どのようなイレギュラーな手段を用いたのか、テレンス・T・ダービーは愛する兄に塩味のチロルチョコを所望されたその日の夜にエジプトを立ち、二日後の夕方には成田に降り立っていた。そしてダービー家の資産に物を言わせ、急遽宿泊予約を捻じ込んだ高級ホテルに腰を落ち着ける間すら惜しんで幻のチョコを求め街に繰り出した。
「・・・・・・・・幻のチョコがこんなにたくさん?」
喉の渇きを覚えスポーツドリンクでも買おうと立ち寄ったコンビニのレジ前で、テレンスは驚きのあまり立ちすくんでいた。
彼の前には小さな正方形をしたチョコレート、『チロルチョコ塩ソフト味』が無造作に陳列されていたのだ。
「お客様・・・何かお探しのものが?」
財布を握り締めた拳を小刻みに震わせながらチロルチョコを食い入るように凝視するテレンスに、バイトの青年が遠慮がちに声を掛けてきた。正直、奇抜な服装をした顔面刺青の外国人であるテレンスは店内で恐ろしく浮いていた。
「君、これは『チロルチョコ』だね?」
「はい。チロルチョコですが・・・」
「塩味かね?」
「はい。新発売の塩ソフト味になります」
(あぁ!兄さん!!やはり貴方はすごい人だ!!)
テレンスはコンビニの天上を仰いで感嘆の溜息を吐いた。エジプトにいながらにして、遠く離れた日本で発売されたばかりのチョコの情報をいち早くキャッチするとは。チョコレート・マニアの鑑と言えよう。うだる暑さのエジプトで、板チョコを常にベストの内ポケットに忍ばせている勇者は目の付け所が違う。
「すまないが、そのチョコレートをこれで買えるだけ包んでくれないか?」
長身痩躯の奇妙な外人に戸惑う店員に。テレンスは20$紙幣×5枚をおもむろに差し出した。
この後、『兄さんの食べたがっていたチョコを山ほど買いましたよ!』と弾んだ声で電話してきたテレンスに、ダニエルは頭を抱えてしゃがみこみ、ホル・ホースは腹を抱え指差して笑い、ダニエルと心ならずもディナーを共にしたンドゥールは見えないながらも冷たい視線をダニエルに注いだ。
ンドゥールとの契約を果たすため、ダニエルが帰国したテレンスを約束の日数まで構い倒す羽目になったことはまたいずれ別の機会に詳細を語るとして、希代のイカサマ賭博師ダニエル・J・ダービーも、まさか日本で本当に塩味のチョコなどというケッタイなものが発売されているとは知る由もなかったのである。