弟ばっか描いてるけど、実は兄大好き。
イイ男だよ、兄。悪い人だけどイイ男。三悪ではホルと並ぶタラシだと思ってますぜ。
そんなイイなのに、弟のおかげで人生設計狂ってるといい。へとへとになるまで弟に振り回されつつ、どこか遊んでいるような余裕の漂うダンディー兄が理想かも。

Warm Winter

灰色の空。
チラチラと舞い続ける真っ白な粉雪。
田舎町の全てを押し包む白と灰色。
一見陰鬱なその世界は、それでも聖夜を明日に控えて明るい活気に満ちている。

今年の冬はまた格別に寒い。
兄と連れ立ってイブのための買い物に出たテレンス・T・ダービーは、毎年思うことを今年もまた性懲りもなく不満に思っていた。そして我慢を知らぬ現代青年の代表とも言える彼は、胸の内の不平不満を秘めたりはしない。秘めるどころか、まるで『あなたのせいだ』と言わんばかりの恨みがましさで、隣を歩く最愛の兄・ダニエル・J・ダービーに向かって白い息と共に吐き出す。

「寒い・・・・」
「冬だからね」
弟の我侭に付き合うこと20年以上。兄は軽く右から左に受け名流す。

「寒いです」
「雪も降っているしね」
「兄さん!」
ノラリクラリとした兄の受け答えに、我侭なだけでなく短気なテレンスは早くも眉を吊り上げた。

「どうしたんだい?私の可愛い弟君はご機嫌斜めかね?」
弟の性格を知り尽くし、当然彼が今求めている類の言葉も知った上でダニエルは平然と嘯く。なかなかにいい性格をしているが、弟の我侭に日々寛容に付き合っている身としてはこのくらいの意趣返しは許されてしかるべきだろう。

「兄さん・・・私は、寒いと言っているんです
テレンスもまた意地になっていた。
彼の知能指数は極めて高い。恐らく単純な数値だけで測るならば、兄を凌駕しているだろう。実際、彼の学業成績は体育を除いて何の苦もなく常にトップ・クラスだったのだ。
しかし、一方でその精紳には酷く未熟な部分が多大に残っているのもまた事実だった。

『あの子は熟すことのない歪な果実のようなものだ』

かつて兄がグラスを傾けながら、ふとホル・ホースに漏らした呟きをテレンス自身は知らない。知ればヒステリックに兄をなじりホル・ホースを殴って大暴れしたことだろう。

「あぁ、確かに少し冷えてしまったね。どこかでチョコレートでも飲んで温まろう」
弟を甘やかしていることを自覚しながら、ダニエルはテレンスの求めている台詞を滑らかに口にした。

「こんな時でもチョコレートですか。糖尿病で死んでも知りませんよ?」
「それは怖いな。甘いモノの採りすぎには注意しよう」
憎まれ口を叩きながら、溢れる喜びを隠し切れないテレンスを、ダニエルは純粋に若いと思う。もっともこれは若干身贔屓の入った評価であり、館の他の住人はテレンスをして幼Iい、あるいはよりストレートにクソガキと評している。

そもそもエジプトのDIO屋敷で起居しているはずの彼らが、こうして小雪舞うアメリカの田舎町に滞在しているのも、元をただせばテレンスの我侭からなのだ。

『クリスマスから新年にかけて冬期休暇を・・・・有給でなくて結構なので頂きたい』

そうDIOに申請した時の何とも言えぬ妙な間を思い出し、ダニエルは小さく溜息をついた。
差し迫った用事もなかったため申し入れはあっさりと受理されたが、何のためだという主の質問には答えざるを得なかった。

昨年のクリスマス、あろうことかダニエルはテレンスとの約束を仕事の都合でドタキャンしてしまったのである。

『仕事ならば仕方在りませんね。何しろあなたはこのダービー家の大黒柱様ですから、弟との子供じみたクリスマス・パーティーなどより大切な責務が腐るほどおありでしょう』

不機嫌を隠すこともなく、たっぷりの嫌味を投げつけてきた弟の表情を思い出すと、我ながら甘いと思いつつダニエルの胸は痛んだ。
人生の早い段階から、彼の弟はクールでドライな子供を演じようとして悉く失敗していた。
キツイ瞳で兄を睨みながら。形の良い唇から、毒をまぶした棘を速射砲の勢いで打ち出しながら。その声は平坦を装いきれずに震え、赤茶色の瞳は潤みがちになるのだった。

せっかくのイブ、この子に二年連続あんな顔をさせるのは偲びない。
兄馬鹿を承知でダニエルは心底そう思っていた。
だが、兄の心弟知らず。テレンスは治りかけた機嫌を再び急降下させ始めた。

「何です?溜息などついて。弟とイブを過ごす我が身をお嘆きですか?」
険しい顔。尖った声。
揺れる瞳。

(やれやれ・・・・私には溜息をつく権利もないようだ。兄とは不自由なものだな)
勘弁してくれと、またもや出かかった溜息をダニエルは強靭な精神力によって捻じ伏せた。

「あなたは女性にモテますからね。”特別な日”にベッドを共にする女性には不自由しないのでしょう」
「”特別な日”ねぇ・・・・」
クリスマスを特別だと当然のように言い切るテレンスに、ダニエルは微苦笑を浮かべた。
彼も彼の弟も、神を信じるような人間ではない。そしてその日常の行いは、背徳に満ち満ちている。そんなテレンスがキリスト教の行事を”特別な日”として認識していることが、ダニエルには些か滑稽に思えたのだ。

「たしかに私は女性に不自由したことはないが、それはお互い様ではないのかね?」
「ええ、その気になればそうでしょうね」
ダニエルの反撃を、テレンスはいともアッサリと切り捨てた。
実際、テレンスは本人にその気さえあればかなりモテる。富豪ダービー家の次男に相応しい品格を持ち、高い教育を受け、線は細いものの水準を軽く上回る容姿を持っているのだから当然だ。
しかしダニエルにとって頭の痛いことに、彼の弟はいっかなその気になる素振りすら見せない。

「けれど、私はそんなモノに興味などないんですよ。私の興味対象は・・・兄さん、あなただけです」
普通の人間であれば照れて言えないようなことを、平然と実兄に言ってのけるのがテレンスという青年の恐ろしい所であった。

「それは光栄だね」
ここで退いたり騒いだりしてはいけない。弟との付き合いもいい加減長いダニエルはそのあたりを良く弁えている。

「だが、ンドゥールのことはどうするのだね?」
テレンスそ刺激しすぎず、かつ自分から注意の方向をそらす。ダニエルは老獪だった。

「え?あぁ、彼のことはもちろん好きですよ。でも、兄さんは兄さん、彼は彼です。私はどちらも好きなので、両方とも手に入れたいのです」
「・・・・・・気宇壮大だな」
とんでもない我侭を、揺ぎ無い正義であるかのように宣言されダニエルは軽く脱力した。

「とにかく、だ。私はおまえとイブを過ごせることを嬉しく思っているよ」
「どうだか・・・・あなたの言葉はいつだって嘘まみれですからね」
自分に都合の良い言葉を求め、それを信じたいと渇望しながら一方でテレンスは酷く疑い深かった。物心ついた時から『嘘つきダニエル』と暮らせば誰でもこうなるだろうというのはテレンスの弁だ。

「私が嘘つきであることは否定しないが、これだけは真実だ。神に誓ってもいい」
「神サマなんか信じたこともない人が、どの口で言いますか?」
「この唇で」
ダニエルはテレンスの少し乾いた唇に、軽く触れるだけの秘め事めいたキスをした。

「あなたはズルイ人だ・・・・そんなふうにされたら、私はまた信じてしまう」
「たまには兄を信じるものだ。さ、チョコレートを飲みに行こう」
「ええ」
ごく自然に差し伸べられたダニエルの手に、去年自分が贈った羊皮の手袋がはめられていることも手伝い、テレンスの傾きかけていた機嫌はすっかり上向いた。
複雑に捻じ曲がりながらどこか子供のように単純。
ダニエル・J・ダービーの愛しくも厄介な弟はそういう青年だった。