『帰らずの空』

ラバダン好き〜の柊真さんとお話しするうち、無性に描きたくなったちょっと猟奇なダン。

凄惨に悲惨に、けれどどこか吹っ切れた達観と透明な美しさ。拭い去れない渇望。
そんなものを表現したかったんだけど、画力的に無理だね!

もともと覚悟のススメやら孔雀王やら、小学生の頃から猟奇系好きだった自分をはっきりと思い出し、とても楽しく描いてました。
中一の時魔界都市シリーズ貪り読んでたのが懐かしい。メフィスト先生大好きだ。


どうしてこんなことになってしまったのだろう?
何故私はこんな目に会わねばならないのか?

ここに閉じ込められた当初、『鋼入りのダン』は日々答えの与えられぬ問いに苦しみ、肉体に与えられる過酷な痛みと心を抉り潰す残酷な屈辱に泣き暮らしていた。
けれども、今現在彼の頬に涙の跡はない。
彼の心は既に壊れていた。より正確に表現するならば極限の飽和状態にあった。

怒り。悲しみ。屈辱。絶望。悔恨。わずかばかりの希望。

様々な感情が凄まじい質量を伴って溢れ出し、持ち主をすっかり飲み込んでしまった結果、ダンの涙は枯渇した。
むろん、肉体に酷い苦痛を受ければ、生理的な反応として悲鳴を上げて涙を流すが、かつてのように『心』が揺さぶられることはなくなっていた。

「ん・・・・」
ジクジクと痛む背中の傷に、彼は小さく呻き声を漏らした。
右足と左腕を付け根から、左足と右腕をそれぞれ膝上肘上で断ち切られた姿でベッドに横たわる彼の背には、幻想的でグロテスクな装飾が施されていた。
白く大きな翼。
白鳥の翼を加工して造られたそれは、移植後しばらくはダンの美貌と相まって、彼を宗教画に描かれた天使のように美しく飾っていた。しかし、哺乳類の肉体に鳥類の部品が馴染むわけもなく、白い翼は一週間ほどで崩れ始めたのである。
今や片翼は半ばまで骨が露出し、強引に翼を縫い付けられた肩甲骨の下の窪みは膿み爛れきつい臭いの体液を絶えず滲ませていた。

(痛い・・・)
どうした弾みでか、麻痺した頭が痛みにつられる形で軋みながら動き始めた。

(あぁ・・・・空が見たい)
ふとそんな思いが胸に湧いた。
何かを自ら欲するなど、それ自体今の彼にとってはほとんど奇跡に近いことだった。

「空・・・が・・・見た・・・い」
熱で罅割れた唇をゆっくりと動かし、思いを音に替えてみる。

空が見たい。

空 ガ 見タイ。

一度言葉にした思いは、まるで言霊のようにダンに取り憑き虚ろな心を支配した。

「空が見たい」
もう一度、先よりもしっかりとした声で口にし、ダンはかつて小さな天窓があった天井を無駄と知りつつじっと見上げる。
三度目の四肢切断処置が終わる頃、ダンは既に抗うことを止めていた。ただされるがままにされ、人形のようにベッドに転がっていた。

「空が見たい・・・」
馬鹿馬鹿しくも聞こえようが、あの頃確かに自分は四角く切り取られた小さな空を眺めることを唯一の慰めにしていたのだと思い知る。

あぁそれなのに。
あの男は私の唯一の慰めすらも取り上げてしまった!

随分と久しぶりに、ダンの中にあの男、彼をこんな目にあわせている張本人ラバー・ソールへの怒りがこみ上げた。


『先輩、何見てるの?』
あの男は軽薄な口調で私に尋ねた。
答えなければ何をされるかわかったものではないから、私はただ簡潔に「空」とだけ答えた。
途端、あの男は不快感も露に顔を歪めた。
『先輩は俺だけ見てればいいんだよ』
そう吐き捨てて、あの男は小さな天窓を彼のスタンド『節制』で破壊した。

「空が・・・・見たい・・・っ・・っ」
ダンはいつしか嗚咽を漏らしていた。







不躾な男だ。
それが私のラバー・ソールへの第一印象だった。
彼は本名を名乗る素振りも見せず、軽薄な口調で喋り態度で振舞っていた。
それ自体はべつに構わない。殺し屋などという職業柄本名を隠し本心を隠し、他人と慎重に距離を取るのはむしろ当然のことだ。
だがあの男は少し様子がおかしかった。初対面の私の顔を珍妙な生き物を見るような目で観察し、一人フンフンと頷いた挙句、私の耳元で囁いたのだ。

『あんた・・・イイな』

何がイイのか私のはわからなかったしわかりたくもなかったが、目の前の男がとんでもなく無礼であることだけは理解できた。

その日からあの男の私への執拗なアプローチが始まった。
『美味い飯屋があるから行かないか?』
『一杯どうだ?』
『買い物付き合えよ』
『なぁ、カードで一勝負しようぜ?』
etcetc・・・・
当然私は突っぱねた。男と見れば股を開くアバズレでもあるまいし、当然だろう?
だが、あの厚かましい男は、私がどれほど邪険に拒絶しても気にする素振りすら見せずに私を誘い続けてきた。
気がつけば私は男のしつこさに負ける形で5回に2回は誘いに応じるようになり、瞬く間にほぼ全ての誘いを受け入れるようになっていた。

私はこの男と、一週間か二週間、どんなに長くても一ヶ月以内にセックスするのだろう。

どこか他人事めいた冷静さで私はそんな風に予想・・・いや、確信していた。
相手は出会った瞬間から私を求めていた。そして私はもはや拒む気を失くしている。申し分なく健康な・・・健康だった成人男性二人の波長が噛みあえば、そうなるのが自然だろう。

率直に言って、私は彼とそうなる『ごく近い未来』を密やかなる期待を込めて待っていた。下世話な言い方をしてしまえば、まんざら知らぬ身でもない私の身体は卑猥な疼きを押さえきれなくなっていた。
けれど、私の方からは言えなかった。
私にも男のプライドというものがある。一山幾らのビッチのように『抱いて』などと言えるものか。
物事において、始まりの形というものは非常に大切だ。私はそれが色恋沙汰であっても年下の無礼な男にイニシアティブを取られるのは我慢ならなかった。
だから待った。この性急な男が我慢の限界を迎えるその日をただ静かに、表面上何もないかのように取り繕って待っていた。


私の期待通り男の我慢の限界はあっさりと来た。
そしてその表現方法は、私や普通の人間が想像だにしないものだった。

『先輩、コーヒー淹れたよ』
いつものようにヘラヘラと笑う男に一瞥をくれ、私は彼の差し出すコーヒーを受け取った。
私の基準から言えばやや乱雑な男の部屋で、足を投げ出してコーヒーを飲む程度に私は彼に気を許していたのだ。それに、認めるのはいささか癪だが、あの男の淹れるコーヒーは悪くなかった。犬の小便のようなレモンティーしか淹れられないくせに、コーヒーだけは美味く淹れるのが不思議だった。

『美味い?』
お決まりの台詞を吐く男に、私は鷹揚に一つ頷いてやった。



私の記憶が確かなのはここまでだ。

次に明確な意識を取り戻した時、私はどことも知れぬ建物の一室に寝かされていた。狭いが清潔な部屋には、ベッドと椅子以外何もなく、色は白一色しかなかった。
身体を起こすと、頭が酷く痛んで吐きそうだった。
私は無意識に頭を抱えようとして持ち上げた己の手を見て息を飲んだ。
最初、私はそれを何か性質の悪い冗談だと思った。思おうとした。
私の手は、左右どちらも親指と小指以外の指が綺麗サッパリ消えていたのだ。

「ア・・・・アあぁぁぁぁぁぁっっッっ・・・・・・あっぁぁぁぁぁ」


何故こんなことに?
私の身に何が起こったというのだ?
事故か?それとも敵か?
いつだ?敵だとしたら私はいつ襲われたのだ?
いつ・・・?
そうだ、私はあの男の部屋でコーヒーを飲んでいたはずでは?
あの男、あの男はどうなったのだ?どこにいるのだ?あの男も襲われてこの建物のどこかに捕らえられているのか?あるいは既に・・・・
その可能性に私が唇を噛みかけた時、乱暴なノックの音が三回響いて扉が開いた。

「おはよう先輩。どーしたの?いきなりそんな大声出しちゃってさ?」
暢気な台詞を吐きながら現れたのは私が今しがたその生存を危ぶんでいたラバー・ソール本人と、どういうわけかDIOの屋敷の執事だった。
ラバー・ソールも執事も、私が見たところどこにも怪我を負っているようには見えなかった。何よりも彼らには決定的に緊迫感が欠如していた。
自分の状況と彼らの状況。そこから正しい答えを導き出せなかったのは、やはり錯乱していたからだろう。
私は今にして思えばどうしようもなく滑稽な訴えをあの男にしていた。

「私の・・・私の指が・・・・指がない・・・・指がないんだっ!」
口に出して我が身の現実を確認して、私は小刻みに震えた。
私は欠けてしまったのだ。もう、あのコーヒーを飲んでいた私ではないのだ。
もう、戻れない。
私は凄まじい喪失感に青褪めいよいよ震えを激しくしていった。

あぁ、あれは何とちっぽけな喪失であったか。
それから始まった喪失の大きさに比べれば、最初のそれは子供のお遊びのように他愛のないことだったというのに、あの時の私ときたらそれはもうみっともないほど取り乱し泣き叫んだものだ。

「あぁ、それね。どう?気に入ってくれた?」

こいつは、何を言っている?
私は目の前にいる男の言葉が、まるで見知らぬ異国の言葉のように聞いた。

「最初はとりあえずそんなもんだと思うんだけど・・・悪くないでしょ?」
「貴様・・・・貴様が私の指を・・・・!」
男の言葉をようやく正しく理解すると同時に、私の全身を痛みを凌駕するほどの怒りが包んだ。

「指だけじゃないよ、足もだよ」
私の怒りに怯む様子もなく、あの男は恐ろしいことを口にして私にかけられていたシーツをサッとまくった。

「あ・・・・ぁ・・・・ぁぁ・・・」
そこに足首から下が消失した自分の足を見つけ、私は声を失った。私の口からは、ただ意味をなさぬ喘ぎだけが阿呆のように漏れ続けた。

「ホントに気がつかなかったの?先輩って意外と鈍いんだねぇ〜もっと神経質な人だと思ってたよ」
まるで一番新しい恋人の思いがけない一面を見たかのような口ぶりで言う。皮肉なことに、私はその日常的な言葉の響きによっていくらかの正気を取り戻すことが出来た。

「何故だ?」
何故こんなことをした?
何故私はこんなことをされねばならない?

「何故だ?答えろ。私には聞く権利がある」
近い将来抱かれても良いと思っていた男からのこの仕打ち。私にはまったく理解できなかった。

「何でって・・・・それこそ何でだよ?愛してるからさ。決まってるじゃぁないか」
「ふざけるなっ!」
こんな、こんな愛があってたまるものか。私は理不尽さに吼えた。

「先輩、俺はふざけてなんかいないよ?本当に先輩を愛しているんだ。とてもとても、誰よりも何よりも愛しているんだ」
あの男は本気だった。恐ろしいほどに本気だった。わけのわからぬことだらけの中で、私はそれだけは紛れもない真実であると理解した。

気持ち悪い。
目の前の男が。
私を取り巻く全てのものが。
そこにある空気すらもが気持ち悪くて私は吐いた。シーツが汚れることなどお構いなしに、私はベッドの上で身体を半分に折って胃液を吐き出した。

「ウ・・・・・うェえぅ・・あ・・ぇぅ・・・っ・・・・」
逆流した胃液が鼻の奥に染みて、私は声を出して泣いた。

「泣かないで?俺がついてるからさ」
「触るなっ!」
私の背を労わるように撫でてきた加害者の手を、私は可能な限り邪険に振りほどいた。

「貴様・・・・よくも・・・っ・・・ッ返せっ!!貴様が奪った私の手足を返せっ!!」
無理を承知で叫ばずにはいられなかった。

「返せ!今すぐ返せ!!・・・・・・うぁぁぁ・・・返し・・・て・・・く・・れ・・・頼む・・・お願い・・・だ・・・元の身体に戻してくれっ!」
私はボロボロと涙を零しながら、恥も外聞もなくあの男に縋った。

「嫌だなぁ先輩。そんな子供みたいな駄々捏ねないでよ。先輩の指と足はもうないの。だって『節制』と俺が食べちゃったからさ」
「食った・・・だと」
私はその夜何度目かの衝撃で絶句した。
あまりにも簡単に認められたカニバリズムという禁忌。私自身殺し屋であり、世の中の規範に四角四面に従っているかといえば決してそのようなことはなかったが、それでも、カニバリズムが『人類』にとっての『大罪』であり、国や人種や宗教を超えた『禁忌』であることは認識していた。
それをあの男は、何の畏れも感慨もなくやってのけたのだ。彼のスタンド『節制』の性質上、人肉を摂取することに抵抗が少なかったのか、それともあの男が元々そういう性質であったからこその『節制』なのか。
いずれにせよ、自分を捕らえた男は狂っている。

「アンタが悪いんだよ?先輩。俺の気持ち知ってるくせに冷たいから、焦らすから」
「私は・・・・」
おまえ次に求めてくるのを待っていたのだ。

「でもね、今はコレで良かった。コレが一番良い方法だったんだって理解してるんだ。俺はさ、アンタの全部が欲しいんだ。ケツ穴に突っ込んで吐き出すなんて、そんな上っ面だけの関係じゃなくてさ。もっともっと深くアンタと関わりたいんだ。どこまでも深く交わりたいんだ」
あぁ、それは何と狂気に満ちた告白であったことか。

「だからね、俺はアンタをちょっとづつ味わって食べることにしたんだ。でも何も心配しないで?もちろん殺すつもりなんかないから。俺はネクロフィリアなんて変態じゃないんだ。俺はアンタの温かい身体に入りたいんだ。これから先輩の身体は・・・・そうだね、今の半分くらいの重さになるだろうけれど、俺がキチンと面倒みて不自由なんかさせないから怖がらないで」
勝手な理屈をこの世の正義のように並べ立てる男に、私は間の抜けた質問をした。

「おまえは・・・これ以上何を私から奪うつもりなんだ?」
本当に間抜けだ。何故あれぽっちの喪失で、もう失くすものなどないと楽観的な思考を持てたのか?

「先輩〜駄目だって、人の話はちゃんと聞かなきゃさぁ。俺は先輩を少しづつ大事に食べるって言ったっしょ?その手足だって、先輩スラっと長くて綺麗だから10分割くらいできそうだし、内蔵だって二つあるものは一つあれば沢山だし、胃や肝臓だってそんなに大きいのいらないからね。脳は弄らないよ。俺のこと忘れられたら寂しいもんな。手術は執事さんがしてくれるから問題ないよ」
あぁ、それで執事がさっきから私を解剖用の実験動物を見るような目で見ているのか。
死刑宣告よりも性質の悪い告知を受けながら、私の頭は半ば痺れ半ば冷静になっていた。

「さて、お喋りはここまで」
あの男は私に笑いかけた。それはそれは好い笑顔で。

「先輩と俺の初夜を始めよう。ちゃんと立会い人もいることだし、俺の前で処女を証明してよ?」
男はどう頑張っても『処女』はなれない。冷静な部分がどうでも良いつっこみを入れていたが、すぐに私にはどんな余裕はなくなった。

「ひぎぃぎぃぃぃぃぃっっっ!!!」
慣らしもしない私の後孔を、あの男は抵抗を楽しむように引き裂き、あふれ出した鮮血をさも美味そうに啜り上げたのだ。