やることもなくて暇だから、何となく見たくもねぇテレビつけてゴロゴロしてた。
そしたらあいつが入ってきて、藪から棒に『飲みに行くぞ』とか言い出しやがった。
『飲みに行くか?』じゃねぇ。『飲みに行くぞ』だ。
なぁ、俺に選択肢はねぇのか?

「何時だと思ってんだ。俺は寝る。勝手に一人で行きやがれ」
扱いなれた恋人みたくされるのは好きじゃねぇ。だいたい恋人じゃねぇし、気色悪ぃ。

「あ?何時っておまえ・・・まだ11時前だろうが。それともあれか?10時以降はお外に出ちゃいけませんってママに言われてますってかぁ?」
どこの箱入り娘だよとゲラゲラ笑う似非カウボーイに、俺はボックスティッシュを全力投球してやった。

「おいおい、あぶねーだろ?」
全く危なげなく避けてキャッチまでしながらよく言うぜ。

「で、どこ行くんだ?」
もうめんどくせーからこいつの話に乗ってやることにした。丁度寝酒の一杯でもひっかけようかと思ってたしな。




ホル・ホースの選んだ店は、コイツにしてはまぁ上出来の店だった。
適度に古い店構え。適当に手を抜きつつ何となく行き渡った掃除。メニューが見難くねぇくらいに薄暗い照明。イラつくほど煩くもねぇが癇に障る気取った静けさもねぇ。
認めるのは癪だが、俺はこういう店は嫌いじゃねぇ。
・・・まぁ、流れてる映画やら壁のピンナップが微妙にホモくせぇのが若干気にならなくもねぇが。

「親父、お代わりだ。同じものでいい」
隣でホル・ホースが二杯目のワイルド・ターキーをオーダーした。
おまえは?と目顔で聞かれ俺は軽く首を横に振る。酒は嫌いじゃねぇが、何となく今日は深酒する気分じゃねぇ。そもそも俺が本気で酔いたいと思ったら、ボトル2本はないと無理だ。

「そいつが好きなのか?」
「別に特に好きなわけじゃねぇ」
「・・・・そっか」
「何だ?」
俺がチビチビと嘗めていたテキーラを見詰めるホル・ホースの横顔が、酷く複雑な色を浮かべてるように見えるのは照明のせいじゃねぇよな。

「昔・・・・まだ俺が女も知らねぇガキだった頃、クソ親父がよくそいつを飲んではオフクロ殴ってたの思い出しただけだ」
なるほどな。こいつの家も理想的なご家庭とは程遠かったってわけか。そりゃぁそうだろうぜ。そういう家のガキは、わざわざ人殺し稼業で飯なんざ食わねぇ。きっちりスーツ着こんでネクタイ締めて、クソ面白くねぇまっとうな仕事して、冴えない女と結婚して喧しいガキこさえて暮らすもんだ。

「悪かったな」
「ん?ああ、気にすんな。酒に罪はねぇしおめぇも悪くねぇよ」
ホル・ホースは口の端を上げて少し苦味の混じった笑い浮かべた。こいつに惚れる尻軽女どもは、こういう顔にコロっと騙されていいように使われるんだろうな。・・・それを俺にやってどうするうtもりなんだか。

「デーボ、ツマミにどうだ?」
そう言ってホル・ホースが懐から出してきたのは板チョコ。ガキかてめぇは。しかも食いかけかよ。歯型ついてんじゃねぇか。

「クソ甘いがけっこうイケルぜ?」
歯型のついた部分を咥えながら、人懐っこい表情で俺を見る。
コイツが俺より10も年上だってことを忘れるのは、こういう表情をしやがるからだ。

「いらねぇ」
「そう言わずに一口食ってみ?」
「ちっ、うるせぇヤツだな」
あんまりしつけぇから勧められるままに一口齧ってやった。

甘ぇ・・・・・いや、甘すぎるだろうこれは。
何がけっこうイケル。思いっきり逝けるの間違いじぇねぇのか?
チョコレートの中に更にバター蜂蜜コーティングのミックスナッツ・ヌガーってなどんな味覚のセンスだ?
これの発案者は絶対ぇ舌か能が腐ってやがる。

「な?ありえねぇ味だろ??」
「・・・てめぇ」
こいつのとんでもなさを知った上で俺に勧めやがったな。つまりあれか?自分の不幸はもれなく隣近所にお裾分け、受け取り拒否禁止ってヤツか?
迷惑だ。こいつ、すげぇ迷惑だ。なんて反社会的な野郎なんだ。

「こいつを美味いって普通に上品ぶって食うダービーってよぉ、やっぱイカレテると思わねぇか?」
「・・・・ダービーのチョコをギッてきたのか?」
「ギルっておめぇ人聞きの悪いコト言うんじゃねーよ。ちゃんと寄越せって言ってもらってきたもんだ」
おいおい、『寄越せ』ってオモックソ命令形じゃぁねぇーか。

「あいつってよぉ、チョコさえ食わなきゃダンディでセクシーな手練っぽいのに、大の甘党って反則だよなぁ。で、一部の女はそーゆーのを『ギャップ萌〜v』とか言うんだぜ?ありえねぇってぇの」
「おまえは忘れていないか?ダービーは、あのテレンスと血の繋がった兄だ」
「あぁ、そーだったそーだった。あのテレンスと同じ女の股から生まれたんだよな」
『あの』テレンスの身内というだけで、俺たちはダービーの持つ異常味覚をあっさりと受け入れることができた。俺も殺し屋稼業でいろんなキチガイ野郎を見てきたが、テレンス以上の変態にはいまだかつて遭遇してねぇ。つーかしたくねぇ。怖すぎる。もし不幸にも出会っちまったら、5ドルやるから失せやがれと吐き捨てよう。

「なぁデーボ」
「あ?まだ何かあんのかよ?もうチョコはいらねぇぞ」
「今日がセント・バレンタイン・ディだった知ってたか?」
「・・・・・・知るかクソ」
俺はコイツの懐から出てくるものは金輪際口にしねぇ。