長いこと放置してた猟奇的な彼氏の続きです。警告しましたがモロマラやら流血やら嘔吐やらでプチ猟奇で最後はハメる話です。苦手な人は帰りましょう。




猟奇的な彼氏2

日が落ちきる少し前、ホル・ホースが大男のデーボを引きずって入ったのは白く清潔な病院ではなく、舗装の悪い道沿いに4軒ほど連なった安モーテルのうち、最も毒々しいネオンを所々ショートさせながら点滅させている一軒であった。
この手のモーテルに行き届いたサービスなど間違っても期待してはいけない。そして血まみれの大男を抱えて入るような場合それが何よりも好都合なのだ。
仕事に誇りも情熱も持っていなさそうな受付係に前金で大めのキャッシュを渡しさえすれば、彼らは一様に客から興味を失くし、見るからにトラブルを抱えていそうな客を詮索したりせずにテレビでフットーボールの試合を見て有意義な時間を過ごす。それが彼らの平和で退屈な日々を過ごすための処世術なのだ。
公私にわたりこの手の施設を利用することの多いホル・ホースはその辺の事情を良く心得ていた。

「よぉ、部屋空いてるかい?ちぃと『休憩』してぇんだけどよ」
ホル・ホースは受付カウンターに広げたゴシップ誌を熱心に読んでいた中年女に声をかけた。満室どころかほぼ空室であることは気配で分かるが、いわゆる社交辞令というやつである。

「ああ、空いてるよ。一階の右奥以外ガラガラだ。好きな部屋を使っていいよ」
「そいつはありがてぇ。なら二階の一番奥がいい」
答えながらホル・ホースはそれとなく女を観察する。焦げ茶色の髪の中年女は年相応に恰幅が良く、全体的にくたびれた感じがして彼好みの艶っぽい熟女とは程遠い。それでいて不思議と好感を覚えたのは彼女の態度ゆえであろう。過剰な愛想も振りまかぬ代わりに帰れと言わんばかりの無愛想さもない。媚を含まぬ声には幾ばくかの温かみのようなものがある。

(貧乏学生向けの下宿でもしたほうがいいんじゃねぇのか?)
そんなどうでも良いことを、グッタリと血の気の失せたデーボに肩を貸したまま思う。

「ほら、鍵だよ。それと、大きなお世話かもしれないけど、お連れさんだいぶ具合が悪そうじゃぁないか?」
「あぁ、この馬鹿なら気にしねぇでくれ。こんな時間から飲みすぎちまってな」
苦しい言い訳をしながらホル・ホースは内心舌打した。よりにもよってこんな時に4枚のカードの内から『お節介ババァ』という名のジョーカーをひいてしまうとは。

「あぁ、そうかい。別にいいさ。こんな所に男二人で来るような連中は皆似たり寄ったりだからね。大方そっちのデカイお連れさんも飲みすぎてうっかり階段から落ちて血まみれになったってとこだろうさ。で、何かいるモノはおありかい?有料で良けりゃぁ出来る限り用意するよ」
「あんた・・・・慣れてんなぁ」
中年女の場慣れしたサバサバとした物言いにホル・ホースは苦笑した。

「20年近くもこんな宿やってりゃいろんな客がくるさ。包帯にガーゼに湿布。消毒薬と化膿止め。後は鎮痛解熱剤ってところでいいかい?」
「ああ、そんだけありゃ充分だ。ピンセット・・・あるか?」
「救急箱ひっくり返してみてあれば持ってってやるよ」
「悪ぃな」
「こっちは商売だからね。ほら、早いとこお連れさんを寝かせてやりな。大分酔いが回って足に来てるじゃぁないか。いっそお姫様抱っこでもしてヴァージン・ロード気分味わってみるかい?」
「はっ!冗談はよしてくれや。俺ぁ野郎にサービスする趣味はねぇよ・・・あんた、ジョーカーどころかハートのクゥイーンだぜ」
仲間の天才ギャンブラーとはまた違った方向性でホル・ホースは気障な男だった。



「おら、デーボ到着だ」
ギシギシと鳴る階段を踏み越え部屋に辿り着くやいなや、ホル・ホースはデーボをベッドに放り出した。大柄でそれに見合う体力と腕力を持つホル・ホースではあったが、デーボは身長体重共に彼を大きく上回るう正真正銘の大男なのだ。負傷して脱力していながら、痛みに不自然に強張る身体を運ぶのはそれなりに骨の折れる仕事だった。

「ちぃと待ってろや」
「・・ふぅ・・・んっ」
「悪ぃ忘れてた」
部屋の設備点検の前に為すべきことを思い出し、ホル・ホースはデーボの口に詰めていたバンダナを取り除いてやった。

「・・・ッ・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・て・・・めぇ・・・・・・・・・・」
声を漏らして怪しまれぬようにと(もっとも風体だけで怪しさMAXなのだが)ホル・ホースが施したことであったが、やはり息苦しかったのだろう。口を解放されたデーボは二度三度と大きく胸を上下させて荒い呼吸を繰り返しながら、凶悪な人相に剣呑さを上乗せした表情でホル・ホースを睨みつけた。

「そう怒んなって。ここはドジ踏んだおめぇを放っぽり出さねぇ心優しい俺様に感謝する場面だぜぇ?」
「覚えてろクソ」
短く悪態を吐いてから、デーボは横になっても襲ってくる眩暈を瞳を閉じてやり過ごした。
全身を覆いつくすような痛み。発熱し始めた身体のダルさ。強さを増す吐き気と眩暈。それらはデーボにとって全て馴染みのものだったから、今更慌てふためいてパニックを起こすようなことはない。
小汚い路地裏でゴミの下に隠れて痛みをやり過ごし自力で動けるまで回復を待つことも珍しくないのだ。曲がりなりにもベッドの上で過ごせる上に、傷の手当まで受けられるのだから、むしろ今日は相当にツイている。
この際手当てを行う相手が信用ならない女タラシであることなど些細な問題だ。そういうことにしておく。

「一通りそろってるぜ」
狭い室内を素早く点検したホル・ホースは、堅い木の椅子を引っ張ってきてデーボの横たわるベッドサイドに腰を下ろす。
安っぽい建物に相応しい悪趣味で煙草臭い部屋。大きさだけは立派なスプリングの悪いベッド。一応洗濯はされているようだが、清潔と断言するには染みと黄ばみが目立タオル数枚。生ぬるい湯を不安定ながら景気良く吐き出すバスルーム。
贅沢な快適さとは無縁ながら、さしあたっての応急処置を施すには充分だ。とはいえ、

「さて、どーしたもんかね?」
四肢、腹、背中。首を除く五体全てに傷を負って苦しげな呼吸を繰り返す男をどう扱ったら良いものか。ノリと勢いと選択肢のなさから手当てを請け負ったものの、かつて所属していた軍隊でもここまで手酷く傷ついた人間の処置などしたことがない。どこからどう手をつけてよいものか正直わからない。

「早く・・・しやがれ」
「あぁ、すまねぇ」
確かデーボは発熱と同時に傷が塞がり始めると言っていた。それが事実ならば確かにもうあまり時間はない。

「デーボ、とりあえず服脱がすぜ?」
いかつい男の服を脱がすのは好みではなかったが、言っている場合でもないと自分を納得させ、ホル・ホースはデーボの衣服を剥ぎ取りにかかった。

「・・・っ」
ズボンを脱がすと音を立てて血糊とできたての瘡蓋が剥がれた。赤黒く固まった古い血の上を、真新しい朱色の血がスルスルと零れ落ち、シーツに薄紅の華が咲いた。

(こいつが可愛い処女だったら・・・・いや処女は面倒クセェか)
声を出さずに痛みを堪えるデーボを眺めながら、不謹慎なことを考える。思いやりの心や優しさがまったくないわけではないが、大男の殺し屋相手では当社費6割減なのは致し方のないことであった。

「おめぇ、よく生きてたな」
丸裸で転がったデーボを見下ろし、ホル・ホースは正直な感想を口にした。デーボの逞しい肉体は予想にたがわず大小さまざま実にバラエティ豊かな痕で覆われていた。

(こいつぁとんでもねぇ・・・化け物だ)
一部肉がこそげ落ちたままの脇腹、骨折と不正癒着を繰り返して歪な肋骨。己の身体をこれほど容赦なく痛めつけてまで殺し屋を続ける男。余程人殺しが好きなのか、はたまた他に生きる術を知らないのか。何にしろ大概イカレている。

「男の裸が好きか?」
ホル・ホースの視線の意味を100%正確に理解していながらデーボは皮肉に問いかけた。彼の身体を目にした人間は皆等しく同じ反応をする。
初めに驚愕。次いで嫌悪・恐怖、あるいは蔑み。極稀に憐れみ。いずれの反応もデーボの心を揺るがすことはない。

「は?なわけねーだろ」
思わず注視していたデーボの褐色の肉体からを目を反らしながらホル・ホースははっきりと否定した。彼は物心ついたその日から竹を割ったような女好きなのだ。朴訥な水使いの青年を際どいショークでからかうのもあくまで面白いからに過ぎず、本気でどうこうする気などまるでない。ましてや相手は色気のかけらも無い大男だ。ナニをどうするというのか。

「立てるか?」
「ああ・・・・・・っ」
気丈に答えはしたものの、デーボの身体は上半身を起こしただけでストライキを起こした。

「クソが」
同業者に無防備な姿を晒している現状にデーボは毒づいた。

(何がツイてる、だ。こんなんなら生ゴミのベッドで寝てた方がマシだ)
強烈な眩暈と吐き気に、苦労して起こした上半身が前のめりに丸まっていくのが分かった。

「大丈夫かよ?」
「吐きそうだ」
「・・・ここで吐くなよ?バスルームまで待て」
現実的な釘を刺し、ホル・ホースは半ば抱えるようにして丸裸のままデーボをバスルームまで引き摺った。
デリカシーの欠片もない扱いであったがデーボは抵抗しなかった。彼らは二人ともこうした場合において同性の裸体に羞恥を覚えるほどヤワでもウブでもないのだ。そしてそのことに互いに安堵していた。ぶっちゃけどちらかが変に照れたりすると非常にやりにくい。上流階級特有のお上品な神経質さを持つダービー兄弟や、潔癖で他人に肌を晒すことを嫌うンドゥール辺りではこうはいかなかっただろう。

「傷口洗って一通り消毒して、それから腰の後ろっかわに刺さった破片取って最後に手足。それでいいか?」
「かまわねぇ」
「そっか。じゃ、洗うぜ。ちょいと痛ぇだろうが我慢しろや」
湯加減を調節し(といっても基本生ぬるい湯しか出ないのだが)、ホル・ホースはシャーノズルを全開にした。こんなものを剥き出しの傷口に宛がえば酷い痛みを与えてしまうことは分かっていたが、砂利その他の異物で長時間汚染されていた傷口を洗浄するにはこれが一番手っ取り早い。ろくな薬もない状況で手早く化膿させずに処置するには徹底的な洗浄が必要なのだ。

「・・・・う・・・っ・・・・っ」
汚染の最も酷い大腿に迸る水流を当てられ、流石に堪え切れずにデーボは呻き声を漏らした。この処置を自身の手で行っていたならば、彼は間違いなく口汚い罵りの言葉を吐いていたことだろう。

「砂利が・・・食い込んで取れねぇ」
デーボの異常なまでの回復力が早くも裏目に出始めていることにホル・ホースは焦った。この男の身体には自分と同じ『人間』の常識が当てはまらない。改めてそれを実感した瞬間でもあった。

「あ?何か適当なもんでこすりゃいいだろうが」
「適当なモンって・・・・」
大柄な男二人を詰め込んだ狭いバスルームを見渡しながらホル・ホースは頭を働かせる。

「なぁ・・・・こんなんでいいのか?」
「上等だ」
ホル・ホースの差し出す浴用スポンジと使い捨て歯ブラシを一瞥してデーボは頷いた。台所用のナイロンたわしで擦り洗いしたこともある身としては、スポンジに歯ブラシなど可愛いものだった。

「あー、アレだ。なるべくすぐ終わらせてやっから暴れんなよ?」
「俺は獣か」
「馬鹿言うな。獣ってなぁもっと可愛いモンだ」
軽口を交わしながら、ホル・ホースはデーボの傷口をなるべく傷めぬよう慎重に、かつ大胆に洗ってゆく。

「ん・・・・・ぐぅっ・・・っ」
「おい?」
それまで大人しくホル・ホースの為すがままになっていたデーボがふいに身を捩り蹲った。

「どうした?」
「うぐ・・・ぇ・・ぇ」
えづくデーボに答える余裕はなかった。痛みにはある程度慣れることができる。だが酩酊にも似た眩暈とこみ上げる嘔吐感だけはどうしようもないのだ。大きな仕事の後路地裏やビルの谷間で血反吐を吐きながら、苦々しく思うのがデーボの常であった。

「う・・・ぇ・・ぇぇぇ」
耳障りな声と一緒に、既にほとんど消化され液体化した遅めの朝食が顎を伝いバスルームの床を汚していく。

(今日は血は混じってねぇか・・・ならどってことねぇ)
胃を支配する不快感に顔を歪めながら、デーボの頭の一部は酷く冷静に己の吐瀉物を観察し内臓にダメージがないことを確認する。それは職業柄身についた習慣ではあったが、彼の強靭な精神力の証でもあった。

「デーボ・・・おめぇまさかずっと我慢してたのか?」
肩を震わせて嘔吐するデーボに、ホル・ホースはらしくもない罪悪感を覚えた。彼にしてみれば、まさかデーボのような男が『吐くな』という言葉を真に受けて律儀に嘔吐感と戦うなどと思いもよらなかったのである。

「けどよぉ、俺ぁ絶対ぇ吐くなとか言ってねぇだろ?バスルー、ムまで我慢しろって言っただけ、だよな?」
言い訳めいたことを口にしながら、デーボの背中を擦ってやる。嫌になるくらい広く逞しい背中だった。
が――

「なぁ、これ痛くねぇのか?」
肩甲骨と背骨の一部が不自然に陥没していることに気づきホル・ホースは顔をしかめた。変形した骨は往々にして神経を圧迫し、慢性的な痛みの原因になりやすい。

(肩甲骨はともかく背骨はヤベェんじゃねぇのか?)
ホル・ホースは短い従軍経験の中で、背骨や頚椎を傷めて麻痺症状を起こした人間を幾人か知っていた。いつ敵になったもおかしくない同業者の身を深く考えることもなく気にするのは、悪党のくせにどこか人の良いこの男の奇妙さだった。

「ただ・・・の古傷・・・だ」
ひとしきり吐き終えて幾分不快感が収まったものか、デーボは手の甲で汚れた口元を無造作に拭って丸まっていた身体を起こした。

「気持悪ぃなら全部吐いちまえよ?その方が楽だからな。俺もガキのころは女の前で見栄張って強い酒ガブ飲みしちゃぁ地獄見たもんだぜ」
ホル・ホースらしい言い様に、デーボは唇の上を走る痕を歪めて少しだけ笑った。



半ば抱きかかえられるようにしてベッドまで運ばれたデーボは、瞳を閉じたままただ静かに横たわって濡れた身体を拭かれていた。発熱の始まりつつある身体は鉛のように重く気だるかったし、これから受ける処置を思えば無駄な体力は極力使わないに限るのだ。しかしそれにしても、

(妙な気分だぜ)
こんなふうに他人に気遣われながら手当てされるなど、一体どれほどぶりであろうか?
仕事で負った傷は全て一人で処置し、自分ではどうにも出来ぬ場合にのみ闇医者の世話になるなり偽名を使って一般の医院に行くなりしてきた。精根尽き果て、血塗れのまま己の呻き声のみを聞いて数日転がって過ごすことも年に二・三度はある。それがデーボにとっての『普通』であり『日常』であった。
故にこうした扱いは不快ではないが酷くむず痒い。裸体を晒すことに羞恥を覚えぬ男は意外な部分で繊細であった。

「ちぃと休むか?」
デーボの意外な一面など知るよしもないホル・ホースは、グッタリと脱力したまま動かないデーボに不安を覚え声をかける。職業殺し屋であっても、ホル・ホースは決して全ての人間に対し平等に冷酷非情なわけではないのだ。彼にとって老若美醜を問わず『女』は特別な存在であったし、『子供』と『仲間』もいくらかは特別だった。

「いらねぇ気遣いだ。気色悪ぃ」
「そーかよ」
珍しく男相手に気を使ってみればこの言われようだ。時間がないのはわかるがもう少し他に言い様があるだろうにと憤慨しながら、ホル・ホースは中年女の用意した簡便な医療品セットを広げ、まぁ気休め程度にはなるだろうと鎮痛剤と解熱剤を取り出した。

「先に飲んどけ」
「いらねぇ」
「おめぇなぁ、他人の小さな親切はありがたく素直に受け取るのが大人のマナーだろうが?」
元来気の長いほうではないホル・ホースが顔を引きつらせるのを見てデーボは小さく溜息をついた。

「効かねぇんだよ」
「あ?」
「そんなもん、飲んでも効かねぇ」
一々他人に説明するのも億劫だったが、一応世話になっている義理もある。何より余計な気を回されるのが煩わしい。

「普通の薬を定量飲んだくれぇじゃ、もう俺の身体は何の反応もしねぇんだよ」
「・・・慢性化、ってやつか?」
「多分な」
実際には慢性化だけではなく、異常回復能力を有するデーボの肉体そのものにも原因はあるのだろうが、そのあたりのメカニズムはデーボ自身にもよくわからないため敢えて触れずにおく。

「難儀な野郎だな」
「そうでもねぇよ。下んねぇこと喋くってねぇで、早ぇとここいつをどうにかしてくれ。ガチャガチャいって気持悪ぃ」
憐れむような視線を厭い、デーボは枕に顔を埋めるようにしてゴロリとうつ伏せになった。

「先に言っとくが、俺ぁ医者の真似事なんざしたことねぇから、痛ぇのなんの泣き言はなしだぜ?」
「期待してねぇよ」
「手先は割と器用な方だけどな。染みるぜ」
消毒薬を染みこませた脱脂綿で丹念に傷口を拭きながら、ホル・ホースは傷口の状態を改めて確認する。
肉に食い込んだ木の破片が六つ。どれも浅くはないようだが、致命傷というほどのものでもない、これならば素人でも然程労せずしてピンセットで摘み出せそうだ。

「安心しろ、何とかなりそうだ」
正直、ホル・ホース自身が安堵した。麻酔もなしに生身の肉体を切り開いて異物を摘出するなど考えるだにゾッとしない。

「力抜いてろや」
露出した木片の頭をしっかりとピンセットで挟み、傷を広げぬよう慎重に引き抜いてゆく。

「っ・・・・」
体内で動く異物の感触に、デーボは危うく声を漏らしかけ枕を噛んだ。慣れているとはいえ、ささくれ立った木片に身体の内側を擦り上げられれば人並みの痛みは感じるのだ。
誤解を招きがちだが、デーボは決して痛覚が鈍いわけでもないわけでもない。むしろ扱うスタンドの性質上、触覚に感して彼は敏感ですらあった。もし彼に痛覚がなければ、与えられた痛みを恨みの力に転化して発動させる『エボニィ・デビル』は成り立たないし、よしんば攻撃を受けたことに対する怒りでスタンドを出せたとしても、痛覚のない身体では受容可能なダメージを見誤って駆け出しの頃に死んでいただろう。
痛みを痛みとして感じながらそれに慣れる。先に待ち受ける苦痛を正確に予期しながら攻撃を受ける。デーボの異常性は五感の造りにではなく常人であればノイローゼになるようなストレスを受け続けて尚狂わぬ精神にあった。。あるいは初めから狂っているが故に異常な行動を10年以上も続けていられるのやもしれぬが、それは彼のような人間を創り出した悪魔だけが知っていることだ。

(思ったより深ぇなこりゃ)
ピンセットを摘む指先に力を込めながら、ホル・ホースはデーボの反応を伺い見る。かなりの苦痛を感じているようだが、我を忘れて暴れ出すような気配はない。見るからに凶暴そうで ―そして実際恐ろしく凶暴だ― 粗野な印象を与えるにも関わらず、存外デーボは我慢強い。

「あと少しだ。踏ん張れよ・・・・って、んだこりゃぁ?!」
残り二本となった木片を摘みながらデーボに励ましの言葉をかけた直後ホル:・ホースは固まった。

肉の中で枝分かれした木片は、引っ張れば引っ張るほど抜けるどころかただいたずらに傷口を広げてしまう。無理に力を加えすぎて、中で割れでもしたら最悪だ。

「おいデーボ、力抜いとけっつっただろうが?」
「あぁ?入れてねぇよ」
「嘘こけ。じゃぁ何でこんなガッチリ固まって抜けねんだよ?」
「塞がってきてる。時間切れだノロマ」
「ノロマっててめ・・・!口の悪ぃ野郎だな。で、どうすりゃいいんだこういう場合は?」
「何とかして抜け」
「無茶言うな・・・・ちぃと傷口調べさせてもらうぜ?」

木片の周囲の肉をピンセットで探れば、傷の内側は既にありえないレベルで癒着しつつあった。

「こりゃぁ・・・引っ張るだけじゃ抜けねぇな」
「ナイフ持ってるか?」
「どーすんだよそんなもん?」
著しく嫌な予感がした。

「入ってるモンごと周りの肉くり抜きゃいいだけじゃねぇか」
「言うと思ったぜ」
嫌な予感をあっさりと口にするデーボにホル・ホースは唇を歪める。
生身の肉を麻酔もなしにナイフの厚刃で裂かれ抉り取られる激痛を知らぬわけでもなかろうに、何故この大男はこうも淡々とまるで他人事のように言ってのけるのか。

「なぁ、手っ取り早く済ませて早く楽になりてぇ気持もわかんねぇわけじゃねぇどよぉ、もうちょい穏やかな方法にしねぇか?」
「おかしな野郎だな。てめぇは野郎のことなんざどうでもいいんじゃねぇのか?」
「まぁ基本そーなんだが・・・・なんかこうなぁ」
何一つ解決しないグダグだな会話を続けながら、ホル・ホースは確かに今日の自分は少々妙だと自覚する。
彼は己が格別サディストだとは思わないが、かといって思いやりに溢れた所謂『いい人』でないことも知っている。何故なら善人は数ある職業選択の自由の内からイレギュラーである『人殺し』など絶対に選ばないからだ。
備わった能力をフル活用してスリリングな日々を送りたい。それだけの理由で何の抵抗も無く今の生き方を選んだ自分は、世間一般でいう『悪い人』だ。
女好きの『悪い人』は、通常金を積まれない限り同性にサービスなどしない。デーボに関しても雇用者の執事からのお達しに最低限答えれば良いのだ。

(何だって俺はこんな物騒な大男に気を使ってやてらにゃならんのだ)
デーボ自身に乞われたわけでもないのに、彼の受ける苦痛を少しでも減らしてやりたいと本気で思っている自分に戸惑う。

(このマゾ野郎があんまりてめぇの身体にも痛みにも無関心だからだ)
所々変形させたままロクなケアもしていな身体を見た時、どうやらホル・ホースの中のスウィッチはおかしな具合に入ってしまったようだ。

「つまり、悪いのはおめぇだ」
「意味わかんねぇよ」
唐突な決め付けにデーボは呆れたように枕から顔をあげた。
まともに目が合った。

「・・・・・てめぇに任せるって言ってるだろうが」
何故かわけもなく面映くなってデーボは再び枕に顔を鎮めた。処置が済むまでもう顔は上げない。やはりわけもわからずそう心に決めた。

「わかった、わかったよ。へばりついた肉をピンセットで引っぺがしながらちょっとずつ抜く。OK?」
「面倒臭ぇな」
「文句はなしだ」
「なら聞くな」
「そんだけ減らず口が叩けりゃ踏ん張れるな」
良くわからない衝動に突き動かされ、ホル・ホースはデーボの血で固まった髪をクシャクシャと乱雑に撫でた。

「俺はガキじゃねぇ」
「後で髪も拭いてやる」
噛みあわないやり取りで気を紛らわせながら、ホル・ホースは慎重に処置を再開した。