衝動的にロクに下書きもせず構図も背景も考えず描きだしたもの。
どうしても高杉誕生日に間に合わせたかったから。
万のとき間に合わなかったんだよ(悔しい)
普通こういう絵は3Z設定でするんだろうけど、これ、本編設定です。
推定22と26のええ大人がこんなナリでビーチで浮かれやがってます。
指名手配中の凶悪過激派テロリストと人斬りの分際で。
杉と並べると万の顔がやたらデカクなる・・・髪のせいと馬面なせいで。
何故か万には面長(ちょっと馬面)イメージあって。
ちなみに曹牙的彼らの脳内身長は万:186、杉165(164・8なんだけどさぁ・・・くらいの)
この二人は身長さガッツリあったほうが萌える。
坂高(坂→→→←高で無自覚プラトニックで後の祭り)な過去を踏まえての万高妄想者なんで、自分。
しかし、いつものことながらファッション・センスってなんだろう?お洒落ってそれおいしーの?苺牛乳味??
照りつける太陽、温く不快な風。何をせずとも汗が滲み、少し歩き回れば滲んだそれが滴り落ちる灼熱の季節。
高杉が生まれたのは20数年前のそんな昼下がりだった。
もっとも当のご本人様はといえば、己の誕生日になぞついぞ興が沸かず、今日も今日とて戸を開け放った屋形船の居室にて、右手に杯、左手に煙管といった有様である。心身ともに健康とは言いがたいが、さりとて病でもない大の男が、何とも羨ましい・・・否、けしからぬ生活態度ではあったが、この高杉という男には不思議とそうした自堕落さが良く似合う。
だらしなく気崩した女物の派手な着物。すっかり緩んでしまった顔の包帯。ぞんざいに蹴りやられた布団。
高杉お気に入りの素晴らしく威勢の良いかぐや姫が見れば、まず間違いなく『マダオ』と断じるような姿でありながら、そこに不潔さやむさくるしさといった『醜』が存在せず、かわりに退廃的な爛熟の『美』があった。
ありていに言って彼は無駄に色っぽいのである。どこにいて何をしていても、その瞳から髪から肌から指先から媚薬のような艶が滴るのだ。そして高杉の『艶』は男女敵味方を問わず人を惹き付ける。
成人男性としては随分と小柄だが、かといって女性的なわけでもない。女性的と言うには彼の纏う空気は禍々しい狂気と攻撃性を孕みすぎている。白く肌理細やかな肌も、小作りな顔の左半分を隠す包帯と相まってどこか病的な印象を与える。ことに痩せて骨の目立つ身体など、客観的にその部分だけを見れば人によっては醜いと評価しかねない。
十人並以上の容姿ではあるが決して完璧ではない粗だらけの『美』。それはまるで気紛れで我侭でありながらひどく魅力的な彼の気性をそのまま形にしたような、歪に完成された美しさであった。
とまぁ、かような戯言をこともあろうに本人の耳元で囁いた男が、『気色悪い』の一言と共に船べりから蹴り落とされたのはほんの一週間ほど前だった。
ちりりーんちりりーーーーん
涼やかな風鈴の音が風流に鳴り響いたが、残念ながらそれは窓辺からではなく蹴りやった布団の下からであり、音源は半ば押し付けるように持たされた携帯電話であった。
「うるせぇ・・・・」
吐き捨て高杉は思い切り顔をしかめる。
電話の相手の名は河上万斉。高杉の腹心の部下であり人斬りであり音楽プロデューサーでもあるこの男、頭の痛いコトに自称『高杉の恋人にして未来の夫』・・・・高杉が一週間前に蹴り落とした相手だったりする。
ちなみに、高杉が液晶を見るでもなく電話の相手を万斉と察したのは彼がエスパーだからではなく、携帯の着信音を『風情がねぇ』と評した高杉のために、万斉が『拙者限定着信音』を大層恩着せがましく設定していったためである。『涼やかな夏の音と相まって、嬉しさ倍増でござろう?』と得意気に抜かした顔をぶん殴ったのは・・・6月の終わりだったか・・・・
「うっせーよクソ」
開口一番にまったくの本気で罵声を浴びせてみたが、むろん万斉はその程度のことでは怯まない。むしろ『照れ隠しでござるな、何と可愛いらしい』と素で言い切る男のが河上万斉だ。高杉も決して人のことは言えないが、万斉は恐ろしく人の話を聞かない。空気も読まない。というか読み方がオカシイ。
「ふむ、ご機嫌でござるな」
「・・・・どんな新解釈だてめぇ」
「晋助、これから迎えに行くでござる」
「あ?」
「仕度は拙者の方で全てしてある故、晋助は何もせずに待っておれば良い」
「おい・・・」
何が良いのかさっぱりわからない。そもそも何の話なのかわからない。
迎え、というからにはどこぞに連れてゆかれるのだろが、はて今日はそんな予定を入れていただろうか?
「では楽しみにしてるでござる」
「おいっ・・・!!」
高杉が叫んだ時には既に携帯は切られていた。
「何だってんだあの野郎」
強気に悪態を吐きながら少し不安にもなる。万斉が『楽しみ』などと言い出すと、何か非常に嫌な予感がするのである。
「万斉・・・・・・・・・・」
「呼んだでござるか?」
「早すぎだろーが」
音もなく船室に滑り込んできた万斉に、しかし高杉は驚かない。万斉は度し難い阿呆ではあるが暗殺者としては天性の素質をもつ男だ。気配を消すことに関しては桂をも凌ぐと高杉ですら認めていた。
「てめぇ、どこから電話かけてきやがったんだ?」
「船の下からでござる」
「意味ねぇだろうが」
「大有りでござる。人と会う時はまずjアポを。大人の常識でござろう?」
ああ言えばこう言う口の減らない若造に高杉は大仰な溜息を吐いた。
白昼堂々指名手配中の過激派テロリストを尋ねてくる男に常識など片腹痛い。そもそも数分前に相手の都合を一切聞かずにとりつけるアポなどすでにアポではない。
「で、何のようだ?こちとら日陰モンなんでな、真昼間の客人なんざ迷惑以外の何モンでもねぇけどな」
「それはすまなんだ」
素直に謝りつつも、万斉に悪びれたところはない。
「しかし、今日ばかりは真夜中の訪問というわけにはゆき申さぬ。それでは時が足らぬ故」
「何考えてやがる?」
相手の術中にハマっていることを承知で高杉は問いかける。万斉の言動に欠片でも興味を持ってしまえば、そしてそれを相手に気取られれば負けなのだ。
「晋助、これから拙者と海に行くでござるよ」
「てめぇ、暑さで頭煮えたか?」
これには流石の高杉も片方しかない目を剥いた。
くどいようだが、高杉も万斉も世間に背を向けた日陰者なのである。どこの世界に真夏の良く晴れた午後に海水浴場を闊歩する指名手配犯がいるというのか。
仮に二人が犯罪者でなくとも、海だの砂浜だの青空だの太陽だのが似合う二人ではないはずだ。
「まだ煮えてないでござる。煮えるのは夜、晋助の中で果てる褥までとっておくで・・・・ごっっ」
見事な前蹴りが万斉の鳩尾に突き刺さった。
「てめぇ・・・・簀巻きになって沈みてぇのか?」
笑いの形に歪んだ高杉の唇の端がピクピクと震えている。かなり怖い。
「晋助、そんなに怒らないで欲しいでござる。拙者はただ、この特別な日を晋助に楽しんでもらいたいだけでござる」
「特別だぁ?一つ年とンのがそんなにめでてぇかよ?エライかよ?ガキみてぇなコト言ってはしゃいでんじゃねぇぞ」
それだけの台詞を一息に言い切り、高杉は己が思いのほか苛立っていることに少しばかり驚いた。目の前のサングラスで表情を隠した男が馬鹿で軽薄なのは今に始まったことではないというのに。
「日和ってんじゃねぇよ人斬り万斉」
「晋助・・・?何をいきりたっておる?拙者は・・・」
高杉の気紛れな怒りやら苛立ちやらにはいいだけ慣らされている万斉であったが、今日はいささか様子がおかしい。万斉の特殊な『耳』は、高杉のいつもにも増して不安定な『音』を耳聡く聞き取った。
「はっ、白夜叉に感化されましたってぇわけか?」
高杉の唇がもはや笑いとも言えぬ形に歪んだ刹那-
「白夜叉は関係ないっっ!」
高杉が口に運びかけた煙管を宙で止めるほどの音量で万斉は否定した。
「拙者はっ!拙者の意思で晋助の誕生日を祝いたいだけでござる!白夜叉など拙者は知らぬっ!」
「・・・てめぇ・・・何興奮して・・・っぐっ・・・ふぅ・・っっ」
接吻と言うにはあまりに荒々しい行為に、高杉の息はすぐさま奪われた。
「・・・ッ・・!!っっ・・・・・・・・・・」
苦しい、離せともがく高杉を、それでも万斉は赦さない。まるで罰を与えるかのような容赦のなさで深く強く貪る。
「晋助・・・・」
ようやく解放され床にへたり込んだ高杉に、万斉はひどく優しい声音で呼びかける。
「て・・・め・・ぇ・・・・・」
加害者の甘すぎる声に、高杉は射る様な視線を叩きつけたものの、その目は生理的な涙で濡れていた。
「すまなんだ。酷くするつもりはなかったでござるよ」
しおらしく謝罪の言葉を口にしながら、万斉はそっと高杉の前に跪く。こんな仕草が奇妙に様になるのもこの男の不快なところだと高杉は思った。
「良く言う・・・ッてめまた・・・っ」
二度口を吸われ、高杉は首を振って抗った。
唇はあっけなく離れた。
「今のは仲直りのキスでござる」
「何勝手に決めてやが・・・・・っていい加減にっ!!」
三度目の接吻。
「これはお誕生日おめでとうのキスでござる」
「沸いてんな・・・てめぇ、ぜってぇ脳味噌沸いてやがる」
女子供でも言えないような台詞を恥かしげもなくいけしゃぁしゃぁと吐き散らかす人斬りに、高杉は空恐ろしさすら感じ始めた。
「晋助、晋助の言うとおり、誕生日など本当は無意味なモノなのかもしれぬな」
「かもじゃねぇ。無意味だ」
意固地に言い張る高杉に、万斉はサングラスの下で柔らかく微笑し、その気配に高杉は不快だとしかめっ面を作る。
「しかしな、晋助の誕生日が晋助にとって無意味であっても、拙者にとっては大いに意味があるでござる。拙者は晋助が生まれてきてくれて嬉しいでござる。晋助のおらんこの世は面白うない。拙者の厭う退屈な世界など、壊すにも値せぬでござろう?」
真顔で語る人斬りの顔を、高杉はまじまじと凝視する。
(こいつは真昼間っから泥酔してやがんのか?)
現実逃避を試みるも、万斉からはアルコールの匂いは一切しない。ついでに言うならば、万斉はめっぽう酒に強い。高杉も酒豪であるが、気持ちよくほろ酔いする高杉に対し、万斉は酔うという状態にすらなったことがない。少なくとも高杉初め鬼兵隊の面子はそんな万斉を見たことがない。
「年をとることは、エライかどうかは知らぬが目出度きことではござる。一つ年をとるということは、一年生きてきたということではござらぬか」
万斉もまた高杉の目を真正面から見詰めて言葉を紡ぐ。職業柄なのか性格なのか、万斉は必要に応じてスラスラと呼吸するように嘘を吐く男だが(そうでなければ表と裏の二重生活など送れない)、本気を語る時にはどこまでも熱く、真っ直ぐ過ぎて回避不可能なほどの直球を全力振り絞って投げつける。その青臭い若さが高杉には時折痛い。
「拙者は拙者と共に生きてくれた晋助の時間を、一年ごとでも一月ごとでも一週間ごとでも、何なら一秒ごとにでも祝いたいでござる。晋介、拙者は-」
がつん。
鈍い音が響いた。
「し・・・・晋助?」
頭突きを喰らった鼻を押さえる万斉の前にスックと立ち、高杉は間抜けな姿を晒す人斬りを見下ろす。
「もういい。もうテメェは喋んな」
「ちょ・・・喋るなって・・・・酷いでござるよ。拙者、一世一代の告白の途中だったでござるよ?!
「だから、もう喋んなっつってんだろ?聞いてる方が恥かしいんだよ、テメェは」
「晋助!」
苦虫噛み潰した高杉の顔をどうとったものか、万斉は満面の笑みを浮かべた。
「拙者の告白にときめいてくれたでござるか?それで照れて・・・あ、刀を抜いちゃ駄目でござる!こんな狭いところでそんなもの振り回したら危なかろう?」
正論だが人斬りの台詞ではない。
「とにかく、晋助に拙者の気持ちが伝わって嬉しいでござるよ」
「その無駄に前向きな考え方やめねぇか?すげぇイラっとする」
「流行のツンデレでござるか?可愛いでござる」
「・・・・・・テメェ何人だ?」
あまりに成立しない会話に、思わず某アイドルのヒット曲のようなツッコミをしてしまう高杉であった。
「晋助、海に行くのにそのナリではマズイ故、これに着替えるでござる」
「めんどくせー」
「晋助・・・拙者らは指名手配犯でござろう?そんな手配書まんまの姿で出歩くのは危険でござる。少しは立場を弁えてくれねば・・・」
その台詞、そっくりそのまま打ち返してやラァと思ったが、高杉はそうだなとだけ応じた。躁状態の万斉を止めるのははっきり言ってたいそう骨が折れるのだ。寝起きにしたい仕事ではない。
「テメェはどーすんだよ?」
ジロリと高杉が睨みつける万斉の姿も、なるほど海ではさぞかし浮くことだろう。さすがに夏場にブラック・レザーのロング・コートは身に着けていなかったが、素材も仕立ても一流であることが素人目にもわかる黒のカッターシャツに細身のパンツ。磨きぬかれたショートブーツまでもが黒く艶光している。特徴的な形のサングラスと重力に逆らうようセットされた髪も健在だ。
「無論拙者も着替えるでござる」
言うが早いか、万斉は身に着けていたものを躊躇なく脱ぎ捨て始めた。
互いに性器の裏まで嘗めあう仲、今更恥じらいも何もないのだが、こうした万斉の明け透けさはしばしば高杉を戸惑わせる。どことなく神経質な印象を与える万斉の意外な一面といえよう。
「晋助、拙者の身体に見惚れるのは夜にして、さっさと着替えるでござるよ」
「見惚れるかバカっ」
即座に否定した高杉の頬は微かに赤い。
実際、万斉は素晴らしく良い身体をしている。180を優に超える長身にスラリと伸びやかな手足。引き締まった筋肉も、ゴツさではなくしなやかさを感じさせる一流アスリートのそれだ。女たちの情欲と男たちの羨望を掻き立てるに足る肉体である。
もっとも、高杉自身は万斉の肉体を羨むこともなければ劣等感を抱いたこともない。ただ夜な夜な己を求め熱く猛る若い肉体が、このような場面で無造作に日の光に晒されていることに奇異の念を覚えただけだ。
・・・だけなのだが、見ていた事実を指摘されるとどうにもばつが悪い。15の夏で成長の止まった男心は難しいのである。
「だいたいよぉ・・・こんなもん着れるかよ」
高杉は万斉が着替えだといって押し付けてきた紙袋の中をぞんざいにぶちまけ、これ以上ないほど不機嫌な顔で拒絶した。
目深に被って顔を隠すために用意されたのは白とライムグリーンのキャップ。異様な雰囲気を醸しだす包帯の代わりに用意されたのはゴールド・ブラウンのバンダナ。指名手配犯が顔を隠すのは一応セオリー通りだが、無駄にこだわりがあるというか派手だ。着物もいつもの和服ではなく、渋いオレンジのシャツとモスグリーンのハーフパンツである。いずれもオーバーサイズ気味に着こなすようになっている。窮屈な身なり厭う高杉の性癖を考慮してのチョイスだろうが、あまりにも常日頃の彼のイメージとかけ離れていた。ラフでルーズなコーディネートの中、足元を飾る茶色の皮サンダルだけが女物のように華奢で奇妙にフェミニンなのは万斉のマニアックな趣向故だろうか。
「似合うでござるよ」
揶揄っているわけではない。万斉はまったくの本気だ。職業柄もあり彼は己の審美眼とファッション・センスにはそれなり以上の自信を持っている。人気アイドルお通のために彼が見立てた衣装はどれもこれもすこぶる好評で、年頃の娘たちが先を争って真似る程だ。
今回高杉のために用立てた一式にしても、雰囲気を180度変えつつ、彼の髪や目の色、体格などに合うものを厳選したつもりだ。ちなみに彼自身はシンプルなタンクトップに紫の七分パンツ、常よりも下ろし気味の頭髪をラフなソフトバックに纏めている。
「似合わねぇよ
「イメチェンだと思って」
「したくねぇし」
不貞腐れる高杉に万斉はやれやれと溜息を吐く。彼の恋人はどうにも手がかかって、そこがまた可愛らしいから困ってしまう。
「晋介、いい加減にせぬと拙者が脱がして着せるでござるよ?」
「斬り殺す」
物騒な脅し文句を半ば本気で吐く。
「晋助、拙者の一生に一度の頼みでござるよ」
「随分安い一生だな」
「愛する者に捧げ尽くせる一生ならば男子の本懐、拙者本望でござる」
「信じらんねぇ」
「本気でござる」
「いや、そうじゃねぇよ」
本気だろうがなんだろうが、こうもクサイ台詞を素面で吐ける人間を高杉はいまだかつて知らない。・・・まぁ一人心当たりがないでもなかったが、その田舎者丸出しの男は万斉ほどキザではない。
「万斉、コレっきりだ」
「・・・・晋助・・・やはり一生に一度目の願いにしたいでござる」
「殴られてぇか?」
質問の形をとりながら、高杉は既に万斉にボディ・アッパーを食らわせていた。
※
上から照りつける日差しと下から反射してくる熱。前から後ろへと叩きつける様に流れていく風。
月と星と生温い夜風によって構成される世界で日々を送る高杉が、昼の世界の象徴であるそれらをその身に受けるのは随分と久しぶりだった。
(たまにゃぁ悪くねぇかもな)
昼の世界に女々しく焦がれたりはしなが、今この瞬間に多少なりとも気分が高揚しているのは悔しいことに事実だ。
万斉に乞われるままに着替え、急かされるままにバイクの後ろに座り、こうして海に向かって疾走しているという現実。
(笑うしかねぇ)
己の今の状況を客観的に想像し、高杉は歪んだ自嘲を浮かべる。
誰かや何かに振り回されるなどまったくもってガラではないというのに、思えば随分とこの人を食った若造に翻弄されている。
不愉快で仕方がないはずなのに、どこかでそれを楽しいと思っている自分がいる。
仲間などもう持たない、在るのは敵と味方、利害損得のみだと割り切ったはずなのに、この男を失うのは嫌だとふと思う瞬間が増えた。認めたくはないが危険な兆候だと思う。
そしてまた万斉も変わった。出会った頃の彼はもっと殺伐として乾ききっていた。サングラスのしたの双眸は虚無を凝縮した色を宿していた。まさしく彼は人の形をした『死神』、あるいは『死』そのものだったというのに。
それがいつしかどうしようもなく『人間』に、ただの『男』に成り下がっていた。
揶揄と侮蔑をこめて指摘してやれば、万斉はいけしゃぁしゃぁと『晋助のせいでござる』と言い放つ。
『晋助と出会う前と後では世界が違って見えるでござる。今の拙者の目には、サングラス越しにも全てが色鮮やかで眩しいでござる。晋助が拙者の世界に色を塗ってくれたでござる』
などと、ワケのわからぬことをほざく。
(なんなんだろうなこいつは・・・)
らしくもなく己と万斉が出会ったことの意味など考える。
『偶然とは必然であり、必然とは大いなる偶然の積み重ね』
考えてみた所で、そんな禅問答のようなおためごかししか出てこない。
ふと磯の匂いが強くなったかと思うと視界一杯に青い海が広がった。
『今日は海岸で花火が上がるでござる。夜には出店も数多立ち並ぶと聞きもうした。晋助は祭りが好きでござろう?』
着替えを勧めようと高杉の好きな祭りを餌に懸命に説得してきた万斉の顔を思し、高杉は小さく声を漏らして笑った。
恋人の誕生日にありきたりの夏の一日を過ごしたい。
世界の破壊に加担する人斬りの望みにしては、随分と子供じみてちっぽけではないか。
「くく・・・くくくっ」
万斉の背中に顔を押し付け、高杉は今や湧き上がってやまぬ笑いに肩を震わせる。その笑いには不思議と嘲りを含む歪みはなかった。
ありきたりな夏