ありがちネタ其の一。
シャワーです。
髪下ろしてマッパなデーボさんが描きたかっただけとも言う。
バーミヤンで飯食いながら衝動的に描いた下絵、スキャニングして3ヶ月くらい放置してた。
三ヶ月たっても全然絵が変わってない。喜んでいいのやら悲しむべきなのか・・・・

仕事を夜に控えたデーボは、これといった感慨を抱くこともなく入念に身体を清めていた。
バスタブに張った湯にゆっくりとつかり、最後の仕上げに髪を洗ってシャワーを浴びる。それが彼の仕事前の『儀式』だ。
もっとも、彼の『儀式』に禊だの何だのといった殊勝な意味合いはまったくない。ただ単に一度仕事を請け負えば、しばらくは風呂になど入れぬ身体になる可能性が高いからだ。
とはいえ、今日はいささか長湯しすぎたかもしれない。

(上せた・・・・)
立ち込める湯気にデーボは目を閉じ、顔に掛かった髪を掻き揚げる。
普段三つ編みにしている彼の髪が、下ろすと腰の少し上まであることを知る者は少ない。

(知ってるのは、野郎くらいか)
デーボは引き攣れの残る唇をさらに歪めた。

『おめぇよぉ〜髪だけは綺麗なのな。ろくすっぽ手入れもしてねぇくせに、俺の知ってるどんな女より綺麗だぜ?』そんな気色の悪い言葉を吐き散らしては、デーボの髪を弄繰り回す鬱陶しい男。

(野郎に綺麗だの何だの・・・頭湧いてんじゃねぇのか?)
真っ直ぐに流れ落ちる黒髪を、男らしい節くれだった指に絡めては解き、解いては絡める男。

(マジに上せちまった)
デーボはシャワーを冷水に切り替えた。

「ん・・・・」
火照った身体を叩く冷たい水の心地良さに、デーボは短く吐息を漏らす。
古傷に障るからあまり身体を冷やすなとホル・ホースにいつも言われるのだが、元来暑がりのデーボは風呂よりも水浴びを好む性質なのだ。それ故、見つかればテレンスに大目玉を食らうと承知で、時折キッチンの大型冷蔵庫に入ってしまう。

(俺のこの腕は、いつまで俺の腕なんだろうな?)
身体が冷えてゆくにつれ、血潮の紅で浮かび上がっていた傷跡が薄くなってゆく。その様を無感動に見詰めていたデーボの脳裏を、ふとそんな考えが過ぎった。
デーボの外見は、はっきり言ってかなり異様だ。彼自身、そのことは自覚している。三つ編みにして垂らした長い黒髪。2mを超える筋骨逞しい身体。お世辞にも良いとは言いがたい目つき。そして赤銅色の肌に刻まれた無数の傷跡。これだけそろえば、いかに他人に無関心な現代人といえども十人中九人はギョッとした表情でデーボを凝視し、九人中七人は慌てて目を反らせ、残る二人のお人好しが申し訳なさそうに俯くというものだ。
デーボの全身余す所なく刻まれた、大小様々ありとあらゆる種類の傷は、彼が能力を使うために支払ってきた代価であり、彼がこなしてきた殺しの経歴であり、耐え抜いてきた苦痛の痕跡であり、彼が『呪いのデーボ』そのものであることの証といえた。
しかしデーボは己の傷に対し、他人が勝手に想像するような感傷も思い入れも特に持ってはいなかった。
傷は所詮傷に過ぎず、それ以上でも以下でもない。恥じて隠すこともしなければ、誇って晒すこともしない。ただ己の肉体の一部としてそこに在るだけのものだった。

だが、『傷』はいつまで『傷』で済むのだろう?
デーボは全身の傷跡の中でも一際凄惨な痕を残す腕に軽く爪を立てた。
彼の両腕は、左右ともに肘から下が赤黒いケロイド状に爛れている。右は小型の火炎放射器で焼かれ、左は硫酸をかけられたのだ。さすがにこればかりは薄くなった皮膚が裂けやすいこともあり、日常メッシュ・タイプのロンググローブで覆っているのだが、それでも時折あかぎれのように皮膚と肉が裂けジクジクと痛んだ。

(それでもまだこいつは俺の腕だ)
半ば無意識に、デーボは爪が食い込む微かな痛みに神経を集中させる。
既にまともな人間の皮膚をなしていなかろうと、肉が抉れ骨が透けて見える部分があろうと、痛みを感じるうちは間違いなく己の肉体の一部なのだ。

(いつかどっかで失くしちまうんだろうがな)
デーボの持って生まれたあまりに特殊なスタンド能力。それをこのままのペースで使い続ければ、いずれは手足の一、二本、目玉の一つ二つは失くすだろう。むしろこれまでに決定的で不可逆的な喪失を経験しなかったことのほうが奇跡なのだ。
そう遠くもない未来に訪れる喪失を予想しながら、デーボは怯えてはいなかった。彼にとって喪失はこの稼業に手を染めた時から覚悟していたことであり、失ったら失ったで、やはりそれだけのことに過ぎないのである。

(一本残ってさえいりゃぁ何とでもなる)
手にしろ足にしろ目にしろ。二つあるものは残り一つがまともに機能さえしていれば仕事はできる。当然それなりの不自由や苦痛は伴なうだろうが、それを恐れていてはこの仕事はできない。

(もし両方イッチまった時は『のろいのデーボ』はそこで終わりだ)
デーボの中で結論は既に出ていた。
仮に一人でまともに歩けない身体になったとしても、パートナーさえいれば仕事を続けることは充分に可能だ。だが、そのパートナーが絶対に自分を裏切らない保障がどこにある?
信頼・仲間・友情。
そんなものを信じて動く殺し屋がどこの世界にいるというのか。
昨日の敵は今日も敵。今日の友なぞハナからいねぇ。そのくらいの気構えなくしてどうして生き延びられようか。
仮初の相棒を『利用』するのはかまわない。大いに利用活用すべきだ。だが信じてはいけない。頼ってもいけない。故に『信頼』などもっての他だ。

(無様に縋って売られて死ぬなんざ、俺はごめんだ)
殺し屋には殺し屋の、汚れには汚れのプライドというものがある。

(俺は誰にも頼らねぇ。誰にも縋らねぇ。誰も・・・・誰も信じてなんかねぇ)
一瞬過ぎった女タラシの顔を、シャワーの栓をきつく締めて追い払う。
口が上手くて愛想が良くて、ヘラヘラ笑ってお節介。常識的に考えて、一番信用してはいけないタイプではないか。

(もう野郎とは寝ねぇ)

「よぉ」
「・・・・・・・何でてめぇがここにいる?」
乱暴に髪を拭きながら全裸のままバスルームから出たデーボを迎えたのは、その一番信用してはいけないタイプの男だった。

「ん?鍵が開いてたからな」
「答えになってねぇ」
デーボが自室の鍵を閉めないのはいつものことだ。何故ならば、この館の人間に対して部屋の鍵など何の意味もなさぬからだ。
しかし、だからといって無断で部屋に入って寛ぐことを他人に許しているわけでは決してないのだ。事実、そんな無神経なことをするのはこの厚かましい自称色男のホル・ホースくらいのものだ。

「じゃ、単刀直入に言うぜ?」
「いい。聞きたくねぇ」
「わがままな野郎だな」
「どっちがだ」
ホル・ホースが何を言い出すか、予想のついてしまう自分がデーボは嫌だった。

「あのな・・・」
「聞きたくねぇっつってんだろ?!」
こんな馬鹿の相手で仕事前に煩わされるのはうんざりだと、デーボは心底嫌そうな表情をする。

「そのまま壁に手ぇついて、俺にケツ向けろ」
「最低の要求だな」
デーボは忌憚なく正直な感想を口にした。こんなどうしようもないことを素面で言い垂れる相手に、遠慮など馬鹿らしくてしていられない。

「だってよ・・・おめぇこれから仕事なんだろうが?」
「だったら何だ?」
わかっているならば少しは慎めと言いたいが、言っても無駄だから言わない。

「どーせまた大怪我して血だらけで帰ってくんだろうが?」
「悪いか?」
「ああ、悪いな」
「あ?」
赤の他人にとやかく言われる筋のことではないと、デーボはホル・ホースを睨んだ。

「おめぇに怪我されたら、しばらくケツ使えねぇじゃねぇか」
「本当に最低だな、てめぇ」
あまりに勝手なホル・ホースの言い分に、デーボは怒る気も失せる。

「てめぇは大人しく女のケツでも追ってやがれ」
「追うに決まってんだろ。てめぇ言われるまでもねぇ」
「だったら」
「こっちはこっちで別腹だ」
「・・・っ」
下腹部を撫で下ろされ、そのまま中心を握りこまれたデーボが息を飲む。
もう寝ないと決めたばかりだと言うのに、デーボの若い身体は刺激に対して正直に貪欲に反応してしまう。

「俺はこれから仕事だ。一眠りしたいからすぐにすませろ」
デーボは投げ遣りに吐き捨て、湿り気を帯びたままの裸体をベッドに投げ出し目を閉じた。

信じてはいない。
頼ってもいない。
まして愛しているなど寒気がする。
けれど、伸ばした腕に触れる人肌の温もりは、ほんの少しばかり心地良かった。