人様の日記に萌え、ちょっとイラストが何か小説になり、挙句二部構成に・・・まさに妄想がライフワークになってます。

もう社会復帰なんかできなくていい。

わが道を堂々と歩こう。

手足を切り落とされあの男に犯された後の一週間。
それは私にとって地獄とも言うべき時間だった。
まるで失くしたモノたちが忘れないでくれと一斉に主張するかのように、間断なく襲って来る傷の痛みに私は眠ることもままならなかった。
けれど、本当に辛かったのはそんなことじゃぁない。
あの男に犯されること。
それが私にとってもっとも恐ろしいことだった。
私とて世間知らずの処女ではないのだから、男に抱かれることなど大したことではないとタカを括っていたのだが、それは大きな間違いだった。






あの男が初めて私を抱いた時。
あの男は無理矢理押し入った私の中で、続けざまに三度も果てた。
最初の二度は尻で、最後の一度は口で。

『ちぇっ!もう打ち止めかよ』

自らの萎えた一物を不満げに弄びながら、あの男は不貞腐れたように私を見た。

『もう・・・充分だろう?』
私は相手を刺激しないようにこの悪趣味な遊戯の終了を促した。ふざけるなと怒鳴りつけることのできない自分が酷く惨めだった。

『だーめっ!お楽しみはこれからじゃん?』
あの男はイタズラを思いついた子供のような顔で笑った。その笑顔から、一体誰がイタズラの邪悪さを想像しえただろうか?

『俺は打ち止めだけどさ、コイツは疲れ知らずのタフ・ボーイだから安心して?』
嬉しそうに笑うあの男の身体から、『節制』が溢れて蠢いた。

『それをどうするつもりだ?』
半ば答えを知りながら問うた私の声は、情けないことに酷く震えていた。
テラテラと粘着質な艶を帯びた半透明のスタンド『節制』。それをあの時ほど恐ろしく禍々しいと思ったことはない。黄色ともオレンジともつかぬ皮膜のうねりに、私は再びえづきそうになった。

『わかってるくせに』
悪魔のように無邪気な残酷さに満ちた笑み。

(怖い・・・嫌だ・・・怖い・・・・)
私の心と身体は恐怖に支配された。

『恋人同士のセックスってさ。全て曝け出しあって受け入れるモンでしょ?だったら俺の分身のコイツの相手もしてもらわなきゃね』
『嫌だ!嫌だっ!!』
想像通りの答えに、しかし私は滑稽なほど取り乱した。
無駄と知りつつ、嫌だと叫ぶことを止められなかった。

『我侭は駄目だよ先輩』
嫌だ、私に近づくな。

『そんなに嫌わないで?これから先輩の身体中の孔をこれで可愛がるんjんだよ?』
嫌だ、そんなモノを私の中に入れるな。入れないでくれ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。

『逃げられないよ?だって、先輩には足ないでしょ?』
嫌だ。嫌だ。嫌だ。                  助けて。

薄い皮膜が私の身体を捉えた。突けば裂けそうに見えるそれは、恐ろしく丈夫で弾力に満ちていた。

『う・・・・ぐぅっ』
全身をラッピングされた息苦しさに私は喘いだ。実際、あの男さえその気になれば、私はものの数分で窒息死していたのだろう。

『挿入るよ』
場違いに優しい甘い囁き。

『あ・・・・・あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ』
明らかに人間の身体の感触とは異なる異物の侵入に、私はありったけの嫌悪感を吐き出すようにして叫んでいた。
嫌だ。気持ちが悪い。
嫌だ。おぞましい。

『う・・・頼む・・・も・・赦して・・・・赦してくれ・・・・赦して・・・・・下さい』
私のちっぽけなプライドはもはや欠片ほども残っていなかった。

『先輩、まだ入ったばっかじゃん?入ったら動くのが常識でしょ?』
『ひぃっ・・・・!!』
私の中の『節制』は、うねりのたくりながら、私の体内を限界まで深く穿った。

『い・・・痛い・・・・裂ける・・・・・あ・・・ぁぁ・・・っっ!・』
あの男によって引き裂かれた体内が、再び大きく開かれ新たな血を流す感触に私は身悶えた。
まったく知らないわけではない。けれど、こんなふうに乱暴に異常な犯し方をされたことなどない。
セックスとレイプの間の深い溝を、まさか男で殺し屋である我が身で知ることになるとは思いもしなった。

『まだまだ、ここからなんだからこんなんで痛がってる場合じゃないよ?』
あの男の言葉通り、私への陵辱はこれで終わりではなかった。いや、むしろこれは始まりに過ぎなかった。

『あ・・・ぐぇ・・ぇ・・ぎぃぃ・・・・』
『節制』は私の後孔の最奥を突き破り、さらに奥へと、即ち内臓を侵し始めた。

『ぎゃぁぁぁぁあああぎぐゃぁぁぁぁぁぁ』
私は喉を反らして断末魔のような悲鳴を上げ続けた。
肛門から侵入した『節制』が、腸内に侵入し通常では有り得ない内側からの圧力を私の腹部にかけてくる。

痛い。痛い・痛い。

あまりの痛みに、私の、瞼の裏は深紅に染まっていた。

『ぃっ・・・・やめ・・・・死・・・・あぁぁっぁ』
腸を引きちぢられて私は死ぬのだ。
そう確信させるほどの痛みだった。

『ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ・・・・ぎゃひぃいぃぃっぃっっっ』
私はあられもない悲鳴を上げ、ベッドの上を転がり回って身悶えた。

『先輩、俺との初夜にエキサイトしてくれるのは嬉しいけど、それってちょっと慎みがなさすぎやしない?先輩は俺の天使なんだから、もう少しオシトヤカに、ね?』
あの男と『節制』に取り押さえられた私は、ピンで留められた蝶のように、身動きすら赦されずに痙攣しながら叫び続けた。

『叫ぶくらいは許してあげる。もうじきそれもできなくなるけどね』
楽しそうに笑いながら、あの男は私の中の『節制』をさらに推し進める。

『グェェェェっっ・・・っ』
グロテスクな音を立て、私は大量の胃液と朝食の残滓を口と鼻から溢れさせた。

『あぁ、今胃に入ったからちょっと苦しいと思うけど、全部出しちゃえばスッキリするよ』
『げっ・・・・・エグゥゥゥっっ』
もはや私は悲鳴すら上げられなかった。
内側から掻き回され押し上げられる胃液とわずかばかりの内容物を吐き出すことが全てだった。

『我慢しないで全部吐いていいよ。てか、吐かないと窒息して死んじゃうし。ほら、背中擦ってあげる』
酷い拷問を私に施しながら、あの男の手は別人のように優しく私を愛撫した。
私にはあの男の考えていることがわからなかった。
あの男は私を愛していると言った。ならば何故愛する者にかような仕打ちをするのか?できるのか?

『グガァッ・・・・え・・・・ゲブォ・・・っっ』
『食道まで行ったっね。ふふ、先輩の口に内側からキスしてあげるよ』
胸が、喉が熱かった。まるで焼けた鉄の棒を無理矢理ディープ・スロートさせられているような気分だった。

ゴポォ

それは私の声ではなく、私の気管がたてた、ててるよう強いられた異音だった。

『アハハッ〜出てきた出てきた!お尻から口までトンネル開通!』
成功したイタズラに、あの男は上機嫌で笑い転げていた。
彼の言うように、私はまさに串刺し刑に処されていた。肛門から口までを『節制』という何の肉から出来ているとも知れぬ不浄の槍で貫かれ、欠けた四肢を広げてベッドに貼り付けられた哀れな生贄。
後から後から、止めどもなく涙が溢れては汗に濡れた頬を伝って落ちた。

『先輩、すごくキレイだね。先輩見てたら、俺またコンナになちゃった』
鼻先に突きつけられたあの男のいきり立った一物を、私は無感動に見上げた。

『先輩、俺と一緒にイこう』
己の一物を扱きながら、あの男は私を串刺しにした『節制』で私の内部をあまねく犯しつくした。
あの男が達するを待たずして、私は意識を手放した。




あの男は『初夜』の後もチ昼夜わかたず気の向くままに私を犯した。私の全身の孔という孔は -毛穴に至るまで- 『節制』による洗礼を与えられた。

『あなたね、少しは『節制』したら如何ですか?『黄の節制』?』
皮肉タップリな口調であの男を嗜めたのは、終始私を実験動物を見るような目で見る執事だった。むろん私への親切心などではなかったが。

『ある程度体力を温存させておかないと、次の手術がいつまでたってもできないじゃぁないですか。私もこう見えてそうそう暇ではないんですよ?』
執事の言葉に私は凍りついた。『手術』。そう、この痩せた若い男は今確かに『次の手術』と言ったのだ。

『わかってるって。だから先輩とするのはとりあえず今日で最後にするって。・・・・で、どんくらい我慢すればいい?』
『二週間ほど』
『そんなに我慢できるワケねーじゃん』
『では、10日。10日だけ我慢してください』
『仕方ねーなー』
私を無視して、二人の間で話はどんどん纏まっていった。

『私は・・・どこを切り取られるのだ?』
聞いても意味のないことであり、答えがあることも期待していなかったがやはり気になった。

『そうですね・・・貴方と彼への説明もかねて、これからマーキングしてみましょうか』
私の疑問は思いがけず懇切丁寧な形で回答を得ることになった。
そして私は尋ねたことをタップリ10日間後悔するハメになった。

『まず両手は手首の上、そう、ここら辺で切り落としましょう。え・・・・もっと上で?駄目ですよ。キレイに等分していった方が見栄えがいいし、少しづつステップアップしていくのを見たいって、あなた仰ってたじゃぁないですか』
まるで今日のオヤツはこれだけですと子供を諭す母親のような口調だった。

『足は脛の真ん中あたりでいいでしょう』
淡々と説明しながら、執事は黒のフェルトペンで私の手足にマーキングしていった。
何のことはない、ただの線。けれど、10日後にはそこから先の手足が永遠に消失するという『約束の印』。私は自分に記された呪いの刻印に震えた。

逃げなくては。
私はここから逃げ出すことを真剣に考え始めた。
今ならばまだ何とか逃げ出せるかもしれない。苦痛と恐怖と衝撃で麻痺していた頭が、ようやく正常に動き出した。
逃げるならば今だ。今しかない。これ以上手足を失えば、逃げるどころかまともに動くことすら叶わなくなるのだ。そうなる前に何としても逃げ出さねば。

しかし、あの男はわたしのそんな考えをすっかり読んでいた。

『先輩、悪いけど次の手術までの間こうさせてもらうよ』
あの男は私の手足に頑丈な枷をはめベッドに括りつけた。

『鎖の長さは充分あるから、寝返りくらいはうてるよ。トイレはそこにしてくれれば後で片付けるから』
私は深い絶望の淵であの男の言葉を聞いていた。
何と長くそして短い10日間であっただろう。
私はベッドに横たわり、なす術もなく喪失への恐怖に怯え焦燥のうちに時を過ごした。
そして迎えたその。日

『じゃ、先輩始めるよ』
いつものニヤケ顔をさらにほころばしたあの男が、私の額にキスを落としながら、それはそれは楽しそうに始まりを告げた。

『本当にするのか?』
私は最期の悪足掻きとして愚かな質問をした。

『何?先輩今更怖くなっちゃったの?大丈夫だよ。執事さんの腕は確かだから。手術の後は俺が付きっ切りで面倒見てあげるし。何も心配しなくていいよ』
見当外れも甚だしい慰めの言葉に、私はついに溜め込んでいた感情を爆発させた。

『何故だ!?何故こんなことをする?!私が何をしたと言うのだ?!』
たしかに当初私はあの男に冷たかったかもしれない。けれど、それはあの男の不躾な振る舞いをしたからであって、私の方から喧嘩を売った覚えはない。最近では受け入れる日を密かに待ち侘びてすらいたというのに。

『手術など受けたくないっ!もう、これ以上私の身体をに傷をつけるなっっ!』
切除され犯され続けた私の身体は、内も外も既にボロボロに傷んでいた。

『もう嫌だ・・・っ!私を・・・私を解放してくれっ・・・・っ』
涙を流して哀願する私を、あの男は痛ましいモノを見る目つきで見下ろしていた。

『ラバー・ソール。術前に患者をあまり興奮させないで下さい』
それまで無言で佇んでいた執事が冷徹な、何の感情も宿さぬ声であの男を諌めた。

『麻酔に入ります』
トレイに並ぶ大小様々の注射器が、嫌でも私に現実的な恐怖を突きつけてきた。

『嫌だっ!やめろっ!やめてくれ!!何でもする!何でもするから、もう切り取らないでくれ!!』
私は繋がれた手足を懸命にバタつかせ、鎖を引きちぎろうと無駄な抵抗を試みた。

『静かになさい。手元がブレると正確な麻酔ができないでしょう?苦しむのはあなたなんですよ?ラバー・ソール・・・・』
『はいはい。ほら、先輩そんな駄々捏ねないの。聞き分けのない子は嫌いだよ?』
『離せ!嫌だぁぁっっ!!!』
泣き喚く私の身体は、あの男の力強い腕と『節制』によっていとも容易に取り押さえられてしまった。

手首の周りに打たれた局所麻酔によって、私の手首から先はすっかり麻痺してしまった。それはこの先に待ち受ける「喪失」を充分に予感させるものであり、私の背筋を凍りつかせた。

『側臥位・・・ああ、横向きに寝かせてください。背中を丸めるように』
執事の冷静な声があの男に命じていた。

『足の方は脊椎麻酔でいきますから』
執事は何かを確認するかのように、胎児の姿勢をとらされた私の背骨を冷たい指でゆっくりとなぞった。

『動かないようにしっかりと押さえていて下さいね』
そう念を押し、執事は私の背骨に長い注射針を突き立てた。

『うぐぅ・・・・ぁぁっぁぁ!!』
ここに捕らえられてからというもの、随分と苦痛には慣らされていたつもりだったが、骨と骨の間に針を差し込まれ麻酔薬を注入される痛みはかつて経験したことのない類のものであった。

『あ・・がぁぁぁっぁ・・・・・っぅ・・・』
その神経を直接侵されるような鋭い痛みに、私は呻き声をあげながら堪えるしかなかった。

『さて完了です。あとは切断するだけですから、1時間もあれば終わりますよ』
無造作に言ってのけた執事に、私は凄まじいばかりの殺意を覚えた。ある意味元凶であるあの男以上に執事が憎かった。

あの男に抱えられ簡易式手術室に運ばれた私は、明確な意識を持ったまま手足を切除された。
麻酔によって痛みを感じることはなかったが、それでも肉にメスが入る感触は不思議とわかったし、医療用の電ノコで骨が絶たれる音、切断部位がゴトリと落ちる音はハッキリと聞こえた。
左手、右手、左足、右足。
その順番で切除されたことを私は今も鮮明に覚えている。あれから幾度となく手術を受けたが、やはり最初の手術が一番恐ろしかったのだろう。
術後欠損した己の姿を鏡で見せられた時、私は泣き叫びこの世の全てを憎み呪って罵った。
これで逃亡への微かな望みも完全に絶たれた。
仮に逃げ出せたとしても、もうまともな形での社会復帰はできまい。

『何てことをしてくれたんだ!何てこと・・・・っっ・・・・・』
あの男に言ってやりたいことは山ほどあった。けれども私の言葉はすべからく込み上げて来る嗚咽に取って代わられた。

『先輩、痛いの?』
あの男の手が優しく私の涙を掬い取った。

ああ、何てことだろう。私にはもう自分の手で涙を拭くことすらできないのだ!

これほどの惨い行いを私にしておきながら、演技ではない真実の優しさをもって私に触れてくるあの男が、私は心底恐ろしかった。



それからどのくらいの月日がたったのだろう?
すでに私は時間や日付の感覚をなくしていた。もっとも、こんなどことも知れぬ場所に隔離・監禁されて逃げ出す目処も立たぬ私に、世俗的な暦などどうでもよいことであった。

『先輩、次の手術だけどね』
デートの予定を語るように私に話しかけてきたあの男に対しても、もはやさしたる関心は湧かなかった。
嫌だやめろといった所で、どうせ私の言葉など誰にも届きはしないのだから。

三度手術台に乗せられた私は、両手両脚がそれぞれ肘下膝下から切除されていくのを天井に取り付けられた鏡で他人事のように眺めていた。
もうどうでも良いと諦めていたくせに、何故だか無性に切なくて涙が止まらなかった。

術後、私の心は驚くほど平静だった。
二度目の手術の後泣き叫んで悲観したことが嘘のように、私の心はほとんど揺らがなかった。
すでに泥に塗れてしまったシャツに、インクの染みが幾つか増えただけ。そう、それだけのことなのだ。
けれどもうこんな身体で陵辱されながら生きているのは真っ平だった。
だから私はあの男に哀願した。

『お願いだ、私を殺してくれ』
あの男が私を狂った形にしろ愛しているというのならば、私を殺して永遠に私を占有すれば良いのだ。

『嫌だね』
あの男は私の願いを考える素振りも見せずに一蹴してのけた。

『俺は先輩を殺したいなんて一度だって思っちゃいないんだよ?何でわからないのかな?俺は生きて喋って動いて温かい先輩が好きなんだよ?ネクロフィリアなんて変態と一緒くたにしないでよ失敬な』
生きている人間を少しづつ切り刻んで犯すことと、死体を犯すこと。一体どちらがより狂っているのか私にはもう分からなかったが、あの男が私を殺してくれないことだけは理解できた。

『ならばせめて、一思いに切れ。手でも足でも根元からスッパリ切り落としてくれ』
手術に対して精神的には麻痺してしまったが、肉体の苦痛までは消えない。鎮痛剤を処方されようとも、痛みに呻き苦しむ夜からは決して解放されはしない。ならばもう切り取る部分がないという姿に一思いにされてしまったほうがマシだ。

『覚悟はもうできている。おまえの好きな形にするといい』
血を吐く思いで私はあの男に『覚悟』をつげた。
それに対する答えは、あろうことか嘲笑だった。

『覚悟?違うでしょ、それは。先輩のそれはね、ただの逃げだよ』
私は反論の言葉を失った。悔しいがあの男の言っていることは真実だった。
私は逃げ出したかったのだ。
手術の苦痛から。徐々に失くしていく切なさから。次には何をされるのかという恐怖から。

『痛いのも辛いのもわかるけど、ごめんね。先輩の頼みは聞いてあげられないんだ。俺は変化していく先輩が見たいんだよ。少しづつ俺の、俺だけの天使に生まれ変わっていく先輩を見ていたいんだ』
うっとりとした表情で頭のおかしいことをほざくあの男に、今度こそ私は本当に全ての希望を失った。


                                   ※



ダンは自分が受けた手術の回数すら覚えていなかった。
極限のストレス状態に晒され続けた彼の心と身体はすっかり麻痺して、今や彼は自身の世界の大部分を失っていた。。

逃げたい 生きたい 死にたい

全ての希望や欲望が彼の中から零れ落ち、後には欠損し付け加えられた『天使の身体』だけが横たわっていた。

(何もいらなかったのに。何も望まなかったのに。あぁ・・・・それなのにどうして今こんなにも・・・・・・・)

「空が見たい」
ダンは渇望に身を捩った。久しく忘れていた涙が滂沱として流れ嗚咽はいつしか号泣にかわっていた。

(何もいらない。何も望まない。だから空を・・・もう一度空を・・・)
ダンの思いの全ては今や『空』という一つの対象に集約されていた。

雑なノックの音が三度響いた。
それはあの男 -ラバー・ソール- の訪問を意味するものだった。好き勝手にダンの身体を弄繰り回し、自由奔放に振舞いながら、これだけはダンが拉致された日から律儀に続けられている習慣であった。

「ハーイ、先輩気分はどう?って何泣いてんのさ?」
親しい友人を見舞うような気楽さで、恐ろしい加害者であるはずの男は哀れな被害者であるダンの憔悴してなお美しい顔を覗き込んだ。

「空が見たい」
ダンの呟きを耳にした途端、ラバー・ソールの顔つきが変わった。

「先輩・・・まだそんなコト言ってるの?駄目だよ、俺は許さないからね。先輩は俺だけ見てれば良いって言ったよね?」
ラバー・ソールの目に危険な光が宿り始めていた。

「空が見たい・・・帰りたい」
「そっか・・・先輩はどうしても余計なものが見たいんだ?はは・・・きっと目玉が二つもついてるからいけないんだよね?だったらさ、取っちゃおう。今日にでも執事さんに頼んで手術してもらおうね。そしたらさ、先輩ももう俺の顔意外見たいなんて思わなくなって、そんなふうに泣いたりしなくて良くなるよ?」
何かに取り憑かれたかのようにラバー・ソールは一息にそれだけ喋り、ダンの虚ろに見開かれた左目に親指の爪を突き立てた。眼球摘出の執刀は執事に任せても、その光を奪う作業は彼自身の手で行いたかったのだ。

「キレイな顔に傷をつけてごめんね。でも、先輩がいけないんだよ?」
ダンはラバー・ソールのするにまかせ、何の抵抗も示さなかった。
裂けた眼球からキラキラと光る硝子体と赤い血と透明な体液が零れても、声一つ上げない。ただ人形のように閉ざされた空だけを見上げている。

「ラバー・ソール・・・」
「先輩?」
初めて、ここにダンを連れて来て初めて名を呼ばれ、ラバー・ソールは軽い衝撃を覚えた。本名ですらない名を呼ばれる。ただそれだけのことが彼に圧倒的な歓喜を与えたのだ。

「空が見たい」

歓喜の直後に受けた絶望。それはラバー・ソールを打ちのめした。

「何だよ・・・・空なんて・・・何だよ!そんなもの・・・そんなものが先輩を愛してくれるのかよ?!先輩を愛してるのは俺なのに!俺が一番先輩を愛してるのに。先輩のことが大好きなのに・・・・空なんて・・・空なんてなくなっちまえばいいんだ!!」
悲鳴のように叫び、ラバー・ソールは大粒の涙を隠しもせずにボロボロと流した。彼がダンの前で、否人前でこれほど無防備に涙を流したことはかつてなかった。

「ラバー・ソール・・・?」
ダンは己の頬を濡らす液体にほんの僅かばかり眉をしかめた。

「泣いて・・・いるのか?」
「泣いてるよ!泣いてるさ!!先輩が俺を愛してくれないから!先輩が俺を見てくれないから!俺はここにいるのに!誰よりも先輩の近くにいるのにっ!!」
子供のように顔を赤くして泣き叫ぶラバー・ソールの癖のある黒髪を見下ろしながら、ダンは不意に悟った。

(あぁ、この男は本当に、本当に私を愛しているのだ)
これまでに本人の口から散々聞かされて来たことを、漸く実感として理解できた。

(この男には、どうしようもなく私しかいないのだ)
正しようもなく狂ってはいるけれど、その愛はそれだけに純粋で混じりけがない。

「愛しているよラバー・ソール」
ダンは極自然にそう口にしていた。
それは保身のためでも何でもない、正真正銘ダンの真心からの言葉であった。

「やっとわかったよ。おまえが私の空だったんだな」
ダンの心はかつてないほど軽やかだった。それこそ空を飛べるのではないかと思えるほどに。

「ラバー・ソール、私を喰え」
「先輩・・・?」
ラバー・ソールは想い人の顔に浮ぶ満ち足りた微笑に見惚れながら恐怖した。
自分は何かとんでもないことを仕出かしてしまったのではないか?
何か取り返しのつかない過ちを犯してしまったのではないか?
ダンに愛されること。ダンを自分だけの至高の天使に転生させること。
今まさにその願いは叶おうとしている。

(けど・・・何かが・・・何かが・・・・)
ラバー・ソールは曰く言いがたい違和感に苛まれた。歓喜をもって迎えるはずであった『その時』だというのに、今この時彼の心を占めているのはそれとは対極の恐怖であり不安であった。

「さぁ・・・・私を喰ってくれ」
微笑を絶やすことなくねだるダンを、瞬間ラバー・ソールは突き飛ばしたい衝動に駆られた。

「先輩、本当にいいの?」
恐る恐るダンの本心を確かめる。

「喰ってくれ」
静かに、だが聴き間違えようのない明確さでダンは答えた。

「先輩・・・・愛してるよ」
幾度も繰り返してきた台詞を、これが最期と心に決めて口にする。

「私もだ」
何気なく返された言葉が、ラバー・ソールの迷いを断ち切った。

「嬉しいよ先輩。俺、今すげぇ嬉しいよ」
ラバー・ソールはありったけの思いを込めてダンを抱きしめ、解き放った『節制』でダンと己が身を包み込んだ。

「一緒にイこう」
愛しい者との最期の接吻は、今まで喰らった何物よりも甘くラバー・ソールの舌を痺れさせた。

(あぁ、先輩。俺はやっぱり正しかったんだね?だから今こんなに幸せなんだよね?先輩を愛して愛されて、俺サイコーに幸せだよ。でも、何でこんなに涙が出んのかなぁ・・・・)



『節制』に全身を溶かされながら、ダンは彼の『空』と深く重ねた唇に法悦を得た者だけが浮かべうる恍惚の笑みを湛えていた。

(私の空はおまえだ。おまえが、おまえこそが私の空だ。
あぁ。私はこれでようやく私の空に還れるのだ。
この朽ちかけた紛い物の翼で、おまえという空に羽ばたくように堕ちていくのだ)
気が狂いそうな悦びに、ダンの身体は小刻みに震えた。

「あぁ・・・空が見えたよ」
その言葉を最期に、ダンの魂は肉体を離れて彼の望んだ空に飛翔した。




                                      ※



「まったく、これだけ他人を巻き込んで大掛かりなコトを仕出かした割にはありきたりな終わり方ですねぇ」
恋人たちが溶け合って潰えた後の部屋を、テレンス・T・ダービーは面白くもなさそうに見渡した。

「攫って閉じ込めてあちこち弄くりまわした挙句の心中だなんて、陳腐にもほどがありますね」
原型を留めながら融合した二つの肉体を、テレンスは汚物でも見るような目で見下す。どうやら彼は故人への哀惜の情など微塵も持ち合わせていないようだった。

「羨ましくなんて・・・ないですよ」
それだけを吐き捨てて、テレンスは恋人たちの成れの果てに背を向けた。
彼らに何を期待して馬鹿げた遊戯に手を貸したのか、それも今となってはどうでも良いことだった。


END