私の名はテレンス・T・ダービー。
一々フル・ネームで呼ぶ必要はありません。
ちなみに※テリーと愛称で呼んで良いのは兄さんとンドゥールだけです。それ以外の者には許可しません。
まぁ・・・・DIO様がどうしてもというのならば仕方ありませんが・・・・公私のケジメはつけて頂きたいものですね。
※テリー:誰もそんなふうに呼んでねぇーし呼びたくもねぇ。てめぇが赤いキャップ被ってサンキューって柄か?このモヤシ野郎!


私はDIO様のお住まいであるこの館の執事を務めています。
下賎な会社員風情は知らぬことでしょうが、執事と言うのはそれはそれは神経を磨り減らすハードな仕事なのです。
常に主を気遣い、館を美しく保ち、そこに住まう者たちに秩序を遵守すよう教え導かねばならなあいのですが、これが大変な骨折りで。何せここに身を寄せる者たちは皆『普通』ではないのですから。皆が例外なく『スタンド使い』。
しかし、ここで問題なのはそういうことじゃぁありませ。奴等に『一般常識』がないことです。
私はそんな幼稚園児共を今日も今日とて厳しく取り締まるべく、気合を入れてパトロールに出かけます。
しんどいことこの上もなく、正直ゲームの続きがしたいのですが、コレも兄より優秀な弟の宿命と甘んじて受け入れるしかないのでしょう。

「さ、行こうかエリザベス・・・※ンドゥーラ」
私は背筋を伸ばして自室を後にしました。
※ンドゥーラ:女体化(正確にはふたなり)ンドゥ人形。マジでキモイ変態



ランドリーにて

「無駄無駄無駄無駄ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「あの声は?!DIO様?!何をなさっておいでですか??!!」
私は主のエキセントリックな叫びに慌ててランドリーに向かいました。時折というか、かなり頻繁にDIO様はとんでもない行動に出られるのです。

「この渦巻く水の中に手を入れたらビリっとした」
稼働中の洗濯機をビッと指差すDIO様に、何だその程度のことかという安堵しつつ、私は失礼にならない程度の溜息を吐きました。

「当然です!てゆーか、駄目でしょうそんなことしたら」
いくらDIO様が不死身とはいえ、感電などしないに越したことはないでしょう。

「当館では洗濯機の使用を禁じる」
「マジっすかぁぁぁぁぁーーーーーっっ!!??」
DIO様お得意のいきなりトンデモ命令に、私は思わずはしたなくも大声を上げてしまいました。

「不服か?」
「ということは!兄やンドゥールの下着を、この執事たる私が一枚一枚盥と洗濯板で噛み締めるように洗い、パンパンして干して、頬ずりしてからたたんでも良いと?!」
美味しい。それは美味しすぎますよDIO様。真面目に誠意を持って働く私へのサプライズご褒美でしょうか?

「・・・・・おまえの兄のものならば好きにするが良い。被ろうが食おうが俺はかまわん。が、ンドゥールのものには必要以上に触るな」
「・・・・・承知いたしました」
二兎追う者は一兎も得ず。ここは一先ず兄さんのモノを好きできるだけで良しとしましょう。それにンドゥールのものも『必要なだけ』は触れるのだし。
あぁ、彼は一体どういった下着を履いているのだろう?それが判明した暁には、私の人形はよりリアルさと輝きを増に違いありません。



廊下にて
私は粘りつくような視線を感じて非常に気は進まないが振り向きました。
やはり、ヤツがいた。
あのイカレテ服を着た瘴気野郎。デカイだけが取り得のマラがそんなに自慢か変態野郎。
別に僻みではないぞ?私はいたって標準サイズだ。羨ましくなどあるものか。

「何か私に御用ですか?ヴァニラ・アイス?」
執事たるものいついかなる時にも上品に。たとえ相手が胸糞の悪い変態でも。

「DIO様の下着は・・・」
「ああ、任せる」
顔を赤らめモジモジと剥き出しの太股をすり合わせる大男をなるべく見ないようにして、私は彼が望んでいる言葉を返してやった。

「友よ感謝する」
「うぉっ」
ヴァニラの妙にシットリとした抱擁に、私は全身鳥肌立ちました。
この男、確かに顔は少しばかり女性的で整っているのだが、体の方は無駄に逞しい。上背も筋肉もこれでもかとばかりに発育しすぎているのだ。そんな男に抱きしめられて、同性である私が嬉しいはずがありません。
はっきりいって、グンニャリとした股間の一物が押し付けられて非常に不愉快です。
感謝いらねぇから触んな変態モッコリ男。ダチじゃねぇよボケっ!
そう口汚く罵りたい衝動を私は懸命に堪えました。執事たるもの常に品位を保たねばならないので。

「テレンス」
耳元で吐息き混じりに名を呼ぶのは止めて欲しい。私にそんなことをしてもいいのは兄さんとンドゥールだけですよ。・・・彼らは2人ともシャイだから、そうしたことを私にしかけてはこないけれど。そこがまた奥ゆかしくて良いのです。

「まだ何か?」
「その人形良いできだな・・・今度私のもDIO様人形を作ってはもらえまいか?」
ヴァニラの視線の先には”ンドゥーラ”がいました。
出来が良いのは当だ。この天才人形師テレンス・T・ダービーが精魂込めて作った最高傑作なのだから。しかし、この人形の良さが分かるとは、ヴァニラも救いがたい変態の分際でセンスだけは良いようです。

「おまえの人形は素晴らしい。まるで生きているようだ。モデルの雰囲気を、単なる外見を超えて表現している点が秀逸だ」
「仕方ないですね」
私はヴァニラの抱擁から抜け出しながら、彼の頼みを聞いてやることにしました。ここまで情熱的な賛辞を浴びせられれば、私でなくとも多少変態に対して寛容な気持ちになるでしょう。

「テレンス・・・・おまえは心友だ」
そんな背筋が薄ら寒くなるような気色の悪い一言を残し、ヴァニラは去っていきました。当然のようにガオンと壁を削って。
彼にはいつかドアの使い方を小一時間かけて説明する必要があるでしょう。


礼拝堂にて
この館には何故か礼拝堂などというものがあります。ここに住まう者の誰一人として神に祈るような殊勝さも、神に縋るような脆弱さも持ち合わせていないというのに可笑しな話です。
しかもイスラムの国であるエジプトにありながら、キリスト教様式。これもまたDIO様の些か趣味の悪い酔狂の一つでしょうか?
礼拝堂の重い扉を開けると、独特の篭ったような空気の匂いと、そこに混じる汗と精液の匂いがプンと鼻をつきます。

「何をしている?」
私は絡み合い喘ぎ声を上げているラバーソールとダンを冷ややかに見下しました。
こいつら2人がそういう関係であることは、ここにいる者ならば皆知っていることですが、それにしてももう少し場所を選べと言いたい。

「ナニに決まっているだろう?」
ラバーソールの下で大きく足を開いたまま卑猥な笑みを受かべるダンに私は心底うんざりしました。
この下品で柄の悪い男にンドゥールのような貞淑さを求めても詮無きこととわかってはいても、少しは恥らったらどうなのだと言いたくなってしまう。

「見てわかんねぇの?アンタ間抜けか?」
ダンの中に一物を差し入れたまま、ラバーソールが首だけを私に向けました。
この男にもまるで悪びれたところがありません。

「わかりますよ。ええ、わかりますとも。あなた方2人が、まだ日も高いうちから神聖であるべき礼拝堂で獣のように交わっていたということは、それはもう一目瞭然ですから」
精一杯の皮肉を込めて言ってやっても、予想通りこの色情狂2人にはまるで通じません。

「わかっているのならば聞くな。野暮だぞ貴様」
「人の恋路邪魔してっと、駱駝に蹴られて死ぬぜ?」
「ソレを言うなら馬だろう?」
「ここはエジプトだから駱駝の方がリアルで良くね?」
「なるほど」
そんな下らないことを言い交わし、楽しそうにケラケラと声を立てて笑う二人に、私はだんだんムカっ腹が立ってきました。
私がこんなに愛しているというのに、兄さんはどこか醒めている。行為に関してもあまり乗り気を見せてはくれない。ンドゥールにいたっては、私がそういった気配をほんの少し見せただけで本気で逃げる。
執事である私がこんな不遇な思いをしているというのに、この寄生虫どもが何故のうのうと愛を交わしているのでしょう?

「ここはラブホテルではありまえんよ?そういったことは他所でおやりなさい」
努めて冷静に言うも、次の彼らの言葉で私はブチ切れました。

「え〜DIO様だってンドゥールとしょっちゅうヤってんじゃん」
下品な言い方を・・・・・

「それに、DIO様も私たちがここでシテいることは知っているが?」
何ですと?

「知っていて時々ンドゥール寄越されるぞ?」
「俺らの濃ゆ〜いセックス・ショー聞かせて嗅がせてやると泣きそうな顔すんだぜアイツ」
「いい年をしてチェリーか情けない」
「マジ苛めてぇ」
「おまえこのまえアイツにかけていたな」
「そうそう!ちょっとかかっただけビビちゃってんの」
そうか。おまえたちはそんなド汚いものをンドゥールに・・・・・・許せん、許さん、地獄に堕ちろ。

「お、おいテレンス?」
「顔怖ぇぞ?」
「って・・・・ちょ・・・・っぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ひっ・・・・・やめ・・・・・ふぉぉぉぉぉぉぉ」
私はそれぞれブレーン・バスターとパイル・ドライバーで不埒者共を成敗してやりました。


ギャラリーにて
私が怒りに震えながら礼拝堂を後にすると、珍しい顔ぶれの三人組と出くわしました。
マライアとミドラー。この2人が連れ立っているのは別に珍しくもない。年の近い同性のスタンド使い同士、親密になるのは自然な成り行きだったのでしょう。
だが彼女らの真ん中に、無理矢理割って入ろうとするホル・ホース以外の男がいるのは珍しい。しかもその問題の男がよりにもよってンドゥールときたものだから、珍しさは倍増するというもの。

「これはこれはお嬢様方。連れ立った美術鑑賞ですか?」
私はなるべく下世話にならぬように彼女らに話しかけました。

「あら、テレンスじゃない。今日も暇そうね」
・・・・・大きなお世話ですよ。それに私は一昨日も昨日も今日も明日も明々後日も多忙です。毎日プラプラ遊んでる貴女に言われたくありませんよミドラー。

「で、何の用かしら引きこもりのオタク君?」
・・・・・・・・・インドア派=オタクって図式、やめてくれませんかね?そもそもオタクの何が悪いんですか?一芸に秀でた人間を、何の取り得もないつまらない人間が僻んでいるだけでしょう?ウィンドショッピングとクラブ通いがそれほど高尚な趣味ですかマライア?

「もう、何辛気臭い顔で黙り込んでるのよこの根暗」
「そんなんだから21にもなって生身の恋人一人いないのよ」
「お兄さんも心配してんじゃない?」
「そうよぉ〜身内にアンタみたいのいたら枕高くして寝らんない〜って感じぃ?」
・・・・・・・・・・・どうして、どうして女性というのはこうもズケズケと思ったコトを思った速度でそのまま口にするのでしょう?だから人間の女は嫌なんですよ。遠慮も慎みもありゃしない。それに比べてエリザベス、ンドゥーラ。君らは何て良い娘なんだろう。

「私は、暇ではありませんよ、ミドラー。今もこうして挙動不審者がいないか館の中を巡回しているところで・・・・」
「やっぱインドアじゃん」
「ヒッキーだヒッキー」
「違います!」
私自身の名誉のために断言しておきますが、私は決して所謂引きこもりなどではありません。必要があればちゃんと一人で外出することもあるのです。ただ、必要もないのに無駄に表に出たいと思わないというだけで。

「そういう貴女方こそ、ンドゥールを挟んで何をなさっているのです?私が見たところ、彼は困っているように見えるのですが?」
嘘じゃありませんよ?もちろん言いがかりでもありません。
実際美女2人に左右から腕を組まれ豊満な胸を押し付けられて、ンドゥールはとても困った顔をしているのです。

「別に嫌じゃないわよねぇ?ンドゥール?」
「女の子からのお誘いを断ったりしないわよねぇ?」
「そうよ、あなたもたまには街に買い物に行きましょうよ」
「あなたの服も私たちが見立ててあげるわ。あなた、自分で見えないだけで結構ハンサムなのよ?」
「お洒落の一つくらいしないと勿体無いじゃない」

どうやら彼女らはンドゥールを買い物に誘っていたようです。しかも買い物内容は食糧などの生活必需品ではなく、服飾品の類。
恋人でもない女性二人と連れ立って、そうしたものを買いに行きたいと思う男がいるでしょうか?

「俺は・・・」
案の定、左右からステレオで責められてンドゥールの顔はますます困惑の色合いを深めてゆきます。
やはり彼は困った顔をしているのが最高にキュートだ。今度困り顔ヴァージョンのミニチュアフィギュアを作るとしましょう。ポーズはペタンコ座り。上目遣いでコスはそう、体操服がいい。オプションはジャージの上と鉢巻で決まりです。

「お嬢様方、お言葉ですが彼は貴女方とは行きませんよ」
女性二人に挟まれて言葉に詰まっている彼の替わりに私が言って差し上げた。

「何よ?!何でアンタがそんなコト言うのよ?」
「ヒッキーオタクは黙ってなさいよ。このモヤシ男!」
・・・・・・・・・・随分な言われようですね。しかし、ここは私も退きませんよ?何しろ兄と同じ程に愛しいンドゥールのためなのですから。

「ンドゥールは女性には興味がないのですよ。彼が共に出かけ、腕を組んで歩きたいと思っているのはこの私なのですから!・・・・あぐっ」
言い終えた瞬間、私はンドゥールの杖の先を鳩尾に喰らって膝を折っていました。

「い、痛いじゃないで・・・・・・すかンドゥ・・・ール」
私はスタンド使いに多い体力馬鹿ではないのですよ。頭脳派なんです。腹筋そんなにないんです。

「貴様が気色の悪いことを言うからだ!俺は貴様となど出かけたくない!」
眦を吊り上げて見えない目で睨みつけてくる貴方・・・・あぁ、やはり魅力的だ。怒った顔もとてもイイ。

「またそんな照れ隠しを。もと自分の気持ちに素直になったら如何ですか?」
引き締まった頬をそっと両手で包み込んで囁くように話しかける。彼には見えないのだけれども、私は兄さんにしか向けないとっておきの笑顔を彼にむけました。

ガッ

「おごっ」
杖の次はアッパーですか。まったく、シャイにも程がありますよ?

「ふふふ・・・負けませんよ、私は」
握り締めたンドゥーラに話しかけると、私の中から沸々と闘志が湧いてきます。

「ちょっとぃ、あんた何一人でブツブツ言ってんのぉ?変態な上に電波なのぉ??」
「あ、何その人形?」
「ヤダ!アンタって出歩くときも人形持ってんの?マジキモイ!!」
「でもこの人形すっごい良くできてるわねぇ」
「ホントだぁ!もっと良く見せて!」
「えっ!ちょっと・・・・!!」
私の抗議の声も虚しく、ンドゥーラはマライアに取り上げられてしまいました。ちなみに、返してくれと差し伸べた私の右手は、今現在彼女のパンプスの下で、彼女の体重の何割かを支えています。

「ねぇ、このコってばンドゥールにそっくりじゃない?」
当然です。彼がモデルなのですから。

「でも女の子よ、これ」
『コレ』ではなく『彼女』と呼びなさい。

「へぇ〜〜これがマニアが好むニョタ化ってヤツなんだぁ〜」
ニョタではありません。ふたなりです。

「このチッサイ胸が逆にマニアックでいかにも変態クサイわねぇ」
ナイ胸の良さは貴女のような牛チチにはわからないでしょう。

「ねぇねぇ、変態の人形ってことはさぁ、アソコもちゃんとしてんのかなぁ?」
「脱がしてみたら?」
「えーい、パンツ脱がしちゃえ〜生意気に黒のヒモパン履いてる〜しかもシルクだよ」
昨日は木綿の褌だったんですよ。

「えいっ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
ふふふふふふふ。驚いたでしょう?
どうです、その素晴らしくリアルに、かつリアル以上に美しく作りこまれたデティールはっ!

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうしました?私のつくりこんだふたなりの美しさに言葉もありませんか?

「何・・・・コレ?」
「両方・・・・・ついてる・・・・・」
「ヤダ気持ち悪い・・・」
「最悪」
「何ですとぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」
ショックのあまり私は絶叫してしまいました。
この芸術がわからない人間がこの世にいるだけで有り得ないのに。
最悪!?気持ち悪い?!
有り得ない!有り得ないっ!!有り得ないぃぃぃぃぃぃ!!!!!

「返してください!」
こんな胸がデカイだけの馬鹿女共にンドゥーラをこれ以上触らせておくわけにはいきません。私はマライアの足を跳ね除け、ンドゥーラに手を伸ばしました。
が、私よりも早くンドゥーラを手にした者がいました。誰あろうモデルとなったンドゥールです。

「貴方にはンドゥーラの良さがわかりますよねっ!?」
何といっても、ンドゥーラは貴方の分身なのですから。

ゴバキィッ。
「あぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ??!!!!!!!!!」
本日二度目の絶叫が私の口から迸りました。否、これはもうほとんど悲鳴でした。

「あ・・・・・貴方・・・・ンドゥール・・・・な、何てことを!!!」
何とンドゥールは、彼の分身たるンドゥーラを鷲掴みにし、そのまま胴体から真っ二つにヘシ折ったのです。

「気味の悪いものを作るな。俺は、貴様のそういうところが大嫌いだ」
それだけ言い捨て、ンドゥールは杖をつく音も荒々しく背中を向けて立ち去ってしまいました。

「もうアンタってホンットーーーーーに最低っ!」
「ロードローラーで潰されて捨てられればいいんだわ」
マライアとミドラーも口々に私に罵りの言葉を吐き捨て出て行ってしまいました。

「ンドゥーラ・・・・・」
私は悲しい気持ちで見るも無惨な姿になってしまったンドゥーラを拾い上げ、こだわりの股間をそっと撫でてやりました。
一見クールなンドゥールが、まさかこんなことをするとは思いもよらないことでした。

「でも、そんな嫉妬の激しい貴方も素敵ですよ」
私の作った、自らを象った人形にすら嫉妬するなんて、何て可愛い人なのでしょう?一言おっしゃって下されば、私も人形など作らずに、頭部以外の体毛を剃り落とした生身の貴方を、兄さんと並べて嫌と言うほど愛して差し上げるというのに。

「可愛い人だ」
私は人形としての価値を失くしてしまったンドゥーラの小さな胸を噛み潰してやりました。



厨房にて
さて、気を取り直してお次は厨房です。
この館にいるのは皆常識ある大人であるはずなのに、厨房の冷蔵庫から直接摘み食いをする不貞な輩がいるから嘆かわしい。まったく、あの品性の欠片もないカウボーイ気取りのガンマン野郎には反吐が出る。私の兄に煙草くさい手で触らないで欲しいものです。否、触るな下種が。
私は無人の厨房を見回し、とある異変にすぐさま気がつきました。

「出てきなさい、デーボ」
私は冷蔵庫に向かって厳かに命じました。

「何故俺がここにいるとわかった?」
冷蔵庫からモソモソと這い出しながら、デーボは恐ろしいことに素で疑問をぶつけてきました。

「・・・・あのですね、毎回毎回冷蔵庫の中身をそこいら辺に散らかしたままにしていたらわかるに決まっているでしょう?」
そう、彼は冷蔵庫にその巨体を収める際、中のモノをあらかた表に出しっぱなしにするという悪癖があるのです。。

「今日はちゃんと隠した」
傷だらけの顔に憮然とした表情を浮かべるデーボに、私はやれやれと肩を竦めました。

「あれで?調理台の下に置いただけで『ちゃんと』隠したですって?」
この男は本物の馬鹿だと思う。

「駄目だったか・・・」
「隠し方云々ではなく、冷蔵庫に入ること自体止めてください」
落胆するデーボに私は至極常識的な意見を伝えました。

「断る」
即答、しかも断言。しかし、私もここで退くわけにはいかない。何といっても私はこの屋敷を取り仕切る執事なのだ。住民の誤った行動は正さねばなりません。

「あなたね・・・冷蔵庫の中身出してあなたが入ってたら、食材が痛むじゃぁないですか?食材冷やさないであなたが冷えてどうするんですか?それとも何ですか?あなたのお粗末な脳味噌は、毎日一定時間冷やさないと腐り果てて使い物にならなくなるのですか?あるいは既に溶けてて頭傾けると耳から流れ出る脳味噌を冷やして固めているとでも?」
「・・・・・・そんなに一度に言われると、どう答えていいかわからん」
トロイ。トロすぎる。兄さんのような叡智など求めないから、普通の速度で人語を解するくらいはして欲しい。

「では簡単に言いましょう。冷蔵庫に入るのは禁止ということです」
相手の知能指数に合わせて噛み砕いた言葉で語るとは、私は何と心が広いのでしょう。

「断る」
「だから!食べ物が腐るんですよ!!」
またもや即答するデーボに、流石の私も声を荒げました。私は間違ったことも理不尽なことも言っていません。どう考えても冷蔵庫の中に入りたがるほうが異常なのですから。

「わかった。俺が取り出した食糧を入れ直す冷蔵庫を買ってくれ」
「だったら最初から空の冷蔵庫に入ればいいでしょう?!」
どうしてそんなこともわからんのですかこのスカタンは。

「買ってくれるのか?」
「買いませんっ!!」
あぁ、馬鹿の相手とはどうしてこうも疲れるのでしょう?

「お仕置です!」
「ぐぁぁぁぁぁぁっっっっ」
口で言ってもわからない大馬鹿者に、私は体罰をくれてやりました。それにしても、巨体の男相手にアルゼンチン・バックブリーカーはキツイ。椎間板ヘルニアでもなったら大変だから、今度からはコブラツイストにしましょう。



バーにて
厨房を抜け人気のないダイニングを通過しバーの前に立つと、真昼間だというのに確かに聞こえる人の声。
まったく、まだ日も高いうちからいい気なものです。大人しく飲んで昼寝でもしてくれれば良いのですが、羽目を外して暴れらででもしたら面倒なので、一応注意を促しておきますか。昼酒(しかもタダ酒)は回ると言いますし。

「昼酒のお味は如何ですか?」
口調にタップリの嫌味を含ませて扉を開けると、そこにいたのは兄さんでした

「兄さん・・・」
兄を呼ぶ私の声には、恐らく感嘆の色が滲んでいたことでしょう。
昼なおムーディーな照明故にほの暗いバーで、足の長い椅子に腰掛けてグラスを傾ける兄さんは、映画のワンシーンを私に思い出させるほどに様になっているのです。あのグラスをいたずらになぞる長く繊細な指を今すぐ口に含んで舐り倒したい。
私は下肢に疼きを覚えながら兄さんをただただ見詰めました。

「ここの酒はおまえが選んでいるのか、テレンス?」
「はい、兄さん」
「そうか。なかなか酒の趣味が良いな」
「兄さんに気に入ってもらえて嬉しいです」
ツマミの板チョコを美味しそうに齧る兄さんを見ながら、私の胸の動機は限界に近づいてゆくのです。

「おーい、テレンス。俺もいるんだけどなぁ〜〜相変わらずのスルーッぷりだなぁ〜」
「・・・・・あぁ、いたんですね、ホル・ホース」
横から懸かった無粋無遠慮な声に、私は思い切り顔をしかめました。見えないことにして存在を無視していたというのに、どうしてこの男はこうも空気が読めないのでしょう?

「貴方ね、昼間っから兄さんをたぶらかさないでくれますか?」
昼日中からこんな薄暗い所に兄さんを連れ込んで酒を飲まして何をするつもりだったんだか。

「はぁ?んーだよそれ?」
はっ!しらばっくれるつもりですか?

「兄さんを回りやすい昼酒に誘って、良からぬことでも考えていたのでしょう?」
「良からぬことって何んだよ?ホレ、具体的に言ってみろって。ナニをドコにどーすんの?」
「・・・・・・下品な人ですね」
こんな品性の欠片もない中年が兄さんに付きまとっていると思うとゾッとします。下劣な人間は下劣な人間同士、淫らに乱交でもなんでもしていれば良いのです。兄さんのような真に美しく上品な人を巻き込むなど言語道断です。

「よさないかテレンス」
「でも!兄さんっ・・・・!」
「彼とはただの酒飲み友達だ。おまえが勘ぐるようなことは何もない」
「でも・・・・」
「心配症だなおまえは」
綺麗な唇の端を吊り上げて笑いながら、兄さんは私の背中を軽く叩きました。
ボディ・タッチ!ボディ・タッチっ!!
さり気無く軽いボディ・タッチは好意の表れ。いわばOKサイン!兄さん、こんばん伺いまっっすっ!!

「兄さんは、無防備すぎます。もっとご自分の魅力を自覚して、慎重な言動をとってください」
苦言を呈しているはずなのに、情けないことに私の声は少し上ずっていました。これもそれも艶っぽすぎる兄さんがいけないのです。なんて罪つくりな人なのでしょう。

「なぁおいテレンスよぉ〜煙草持ってね?」
「・・・・・うるさい中年」
「中年って、俺ぁおまえの兄貴と四つしかちがわねぇぞ?で?煙草は?」
「ねぇよボケッ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
今のなーーーし。

「申し訳ありませんが、私も兄も煙草は吸わない主義なのですよ」
「あ・・・・・そ」
あんな百害あって一利ないものを好んで吸うなど愚かなことです。
第一、副流炎で兄さんやンドゥールが肺ガンになったりお肌が荒れたら大変じゃぁないですか。

「テレンス・・・・チョコが切れた。買い置きはないかな?」
「もちろんありますよ。何にしますか?ゴディバの空輸モノを各種取り揃えてありますから」
チョコレートは兄さんの元気の源。この私がそれを切らすなどと言う初歩的なミスを犯すわけがないのです。

「チロル・チョコが食べたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
今、何と言いましたか?

「えっと・・・チロル・チョコというのは?」
それは一体どこのブランドなのでしょう?

「何だ?チロル・チョコを知らんのか」
「すみません」
きっと知る人ぞ知る幻のチョコレートに違いありません。流石兄さん、嗜好品一つにもそのこだわり。

「チロル・チョコとは、日本で販売されている一口大のバラエティに溢れたチョコレートだ」
「なるほど」
私は兄さんから受けたチロル・チョコの情報を素早く脳内にインプットしました。

「わかりました。すぐに取り寄せます」
「いや、多分郵送販売はしておらんだろう」
「な?!それほど貴重な銘菓なのですか?!」
ゴディバですら空輸・海輸で全国流通させているというのに!

「わかりました。このテレンス、自ら日本に赴いて最高のチロル・チョコを買ってきましょう」
兄さんのためなら、海も山も谷も空も何だって越えますよ、私は。

「ありがとうテレンス。おまえの気持ち嬉しいよ」
「兄さんっ!!」
「我侭ついでにもう一つ頼んでもいいだろうか?」
「もちろんです!何ても言って下さい!」
「塩味が食べたい」
「はい!塩味ですね。チロルチョコの塩味、確かに買ってきます」
「わるいな。コレは駄賃だ」
私いは兄さんから手渡された100$を握り締め、日本に即刻旅立つべくその場を後にし、バーの扉を閉めると同時にダッシュした。
兄さんが私に甘えてくれることなど滅多にないのだ。これは私たちの関係が大きく進展したことを意味するのではないでしょうか?意味するのだと思います。というか、するに決まっています。

「兄さぁぁぁぁぁんっっっ!待っててくださいねぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」
私の足は羽が生えたように軽かった。