甘いモノは好きですか?
鼻がもげそうだ。否、腐って蕩けて崩れそうだ。
ただでさえ人相が良いとは言い難い強面をさらに歪め、岡田似蔵は眉間の皺を限界まで深めていた。
「似蔵殿、菓子を作りながらかような顔をするものではござらぬ」
『不機嫌』と判で押したような似蔵の表情をそう嗜めたのは河上万斉だ。
「良いでござるか?手作りの菓子に最も必要なものは、そこに込められる真心でござる。それをそれそのような表情をしていては台無しでござろう?」
「真心、ねぇ」
”人斬り万斉”と真心。そのあまりに不釣合いな取り合わせに似蔵はやれやれと肩を竦め皮肉たっぷりに唇を歪めた。
そもそも似蔵にしてみれば、万斉のような男が甘ったるい洋菓子を作っていること自体不気味で仕方がない。
盲目故に己が目で確かめることは適わぬが、話に聞く万斉の容姿は崇拝する高杉とはまた別の方向にエキセントリックだ。長身に黒尽くめのレザーファッション、人の目を引く奇抜な髪型、目と耳には常に濃い黒のサングラスと大型のヘッドフォン。極めつけは背に負う剥き出しの三味線である。とにかくこの男、人斬りでありながら世を忍ぶという慎みがまるでないのだ。
そんな男が、異国の風習である『ばれんたいん・でぃ』とやらに乗じて『ちょこれぇと』などという女子供の菓子を真剣に作っているのだ。これを薄気味悪いと言わず何と言う。
「アンタぁ・・・・よくこんなとんでもないニオイ嗅いでられるねぇ」
痛みはじめた頭を振りながら、似蔵は溜息混じりにぼやいた。かつて一度導かれるままに触れた万斉の素顔は、自分のような強面でこそなかったものの、男らしく整って女々しい要素はなかったというのに。
まったくこれは何の酔狂なのか。そして何故その酔狂に自分を巻き込むのか?相変わらずの意味不明っぷりである。
「似蔵殿は甘いモノは嫌いでござるか?」
これは意外というふうに、万斉は軽く首を傾げた。彼が知る限り、似蔵はどこぞの糖尿病予備軍のように甘味を偏愛こそせぬものの、団子や饅頭を忌避するでもなく普通に食していたはずだ。
「洋モノってやつはどうもねぇ・・・」
「ああ、なるほど」
似蔵の答えに万斉は心得たとばかりに大きく頷いた。甘味に限らず、似蔵の好みは基本的に『和』に寄っている。高杉や武市もそれぞれに『雅』や『思想』といった情理から『和』を好む傾向にあったが、万斉が見るところ似蔵のそれは若干事情が異なるように思えた。似蔵の時間は天人がこの国を席巻する以前、つまり彼の目がまだ見えていた頃で半ば止まっている。万斉は優れた直観力と分析能力からそう判断していた。
もとより極貧の環境に生まれた彼には、物質的にも精神的にも『豊かさ』というものが乏しい。常にギリギリの瀬戸際で呼吸し、人を斬ることのみに長けていった男なのだ。かように著しく偏った男が、五体満足であっても順応困難な激動の世から取りこぼされるのは自然な流れといえよう。
似蔵が『和』を好み『洋』を遠ざけるのは、個人的な主義・嗜好の問題というよりもむしろ、単純な知識の有無によるところが大きい。そう万斉は踏んでいた。
「しかし、食べず嫌いは良くないでござるよ?何事も自分の身体で感じ確かめた上で判断するのがよろしかろう
「アンタ、心底お節介だねぇ」
一回りほど年若い男の説教臭い物言いに似蔵は苦笑するしかない。以前であれば舐めた口を叩く若造相手に撃剣の一振りも見舞ってやっていたであろうが、紅桜の件で傷めてしまった身体は今もって思い通りには動かない。そして認めるのは酷く不服であったが、この万斉という男は、年齢にそぐわぬ経験を積み、そこから得た知識を巧みに用いる術を知っている。時にその思考はあまりに情緒的・哲学的に過ぎ、似蔵はついてゆけなくなるのだが、それでも万斉という男がただの軽薄な音楽屋でないことは揺るがぬ事実であった。
「お節介、でござるか?」
「ああ、アンタのそういうところ、ちっとも人斬りらしくないねぇ」
「ふむ・・・・誰にでも、というわけではござらぬのだが」
今度は万斉がやれやれと肩を竦める番だった。
”人斬り似蔵”として畏れられたこの盲目の男は、その感覚の鋭さとは裏腹に、人の心の機微に対して奇妙に鈍い。殊に己に向けられる好意や善意といった正の感情をまるで理解していない。傲慢故ではなく、そうした『良いモノ』と己はハナから無縁と頑なに信じ込んでいるが故に、だ。人斬りとしての矜持の高さとは別に、似蔵の人間としての自己評価は卑屈な程に低い。
(不憫な)
万斉はそんな似蔵が愛しくも哀れであった。
光と希望を失くし、一人常闇の中でこの世の全てと戦ってきた日々。それは似蔵を鍛え上げると同時に、彼の中から決定的な何かを奪っていったに違いない。
もし誰か一人でも、彼の手を取り新しいモノに触れさせていたならば、彼の人生は変わっていたかもしれない。
だがその場合―
(拙者、似蔵殿に会えなんだかもしれぬ・・・それはつまらぬ故、御免こうむる)
人の痛みがわからぬわけではない。優しさの何たるかを知らぬわけでもない。概念としての常識の理解ならば、恐らくは鬼兵隊随一と言えよう。だが残念なことに、河上万斉はおそろしく自分本位な男であった。
「舌に馴染んでしまえば、洋菓子もなかなか悪くないでござるよ。作り方次第では甘さ控えめ”大人の味”をいくらも演出できる故」
「そんなもんかねぇ」
濃度を増すチョコレートの臭いに閉口しながらも、似蔵は万斉の指示に律儀に従い、生クリーム入りガナッシュが鍋底に焦げ付かぬように木べらでゆっくりとかき回す。最初から板チョコとして成立しているものを、何故にわざわざ溶かし直してまた固めるのか、説明されてもやはり似蔵にはよくわからない。こうして似合いもせぬ菓子作りに参加しているのも、『せっかくつけた義手のリハビリにたまには毛色の違うことをしてみるのもよかろう?』などと言葉巧みに誘われたからであって、まったくもって似蔵の本意ではない。それでも万斉の誘いに ―かなり渋々と― 乗ったのは、やはり似蔵は似蔵なりに万斉に恩義を感じているからに他ならなかった。頼んだわけではないとはいえ、とにもかくにも命を救われ、その後のケアも現在進行形できめ細かくなされているのだ。自分のような男に好きだの何だのと世迷いごとを囁くイカレっぷりには閉口するものの、正直随分と助かっている部分が多いのだ。狂犬とまでよばれながら、奇妙に義理堅いのがこの男の奇妙と言えば奇妙で憎めない所であろう。。
「古き良き時代の雅を愛でるは拙者も好むところでござるが、似蔵殿はもそっと”今”に触れるべきでござるよ」
「はっ、今更さね」
似蔵とて己が世界においていかれているという自覚はある。しかし、人を斬ることと高杉の役に立つこと以外にそそられることもない世界にしゃかりきになって追いつきたいとはどうにも思えなかった。
「それ、そのように諦めてかかるのが良くないでござる」
「何をそんなにムキになっているんだぃ?おかしなお人だねぇ」
「似蔵殿、似蔵殿が新しいモノに触れる時には、拙者が傍らで手を添える故、怖がらずに触れて欲しいでござる」
「あ?別に俺は怖がってなんか・・・なぁ、あんたホントにどうした・・・・・・・・んぅ?!」
唐突に口の中に突き入れられた人差し指と中指に似蔵は激しく動揺した。
細長いがそれなりにごつい男の指には、柔らかな甘味のねっとりとしたガナッシュが絡み付いていて、慣れぬ刺激に似蔵は立て続けに咽た。咽ると惜しみなく使用された上物の洋酒の香りが鼻腔を満たし、その芳醇さが似蔵を戸惑わせた。
「お味はいかがでござる?」
「ん・・・ふぅ・・・っ」
長い指でくすぐるように舌をなぞられ、思わず似蔵はくぐもった声を発する。そのような態度が余計に万斉の雄を煽ってしまうことを、幸か不幸か似蔵本人は露ぞ知らない。
「ビター8にミルク2故、甘さは大分抑えられておろう?」
「ん・・・っ」
「ほう、気に入ったようでござるな。そのように自ら舌を動かし求めてくるとは思わなんだ」
懸命に万斉の指を吐き出そうと蠢く似蔵の舌を、万斉はいともたやすく指先に捕らえ、抵抗とも呼べぬ僅かばかりの足掻きを愉しむ。
「使っている洋酒はチェリーブランデー。独特の果物の香りが良いでござろう?」
囁きながら、万斉は香りを拡散させるように似蔵の口内で指をひらめかせる。たったそれだけの動きに、臭いや感触に過敏な似蔵の身体は面白いように震えて万斉の嗜虐的な側面を温く満たしていく。傷つけたいのではない。ただ敏感な表皮に戯れに爪を立て、艶めいた喘ぎを吐かせたいだけなのだ。
「・・・ぁ・・・ぁ・・・・・っ・・っ」
食べつけぬ洋菓子と同様、この手の色遊びにも不慣れな似蔵の盲いた目に薄っすらと涙が浮かぶ。
何故この若く美しいであろう男は、自分などにいつまでもかまうのか?
自分にかまって何の得があるのか?何が面白いのか?
高杉のような麗人を恋人だと豪語しながら、他に何を求めるというのか?
似蔵の思考は混乱し、己を卑下する集約と、疑問を宙に投げかける拡散を繰り返す。
「すまなんだ・・・・ちと戯れが過ぎたでござる」
殊勝に謝罪しながら、万斉は汚れていないほうの手で似蔵の涙を拭ってやる。もう少しもう少しと愉しむ内に、つい深追いしすぎてしまうのは些か悪い癖かもしれない。
(急いてはことを仕損じる。覚えたての中学生でもあるまいに、愉しみは長くゆっくり風雅に嗜まねばな)
珍しく反省的なことをしてみても、やはり万斉の本質はSにちがいなかった。
「して、味は如何か?」
「・・・・・甘い・・・よ」
「チョコレートとは基本的に甘いものでござれば、もそっと何かこうないでござるか?」
幼児並の感想をたどたどしく述べる似蔵に、万斉は少し呆れた声を出した。
キムチを与えれば『辛いよ』。ゴーヤを食べさせれば『苦いね』。若干特殊な与え方で、製作途中のチョコレートを含ませてさえ『甘い』ときたものだ。どれも感想としては間違ってはいないし、紅桜の侵食を経てなお似蔵の味覚が正常に機能していることが判明したのは喜ばしい限りであったが、せっかく自分的お気に入りや厳選した食材で作ったものを食べさせる側としては、正直もの足りない。
「甘くて、果物の濃い匂いがして、少し・・・苦い?でもやっぱり口の中は甘い、ねぇ」
強制的に賞味させられたものの味を、似蔵は懸命に舌と鼻で探り、なるべく正確な言葉を選んで口にした。
「好きでござるか?」
「え?」
唐突な万斉の言葉に似蔵は固まった。
好き。好ましい。可愛い。愛している。
そんなトチ狂った言葉を幾度となく病床で囁かれた。
好いて欲しい。関心を持ってほしい。理解して欲しい。愛して欲しい。
一回り下とはいえ、成人して久しい男のものとは思えぬ直球すぎる言葉の数々で『心』を求められた。
その旅に似蔵は酷く戸惑い、『アンタの言うことはよくわからないよ』と、自分でも愚鈍としか言えぬ応えを返すしかなかった。
嫌いだ。
気に喰わない。
不愉快だ。
殺したい。
そうした感情を唇に乗せるのはいとも容易いというのに、万斉が求める類の感情は、感じることも言葉にすることも酷く難しい。
そうした感情がまるきりないわけではない。遠い昔には、それなりに好いた女の一人二人もあったし(いずれも長くは続かなかったが)、現在進行形で”あの人”こと高杉に魂の底から惚れ抜いてもいる。
だが、似蔵にとって女は初めから一時的なものとして認識されていたし、高杉はそうした生々しい感情を真っ直ぐぶつけるには存在の次元が違いすぎた。
『アンタのために死にたい』
『アンタの役に立てるなら何でもする』
『アンタの剣になりたい』
それらの感情は、客観的に言えば既に一般的な上司と部下の関係を超越している。ほとんど恋する盲目の乙女状態といっても差支えがないほどに、だ。
しかし、幸か不幸か似蔵は乙女ではなかった。故にどれほど高杉に惹かれ焦がれ傾倒しても、また子のようにその思いをわかりやすい『恋情』として表現することには憚りがあった。
万斉の言葉を借りるならば『本気の恋に男女の差など小さきこと。ましてや真実の愛なれば、生命が二つあればことたりよう』ということになるのだが、彼ほど自由足り得ない似蔵にしてみれば、性別も年齢も立場も容姿も小さきこととは思えなかった。似蔵には万斉の主張が、全てに恵まれた人間のいわばセレブのロジックに思えてならなかった。
「わかんないよ」
いつもと同様愚鈍な答えをモソモソと口にする。己を賢しい人間とは思はぬが、万斉といると必要以上に己の頭の悪さを思い知らされるような気がして、似蔵は少し憂鬱な気分になる。
「いや、かように難しく考えることではござらんよ?」
「だって・・・・」
『嫌い』だと拒めば、もう自分にかまうことなく放っておいてくれるのだろうか?
自分は放っておかれたいのだろうか?
逆に『好き』だと言ったならば、すぐにでも抱かれるのだろうか?
(それでこいつが”あの人”に不埒な真似をしなくなるなら、それもアリなんだけどねぇ・・・・)
が、万斉に限ってそれはない。絶対にない。欲しいものは全て手に入れると豪語し、似蔵と高杉それぞれの形 ―正室と側室として―愛したいと真摯に語り、あわよくば伊藤をも愛人にしたいと真摯に語るような男なのだ。そんな男を己が身一つ捧げて食い止められるとは到底思えなかった。
「チョコレートに駄目出しされたくらいで身投げするほど小さき男ではない故、忌憚ないご意見を伺いたい」
「へ?」
「へ?って・・・・他に何が・・・・」
「いや、別に・・・・ちょこ!ちょこの話だよねぇっ!」
「そうでござる・・・・よ?」
毎度のコトながら、微妙どころでなく会話が噛み合っていなかったことに気づき、二人同時に何とも言えぬ脱力感に襲われる。
感覚系哲学電波青年万斉は、時折激しく誤解を招く言葉の端折り方をする。そして究極鈍感人間似蔵に、行間を読んで正解に辿りつくなどという高等技術はない。電波同士、呟いた単語だけで解かり合える高杉とはワケが違うのである。(もっとも高杉は高杉で、とんでもない理解からさらにとんでもない展開を繰り広げ、鬼兵隊の面々を恐慌状態にするのだが、それはまた別の機会に)
「拙者の言い方が解かりづらかったであろうか?似蔵殿が今口にしたチョコレートは、似蔵殿の好みでござったか?あくまで単純な味覚的嗜好の話でござるよ?」
過剰なまでに懇切丁寧な質問を繰り出した。
「チョコレートの味なら・・・嫌いじゃないよ?甘いけど食べられないほどじゃないし、果物の匂いも結構好きだし。腹の足しにはならないだろうけど、疲れてる時とかいいかもねぇ」
聞かれたほうも、コレでもかと真剣に、それでいてかなり微妙な答えを返した。
「ふむ・・・・とりあえず嫌いでないならばよしとするでござるか。ハッピー・バレンタイン似蔵殿」
「はっぴー・・・・何だぃ?」
「ハッピー・バレンタインでござる。まぁ時候の挨拶だと思ってくれれば良いでござる」
「時候の?えっと、それじゃ・・・・はっぴぃーばれんたいん?河上さん」
「こういう時くらい、ムードを出して万斉vと呼んで欲しいでござる」
「ムード?何の??」
「・・・・いや、もう良いでござる」
似蔵にはリハビリと平行して現代的常識を仕込もう。ただでさえ噛みあわない会話が、これでは平行線どころか末広がりに離れていってしまうと、万斉は切実に思った。
「それに似蔵どの、拙者はまだ似蔵殿から貰っておらぬ」
「貰う?えっと、俺がアンタに何かあげなくちゃいけないのかぃ?」
「いけないというか・・・・」
万斉は少し挫けそうになった。好いている相手にチョコをねだるだけでもアレだというのに、義務なのか?的に訊かれてどう反応しろと言うのか。それでも万斉の心は折れない。無駄にタフだ。
「義務ではござらぬが、拙者は似蔵殿の手から与えられるチョコレートが欲しいでござる」
「でも・・・・」
そんなモノ用意してないよ?と続けようとする似蔵に万斉は淡く微笑う。この察しの悪さがもどかしく、そして愛おしい。瞬時に悟った上で焦らしに来る、魅惑の小悪魔性悪ビッチ晋助とは真逆の良さが似蔵にはある。
「チョコレートならばここにたんとござろう?」
「・・・・!」
言うが早いか、万斉は似蔵の人差し指と中指を纏めて掴み、先に自分がしたようにタップリとガナッシュ・クリームを絡めた。
「似蔵殿の手作りチョコレート・バー、堪能させて頂くでござる。御免」
「ちょ・・・・っ・・・・ぉぉぉっっ・・・!!!???」
一方的に宣言し、似蔵の指に赤く長い舌を添わせ、付け根から先端までを大胆に舐め上げた。
「あ・・・・アンタ・・・・何考えてっっ!」
「似蔵殿のチョコレートを食しているだけでござるよ?」
似蔵のそこが敏感であることを承知の上で、指の股を舌先で執拗につつき、ピチャピチャと子猫がミルクを舐めるような音を立てては聴覚を犯す。
「美味でござるな、似蔵殿は」
「やめ・・・・」
わざと際どい言葉を選らんで揶揄する万斉の思惑通り、似蔵の顔はすでに上気して耳まで赤い。ヤルことヤってはい終わりな経験しかない似蔵にとって、万斉が好むこの手のお遊びは、好意本番以上に気恥ずかしくいたたまれないものがある。少なくともいい年をした男が二人、しかも揃って大柄な人斬りがするようなことではない。
「お替りを所望したいが、今度は足の指に絡めてくれぬか?」
「死ね変態!」
似蔵は渾身のちからで万斉を突き飛ばした。まったく、昼日中から誰が来るともわからぬ厨房で変態の相手など冗談ではない。鬼兵隊における変態代償=武市というのが一般的な見解であったが、似蔵に言わせれば万斉のほうがよほど危険度の高い変態である。
「そうお怒りめさるるな。わかった、拙者は晋助にチョコレートを渡してくるでござるよ」
「・・・・・・・・・・・アンタぁ、いつから女役になったんだい?」
それは似蔵の精一杯の皮肉であった。ここで取り乱して怒鳴ったら負けだと、彼の人斬りとしての本能が告げたのだ。
「似蔵殿、かように下世話なことを口にするものではござらぬよ」
嘆かわしい!と言わんばかりの万斉の口調に、似蔵の額に浮かんだ青筋がピクリと震えた。その下世話なことを夜毎愉しんでいるのはどこの誰だと問い詰めたい気持を必死に抑える。
「クリスマスと同様、バレンタインもこの国には些か変形して伝播してしまったようでござるが、本来のセント・バレンタイン・ディとは、何も女子から好いた殿御に菓子を渡して告白する恋愛限定イベントではござらぬ。日頃世話になっている者や、より広い意味での好意を寄せている者と贈り物を交換し合う日でござるよ。故に、抱く側の拙者が似蔵殿や晋助にチョコレートを渡しても何の障りもござらぬ」
「抱く側って・・・・」
「拙者は男故」
「いや、それは知ってるけど」
万斉は男だ。疑う余地もなく男だ。そこに異議はない。しかし、万斉が男であると同様、似蔵も高杉も完全に男だ。ここはどうあっても譲れない。
「何でアンタは・・・」
何の疑問もなく己を抱く側、他者を抱かれる側と定義づけられるのか?
「まぁぶっちゃけ性別はどーでもイイんでござる。拙者は抱く方が好き故抱く、簡単な話でござろう?」
「何て身勝手なんだ・・・・っ」
単純明快。簡単至極。
「人間したいようにするのが一番でごる」
性格最悪。自己中心。
「それに譲歩に譲歩を重ね、チョコレートは拙者が用意したが、食すのは晋助でなく拙者でござる」
「アンタまさか・・・・・・!あの人にまでこんなコトをするつもりかぃ?!」
高杉の激しい気性を知る似蔵の顔から血の気が引いた。
「否、晋助と食す際はもそっと捻るでござる」
「捻んなくていいから!計画そのものを断念しなよぉぉっっ!」
「どうするか聞きたいでござるか?」
わざとなのか素なのか、万斉は結構人の話を聞いていない。
「まず裸にした晋助を好みの体制で弦で縛り上げ固定し」
「まず裸?!縛るって何でだよぉ!?」
「抵抗されると厄介故」
「アンタ、ホントにあの人の恋人かいぃぃぃ??!!」
「たかがプレイでござるよ。して、あとは酷い火傷にならぬ程度に熱したチョコレートを銀のスプーンで・・・・おや、似蔵殿?お顔の色が優れぬような?御気分でも優れぬでござるか?」
「・・・・・最悪だよぉ」
「仲間外れは嫌でござるか・・・すまなんで、意地悪をするつもりはなかったゆえ許されよ。拙者3Pもいける口ゆえ安心めされよ」
「・・・・・・・・・・・・俺ぁ部屋で休ませてもらうよ」
高杉への忠義に一点の曇りなし。されどこうなった万斉を止める自信は更になし。
「やっぱり俺にゃぁこの国のモンが身の丈にあってるさぁね」
似蔵はますますもって異国と天人の風習が嫌いになった。彼に文明開化が訪れる日は、桂の目指す日本の夜明けと共に遠かった。