『赤毛の団長』
朝っぱらから腹が減ったとギャーギャーわめくクソガキ、もといクソ団長様をなだめすかして顔を洗わせ、寝巻きを脱がせて服を着せる。傘をさすこと億劫がる団長殿のために、値段も効果もズバ抜けた日焼け止めを肌の露出した部分にたっぷりと塗ってやる。こいつが必要経費として春雨の経費で落ちるのは実にありがたい話だ。
え?宇宙海賊春雨第七師団幹部ともあろうものが、ケチくさいことを言うなって?
いやはや、内実を知らないってのは恐ろしいねぇ。
確かにウチは大手企業も真っ青の大規模な海賊だ。今や春様の名を聞いてビビんねぇやつはこの宇宙にいねぇだろうさ。
必然的にそこの精鋭部隊である我らが第七師団にも、かなりの額の金銭が予算として振り分けられる。
・・・そう、ちゃぁんと振り分けられてんだよ、普通に使えば有り余るほどに。
しかし、ウチは地位の割りに貧乏だ。万年金欠とまでは言わないが、余裕をもって優雅に過ごせるほど豊かじゃぁない。
理由はムカつくほどシンプだ。
つまり、入ってくる金もべらぼうだが、出て行く金も目ん玉飛び出そうな額なわけだ。
何にそんなに金を使うのかと問われれば、武器の調達・宇宙船のメンテナンス・航行を続けるために必要な生活物資・部下に支払う給料といった常識的な諸経費。こいつらも相当な額になるが、そんなもんは一部にすぎないし、春雨は少なくとも使える配下に対しては吝嗇じゃない。
よって第七師団における無駄な出費の大半は、以下にあげる『非常識な諸経費』によるものだ。
・尋常じゃなくかかる食費。普通の奴の10倍の量を、朝昼晩に加え10時・3時・夜食、時にはブランチまで喰う団長殿のせいだと俺は踏んでいる。
・尋常じゃなくかかる修繕費。ちょっと暴れただけで一面を戦場跡にする団長殿のせいだと俺は ―略―
・尋常じゃなくかかる医療費。軽く部下とコミュニケーションをとっただけで、命に関わる大怪我を相手にさせる団長殿のせい ―略―
・尋常じゃないかかる袖の下資金。後先一切考えず、好き勝手に暴れまくる団長殿のフォローにかかる ―略―
そう、ものの見事に全て団長殿のせいだったりするわけだ。
俺だって団長に意見しなかったわけじゃぁない。それどころか、俺は誰もが腫れ物扱い ―超特級危険人物という意味で― するあのバカの世話を一手に担い、自分でも言うのも何だが日々かなり頑張ってきたつもりだ。
『団長、喰いすぎだ。禿げるぞ』
オヒツ5杯目を要求してくる団長に意見して殴られた。
『団長、壊しすぎだ。直すのにいくらかかると思ってやがりますか?』
宇宙船にどでかい穴をブチあけた団長に、いい加減力の加減を覚えろと意見して蹴られた。
『団長、あんまりウチの乗組員に殺すなよ。人手不足になっちまって非効率的なんだよ。怪我されても面倒なんですぜ?俺ら夜兎と違ってすぐには回復しねぇんですから』
些細なことが原因で部下を血祭りにあげた団長に、夜兎と多種族の違いをわかりやすく説いて投げられた。
『団長、やりすぎですぜ。上への言い訳考える俺の身にもなってくれませんかね?』
春雨の大手取引先を10秒で惨殺現場にしてくれやがった団長に、袖の下を包みながら愚痴って首を絞められた。
これだけ事実を列挙したからわかるだろうが、俺の至極まっとうな意見はすべからく団長の暴力の前に玉砕しちまった。我ながら情けないとは思うが、あのスットコドッコイはアホのくせに腕っ節だけは誰よりも強い。そしてその性質は徹底的かつ原始的な夜兎族のそれで、他人の意見など馬耳東風、拳一つで我侭を貫き通すことに一欠けらの躊躇もない。
『純粋なる夜兎の血』は、なかなかどうして上司として仕えるには厄介なシロモンだったりするわけだが、よりによってそこに魅せられちまった俺も大概イカレてるんだろうよ。
とまぁ、これが俺の一日の始まりであり日常なわけだが・・・・・・あー、ロクでもねぇなマジで。
ペタペタと素足で歩く足音が近づいて来る。足音の主が我らが団長様であることは振り返らずともわかるが、あえて俺は無視しておく。この構って精神旺盛な団長様は、甘やかすと際限なくつけあがり、俺の都合なんざあってなきが如しだ。
書類というものに触れようとすらしない上司になりかわり、煩瑣なデスクワークを一手に引き受ける勤勉な部下を邪魔するのはよして欲しい。もう手伝えとか贅沢は言わんから、マジに大人しくしていて欲しい。3時間、いや2時間でいいから。
「阿伏兎ーおはよー」
時刻は午前10時。起床時間としてそう早くもないが、ここらがコイツの空腹の限界らしく、決まって10時になると起きてくる。寝起きがそこそこいいのは、コイツの数少ない美点かもしれん。つーか、これで寝起きまで悪かったら俺は死ぬ。過労死する。
「お早うございます団長殿・・・・って、アンタ、また俺の上着着て寝てやがりましたね?」
洗ってまだきていない上着の行方が判明したのは喜ばしいが、そいつが知らぬ間に上司のガウンにされているというのはどうにも頂けない。
「阿伏兎の上着寝巻きにちょうどいいんだもん」
「だもんじゃねぇーよ二十歳前」
そう、一見童顔で十代半ばにしか見えないが、こいつは時期に二十歳になろうかといういい大人なんだよ。そんな野郎に『彼氏の家にお泊りしちゃったvv』風味にブカブカの上着羽織られても俺は嬉しくねぇ。
「洗濯してあったからさ」
・・・なぁ、それhが俺が着る為とかは思わないのか?ああ、思わねーよな、アンタは。
「脱ぎたてはオッサンくさいからね」
「悪かったな」
どーせ俺はオッサンだよ。もうじき四十路だよ。文句あっか?
「でも、俺阿伏兎の匂い結構好きだよ?」
「・・・・そりゃどーも」
コイツは根っからの性悪だ。吉原の女なんぞよりよっぽど性質が悪い。確か地球じゃこういうのを『傾城』とかって言ったけな。
傾城に傾国。どっちも縁起でもねぇがコイツにゃピッタリだ。
誰よりも夜兎に生まれたコイツ。誰よりも夜兎を生きるコイツ。俺の愛でる夜兎の血を忠実に辿り、それ故に滅びへと進む。こういうのを何ていったか?仇花、か?
なんにしろ、ロクでもねぇ。ロクでもねぇコイツに魅入られた俺もロクでもねぇ。
「で、団長様は、朝っぱらからアナタ様の替わりに書類と戦う部下に何のごようでございいましょう?」
精一杯の皮肉を込めてバカ丁寧に言ってやるも、むろんこいつにそんな温い攻撃は通じない。タフなのは夜兎族の美徳だが、ちぃとは嫌味を嫌味として理解する繊細さも身につけろってんだコンチクショウ。
「阿伏兎、オサゲを結って」
「は?」
唐突な要求と、その無茶さ加減にただでさえ死んでる俺のめは、確実に点になったことだろう。
何でかって?
見てわかんねぇかな?
俺ぁ今、というかこの先永久に片腕なわけで。しかもまだ腕をなくして日が浅い。日を浴びすぎちまったのと、怪我の直後に暴れすぎたのと、手当てが遅れたのと・・・・・・認めたかぁないが年齢のせいで直りの遅いおれの腕は、まだ義手だってつけられん状態だ。
そんな人間によりによって三つ編みしろってか?
いやもぉアンタ、ほんっとぉぉぉぉにご無体だな!
「無理に決まって・・・」
「早く」
聞けよ人の話。
「俺ぁ片腕なんですぜ?」
「大丈夫だよ。阿伏兎ならできる。阿伏兎はやればできる男だよ」
こんなところでそんな信頼寄せられても嬉しくねーから。むしろリアルに困るから。
「今までどうしてたんだ?」
気になったことを聞いてみた。そして聞いたことを激しく後悔した。
「んーと、適当にその辺にいた奴。でもみんな下手なんだ。きつすぎて痛かったり、すぐ緩んでほつれたり。頭にきて殺しちゃったよ」
「殺すなスットコドッコイ!」
別に俺は倫理だの道徳だのにのっとって、『人を殺したり傷つけたりしてはいけません』とか言ってるわけじゃなぇ。そんなもんは、甘ったれた地球の連中に言わせておけばいいからな。
「阿伏兎がしてくれないなら、また他の奴に頼まなきゃならないよ?」
可愛らしく首を傾げながら、殺人予告という凶悪な脅しをかけてくる我侭上司に、半分本気の殺意を覚えたとしても俺に罪はないだろう。
「わかった。わかりましたよ。なんとかやってみるから、そこ座れ。・・・上手くできるかわかんねぇぞ?」
「大丈夫。阿伏兎ならできるよ」
・・・・だから、その根拠のない信頼を止めやがれ。
俺は腹をくくって豊かな赤毛に櫛を入れた。手馴れた感触だ。毎朝どころか、コイツの髪が乱れるたびに結ってたんだから当たり前だ。
柔らかくしなやかで豊かな赤毛。夜兎としては色素の濃い髪が、俺の耳をちぎってくれたお嬢ちゃんによく似てやがる。
「くすぐったいよ阿伏兎」
「動くな大人しくしてろ」
片腕でオサゲを結うのはちぃとばかし骨だ。めんどくせーな、クソッタレ。
絡ませないように丁寧に透いてやれば、すぐに露になる白い首筋。夜兎らしく色は白いが、俺や鳳仙の旦那と違ってどことなく太陽の匂いのする肌だ。あぁ。こんなとこもお嬢ちゃんと似てやがんな。正反対の中身にそっくりな外見。なんとも因果な兄妹だ。
「ねぇ阿伏兎、何を考えてるの?」
「あ?何って・・・・別に」
ややこしくなるからお嬢ちゃんのことは言わない。雄弁は銀、沈黙は金ってこった。
「嘘つき」
「嘘なんざついてねぇよ。まぁ敢えて言うなら、だ。アンタいい加減オサゲくらい自分で結えるようになれよってこった」
残った右腕、肘の少し上まで残った左腕の残骸、おまけに口まで使ってどうにかこうにかオサゲの形を成していく。
なんつーか、無駄に小器用だよな俺。
「嫌だよ」
「嫌ってアンタな」
「だって、自分で出来るようになったら阿伏兎にしてもらえないじゃない」
「・・・意味わかんねーから」
「俺は阿伏兎に結ってもらうのがいいんだよ」
「こんな加齢臭漂うオッサンにかみ弄られて善がるなんざ、変態の言うことですぜ?」
「阿伏兎、気にしてんの?」
いや、オッサン臭い言ったのアンタだからね。
「阿伏兎の大きい手に髪触られるの好きなんだ。片っぽなくなちゃったけどね」
「誰のせいでしょうねぇ?」
「鳳仙の旦那」
「・・・・さいでした」
間違っちゃいない。確かに直接的な原因は、夜王・鳳仙の強烈な一撃だった。奴の一撃で、俺の腕は避けるどころか痛みを感じる間もなく千切れ飛んで転がった。
が、一つ言わせて欲しい。俺と今はなき云業が身を挺して飛び込むハメになったのは、紛れもなく後先考えずに夜王に喧嘩ふっかけたアンタのせいだ!と。
・・・・・言ったところでコイツは理解できねんだろうが。むしろ『人が楽しく遊んでるときに邪魔するからだよ!』くらい普通に言う。コイツは昔からそういうクソガキだ。
「阿伏兎、腕の具合どうなの?」
「おいおい、今更アンタがそれを聞くのかよ?」
いいだけ無茶させといて、どういう風の吹き回しなんだか。単純なくせに難解な思考を持つこいつの言動は、しばしば俺の予測の範疇を超えてくる。
「だって、少し良くなってからじゃないと義手つけらんないんでしょ?」
「アンタ・・・」
もしかして『責任』とか感じてんのか?おいおい、らしくねぇにも程があんだろが。
「やっぱあ片腕だといろいろ不便だろ?」
「まぁ・・・多少は、な」
他人の身になって考えてる?コイツが?いよいよらしくねぇ、てか気持悪ぃ。何か俺が目ぇ離した隙に悪ぃモンでも拾い食いしたか?
「早く直して義手つけなよ」
「お・・・う」
予想外すぎる言葉の連続に、俺は曖昧に頷くのが精一杯だ。一体今日はどうしたんだ?
「だってさぁ〜〜オサゲ結うのに毎日こんなに時間かかったら、俺オナカが減って死んじゃうよ?」
「餓死しちまえよコンチクショウ!」
そーだ。こいつはこういう奴だ。何があってもなくても飯と戦いのことで小っさいギュギュウなんだ。
あー、一瞬でも何かを期待しそうになった自分を締め殺してぇなぁおい。
「それにね?やっぱりSEXの時とか両手でギューってして欲しいし」
「朝から盛ってんなスットコドッコイ」
こんなしょうもねぇ台詞に、少しばかり心拍数を上げちまうてめぇの体が恨めしい。いつからこんなになっちまったんだか、俺にもよくわからねぇ。出会った時からだった気もすれば、つい最近のような気もしてくる。
何にせよ俺はそんな駄目な選択肢を選んだ覚えはねーんだが。
「よし、できたぞ」
小さな頭を一つ撫でてやると、団長殿は嬉しそうに笑いやがった。
・・・・ま、アレだ。長い人生、時には重要な選択肢を無意識に選んじまうこともあらぁな。