初めて連れてこられた奇妙な空間に、ジェレミアは酷く戸惑っていた。
鋼で囲まれた小型格納庫のような部屋は、それなりの広さがあるにも関わらず息苦しい圧迫感を彼に与える。

(コワイ・・・嫌・・・)
曖昧な記憶の何かが刺激されたのか、はたまた本能的な恐怖によるものか、ジェレミアは入り口をくぐった所で立ちすくんだ。


「おい、何してる?さっさと来い適合生体」
「あ・・・やだっ」
苛立ちを隠しもしない研究員に乱暴に腕をつかまれ、ジェレミアは強制的に所定の位置に立たされた。床を這う透明のパイプの中では、薄紅色をした水とは異なる質量を感じさせる液体が不気味に揺れている。

(あれを背中に入れる・・・でしたか?)
それは酷くおぞましいことのように思えた。

「面倒かけるなこの適合生体が」
吐き捨てる研究員の目には、あからさまな侮蔑の色が浮かんでいた。彼にしてみれば、戦闘能力のみ特化された頭の足りない機械人形は、興味深い研究対象であっても憐れみをかける対象ではなかった。むしろまともに喋ることもできず、日常生活に人の助けを必要とするジェレミアは鬱陶しい存在ですらあった。

「ごめんなさいでした」
俯いたまま、ジェレミアは素直に謝罪する。バトレーが指揮するこの研究所には、大きく分けて二種類の人間がいることをジェレミアは学んでいた。即ち彼を『ジェレミア』と名前で呼ぶ人間と、『適合生体』と呼ぶ人間だ。
前者の多くは彼に対し優しかった。少なくとも故意に人格を傷つける言葉を吐きかけたり、乱雑に扱って不必要な痛みを与えたりはしない。
けれども後者 ―ジェレミアにとって不運なことに、前者に比べ圧倒低に多い― は違う。彼らは常に冷ややかな目で彼を見る。態度にも言葉にも、隠す気のない嘲笑が棘のように含まれていて、浅く深くジェレミアを傷つける。彼らにとってジェレミアは実験動物と何ら変わらず、どれほど彼が悲鳴を上げようが、泣いて痛いと訴えようが騒音以上の意味をなさなかった。彼らはバトレーの目が離れれば、拘束されて動けないジェレミアの頬を平然と張り飛ばし、心を抉る言葉で賤しめた。

 ―― とにかくここでは白い服を着た人間に逆らってはいけない。逆らえば、余計に痛いコトをされるだけだ。
身をもって学習したことを頭の中で繰り返し唱えながら、ジェレミアは震えながら逃げ出したい衝動と懸命に戦う。

何がそんなに怖いのか?

それはジェレミア自身にもわからなかった。記憶を、過去を失うということはつまり、感情の出所を失うということなのだ。
何が怖いのかわからぬままに、ただただ恐ろしい。何故怖いかもわからぬままに、震えだけが止まらない。
故にジェレミアの恐怖には出口がない。恐怖は恐怖のまま高まり煮詰まり、まるでタールのように濃度を増して絡みつく。

(苦しい・・・・息・・・・・しなきゃ・・・・・)
残酷な子供の戯れで水から出された金魚のように虚しく口を開閉するも、一向に呼吸は楽にならない。
真闇の中、徐々に小さくなる箱に閉じ込められているようだ。

(コワイ・・・)
座り込んでしまわぬよう、震える脚に力を込めて立つ。うっかり腰など抜かせば、また研究員に酷く痛いコトをされて無理やり立たされるに決まっているのだ。


『あなたはもともと優秀なパイロットだったのですよ』
バトレーの言葉を思い出す。彼の話によると、自分はKMFと呼ばれる機体を巧みに操って戦っていたという。
しかし、そう言われてもジェレミアには実感がまるで湧かない。KMFも、その操縦の方法もまるで覚えていないのだ。

『今日乗って頂くのはただのシミュレーション・マシンなので、危険なコト、つまり怖いコトは何もありませんよ』
そう聞いて安心していたのだが、現実には一歩足を踏み入れた途端、閉塞感と恐怖に襲われた。
バトレーの言葉は虚偽ではなかったが、『危険がない』=『怖くない』という大人の公式はジェレミアには当てはまらない。その精神の大部分を退行させてしまった彼にとって、『怖いコトがない』と『怖いと感じない』ははっきりと別物なのだ。

(コワイ!コワイ!バトレー助けてくださいました!)
いつもならば、ジェレミアが怖い時、痛い時には必ずと言って良いほど側にいてくれるバトレーが今日はいない。無論、実験総責任者たるバトレーが、ジェレミアを放置して姿を消したわけではないが、彼は計器類に示される各種数値を微細に観察するため外に残ったのだ。
何が起こるかわからぬ実験である。異常事態発生ともなれば、大袈裟でなく一分一秒を争う迅速な判断が求められるのだから、バトレーがそのポジションにつくのは当然のことであった。


「あ?泣いてるのか適合生体?三十路近いオッサンが気持ち悪いんだよ」
「まぁそう言うなよ。頭の中身はオコチャマなんだから」
「身体と一緒にオツムも改造できないもんかね?」
悪意に満ちた嘲笑に、ジェレミアはきつく目を閉じる。

(泣くは嫌でした。泣かない・・・でした・・・っ)
本当はバトレーの名を呼んで泣きたかったが、彼らの前でそれをするのは嫌だった。記憶と知能の多くを失くしても、それだけの矜持がジェレミアには残っていた。

(今日は、何をするでしたか・・・)
恐怖から目を反らすように、ジェレミアは実験の前にバトレーから受けた説明を思い出す。



『今度の機体ナイト・ギガ・フォートレスは、従来のKMFとは概念からして違うのです』
(概念?は何でしたか?)
バトレーの言うことは難しい。

『貴公のジークフリートは、神経電位接続により直接貴公と繋がり、貴公の思念による命令に従って動くのです』
(神経・・・・?繋がる?)
意味がわからない。

『つまり、ジークフリートを操るのは、貴公の精神なのです』
(私・・・の精神?精神は、心?心は・・・何?)
ますます混乱した。

(じーくふりーと、は乗り物?私が思うと動く・・・・?私は、じーくふりーとでオール・ハイル・ブリターニア!でした)
バトレー的にはかなり噛み砕いた説明をしたつもりだったのだろうが、実際にジェレミアが理解できたのは全体の四分の一以下であった。



ジェレミアの恐怖と混乱をよそに、実験の準備は着々と進められていく。裸の上半身に測定器具が貼り付けられていくのを、ジェレミアは黙然と見つめる。こういう時自分が口を開けば、『うるさい黙れ』と叱られることを彼は知っていた。

『脈拍・心拍数が速い。もう少しジェレミア卿を落ち着かせろ』
「バトレー!」
研究員のインカムから漏れ聞こえた声に、思わずジェレミアは身を乗り出した。

『あー、ジェレミア卿、聞こえますかな?』
「聞こえました!」
『大分緊張しておられるようですが、今日は接続時の数値を測定をするだけなので心配は無用です』
「・・・・知ってました・・・・・でも、怖いでした」
ジェレミアはバトレーに対して感情を隠すということをしない。それは双方にとって非常に有意義なことであった。

『落ち着いて。目を閉じて・・・深呼吸できますかな?』
「・・・はい」
ジェレミアは言われた通り素直に目を閉じゆっくりと呼吸を繰り返す。ここではバトレーの指示に従うのが最善なのだ。彼は常に最も苦痛の少ない方法でジェレミアを扱ってくれる。実験適合生体と科学者という微妙な立場でありながら、彼らの間には確かな信頼関係が出来上がっていた。

『では始めますぞ』
「はい」
厳かとも言える宣言に、ジェレミアは自分でも意外なほど凪いだ気持ちで応えていた。


「第一コネクタ接続」
研究員の硬い声と同時に、下から二番目の背部コネクターにパイプが接続された。

「ひぃあぁっっ!?」
それは、ジェレミアがかつて感じたことのない異様な感覚であった。痛みとはまた違う、けれども耐え難い不快感がジェレミアの脊椎を侵して行く。

「あ``・・・・あぁぁぁっっ・・・・っっ」
コネクターから放射状に広がる悪寒にジェレミアの全身は瘧にかかったようにガクガクと震え、毛穴という毛穴からか冷や汗が噴出した。

「第二コネクタ接続」
すぐ上のコネクタに二本目のパイプが挿し込まれた。

「ひぃ――っっ!」
内臓を生温い水で洗浄されるような違和感に、ジェレミアは逆流した胃液を吐き散らした。

「汚らしいな、適合生体が」
涙と胃液で顔を汚しながら、咳き込む間もなく嘔吐し続けるジェレミアに差し伸べられる手などない。

「苦し・・・い・・・キモ・・・チ・・・・悪・・・い・・・・・・」
唾液と胃液の混ざりあった体液が口の端から床に落ちた。

『ジェレミア卿―聞こえますかな?』
「・・・・バ・・・トレ・・・・・」
『慣れるまでお辛いでしょうが、これもゼロに報いるためですぞ。今少し・・・今少しだけ耐えられませぬか?』
「ゼロ・・・・・ゼロ・・・・・・っっ」
見開かれたジェレミアの目は、生身の右だけが血走っていた。

「私・・・は・・・・ゼロ・・・・報いる・・・・なればこそ・・・っ!耐えて、シュナイゼル様っ!忠義っでしたっ!」
常以上に乱れた言語で、それでも前進の意思を示すのはもはや復讐と忠義のためだけであった。

(ゼロっ!シュナイゼル様っ!!)
混乱した頭の中に、憎んでも憎みきれぬ黒い仮面と、『私のために働いておくれ?』と微笑む金髪の皇子の顔が交互に浮かぶ。

(シュナイゼル様!シュナイゼル様っっ!!)
恐れ多くも寵愛を受け、忠義を誓った皇子の名を呪文のように胸中で唱え続ける。
どれほどの恐怖も苦痛も、忠義のためならば耐えられる。否、耐えてみせる。

「第三コネクタ接続」
首にもっとも近いコネクターに、三本目のパイプが挿管された。

「あぎゃぁぁっっ―!!」
ジェレミアの身体が限界まで海老反った。
延髄を鈍器で強打される以上の衝撃に視界が白熱し、徐々に霞んでいく。

「おい!まだ終わってないぞ!」
「寝るな!起きろ」
「立て!」
くず折れるジェレミアの長身にようやく差し伸べられた手は、しかし優しさや労りとは無縁のものばかりだ。汚物に触れるように髪を掴まれ引きずり起こされ、二人がかりで無理やりに立たされる。

『おい!あまり手荒なことをするな!ジェレミア卿、次で最後です。それをつけて10分・・・いえ5分だけご辛抱下さい』
「我・・・・慢・・・は忠・・・義・・でし・・・・・た・・・・」
しゃくりあげながら、震える舌でなおも『忠義』を唱える。

『ご立派です、ジェレミア卿』
バトレーの声には、口先の世辞ではない敬意が込められていた。実験適合生体であろうと、知能が退行していようと、ジェレミアが掲げる忠義は正にブリタニア臣民の鑑であるとバトレーは思う。そしてそれは充分に敬意に値するものであった。

「第四コネクタ接続」
最後の一本が腰椎部分に接続された。

「ふぁぁぁっっ―――っっ」
ジェレミアの下肢が異様なダンスを踊り、完全に自立する力を失った。

「立て!」
「座るな!」
口々に怒鳴りつけられても、もはや彼の足は持ち主の命令に従うだけの力を持っていなかった。

「あ・・・足・・・・・・・私・・・・・足・・・・・・っっ」
感覚の消えた足に怯え、ジェレミアは握った拳で力任せに太股を擦り叩く。しかし、腰椎から麻痺した足にそんなことで感覚が戻るはずもない。

「おい!やめないか!」
研究員の制止の声も、もはやジェレミアの耳には届かない。

「いやぁぁぁっっ!!!足!足ぃぃぃっっ!!!」
ジェレミアは鋼の左手で生身の右大腿部を鷲掴みにした。それは限りなく最悪に近い選択であった。

「私、足、動くでしたっっ」
鋼の指先は、苦もなく皮膚を破り肉を裂いた。機械部分とのバランスを取るために強化されているとはいえ、所詮生身は生身なのだ。

「動く・・・でしたぁぁぁぁっっっ!!!」
メリメリとグロテスクな音を立て、己の脾肉を毟り取る。
すでに純粋な人間のそれではなくなった赤黒い体液が、ジェレミアの下肢を瞬く間に染め上げた。

「適合生体錯乱!」
『直ちに実験を中止せよ!』
「鎮静かけますか?!」
『薬物の投与は後だ!まずコネクタを外せ!』
「イエス・マイ・ロード!」
「第一コネクタ解除!」

ジェレミアの緊張しきっていた身体が、大きく緩慢にフルリと震えた。
そして同時に――

「あ・・・・っはぁぁ・・・・っっ!」
直接的な神経への作用で強制的な勃起状態にあったジェレミアは、弛緩すると同時に射精していた。

「おいおい、実験中にゲロ吐きながらイクとかって、いくら白痴でも自由過ぎだろ?」
「殿下もこんな変態のどこがよろしいんだか」
「ロイヤル肉便所は淫らさがウリなんじゃね?」
バトレーに聞こえぬよう、インカムの送信機能をオフにし言いたい放題に貶める。

「違・・・うっ!私、キモチイイはなかっ・・・た、でしたっ!」
「痛くても感じるってか?」
「本物の変態だな!」
「キモチ悪いな元・お貴族様」
ただの生理現象であることを拙い言葉で必死に訴えても、誰一人として聞いてはくれない。というか、彼らはジェレミアの訴えを聞くまでもなく、科学的知識として事実を知っているのだ。知っていてなお、ジェレミアの羞恥を煽って嬲り者にしているのだから性質が悪い。

「バトレー将軍、適合生態落ち着きました。第ニ〜第四コネクタのみの接続で測定実行しますか?」
インカムの送信スゥイッチを入れた途端、真面目腐った声でバトレーの指示を仰ぐ様はさながら役者である。

『五分だけだ。それ以上はジェレミア卿がもたん』
「イエス・マイ・ロード」
そう応える研究員の表情は、キレの良い返事とは裏腹に不満げであった。彼らはコードRを受け入れたジェレミアが、もはやそう簡単には死なぬ身であることを知っている。彼らの目には、適合生体の『人格』を尊重するバトレーの為し様は随分と手緩く映った。シュナイゼルとのことが公然の秘密となっている今、下種な勘繰りをする者までいる始末だ。

(少し・・・・後少し・・・・我慢!バトレー、失敗はいけないでした。成功は、シュナイゼル様褒めてくれました)
いくらか楽になった呼吸を繰り返しながら、健気にもジェレミアはバトレーとシュナイゼルのためにと耐える。ここで自分が弱音を吐いては、主に誓った忠義が立たぬのだ。

(忠義を・・・・私は・・・・・)
萎えた足に力を込めようと足掻く。
余計なことを考えてはいけない。ただひたすらに忠義だけを念じなければいけない。ぞれができなければ、自分はただの醜いガラクタに成り果てる。

「うわっ!ちょっ・・・てめぇ何やってんだ!?」
「汚ねぇーなおい!」
不意にジェレミアの脇を支えて立たせていた研究員が、彼を床に投げ出した。

「あうっ」
硬い鋼鉄の床に顔から叩きつけられたジェレミアの口から小さな悲鳴が上がった。

「何故・・・でしたか?」
無意識に顔を手で押さえれば、ヌルりとした感触があった。

「あ?!何でだと!?」
「何故・・・・?」
必死で頑張っていたのに。
痛くて。苦しくて。おかしくなりそうに気持ちが悪くて。
それでも、一生懸命忠義のために頑張ったのに。
まだ足りなかったのか?もっと頑張らねばいけなかったのか?

「三十路近い大人が小便漏らしやがって!」
「え・・・・?」
何を言われているのか、理解できなかった。

「ないわコレ、ホント恥ずかしくないのかね?」
「ないない、こいつにそんな知能なんかあるもんか。なぁオモラシ人形?」
「おも・・・らし?」
恐る恐る、感覚の失せた下肢に手を伸ばせば。

「あ・・・・あっぁぁ」
驚愕にジェレミアの瞳が限界まで見開かれる。彼の股間は垂れ流した尿でしとどに濡れていた。

「う・・・そ・・・・・・・どう・・して・・・・・?」
麻痺した下半身が排尿感を持たぬのは当然のことであったが、ジェレミアにとって重要なのはそうした生理学的な理屈ではなく、自分が人前で粗相をしてしまったという事実である。

「テメェで小便垂れ流しといて嘘じゃねぇーよ!ほら、しっかり見ろよ」
(いやっ)
抗議する間もなく、ジェレミアは乱れた髪を乱暴に掴まれ、自らの作った薄黄色い水溜りに顔を押し付けられていた。彼にとってすこぶる不幸なことに、バトレーの不在が研究員の粗野な本性を剥き出しにさせていた。

「う・・・・えぇぇ・・・ひぃ・・・っくぅ・・・えええぇぇぇ」
かつてない屈辱に、ジェレミアの中で何かが音を立てて崩壊した。

(もうヤダもうヤダモウヤダもう・・・・・・!!!!)
零れ落ちる涙を拭いもせずに、声をあげしゃくりあげて泣いた。今は身体の痛みよりも心の痛みの方が辛く、切なく、そして何より情けなかった。

「パイスーで吸いきれねぇって、どんだけ小便溜めてたんだよ!?この粗悪品様は」
「オムツに出すのが病みつきになってたりな」
「時間と金かけて出来上がったのが変態兵器ってか?切ねぇー」
絶望に青褪めた顔で泣くジェレミアに、研究員たちはさらなる追い討ちをかける。俗に『言葉の暴力』という表現が用いられるが、これはまさに言葉による集団暴行であった。

「ご・・・・ごめな・・・許して・・・ごめなさいで・・・した・・・許してくだ・・さい・・ました・・・ごめん・・・っっ・・」
ボロボロと大粒の涙を零しながら、ジェレミアには謝る以外の選択肢はない。
吸水・吸湿性に優れた帝国ブランドのパイロットスーツは、多少の液体ならば難なく吸い取り着用者に不快感を与えぬように出来ている。そのスーツの股間をビショ濡れにした挙句、機体の床まで汚してしまったのだ。言い訳などできようはずがなかった。

「こんなん殿下に見せたらどう思われるんだろうねぇ?」
「アナタ様のダッチ人形はオモラシ人形でした、ってか!」
「うっわ、それウケるんだけど?!」
「・・・・・・・・っっ」
『殿下』という単語にジェレミアの身体がビクリと震えた。
バトレーに知られてしまうのは、仕方がない。しかし、シュナイゼルにだけは――

「や、やめるでした!シュナイゼル様・・・言わないで下さいました・・・・お願いでしたぁぁぁっっっ」
プライドをかなぐり捨てて、ジェレミアは這いつくばったままの姿で慈悲を乞うた。

「お・・・・ぉぉぉぉねがいでしたぁぁっっ・・・・シュナイゼル様だけ、嫌ぁぁぁぁあっっっ・・・・・っっ」
はしたない。卑しい。汚らしい。
劣っている。出来損ない。不良品。
それが事実であっても、シュナイゼルにだけは知られたくなかった。
愛して欲しいなどと、身の程を弁えぬことは思わない。けれども、嫌われたくない。蔑まれたくない。捨てられたくない。

「はっ!オモラシ人形が人間並みに色気づいてやがる」
「安心しろよ、殿下はもともとオマエなんか好きでもなんでもないんだよ。物珍しいだけさ」
「ああ、でも案外殿下もオモラシとか好きなんじゃね?普通のプレイなんか飽きておられるだろうし」
高貴なお方はお羨ましいことでと、下卑た笑いをクツクツと漏らす。
彼は、ジェレミアの地雷を踏んだ。

「違いましたっ!シュナイゼル様は、オモラシじゃないでしたっっ!」
それまで何をされても言われても、這いつくばって謝るだけだったジェレミアが、突如として激昂した。

「な・・・!触るな汚らしい!」
動かせる上半身だけで掴みかかってきたジェレミアを、研究員は力任せに蹴り飛ばした。

「シュナイセル様は、違いました」
ジェレミアは怯まなかった。どれほど些細なことであれ、口答えなどすればより一層惨たらしい目に合うことを百も承知で、彼は一歩も引かぬ気構えを見せていた。
自分のことならばまだ我慢もできる。しかし、忠義を捧げた主を貶められて黙ってはいられない。

「シュナイゼル様は、おも・・らし・・・しないでしたっ!」
そんなみっともないことをするのは自分だけなのだ。激しく言葉の意味を勘違いしながらも、彼は懸命にシュナイゼルの潔白を訴える。

「は?違うだろこの馬鹿――」
『おい!5分経過したぞ!コネクタを外さんかっ』
インカムから流れたバトレーの声に、その場にいる全員が我に返った。

「まだまだ行けそうですが?」
送信機能をオンにした研究員の一人が、先ほどまでジェレミアを罵っていたのと同じ口で、何事もなかったかのようにバトレーに応答した。彼らにジェレミアの心を傷つけることへの罪悪感はない。野良犬に石を投げるのと同じで、彼らにとってジェレミア嬲りはささやかなストレス解消であった。

『いや、今日はここまでだ。脳波が酷く乱れている。ゆっくり休ませてやれ』
「バトレー・・・」
ほんの短い、別離とも呼べぬ別離であったにも関わらず、バトレーの声が酷く懐かしい。

『ジェレミア卿、お疲れでしょう?思いがけず身体への負荷が大きかったようで申し訳ない』
バトレーの謝罪には心情が篭もっていた。接続に際しある程度の負担は予想していたが、まさかここまで強烈な拒絶反応で出るとは思わなかったのだ。

『私もすぐそちらに向かいま――』
「来ないで!」
『ジェレミア卿?』
激しい拒絶に合い、バトレーは眉をしかめる。拙いなりに礼儀正しい話し方をするジェレミアには珍しい、キツイ語調が気になった。

『如何なされました?』
「・・・な・・・・さい・・・・・バトレー、ごめんなさい・・・・・・」
『何を謝られるのです?』
「私・・・頑張れないでした・・・・」
『何を仰います!貴公は充分研究に貢献されましたよ』
読みが甘かったのはむしろ自分の方であって、ジェレミアに非はない。

「それに・・・私は・・・・わ・・・わ・・・・わた・・・・・し・・・・・」
そこから先はしゃくりあげて声にならない。拒絶したはずのバトレーの広い胸に顔を埋め、声を上げて泣きたかった。



「これは・・・!」
機体内に足を踏み入れ、そのあまりの凄惨さにバトレーは絶句した。

「何故こうまでなる前に私に報告しなかった?!」
激しい語調で研究員たちに詰め寄る。彼らが平素からジェレミアを実験動物以下に見ていることは知っていたが、だからといってここまで放置するのはやり過ぎとしか思えない。

「え・・・あの、それはバイタル的に命の危険もないようでしたし、なぁ?」
「私はコネクタを外すよう指示したはずだが?」
「申し訳ありません。自分らが触ろうとすると適合生体が暴れるもので・・・」
「わかった・・・もう良い。しかし、以後は数値だけではない異常も報告するように」
バトレーは盛大な溜息を一つ吐き、ジェレミアへと向き直る。研究員たちに言いたいことは山ほどあったが、優先すべきはジェレミアの処置だ。

「ジェレミア卿・・・」
ケーブル接続されたまま、血と胃液と尿に塗れ放心状態で座っているジェレミアを怯えさせぬよう、できるだけ穏やかに声を掛ける。
しかし、反応がない。

「ジェレミア卿」
もう一度名を呼び、彼と同じ目の高さになるようしゃがむ。

「まず、コネクタを外しましょう。いいですな?」
バトレーの確認に、ジェレミアはようやく緩慢な動作で頷いた。

「少しショックがありますが、大丈夫ですぞ」
「バ・・・トレー・・・」
「はい?」
「怒ってまし・・・たか?」
「誰も怒ってなどおりませんよ・・・外します」
「・・・・ん」
バトレーの手による抜管は、一瞬微かな蟻走感が走るだけの穏やかなものであった。

「大丈夫ですかな?」
「・・・はい、ありがとう、でした」
上二本が取り外された身体は、頼りないほどに軽い。

「これを外せば今日はもうお終いですぞ」
「――ふあぁぁ!?」
最後の一本、腰椎の真上に挿入されていたパイプが外された時、ジェレミアの下半身に強烈な震えが走った。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
震えの意味を瞬時に悟ったジェレミアの口から悲痛な声が迸った。
人間誰しもが知る『あの震え』。それはもはや耐えられるレベルのものではなかった。

「だめぇぇぇぇ出ちゃうぅぅぅぅぅっっっ!!!!!!!」
痛いほどに股間を両手で押さえつけるも、最初の一滴が零れてしまえばもう止まらない。

「あ・・・・ああぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
虚脱したジェレミアの指の間から無情にも滴り落ちる液体は、しかし尿と呼ぶにはあまりにも赤い。異様な臭気を放つそれは、勢いを弱めはしても止まる気配を見せない。

(出血・・・いや、サクラダイトとオイルの逆流か?)
数値的には異常と呼ぶほどの圧力は掛かっていなかったはずだが、様々な要因が絡み合い予測外の結果が出ることなど研究中には珍しくもないことだ。

「ジェレミア卿」
「う・・・・やぁ・・許して・・・許してぇぇぇぇっっ!!!言わない!シュナイゼル様!ごめんなさい!嫌!ヤダァぁぁぁぁぁっっ!!」
「ジェレミア卿!」
錯乱するジェレミアの肩を、バトレーは力を込めて抱いてやる。鋼の手足をバタつかせて暴れるジェレミアは凶器そのものであったが、かまってはいられなかった。

「これは貴公の粗相などではありません。調整不良による人口体液の異常流出ですからして、責任はこの私にあります。本格的な再調整は明日以降行うとして、すぐに応急処置をする必要があります。わかりますな?」
余裕のあるフリをしながら、バトレーは焦っていた。いかに半身が機械であっても、このペースで体液を流出させていては瞬く間に脱水症状に陥ってしまう。ポピュラーな症状だからといって脱水を侮ってはならない。処置を誤れば死に至ることも珍しくはないのだ。

「・・・・・わ・・・かる・・・・でし、た」
バトレーの誠意が伝わったものか、ジェレミアの目に理性の光が戻った。

「ご理解頂けたのならば、どうかお静まり下さい。貴公の一撃は生身の老骨には堪えます故」
「あ・・・・!私・・・バトレーに・・・・」
ジェレミアの身体からヘナヘナと力が抜けた。

「ごめ・・・・んな・・・さい」
消え入りそうな声で詫びる。
決してバトレーに暴力をふるいたかったわけではない。それはまったくもってジェレミアの本意ではなかった。彼はここにいる人間の誰よりもジェレミアに優しい。筆舌に尽くし難い心身の苦痛を受けたが、今一度戦って祖国と皇族に尽くすチャンスを与えてくれたのも彼だ。ジェレミアがその恩義を忘れることはない。彼にとって恩義とは忠義につぐ遵守すべき徳なのだ。

「ああ、心配には及びません。貴公はちゃんと手加減しておられた」
「・・・・・・・・・バトレー、・・・・止まらないでした」
もはや赤い液体は、ジェレミアの股間部分にとどまらず、大腿部からも滴っていた。羞恥と恐怖にジェレミアの瞳にジワリと涙が浮かんだ。ここに至ってようやくただの『オモラシ』ではないことを実感したのだろう。

「簡単な処置で治りますから、ご安心下さい」
「・・・・痛い、でしたか?」
「痛いのはほんの少しですよ。いくらかご不快なのは・・・我慢して下さい」
「・・・・・・・・・わかるでし・・・た」
疲労の限界に達していたジェレミアは、答えながら静かに気を失った。







初めてのオモラシ小説公開(書いたことはある)でした。
ジェレミアオンリーのアフターにて、主催者様にスケブを依頼。その際のオーダーが

『メカジェレでパイスーでオモラシで泣かせてください』

・・・・・鬼畜か、自分?
こんなファンキーなオーダーに答えてくれた主催者様は神だと思います。
素晴らしかった、オモラシジェレミア。大の大人でプライドたかくてガッツり羞恥心もある子だからたまらんのです。
オモラシ小説書きます!と宣言した勢いで書いてみました。楽しかったです。
よろしかったらお持ち帰り下さい、スケブの君様。