音乞イの恋
良く晴れた一日の最後らしく、日付が変わる少し前だというのに青みがかって澄んだ空。そこに散らばる砕けたダイヤモンドのような星々。
美しい夜。
普通の感性を持つ人間ならばまずそんな感想を抱くであろう空に、不機嫌そうに煙管の煙を吐き出す男が一人。
顔の左半分を覆うように包帯を巻きつけ、何か拘りでもあるのか女物の派手な着物を遊女のように緩く着こなした男は、どうやらこの蒼い夜空が酷く気に食わない様子であった。
「うざってぇ」
右目を微かに細め、男は唇から煙管を離し替わりに瓢箪を押し付け、一口二口三口と喉を鳴らして呑んだ。
『コラ!直飲みするな高杉!行儀が悪い!!』
立ち居振る舞いに口やかましかったかつての同志の神経質な声が甦る。
(母親かテメェは)
『おぅーーーええモン呑んじょるなぁ〜〜ワシにもちっくとわけとぉせぇ〜』
何がそんな愉快だったのか、いつも大口開けて笑っていた男の喧しい声。
(そう言ってテメェは一気に全部飲みやがったじゃねぇか)
『高杉よぉ〜ツマミに大福とかねぇの〜?銀さん糖分欲すぃぃ〜』
馬鹿のくせに、緩いくせに、糖尿病予備軍だったくせに、恐ろしく強かった男の腑抜けた声。
(大福はツマミじゃねぇ・・・外見も中身もイカレた頭しやがって)
「うるせぇよ」
道をわかった時から。否、始まりの時からバラバラだった。過去などもういらぬ。不要な物は腐臭を放ち始める前に丸めて火をつけるが得策。
全てかなぐり捨てて進もうと決めた一本道だ。今更後戻りなどできようはずもない。
「誰が引き返すかよ」
海風が運んでくる皐月の匂いが高杉の獣を逆撫でる。
どこか懐かしく優しい陽だまりの匂い。芽吹く生命の匂い。夏を薄っすらと予感させる熱を孕んだ空気の匂い。
捨ててきたものの象徴であるそれらを嫌悪しながら、それでもフラフラと甲板にさ迷い出ては一人不愉快な空を睨め上げ酒を呷る。
「晋助。ここでござったか」
「ちっ」
無遠慮に声を掛けながら現れた長身の男に、高杉もまた遠慮会釈なく舌打ち一つ。
男の名を河上万斉。岡田似蔵と並ぶ人斬りでありながら、音楽プロデューサーという表の(しかも非常に派手な)顔をも持つ変り種である。
「チッは酷いでござろう?拙者、傷つくでござるよ?」
わざとらしく哀しげな声音で嘯く万斉に高杉は顔をしかめた。
高杉にとって万斉は得体の知れない掴みきれない存在であった。酷く軽薄かと思えば深い思想を熱く語る。実は熱い男なのかと思いきや、例えようもなく醒めた目をする。人斬りらしい凶暴さで強者との戦いを欲するくせに、唐突に興醒めあるいは他に興味を移してしまう。
「はっ、テメェがそんなタマかよ」
自然な強引さで後ろから抱き締めてくる万斉の脇腹に肘を捻じ込みながら、高杉はにべもなく吐き捨てる。
ロックだの何だのとわけのわからぬ喧しいだけの音楽を好み、黒づくめの身なりに夜でも外さぬサングラス、果ては人と話すときでも外さないヘッドフォンに逆立てた頭髪。こうも傾いた姿をしていながら、黴の生えた士道に順ずる節義・忠義を説く・・・説きながら上役であるはずの自分の命にも『気が変わったでござる』の一言で逆らう。そんな図太い男がこれしきの言葉で傷つくなど片腹痛い。
「拙者、こう見えてガラスのハートでござるよ」
「まだ言いやがるか」
レザー越しに伝わる万斉の体温と、気障なトワレと混ざり合った雄の臭いに侵食される。
「晋助はここが弱いでござるからな」
「・・・・・・・テメェ・・・・死にてぇのか?」
首筋に軽く歯を立てられ、高杉の細い身体に震えが走った。
まんざら男を知らぬわけではない。それどころか万斉とはもう幾度となく閨を共にしている。惚れた腫れたの甘ったるい感情からでなく、掴めぬものを掴んでやろうとの思いから誘いに乗ってやったまでのことだった。少なくとも高杉にとってはそれだけのことなのだ。
「それは御免被るでござる。殊に今宵は・・・もっと甘い言葉が聞きたいでござる」
耳障りの良い中低音で囁かれ、高杉の包帯で覆われていない右半分の顔が皮肉に歪んだ。
この男は俺に惚れている。
自惚れでなく高杉は万斉の気持ちを理解している。だが、その感情もまた一途とは程遠く、本気と悪ふざけの境目が見切れない。
陽と言い切るには昏いモノを持ちすぎている男。陰と言い切るには表の世界を愉しみすぎている男。
後幾度身体を重ねればこの矛盾を詰め込んで人型を為しているような男を看破できようか?
「晋助・・・煙管と酒、やるならどちらかにするでござるよ。身体に悪いでござろう」
「うるせぇ。母親気取りかテメェ」
「いや、拙者は晋助の恋人でござる」
いけしゃぁしゃぁとのたまう肝の太すぎる男に高杉は溜息を吐いた。人の話を聞かないということで言えば、かつての同志連中も大概であったが、万斉には彼らとはまた違った性質の悪さがある。
空気が読めないのではなく、読みたくないと思えば敢えて読まない。常識がないのではなく、心得た上でいとも容易く無視してみせる。頭が悪いのではなく、独自の方向性で良すぎて周りがついていけない。
何とも厄介な男もいたものだと、高杉は今更ながらにうんざりする。
「晋助、拙者晋助に頼みがあるでござる」
「何だ?藪から棒に」
サングラス越しにも食い込んでくる視線の真摯さに、高杉は少し戸惑った。時折突拍子もない言動に出る男なだけに、正直不安もある。
「一曲、弾いてはもらえぬか?」
「あ?」
思いがけぬ万斉の要望に高杉はますます戸惑う。時折手すさびに三味線を爪弾くことは確かにある。そこに万斉が合わせて入ってくることもあれば、万斉の音に合わせて高杉が入ることもある。だが、それらはいつも何となく始まり何となく終わる一時の退屈しのぎであり、こんなふうに改まって頼み頼まれるようなものではなかったはずだ。
「拙者、晋助の三味線が聞きたいでござる」
「嫌なこった」
万斉の必死さに軽くひきながら、天邪鬼な高杉は乞われれば乞われるほど拒みたくなる。
「頼むでござる」
「嫌だつってんだろ?俺は芸者じゃねぇ。テメェに命令されて芸事なんざできるか」
それは高杉の子供じみた意地だった。下の名で呼ぶことを許し、身体を開いてなお高杉は『上』に立つ者なのだ。
「命令ではござらん。拙者は、ただ頼んでいるのでござる」
「大体テメェ・・・・今何時だと思ってやがる?」
いつもの屁理屈も捏ねずにただ愚直に頼むと繰り返す万斉を奇妙に思いながら、高杉はらしくもなく常識で物を言った。
「11時50分。大人はまだ起きている時間でござる」
「悪ぃな。俺ぁもう寝・・・」
「晋助!もう、時間がないでござる!」
「な?!」
何の時間がないというのか、万斉はやおら高杉の細い手首を大きな手でガッチリと握り込み、一切の抗議を無視して大股に歩き始めた。
「おい?!どこに連れてく気だテメェ!」
「拙者の部屋でござる」
「テメェの?!」
「拙者の部屋ならば完全防音でござるゆえ、音漏れを気にするコトはござらん!」
答えながらも万斉は足を止めることなく高杉を引きずってゆく。
「離せ!離しやがれ!」
「嫌でござるっっ!!」
ことが単純な力比べとなると、小柄で華奢な高杉は大柄な万斉に対し分が悪い。
(クソッタレが・・・!)
かつて今の万斉と同じように、自分をあちこち引きずりまわした上背のあるもじゃ頭を思い出し、高杉の機嫌はさらなる急降下を遂げた。
(斬り捨ててやろうか?)
半ば以上本気で剣呑な思いが涌き上がる。相手が万斉でなければ、ここまで来るまでもなくそうしていただろう。
「斬られ−」
「細いでござるな」
「・・・・っ」
故意か偶然か万斉は高杉の機先を制する術に長けている。ギリギリのタイミングで高杉の牙をスルリとかわしてしまう。すっ呆けた下に狡猾な策士の顔が潜んでいるのだ。少なくとも高杉は万斉をそういう人間であると定義していた。
「晋助、きちんと三度の食事は採っているでござるか?」
万斉が知る限り、高杉は成人男性としては酷く食が細い。美酒美食を風流に嗜むことを好みはすれど、一日に口にする量は下手をすれば女子供以下だ。
「テメェに関係ねぇだろうが」
「大有りでござるよ。あまり骨ばっていては、抱き心地が悪いでござる・・・・痛っ」
大真面目な表情で不遜かつ無礼な台詞を吐く自称恋人の長い脛を、高杉は加減もせずに蹴っていた。
「まったく、晋助は乱暴でござるなぁ・・・すぐに手足や刀を出す癖は改めたが良いでござるよ」
「はっ!人斬りがどの口でほざく?」
「拙者の刀は愛しい者には決して向きはせぬ」
「・・・・言ってて恥かしくなんねぇか?」
ツッコンだ高杉の顔に薄紅が挿しているのは、水のように煽っていた酒のせいばかりではなさそうだ。
「好きなモノを好きと言うに、何を恥らう必要がござろうか・・・さ、入るでござる」
いつの間にやら巧みに高杉を誘導していた万斉は、相手に反論の隙を与えずに室内に押し込み、さり気無くそして素早く後ろ手で鍵を閉めた。
「相変わらずゴチャゴチャしてやがる」
「これでも整理整頓を心がけているでござるよ」
「ガキか」
万斉の子供じみた言い様を高杉は鼻で笑う。本人が主張するように、確かにそれなりに整理はされている。掃除も若い男の部屋にしては行き届いている方だろう。が、そうした努力が下手な小細工にしか思えぬほどに、万斉の部屋はモノで溢れかえっているのだ。
数種類の楽器をはじめとし、それらを編集するための音楽機材にPC、男性としては大き目のクローゼットに音楽・服飾・バイクの雑誌。それらの中に、彼がプロデュースする少女のために用意した女物が混在しているのが一際異様だ。
「これなどどうでごる?晋助好みの良い音を出す」
万歳は壁に立てかけてあった三味線を取り上げ高杉に押し付けるようにして手渡した。
べん・・・・べべん
「ふん」
軽く弦弾きを震わせながら、高杉は独特の形に秀麗な顔を歪めた。
「悪くねぇ」
零れ落ちた音色は、なるほど万斉が言った通りやけに高杉の好みをついていた。そう、まるでハナから彼に爪弾かせることを前提として調律されていたかのように。
万斉は器用な男だ。同じ人斬りである似蔵が、それこそ『人を斬る』こと以外何もできいないのに対し、彼は大抵のことを一通り、しかも水準以上のレベルでこなしてしまうのだ。
かくいう高杉も決して不器用なほうではなく、世間的に風流・雅と称されること全般に通じているのだが、その彼から見ても万斉にはソツというものがない。少しからかってやるだけで厳つい顔を朱に染めて見えもしない目を反らす似蔵と比べるまでもなく、可愛げというものがまるでない。
「悪かねぇが気に喰わねぇ」
「何を拗ねているのでござる?」
「拗ねてなんざいねぇよ」
ただ万斉の作った曲に合わせて踊るのが嫌なだけだ。
「その三味線、なかなかでござろう?もし気に入ったならば進呈するが?」
「いらねぇ」
「受け取ってはもらえぬでござるか・・・なればせめて一曲、奏でてはくれまいか?」
「しつけぇぞテメェ」
また、あの目で見詰められた。今日の万斉はどこかおかしい。常の余裕を時折失い、サングラス越しにもわかる切羽詰った表情をする。
何がこの小癪な男にそうさせているのか?
高杉の気紛れな好奇心が疼いた。
「おい・・・万斉」
「ん?弾いてくれるでござるか?」
「昼間何があった?」
「いや、何もなかったでござるよ?」
高杉の放つ直球にも万斉は動じない。薄っすらと笑みすら浮かべて飄々と流す。
「なら何だって・・・・」
「今日の拙者はこうもオカシイのか、でござるか?」
少し屈んで高杉と目の高さを合わせながら悪戯な口調で問う。小柄な高杉が嫌がることを充分に知った上での長身をいかした嫌がらせだ。
「わかってんなら俺の質問に答えやがれ!」
言いざま高杉は万斉のサングラスをもぎ取っていた。表情の読みにくい相手にからかわれるというのは気分の良いものではない。もっとも、素顔を晒した所で万斉の腹はいつも酷く読みにくいのだが。
「返すでござるよ」
高杉の横暴な要求に万斉はやれやれと大仰に肩を竦め、高杉の手の中からサングラスを取り返し洗練された仕草で掛けなおした。こんな気障な仕草が素晴らしく様になってしまうのもまた高杉の癇に障る。
「晋助、拙者と取引せぬか?」
「あ?」
「晋助は拙者のために・・・拙者のためだけに一曲奏でる。拙者は晋助の問いに嘘偽りなく正直に答える。どうでござろう?」
「・・・・で、俺ぁ何を弾けばいい?」
結局の所万斉の思惑通りになっていることに不快感を覚えながらも、高杉は三味線を抱えて胡坐をかいた。
「そうでござるな・・・せっかくだから拙者とセッションせぬか?」
「何が折角だ。調子に乗りやがって」
「晋助ならば拙者のペースにもついてこられるでござろう?」
「当たり前ぇだ」
こんな時、高杉の負けん気の強さは本人の理性と計算を超え主張する。思えば攘夷戦争を共に潜り抜けた面子は皆が皆ベクトルと表現方法は違えどおかしいほどの負けず嫌いではなかったか。そんな彼らを少しだけ年上の坂本が楽しそうにカラカラと笑いながら眺めていたものだ。
「では、スタートでござる」
歌うように宣言しすると、万斉は高杉の返事を聞くこともせずに弦を弾いた。
ぺぺん
刹那に響くピンと張り詰めた澄んだ音に高杉は微かに目を細める。
認めるのは癪だが、万斉の長い指にかかった楽器はすべからく良い音を出す。一見無造作なバチの運びから紡ぎ出される音には、彼だけが持ちうる危ういまでに張り詰められた『何か』がある。彼の音は彼そのものであり、それに惹かれるということは即ち万斉その人に惹かれていることを意味するのだ。
「気に喰わねぇ・・・気に喰わねぇなぁ」
自分が。この高杉晋助が。
よりにもよって戦争経験すらないチャラついた音楽屋の若造に惹かれるなど屈辱だ。
「晋助、弾くでござる」
ペペン ペン ぺん ぺんっぺぺぺんっ
ベン べべん
激しさを増していく万斉の音に、高杉の音が強引に割り込むようにして絡みつく。
遠慮も協調性も何もない協奏は、そも協奏と呼べるのかすらも定かではない。
「いい・・・いいでござるよ、晋助」
それでも万斉の唇は悦楽の笑みを刻み、均整の取れた長身は歓喜の波に打ち震える。
万斉にとって高杉は快楽という名の刺激物そのものであり、そこから発する『音』は耳から流し込まれる媚薬に他ならない。
「晋助もっと・・・もっと来る・・でござる」
「うっせぇ黙って弾きやがれ」
熱に浮かされたように求めてくる万斉を短く罵りながら、高杉もまた身体の奥底で蠢く欲に漏らす吐息を朱に染めた。
恋ではない。ましてや愛など鳥肌が立つ。それでも覚えこまされた身体は男の熱を孕む囁きに反応せずにはいられない。
「晋助・・・晋助・・・・・・」
「・・・・呼ぶな馬鹿」
名を呼ばれる度に疼きを強くする身体に高杉の顔険しく歪む。性を禁忌視するほど純ではない。愉しみを愉しみとして味わう嗜みも充分にある。ただ溺れたくはなかった。何事につけ、他人に己の何かを支配され制御されるのは不快でならない。
「最後の仕上げ・・・・イクでござるよ・・・晋助」
万斉指が一際激しく複雑に弦をかき鳴らす。その速さ技巧は完全に玄人のもので、さしもの高杉もついて行くのに全神経を尖らせる。
冷静に考えればたかだか遊び、しかも一方的に乗せられた不本意な遊びだ。何もそうまで躍起になる必要など欠片もないのだが、高杉の気性は勝負事で負けることを自らに許さない。そうした子供じみた部分を万斉はたとえようもなく可愛いと思う。
30分近くも続いた緊迫感溢れるセッションはやがて終息に向かい、緩やかに、拍子抜けするほど平穏なフレーズを奏で始めた。
(この曲・・・・)
そのフレーズに高杉は聞き覚えがあった。彼の記憶に間違いがなければ、彼自身やその近辺には縁遠いものの、世間的には非常にポピュラーな曲であるはずだ。そして高杉は己の記憶力にかなりの自信を持っていた。
「おい・・・こりゃぁ何のオフザケだ?」
あまりにも万斉にそぐわぬ選曲に高杉は言を弾きながら問うた。
「ふざけてなどおらぬ。拙者は、晋助にコレを弾いて欲しかったでござるよ」
「意味がわかんねぇな」
「・・・・晋助、今日は何月何日でござるか?」
「あ?5月20日だろうが。ボケたか?」
「それは何の日でござろうか?」
「知るか。何かの記念日か?」
「酷いでござる」
覚悟は決めていたものの、恋人の冷たい態度に想像以上に万斉の心はダメージを受けた。
「で、何なんだ?」
「今日は、5月20日は、拙者の誕生日でござる」
できれば覚えていて欲しかった。それが無理ならば、せめて自力で思い出してもらいたかった。3月頃から寝物語にアピールしてきたというのに・・・・。自分は高杉の誕生日も星座も血液型も身長も体重も好きな酒も煙草も食べ物も色も知っているというのに。
「そうか」
「そうでござる」
「ガキくせぇ」
バッサリと切り捨てられ、万斉は大きく肩を落とす。高杉という男は風流を愛でるロマンティストであると同時に情緒障害では?と不安になるほど乾いた部分があるのだ。そしてその乾いた部分は主に彼を慕う他人へと向けられるから性質が悪い。S度でいえば真選組のサディスティック星王子といい勝負かもしれない。
「晋助。拙者は誰よりも晋助に誕生日を祝って欲しかったでござる」
「頭、湧いてるのか?」
「誰からよりも先に、一番に、晋助からの『おめでとう』が欲しかったでござる」
「テメェは」
「恥かしいでござるよ。いい年をした大人が、こんなことを面と向かって口にするのは、何とも恥かしくていたたまれないでござるよ」
耳まで赤くして一気に言い切る万斉に、高杉はだったら言わなきゃいいじゃねぇかと心底呆れる。
「しかし、晋助は鈍い故、こうしてはっきりと言葉にせねば伝わらんでござる」
「鈍くて悪かったな。つまり何だ?俺か?俺のせいだって言いてぇのかテメェは?」
ワケのわからぬ子供じみた遊びに強引に付き合わされ、聞いている方が恥かしくて身の置き場がなくなるような台詞を真顔で吐かれ、あげく鈍い呼ばわりだ。もとより気の長い方ではない高杉が怒るのは当然だった。
「晋助・・・何故分かってるくるぬのだ?拙者はただ・・・愛しい者と二人音楽を奏でながら日付が変わるのを待って、拙者が今ここに居ることを祝福されたかっただけでござるよ。他意など何もござらん」
「他意がねぇならこの暑苦しい腕は何だ?」
吹っ切れたように情熱的な言葉を囁き続ける万斉は、テンションに任せて高杉の小柄な身体をキツク抱きしめていた。
「愛しているでござる」
「気色悪ぃ野郎だ」
比喩を過剰なまでに用いた歯の浮く台詞を吐き散らしたかと思えば、どこの田舎者かと疑いたくなるような直球を放ってくる四つほど年下の男。どこまでが天然でどこからが計算なのかまるで見当がつかない。
「プレゼントが欲しいでござる」
「もうやっただろうが。誕生日もテメェの頭もめでてぇよ。これでいいか?」
「もっと、欲しいでござる」
自分でも薄気味悪いと自覚しながら、万斉は誕生日を理由に少しだけ甘えてみた。
もとより己の誕生日をさほど特別視も神聖視もしてはいない万斉であったが、愛する者と同じ時と空間を生きて年を重ねるのは喜ばしいことだと素直に受け入れている。実年齢こそ高杉よりも下の万斉であったが、こうした精神面では彼よりも遥かに大人だ。
「欲張りな野郎だな」
「晋助・・・拙者、今宵は朝まで晋介を奏でたいが、かまわぬな?」
「嫌だと言ったらー」
「言わせぬよ」
万斉は言うか言わぬかのうちに高杉に深く接吻けた。
こうして万斉の長い誕生祝は朝日が昇るまで祝福され続けた。
終