月ニ啼ク
夜毎スサに抱かれながら、わらわの心には別の者がいる。
すぐ下の弟月之男。
誰よりもわらわを真摯な目で見る男。
誰よりもわらわを求める男。
誰よりも、誰よりもわらわを恋うる男。
そして、わらわの心をもっとも乱す男。
けれどわらはは知っている。
あれは危険だ。
あれに心を開いてはならない。
あれに堕ちれば、わらわは二度と天照大神として在れぬ。
日輪が月ごときに組敷かれては、天の理が乱れる。
わらわはわらわで在れなくなる。
だからわらわはあれを拒む。
わらわはあれをあらゆる言葉で態度で手段で傷つける。
わらわはそうすることでしか身を守れぬ。
寂しい。
寒い。
侘しい。
大勢にかしずかれながらわらわは一人じゃ。
スサに抱かれながらわらわは虚ろじゃ。
「スサ・・・スサ・・・・・・っ・・・もっと・・・もっときつぅ抱いてたも・・・・っ」
月之男・・・・月之男・・・・!
わらははそなたが憎い。
そなたなどいなければ、わらは寂しさなど知らずにすんだのじゃ。
憎い・・・憎い・・・・・・・わらわの弟。
愛しい愛しい・・・わらわの男。
「 姉上・・・姉上・・・っ」
俺は今宵も姉上を抱く。
俺は姉上が好きだ。姉上は美しい。この世の誰よりも何よりも美しい。
黄金なす肌が俺の腕の中で薄紅を帯びる様は、幾度見ても飽き足らない。
あぁ、なのに俺は姉上と対極をなす美しさをも欲している。
何故俺はこうも強欲なのか?
何故俺は足ることを知れぬのか?
月之男の兄上。
冴えた月色でその身を成す人。
俺は、いつしか兄上を目で追っていた。
姉上や俺にはない陰の艶。兄上にはそれがある。
あの冷たい肌は、どんな風に火照るのだろう?
あの青白い肌に浮ぶ瘢痕はいかような色合いをしているのか?
瘢痕を抉り出すように噛めば、あの兄上でも悲鳴をあげるのだろうか?
けれど兄上は俺を見ない。
俺の腕の中で嬌声をあげている姉上でさえ、本当は俺なぞ見ていない。
兄上の目には姉上だけが、姉上の目には兄上だけが映っている。
知りたくもない真実に突き当たって、どうにもやるせなくて俺は暴れる。
暴れるより他に俺はやり方をしらない。だから暴れる。
そして兄上はますます俺を忌み嫌う。
そして姉上は・・・・俺が何をしてもしなくても、本当に見ているのはいつだって兄上だ。
姉上は兄上をお嫌いだと言う。
それは真実かもしれない。
けれど姉上は気づいておられるのだろうか?
好きも嫌いも超えて、ご自分が執着しているのが月之男の兄上ただ一人だということに。
「スサ・・・・スサ・・・・・っ」
俺を受け入れたまま、その背を反らせ俺の名を呼ぶ姉上。
その心の内では誰を呼んでいるのだろう?
「もっと・・・もっときつく抱いてだも・・・っ」
姉上、俺は兄上の代わりですか?
寂しい。
悲しい。
苦しい。
誰もが欲する最高の女を抱きながら、俺はいつも泣きたくなる。
どうして俺が好きな人たちは、誰も俺を見てくれない?
どうして俺は、俺だけが爪弾きにされる?
「姉上・・・姉上っ」
どうか、どうか今だけでいい。
あなたは、あなただけは俺を見てください。