいでござるか?!積極的で嬉しいでござる」
「どんな解釈・・・だ、そりゃぁ」
ああ言えばこう言う。頭と口の回る色男はこれだから嫌だねぇと、似蔵は喘ぎながら悪態をつく。

「もう一本増やしても良いでござるか?」
「いちいち聞いてんじゃねぇよ」
「では・・・」
既に沈めた人差し指の上を滑らせるようにして、ゆっくりと中指を進入させる。

「ん・・・」
増大した違和感に似蔵の眉間の皺が深まったが、苦痛を感じているようには見受けられなかった。最高級の潤滑油を惜しげもなく用いた甲斐があったというものだ。ちなみに媚薬入りのものも万斉は所有していたが、それは敢えて使用しなかった。やはり初めての契りでは純粋に己の身体だけを感じて欲しいということもあったが、過ぎたる快楽は慣れぬ似蔵をパニックにしかねないと判断したためである。そしてその判断は賢明であった。相手を食らい尽くす勢いで貪欲に快楽を貪り、見せ付けるように喘ぎ乱れる高杉と違い、似蔵は男とまぐわうこと、己の身体を人目に晒すことそのものに羞恥を覚える性質なのだ。いずれは我が手の中で善がり啼かせて狂わせるにしても、今はまだその時期ではない。

「ふぁ・・・・ぁぁっ」
いつしか三本に増えていた指をバラバラに動かされ、似蔵の腰が浮く。

「似蔵殿、そろそろ良いでござろうか?拙者の方が限界故」
万斉ははち切れんばかりの己が分身に苦笑する。三日ほどご無沙汰していただけでこの有様とは、まだまだ己も若造ということか。

「あまりに辛かったら言うでござるよ」
「言えば・・・アンタぁ止めてくれるのかい?」
喘ぎながら尋ねる似蔵に、万斉は少し困った顔で笑った。似蔵には見ることは出来ないその笑いは、万斉にしては幼い年相応のものであった。

「それは・・・流石に拙者もちとキツイでござるが・・・・それでも拙者は受け入れてくれた似蔵殿を傷つけとうはない」
「甘ったるい人斬りだねぇ」
「人斬りを生業にしていても、拙者愛する者には優しくする主義でござる」
軽口を交わしながら、万斉は己の一物にも潤滑油を満遍なく塗りつける。高杉との激しい行為に慣れ親しんだ彼が、久しく遠ざかっていた冷たい滑りだ。

「挿るでござる」
「く・・・っ」
万斉は一番太い部分を敢えて一突きで埋めた。目の見えぬ似蔵に、時間をかけていきり立つ一物の質量を実感させも無駄に緊張させるだけなのだ。

「難所は越えた故、後はゆっくりと致そう」
「ふ・・・っ・・・・ぅっ・・・・・」
似蔵は内臓を圧迫される息苦しさに口を大きく開いて喘ぐ。
痛みはほとんどなかったが、とにかく苦しい。開いた腹の中に重りを入れられ、再び縫い合わされたような気分だ。

「ああ、似蔵殿の中は心地良いでござる」
潤滑油で滑る似蔵の体内には抵抗らしい抵抗はなく、その刺激は遊び慣れた万斉には酷く弱々しく儚かったが、無骨な似蔵の外見と与えられる刺激の繊細さのギャップに万斉はえも言われぬ興奮を覚えた。

「動くでござるよ」
緩々と優しい注挿を行えば、女を相手にしているような水音がグチグチと響いた。

「スゴイ音でござるな似蔵どの。拙者、音だけでイキそうでござる」
「ア・・ンタが・・・・可笑しなモノ・・・・使いやがるか・・・らっ・・ぁっ」
「その可笑しなモノのおかげで、似蔵殿は悦いのでござろう?」
愛しい相手についつい意地の悪い言葉を吐いてしまうのは、万斉の悪癖の一つであった。

「ああ・・・・もう、まだるっこしいねぇ・・・・・もっと犬みてぇに腰振って、さっさとイっちまいなよっ!」
似蔵はとにかく一秒でも早くこの馬鹿げた行為を終わらせたかった。予想していた酷い苦痛がなかった分、逆に居た堪れない気分になるのだ。

(こんな・・・・ガキに労わられて優しく抱かれるなんざ・・・・俺ぁ御免だよ)
光を失った時すら、誰の助けもなく這いずって生きてきた己だ。今更温い優しさなど欲しくない。そんなもの、どう扱って良いのかわからない。

「では、お言葉に甘えてイカせて頂くでござる」
似蔵の想いを察しでもしたのか、万斉は大きく腰を動かし自身の果てに向かっていく。しかし似蔵の望みとは裏腹に、その動きから気遣いが消えることはなかった。

「っ――!」
万斉は背筋を強張らせて震え、次の瞬間似蔵の中から自身を一気に引き抜いて果てた。その衝撃に、似蔵もまた万斉の掌に精を放った。
しばしの間、二人分の荒い呼吸だけが床の間を満たした。

「な・・・・んで・・・抜いたん・・・だぃ?」
久々の射精に虚脱したまま、先に口を開いたのは以外にも似蔵であった。

「似蔵殿は、中出しを所望でござったか?」
「そん・・・なわ・・けない、だろうが」
「ならば何故かようなことを聞かれる?」
「・・・・さて、ねぇ」
何故と言うわけでもなく、ただ単に似蔵は不思議だったのだ。万斉のようなあらゆる意味において欲の強い男が、相手の中に放たないというのは酷く不自然なことに思えた。

「似蔵どのは、男と致すのは初めてでござろう?それに身体の方もまだ万全とは言いかねる。うっかり中出しなどして腹を下しては辛かろう?事後処理の仕方は、次の機会に手取り腰取り拙者が教えて差し上げるが」
「・・・・・・いらないよ、そんな世話ぁ」
「事後処理は大切でござるよ?」
「てめぇでできるってんだよ」
「ではまた拙者に抱かれてくれるでござるか?」
万斉の弾んだ声に、似蔵は絶句した。この万斉という男、どこまで誘導がが上手いのか。

「アンタ、人斬り辞めて詐欺師になりなよ」
「拙者の愛は偽りではござらん」
渾身の皮肉も、何か可笑しな言葉で打ち返された。計算高い天然電波。はっきり言って似蔵の手にあまる男だ。

「似蔵殿、今日が何の日か知っておるか?」
「さてねぇ・・・皐月の二十日じゃぁなかったかぃ?」
「そう、皐月の二十日でござる」
「それ何だってんだい?」
「似蔵殿ぉ〜」
酷いでござるぅぅ〜と万斉は口を尖らせた。

「拙者言わなんだか?皐月の二十日は、年に一度の拙者の誕生日でござる」
「あぁ・・・・」
言われてみれば、そんなことを熱心に語られたことがあったようなないような。

「それでアンタは、いい年して誕生日プレゼントとやらの代わりに俺を手篭めにしたってわけかい?」
「手篭めじゃないでござる。合意の上での愛の交歓でござる」
「気持ち悪いんだけどねぇ・・・」
”愛の交歓!をしたはずの人斬り二人の間には、埋めがたい温度差があるようだ。

「拙者は似蔵殿と初めて致すのは自分の誕生日と決めていたでござる。誕生日を二人で祝うこと、それ即ち拙者らが契った日を祝うこと、二人の記念日でござる」
素晴らしいアイディアだと言わんばかりに語る万斉に、似蔵は軽い頭痛を覚えた。シニカルなリアリストでありながら、万斉はこの手のイベントが大好きなのだ。それにしても、自分の誕生日を自分で演出してここまで盛り上がれる人間もちょっと珍しい。

「アンタぁ、そんな大事なてめぇの誕生日を俺となんか過ごしていいのかい?アンタには・・・アノ人がいるんじゃぁないのかい?」
ウザさのあまり、愛想を尽かされ捨てられた・・・のならば良い気味だと思う。

「もちろん晋介とも祝うでござるよ?昼は似蔵殿、夜は晋介。拙者そのために三日も禁欲してたでござる。二人と昼夜二回づつするくらいの体力はまだまだある故、懸念には及ばぬでござるよ。それにしても似蔵殿は優しいでござるな?拙者と晋介の心配までしてくれるとは、ますます惚れたでござる!」
「アンタ・・・・」
「何でござる?ハッピー・バースディーのキスでもくれるでござるか?」
「さっさと帰れ。俺ぁ寝る」
「照れてるでござるか?可愛いでござるなぁ〜」
「か・え・れ」



起きたまま寝言をほざく厄介な夢遊病患者を叩き出し、似蔵はぴしゃりと戸を閉め障子を閉め部屋を閉め切る。つい先ほどまで、この同じ部屋であられもない姿を晒して男に抱かれていたことがいまだに信じがたい。

(何てぇニオイだい)
それでも、部屋に残る青臭い性の臭いが、それが夢ではないことを証明している。

「皐月なんざ、嫌いさね」
これから先、新緑の芽吹く青い匂いを嗅ぐ度に、自分はこの臭いを思い出すのだろう。

「特に二十日は最悪さぁね」
何も見えぬ天井を仰ぎ見て、似蔵は盛大な溜息を吐いた。