町田 千春 著

ガジグル編     TOP

 

 

都から遠く離れたパルハハのゾルハの村の染師のヌク

は一人都に向かっていた。

 

それは今は亡き妹のジユの最期の望みを叶える為である。

妹のジユは女ながらこの国一番の染師と言われた祖父のグジの血を父や弟や自分よりも一番多く引き継いでいた。

 

その為嫁にも行かず、この国では男の仕事とされているいる染師の道に進んだのだ。

 

特別な才能を与えられてしまったジユには妻となり、母となる普通の女のような運命はやはり与えられていなかったようだ。

 

 

ある日急にジユの元を切羽詰まった雰囲気で一人の男が秘かに人目を避けるように訪ねて来ていた。祖父の話ではジユと祖父が都に登った際に世話になった貴族の子弟との事だったが、供も着けずに一人豪華な絹の着物ではなく、自分達と同じような地味な綿の服を着て身をやつしていた。しかしその姿はやはり自分達市井の者達とはどこか違う雰囲気を漂わせていたのでヌクも祖父の言葉が嘘ではないと納得した。二人は祖父の手引きでどこかに身を隠したが、その後都の彼の家の手の者達だろう。数十名もの追手が彼を探しに現れたのだ。どうやら彼は貴族の身分も家も捨てて、ジユと共に生きようとしていたらしい。

しかし憔悴しつつも、どこか毅然としていた妹が一人で家に戻ってきた時に咄嗟にヌクは悟った。

 

やはり都の貴族の子弟である男と妹のジユは生きる道が違ったようだ。その為に二人は別々の自分達が生きる本来の場所にそれぞれ戻って生きる事を選んだのだろう。

 

家族も皆しばし魂の抜けたようなジユを黙って静かに見守った。そう。前にも同じ西の領地であるトラエグの染師のトワの妻として生きて行く事を選ばなかった時のように。

 

しかしそれから三月ほど経つとジユはにわかに具合が悪くなった。それでもジユは薬師に診てもらう事を拒み続けたが、このままではお前が死んでしまう。母より先に逝く気なのか。お前は親不孝者だと涙ながらに懇願する母に根負けしてしぶしぶようやく薬師に診てもらったジユは子を宿していた。

 

腹の子の父親はあの貴族だろう。だからジユは薬師に診せたがらなかったのか。母は嫁に行かず父親もいない子の母となってしまうジユを心配して闇で腹の子を始末してくれる薬師に頼んではどうかと勧めたが、ジユはそんな事をするぐらいなら腹の中のこの子と共に死んでやると激しく抵抗した。

 

工房で兄弟子として働いていたスガは自分の子でない子を身籠ったジユと夫婦となっていいと申し出てくれたが、それは申し訳ないとジユが断り、結局ジユは未婚のまま子を産んだ。ひどく難産で薬師と産婆はこのままではジユと腹の子のどちらかが危ないと言ったが、何とか無事に産まれてくれたが、その後ジユはひどく体調を崩して寝込む事が多くなった。

 

スエラ。月という一風変わった名前をつけられた男の子は周りの心配を余所に元気に、そして賢くすくすくと育っていた。

 

しかしスエラが4才になった頃だ。国では王様が退位され世継ぎの王子であるタツルス様が王位に着くという事が発表されると急に今まで寝込む事が多く、スエラを産んでから一度も染めをやっていなかったジユが急に染めを始めたのだ。心配する周りを余所にジユは何かに取りつかれたように一心不乱に紫の染めばかり

行っていた。そんなジユを祖父のグジは黙って見守っていた。

 

ある日ジユは今まで見たことのないような鮮やかな美しい紫の布を染めると満足して気が抜けたのだろう。

急に倒れて床から起きれないほど弱っていったのだ。

薬師でもない自分の目にも妹のジユの命の灯火はほどなく消えてしまうだろう。そうヌクにも感じられた。

 

ある夜の事だった。病床のジユが兄さん、二つだけ頼みがあるんだ。そう言った。ヌクは妹の手を強く握りしめると何だ!ジユに尋ねるとあたしがいなくなった後はスエラの事を頼むよと言った。そんなジユに何を言うんだ!今までどおりにスエラは家族皆で大切にするさ!と言うとジユは満足そうに黙って微笑んだ。

 

スエラが産まれる前はジユの身を心配して子を産むことに反対していた母のナリも今ではスエラを目の中にに入れても痛くないほど可愛がっているし、父のキドも父親のいないスエラを不憫に思い、孫達の中でも一番スエラを可愛がっている。日頃病がちで寝込んでいる事の多いジユに代わりスエラを育てている自分の妻であるカクも自分の子達と変わらないぐらいスエラを可愛がって育てているし、弟のナドと妻のクリもまだ子に恵まれていないからか自分達の子のように可愛がって面倒を見ている。周りの愛情を受けてスエラはすくすくと元気に育っている。

 

もう一つは。ジユは少し口ごもった後に枕元に置いてあった紫の染めの手に取ると、これを都にいる貴族のカジグルという人に渡して欲しいんだ。きっと分かってくれると思う。そう言った。

 

そのカジグルという男があの時顔を見た貴族の男でスエラの父親なのか。ヌクは秘かに唇を噛み締めた。

しかしヌクには一つ謎があった。なぜ急にジユは今、

新しく王様が即位される時に紫の染めをあんなに一心不乱に染めたのか。そのカジグルという男が新しく王様に即位されるタツルス様と何か関係があるのだろうか?

 

理由は分からないが妹の最期の望みだ。ヌクはジユを安心させるよう手を強く握りしめると分かった。だからお前は安心して早く元気になれよ。そう叶わないであろう望みを口にするとジユはにっこりと微笑むと、

兄さん、ここにスエラを呼んで欲しいと言った。

ヌクは思わず涙が溢れそうになるのを必死に堪えてスエラをジユの枕元に呼び寄せた。

 

ジユはスエラの頬を優しく撫でながら、スエラ。残念だけどあたしは逝かなくちゃならないようだ。でもあたしがこの世を去ってもあたしはずっとお前を月になって見守っているからね。

あたしはお前が産まれる前からずっとあの人の月になっていたんだ。だからこれからもお前とあの人を

照らし続けるよ。そうスエラに言い残すとまるで安心して眠るかのように静かに息を引き取った。

 

身内だけでの簡単な葬儀を終えるとヌクはすぐさま都へと向かった。知り合いの商人の伝でカジグルという人物を探すとすぐに見つかった。東のザルドドの大臣の息子で新しく即位されるタツルス様の右腕的な存在でタツルス様の即位に伴い、高い地位を与えられるであろうと囁かれている人物だ。妻はやはり新しく王妃になられるレナミル様の腹心の侍女であったエクという女で貴族の娘ではないが元々は南のオスハデの大商人の家の出の娘らしい。名産の酒の商いで富を築いた一家らしく、その伝で同じ南出身のレナミル様の侍女となったらしい。カジグルが敢えて貴族の娘ではなくその娘を妻に迎えたのはタツルス様、そしてレナミル様と結び付きを強くする為の政治的な計算があったらしいと知り合いの商人は教えてくれた。既に二人の間には男の子が一人産まれているそうだ。これで大臣家は跡継ぎにも恵まれて安泰という事らしい。

 

そんな名家の出の男とジユは恋に落ちたのか。

そして二人は別れてジユは一人寂しくスエラを産み、

そのカジグルという男は自分の政治的な地位を守るべくふさわしい女との間に子をもうけたのか。

 

ヌクはジユとスエラを不憫に思い、頭の中にいる一度だけ見たカジグルという男の事を憎んだ。賢く優しそうに見えたが、ずる賢く冷たい男だ。

ジユの遺言なので紫の染めの布は渡すが、決してスエラの事は口にすまい。そんな冷たい男にスエラの存在が知られたら何をされるか分からないし、万が一自分の子なので引き取ると言い出して引き取られて行っても継母は冷たい女で夫が他所で作った息子のスエラはいじめられるかも知れない。貴族のように裕福には暮らせないが、家族皆でスエラは可愛がっている。スエラの為にもスエラの存在は絶対に隠し通そう。そうヌクは固く心に誓った。

 

都に着くとカジグルの屋敷はすぐに見つかった。王宮にも近い大邸宅でその男の身分の高さがすぐに分かるような屋敷である。そんな男に自分ごときが会えるとも思えないが、ジユの遺言だ。追い返されるかも知れないがとりあえず門番に伝えて、本人に会えなくとも紫の染めの布だけは託そう。

 

ヌクは門番に自分は西のパルハハのゾルハの村のヌクという染師でジユという者から渡す物があると使いを頼まれてカジグル様に会いに来たと伝えた。門番はしばらくそこで待っていろとヌクに伝えると屋敷の中に入って行った。

 

ほどなくすると門番から屋敷の中に招き入れられた。

どうやら門前払いはされなかったようだ。屋敷の中に入るとまるでヌクを客人のように恭しく侍女が迎えてくれ、屋敷の奥にある部屋に通してくれた。

部屋に入ると屋敷の女主人と思われる一人の女が自分を待っていた。この女がエクという女らしい。

話だけ聞いて勝手に冷たい意地悪な女を想像していたが、予想に反してエクは穏やかで優しく賢そうな女であった。

 

エクはヌクに穏やかな笑顔を向けると、ジユ様の使いでいらしたのですね。旦那様は今王宮にいらっしゃいますが、急いで使いを出しましたので間もなくこちらに戻っておいででしょう。遠いゾルハの村からの長旅は大変だったでしょう。旦那様がお戻りになるまでここでゆっくりお持ち下さい。そう言うとまるで貴族を迎えるような暖かい茶を侍女に出させると自分は静かに部屋から下がっていった。

 

エクの暖かい歓迎にヌクは思わず拍子抜けしてしまった。

それにエクの口振りでエクはどうやらジユについて何やら知っているようで、それも好意的に受け止めているようだった。夫と過去に関係があった女の事も知っていて、ああ穏やかに振る舞うのが貴族の奥方の常というものなのか?ヌクは振る舞われた香り高い茶を飲みながら首を傾げていた。

 

ほどなくしてこちらに急いで走ってくるような足音がすると共に勢い良く扉が開き、一人の男が息を切らせて額に汗を浮かべて部屋に飛び込んで来た。慌ててこちらに戻ってきたといった様子だ。鮮やかな深い緑の絹の衣を着こなした男の顔を見てヌクは驚いた。

 

一度ジユと共にいた所を見たあの男ではなく、二回ほど村にジユの染めの布を欲しいと言って現れた商人を名乗る男だった。確か記憶ではトクと言う名だったはずだ。なぜここに彼がいて、しかも貴族のような装いをしているのだ。しかも不思議とこの空間に彼は産まれながらの貴族のようにしっくりと馴染んでいる。

 

トクの方もヌクを覚えていたようで、おお!ジユの兄貴か!ジユの使いが来たと聞いて慌てて王宮から戻ったんだが、使いだなんて何かあったのか?ジユは元気か?と額の汗を拭いながら満面の笑みを浮かべながら親しげにヌクに声を掛けて来た。

 

予想もできなかった展開に目を丸くしているヌクに気づいたのかトクは面白そうに笑いかけると、そうだ。俺はトクだ。前は家を飛び出して商人のトクとして生きていたが、誰かさんのせいで結局家に戻ってカジグルという元の名前で今は王宮に仕える身さとどこか可笑しそうに笑った。それでヌクはカジグルの正体が分かったが、やはり1つ謎があった。

 

この男がカジグルなら、あの時ジユと共にいた貴族の男はいったい誰なのだ?

 

カジグルはそんなヌクの困惑を自分の正体を知った為と勘違いしているのか、可笑しそうに笑ったまま、今になってジユが急に使いを寄越して来るなんて何かあったのか?偶然だな。今朝の夢にジユが現れたんだ。何も言わないでただ黙って笑ってるから何かあったのかと思ったけれど、その予感だったんだな。やっぱり俺は勘がいいなと鼻唄でも歌い出しそうなほど嬉しそうにカジグルはヌクに声を掛けた。

 

いったいジユと何があったのか分からないが、親しげで楽しそうなカジグルにジユが既にこの世を去ってしまったとはとても口に出せなそうだ。

 

思わず苦渋の表情を浮かべてしまったヌクにカジグルは目敏く気がついたようで、急にさっきまでの笑顔を

収めると真剣な表情を浮かべ、いったい何があったのだと厳しい眼差しでヌクに問うてきた。その剣幕の激しさにヌクは負けて正直に打ち明けた。

 

ジユがスエラを産んだ事はこの男がスエラの父親ではなくとも同じ貴族同士だ。ましてやジユがこの男に紫の染めの布を託そうとしたという事はあの貴族の男と親しい関係にあるか、身内など近い関係にありそうだ。スエラに関わる事は決して言えない。

 

ヌクはスエラに関わる事を全て避けた上で、ある日ジユの元に一人の男が秘かに訪ねて来たが祖父の話では彼はジユと祖父が都に登った時に世話になった貴族の子弟らしい。どうやら男は家を捨ててジユと共に生きていこうとしたが、追手が来て結局ジユが一人で家に戻って来たが、ひどく気落ちした様子でその後徐々に元気を失っていった。そんなジユがタツルス様が即位されると聞くと今まで臥せりがちであったのに急に何か取りつかれたかのように一心不乱に紫の染めばかりを行い、ある日美しい紫の染めの布が染め上がると、満足して何かやり終えたかの様に急に倒れて、そして眠るように静かに逝った事を話すと、ヌクは懐深くに大事に持っていた紫の染めの絹の布をカジグルに差し出し、ジユが最期に1つ。俺に頼みがあると言ってこれを都にいる貴族のカジグルという人に渡して欲しいんだ。きっと分かってくれると思う。そう言い残した。だから今回俺はカジグルという人にこれを届けに来たのだとカジグルに布を手渡した。

 

ヌクの話をじっと黙って真剣な眼差しで聞いていたカジグルは紫の布を大切そうに受け取ると、そうか。そうなのか。とまるで何か自分で自分を納得させようと言い聞かせるように呟いた。

 

その姿を見てヌクはこのカジグルという男も、もしかしたらジユを本気で愛していたのも知れない。

そんな気すらした。

 

正体は分からないが家も身分も捨ててジユと共に生きようとしたあの貴族の男に、目の前にいるカジグル。

それぞれとの間にどんな事があったのかは分からないが、ジユはジユらしく短くも濃密な一生を駆け抜けて行ったのだ。そう。まるで色鮮やかな染めのように。

ジユとあの貴族の男とカジグル。そしてトワ。

三人の男達と真剣に愛し合い、人生を色鮮やかに染め上げたのだ。

 

ジユ。お前は決して不幸であったのではなかったのだな。そうヌクは今はもう姿の見えない妹に心の中で語り掛けた。ヌクの記憶の中にいるジユが自分より美しく染めができた時に軽く口元を吊り上げて自慢げに微笑んでいる表情を思い浮かべていた。

 

そうだよ。兄さん。あたしは決して不幸なんかじゃなかったのさ。貴族の息子二人があたしに夢中になるなんて、あたしもなかなかだろう?さすが女の染師なんてやってたあたしだけあるね。とジユの声すら聞こえてくるようだ。

 

カジグルもおそらく思い出の中のジユと心の中でしばし語り合っていたのだろう。無言で物思いに耽っていたが、ヌクに遠いゾルハの村から良く来てくれたな。これからどうする?必要ならば人を付けて行きたい所があれば案内させるが?と申し出てくれた。

 

ヌクは首を横に振るとありがたい申し出だが、まだジユの葬儀も終わったばかりで家族も皆落ち着かない。

ジユとの最期の約束は果たせたから村に戻るさと言うと、カジグルも分かったとばかりに大きく頷くと、次に都に来る事があったら家の者には伝えておくので、いつでも遠慮なく訪ねて来てくれ。その時は山ほどの上手い酒と食べ物。選りすぐりのとびっきり美しい女達を揃えて歓迎してやるからなとふざけた口調で、しかし暖かい眼差しでヌクに伝えた。

 

ヌクは心の中でこの男とは二度と会うことはないだろうなと思いつつも、分かった。その日を待ってる。と

やはりニヤリと笑って答えた。

 

今からこの屋敷を出れば今日都から西へ向かう最後の馬車に何とか乗れそうだ。

 

ヌクは今ここを出れば今日最後に都を出る馬車に何とか間に合いそうなので、もう失礼させてもらうよ。

その馬車に乗れれば今晩はトラエグで泊まれるからな。都は何かと俺には窮屈だし、それに宿代もべらぼうに高いしなと言うとニヤリと笑いながら、それに都の女達はお高くとまってパルハハの田舎者の俺なんて鼻にも掛けてくれないから、今晩は情の深い西のトラエグの女に一杯付き合ってもらうさと言って部屋を出ようと扉の方に向かった。

 

そんなヌクにカジグルもニヤリと笑いながら、そうだな。誰かさんのように一見気が強い女だが、実は情が深い女がいいな。そう返してヌクを引き留めなかった。ヌクはカジグルに背を向けて広い部屋の扉に向かって足早に歩き出した。

 

ヌクは扉に手を掛けて部屋を出ようとしたが、一旦歩みを止めてカジグルに向かって振り返ると、トク。

いいや、カジグル。あんたに俺からも一つ願いがあるんだがいいか?と尋ねた。

 

カジグルは笑いながら、ああ。何でも言ってみろ。俺に代わって大臣になりたいと言うのなら喜んで代わってやるぞ。ついでにこの屋敷もくれてやると応えた。

 

ヌクもその応えにニヤリと笑ったが、真剣な眼差しに変えると、もしお前があの男を知っていたらジユをこのままそっとしてやっておいてくれ。そう伝えておいて欲しい。

あいつは生きている時はいろいろ在りすぎたからな。せめて今は静かに安らかに眠らせてあげたい。そうヌクはもうここにはいない妹のジユを慈しむような眼差しで伝えると、カジグルは分かった。約束しようと大きく頷いた。

 

ヌクはじゃあな!また会う時には美しいだけじゃなく俺になびいてくれる優しい女達を揃えておいてくれよ

と片手を挙げて笑いながら部屋を後にしていった。

 

カジグルはヌクの背中を見送ると、今も自分の手の中に包まれた色鮮やかな紫の染めの絹の布をそっと優しく撫でた。

 

そう。もうここにはいないジユの黒髪を撫でるように。

 

その夜カジグルは灯りも灯さずに一人自分の寝室の窓辺に置いた椅子に座り窓を大きく開け放ち、少し肌寒いくらいの夜風に当たりながらぼんやりと頭上の月を眺めていた。椅子の傍らの机の上には酒の入った壺と盃が置いてあるが全く手を付けていなかった。

 

ヌクを見送ってからかなりの時間が経っていたが食欲も全く湧かず夕餉も取らなかったが、エクもカジグルが一人ジユの事を思い出していると分かっているのだろう。あの後エクも屋敷に仕える使用人達も皆姿を現さずにそっとしておいてくれていた。

 

一度だけことりと小さく扉が開く音がしたので扉の方に向かうと誰の姿も見えなかったが、温められたカジグルの好きな故郷のザルドドの酒の入った壺と盃がそっと傍らに置かれていて思わずカジグルは小さく微笑んだ。

 

今晩の月はもうすぐ消えそうなほど細い月だ。なのに窓から差し込む月明かりは優しく自分を包んでくれている。

あの時もジユと並んで黙って月を仰ぎ見ていたな。あの時も今晩と同じ細く消えそうな月だったな。

カジグルは二人並んで黙って月を仰ぎ見ながら、そっと横目で眺めたジユの横顔を思い出していた。

 

涙に濡れた瞳だが、その眼差しはどこか毅然としていた。しかしそんなジユがこの世を去ってしまっていたとわ。カジグルは大きくため息をついた。

 

カジグルは月を仰ぎ見ながら、心の中でこう呟いていた。

 

なあ、ジユ。お前は命を落とすほどタツルス様を愛してたんだな。そんなにあの人が恋しかったのか?

それならなぜ離ればなれで生きて行く道を選んだんだ?あの人の為なのか?なあ、ジユ。

それでお前は幸せだったのか?

 

と、その時急に自分の肩の辺りに暖かく柔らかい感触がした。ふっと振り返ると穏やかな微笑みを浮かべたエクがそっと自分の肩に羊毛で織られた布を掛けてくれていた。

 

カジグル様。夜風が冷たくなってきましたのでこれを。そう言ってカジグルの身体を優しく包むように掛けた。

 

優しく賢い女だ。

 

エクはカジグルが初めて王宮でエクを見掛けた時から印象が変わらない。

 

タツルスの右腕となるべく家に戻ると決めたカジグルには家に戻ればすぐに父が自分の妻となる女を決めようと騒ぎ出すだろうと安易に予測できた。相手は東か南の領地出身の貴族の名家の娘だろう。家柄や年回り、それに誰か他に決まった相手がいないか。それぐらいの情報と推察力は自分にはある。恐らく父の言い出す相手はあの娘とあの娘だろう。それとあの娘の可能性も少しはあるな。しかし皆ただ美しく着飾って黙っている退屈な女だろう。まあ中に一人美しいと評判の娘もいるが、ただ美しいだけの彼女には全く興味が湧かなかった。

 

どれだけ美しく優しい女を見ても、ジユ以上に心を揺さぶられる女にはもう二度と出会えないだろう。

 

それならば。

 

カジグルは先手を打った。

家に戻ると直ぐ様カジグルは父に自分はレナミルの侍女であるエクを妻に迎えると伝えた。

 

案の定、父の大臣は最初は貴族の娘でないエクに難色を示したが、そこは口の上手いカジグルだ。自分が放浪生活を止めて家に戻ろうと決意したのはエクのお陰だし、何よりエクはレナミル様の信頼の厚い侍女だ。次の王妃となるべくレナミル様とは繋がりを深く持っていた方が得だ。それにエクの実家は裕福な商人だ。金もあるし、逆に貴族ではないので妻の実家が何か政変でも起こった時に自分の一家も巻き込まれないで済む。そう熱弁を振るうと父もカジグルの決定は政治的な配慮の上で得策な相手を選んだと思ったのだろう。

表向きは貴族の娘ではないと皆の前で愚痴を溢していたが、エクとの結婚を許してくれた。

 

その上でカジグルは正式にエクに結婚を申し込み、二人は結ばれた。

 

もうジユ以上に愛せる女が現れないのならば信頼できる女を妻に迎えて、その者と共に生きていく。それが自分にとって最良な生き方だとカジグルは思っているが、周りの者達は今回の結婚をレナミル様との縁を深める為の政治的な計算の上での結婚と思っているがそれでいい。真実なんて自分達と分かってくれる必要な人だけが分かってくれればいい事だし、例え自分達が真剣に愛し合っていたとしても周りは興味本意であれこれ言うのだろう。

 

それに妻を迎えたというのに自分に秋波を送ってくる女達に妻に俺達の事がばれてしまったらレナミル様のお耳にも伝わってしまう。そうしたら俺もお前もただでは済まないだろうと釘を指して関係を深めようとする女達を牽制できた。

 

最初に出会った時からエクは容姿は人並みだが、穏やかで優しく賢そうで、そして身持ちの固い手強そうな女であったが、女の扱いには慣れている。

カジグルの慣れた女の扱いで最初はつれなく手強かったエクも出会って一月も経つ頃には人目を忍んでそっと自分の寝室にカジグルを招き入れてくれるようになっていた。

 

始めて夜を共にした時も生娘であったはずなのに、恥じらいつつも、どこか既に成熟した女のよう落ち着きを漂わせていた。自分の施す愛撫に密やかに歓びの声を洩らしているエクの白い肌に指と舌を這わせながら、そんな風に感じていたのをカジグルは思い出していた。

 

カジグルはそっとエクを自分の方に引き寄せるとエクの胸元に顔を埋めた。

幼子が母の胸元に抱かれるように静かに目を閉じるとエクが我が子を慈しむ母のように優しく触れるか触れないかくらいの手つきでカジグルの髪を優しく梳くように撫でてくれている。

 

カジグルはしばしエクの温かく優しい感触を味わっていた。

 

カジグルが目を開けてそっと視線を上げると優しく穏やかに微笑むエクの視線と混じりあった。

カジグルもそっとエクに微笑み掛けた。

 

きっとエクは何があったのか知りたいのだろう。

けれどエクは決して自分からは口に出さないだろう。

 

カジグルはエクにそっと聞かせるように、ジユの使いはジユの兄貴だった。ジユは数日前に眠るように静かにあの世に逝ってしまった。最期に俺にあの方へ贈る紫の染めの布を託して欲しいと願って逝ってしまったそうだ。そう呟いた。

 

黙って話を聞いていたエクはそうなのですか。ジユ様が。と小さな声を洩らした。

 

エクには正直に全ての事は明かしてあった。

 

自分がゾルハの村にいる間、仕えているレナミルやレナミル周辺の情報を自分の商人仲間のマタ経由で伝えて欲しいと頼んだ時にエクは当然だが驚いた表情を浮かべた。それは事によっては自分の仕える人を裏切る行為にも成りかねない。

 

カジグルはエク。お前を信頼しているから俺は全てを打ち明ける。これは大きな秘密だ。誰にも言ってはならないぞと前置きをしてから自分にはジユという惚れている女がいる事。しかしジユには恋人がいるが、その相手がタツルスである事を明かした。

 

大きな秘密を共有すれば更に絆が深くなる事を見越して、またエクの人柄を信頼しての行為だったが、まさか世継ぎの王子で自分の仕えるレナミルの夫でもあるタツルスが市井の、しかもかなり型破りな自由に、そして自分の信念のままに生きている女と真剣に恋に落ちたと知り驚いていた。

 

けれど話を聞き終えるとエクは分かりました。カジグル様。レナミル様やレナミル様の周りで何かありましたら逐一カジグル様にお伝え致しますと請け負ってくれたのだ。

 

カジグルはエクのお陰でいち早くレナミルが子を身籠った事も聞いていたし、タツルスが王宮から失踪した時も直ぐ様知らせてもらっていた。

 

カジグルは大きくため息をつくとジユは幸せだったのだろうかと思うとな。そう小さく呟いた。

 

するとエクはそうですね。ジユ様がお幸せだったかどうかは私には分かりませんが、ジユ様はカジグル様、タツルス様というお二人のお心を魅了して愛されて、それでも結局お二人とは共に歩まず、お二人が元いた本来進むべき道にお戻しになり、ご自分は一人ご自分の道を歩かれた。素晴らしい女性だと思います。そんなジユ様だからこそカジグル様もタツルス様も本気でジユ様を愛したのでしょうと穏やかに微笑んだ。

 

その答えにカジグルはまあ素晴らしい女性かどうかは分からないが、俺は今まであんな女に出会ったことがなかった。俺はこのセルシャの国でも、使節として赴いたオクルスでもマルメルでも数多くの女達と出会ってきたが、もう二度とあんな女には出会えないだろう。そう少し哀しそうな笑みを浮かべた。

 

カジグルとエクの視線がもう一度絡み合った。

カジグルはエクの首に手をそっと添えると自分の方に軽く引き寄せるとエクの唇に自分の唇を優しく重ねた。エクも逆らわずに目を閉じてカジグルに応えた。

 

口づけの後にカジグルは今も他の女を想っている男に抱かれるのは嫌か?と尋ねると、エクは小さく笑うと真剣な眼差しで、カジグル様のお心にジユ様がいる限り、カジグル様はもう二度と他の方にお心を奪われる事はないのでしょう?それでしたら私は逆にジユ様に感謝しなければ。数多くの女性達のお心を魅了し続けていたカジグル様をもう二度と他の方に奪われる事はないのですから。そう告げた。

 

カジグルもそうだなとエクに笑い掛けると、静かに立ち上がるとエクの手を引き自分の寝台に導き、そっとエクを横たえると覆い被さり、もう一度エクの唇に口づけた。エクも応えるようにカジグルの背に手を回し、自分の方に引き寄せた。カジグルはエクの温かい感触を確かめるように優しくエクの身体に唇を這わせていった。

 

その夜、カジグルは不思議な夢を見た。

 

その夜の夢にもまたジユが現れてくれたのだ。

きっとあの布をタツルス様に届けてもらえるかが心配で自分の元に現れたのだろう。

それでも良かった。またジユと会えたのだから。

 

カジグルはああ。あれは確かにタツルス様に渡すから何も心配するなよ。そう心の中で応えるとジユは何も言わずににっこりと微笑むと、自分の方にそっと左手を差し出してきた。ジユの左手の中には何か大切な物が入っているらしい。何か言っているらしくジユの口が動いているが、その声は自分には届かない。

 

ジユ!何だ!言ってくれ!思わずカジグルは大声で叫んでいた。しかしジユは自分に声が届いていないと分かると話すのを止めて、自分に近づいてきてカジグルの手の中に何かを渡そうとした。カジグルは慌てて受け止める為に両手を添えてジユの前に差し出すと、ジユは無言でにっこりと微笑むとカジグルの両手の中に何か柔らかく温かい物をそっと置いた。

 

ジユからそれを手渡されて、何か確かめてみようとした途端に目の前にいたジユも手の中の何かも一瞬のうちに消えてしまった。カジグルは慌てて辺りを見渡すが影も形もない。

 

思わずジユ!と叫んで、はっと目が覚めた。

 

自分の傍らにはエクがすやすやと眠っていた。

昨晩抱き合った後に眠りに落ちたようだ。

 

あれは夢だったのか。カジグルは額に手を置き、首を何度か軽く横に振った。

 

俺にジユは何を言いたかったのか。

何を託したかったのか。

 

翌日カジグルはあの紫の染めの布を携えて王宮へと向かった。タツルスの侍従長に目通りを願うとタツルスの執務室に通された。

 

タツルスは自分の執務室で山のような書類に目を通していた。もうすぐ王に即位するので何かと忙しいのだが、それでも各領地から届く陳情や報告の書類の一通一通に目を通していた。

 

部屋に入ってきたカジグルに気がつくと書類から目を上げて、今日は会議の予定はなかったはずだが何かあったのか?と声を掛けてきた。

 

カジグルは一礼してタツルスの側に歩み寄ると、タツルス様。即位の式典にはどうぞこの染めで仕立てた衣をお召しください。そう言うと静かに小さな包みをタツルスに手渡した。

 

その言葉にタツルスは、はっと息を呑むと急いで、しかしどこか慎重な優しい手付きで包みをほどいた。

 

包みがとけると中からは色鮮やかな、それでいて品のある今まで見たことのないような見事な紫の染めの絹の布が姿を現した。

 

誰が染めた物なのか、言わなくとも分かるのだろう。

 

タツルスは何も言わずに視線を向けてきたので、カジグルも黙って大きく頷くと、タツルスを一人にするべく小さく一礼すると黙って静かに足早に執務室から立ち去った。

 

タツルスはこの後きっと想い出の中でまだ生き続けているジユと心の中で語り合うのであろう。

 

静かに執務室の扉を閉めると扉の傍らに控えていたタツルスの侍従長に、タツルス様は一人で静かにお考え事をされたいようだから、しばらくはタツルス様の方からお声が掛かるまで誰も通してはならぬ。分かったなと伝えると侍従長は大きく頷いた。

 

それと今日は自分が記憶している限りではオクルスやマルメルからの使節や各領主との面会の予定は入っていなかったはずだが、自分が把握していない私的な予定もあるかも知れない。

 

今日はこの後は何かご予定はあるのか?と侍従長に尋ねると、侍従長は今日は夕刻にサジカル様が離宮からご挨拶に参ります。恐らくご夕食を共になさるでしょう。そう答えた。

 

異母弟君のサジカル様との面会なら急を要する件でもなさそうなので日を改めても問題はなさそうだ。

 

申し訳ないがサジカル様には日を改めてもらうよう至急離宮に使いを出して欲しい。そう伝えると侍従長も

畏まりました。至急使いを送りますと一礼すると傍らに控えていた自分の部下に視線を送ると、その者はカジグルと侍従長に一礼すると足早に離宮へ向かう方向へと歩を進めた。

 

それを見届けるとカジグルは静かに自分も王宮から退出するべく外に向かって歩き出した。

 

なあ、ジユ。お前はこれからタツルス様と久しぶりにゆっくりと語り合うんだろう。誰にも邪魔させないから思う存分あの方と語り合うんだぞ。いいな。

 

そう心の中で呟くとカジグルは軽やかな足取りで王宮を後にした。

 

あの不思議な夢を見てから三月経った時であった。

 

ついにタツルスが王座に着き、カジグルも正式に父の跡を継いで大臣の座に着いたので何かと慌ただしく過ごしていた。

 

エクもまた大臣夫人として、それに新しく王妃の座に着いたレナミルも何かとエクを頼りにして頻繁に王宮に召す事も多く慌ただしく過ごしていて、タツルスが王位に着いた後からは二人同じ屋敷に暮らしているのにお互い顔も合わせられないぐらいだった。幼い息子のハクスエの世話はカジグルの母と子育てに慣れた年かさの侍女達が面倒を見てくれているので問題はなかったが、それでもエクはハクスエの世話も時間の合間を縫っては面倒を見ていた。

なのでカジグルはあの夜からエクと床を共にしていなかった。

 

慌ただしく気疲れもしたのだろう。日頃は丈夫なエクもさすがに疲れが貯まったのか具合が悪くなり、レナミルからのお召しも断り、床に着いて薬師を呼んだ。

 

さすがにカジグルも心配になり、その日は自分も王宮に参内せずに屋敷で薬師を待った。

 

最近一人で歩けるようになったハクスエは珍しく父も母も揃って屋敷にいるので楽しそうに声を挙げながら

母の周りを歩き回っていた。

 

薬師の見立てでエクの中には新しい命が宿っている事が分かった。どうやら三月前に身籠ったらしい。

三月前と言うときっとあの夜の事だろう。

 

ジユが夢に現れて自分に何か手渡した夜の事だ。

 

そうだったのか、ジユ。そうだったんだな。

俺の元に戻って来てくれたんだな。

 

カジグルは今も自分の心の中にいるジユに語り掛けていた。

 

その後のカジグルはタツルスの右腕として長きに渡ってタツルスの治世を影で支え続けた。妻エクとの間には息子のハクスエと娘のジユトクの二人の子に恵まれた。

 

娘のジユトクは母のエクがレナミル王妃の側近の侍女であった縁で幼い頃からタツルスとレナミルの息子で世継ぎの王子であったクリトルと親しく、ついにはセルシャの国の王妃となった。

 

タツルスが五十才の若さで急逝するとカジグルは舅として若きクリトルを影で支え続け、二代に渡る王に仕えた。クリトルの治世が安定したのを見届けると妻のエクと共に都を去り、自分の故郷であるザルドドの地でその一生を終えたのである。

 

常にタツルスの忠実な家臣であり続けたカジグルであったが、実はタツルスに一つだけ嘘を付き続けていたのであった。

 

それはまだジユがこの世に生きている。そんな風にタツルスに思わせる嘘をつき通していたのだ。

 

先日ジユの兄のヌクが都に来た際に私の屋敷に立ち寄ってくれたのです。ヌクの話ではジユは元気でやっているそうです。このところ良い色の染めが染め上がらないのは雨が続いているからだ。全く天気が悪いのは王様がちゃんと政治をやっていないからだろうと悪態ついているそうです。先日キハがゾルハの村に買い付けで行ったら、あたしが精魂込めて染めた特上の染めなんだから高く買ってくれないと困るよと言われて困ったとため息をついていました、さもジユが今も元気で暮らしているような話を作り、口にしていたのである。

 

カジグルからそんなジユの話を聞いている時のタツルスのまるですぐ目の前に愛しいジユがいて慈しむような幸せに満ちた笑顔は一生忘れられない。

そうカジグルは妻のエクに伝えていたそうだ。

 

タツルスに一生嘘をつき通していたカジグルにも見抜けなかった嘘がもう一つだけあった。

 

ジユとタツルスの間に産まれたスエラだが、スエラの行く末を案じた祖父のグジが秘かに村の戸籍係に大金を渡して、産まれてすぐにヌクとカクの間の四番目の子として書き換えられていたのだ。

そして戸籍の上では名前もスエラというジユが名付けた名前ではなく、キリという産まれた日の名が記されていた。この事はジユには明かされていなかったのでジユは知らなかった。

 

ジユの家族とただ一人真実を知っていた兄弟子のスガはスエラを守る為に一生嘘をつき通していた。周囲はスエラは彼のあだ名だと思っていたし、スエラ自身もそう口にしていた。スエラは自分の妻子にも本当の事を打ち明けずに彼はパルハハのゾルハの村で染師として一生を静かに終えたのである。

 

この都から遠く離れたパルハハの山間のゾルハの村にこの上もなく高貴な人の血を受け継いだ者がいることは、かつてこの国に生きていた一人の女の染色師だが知っていた秘密であったが、その女も知らない秘密が一つだけあった。

 

彼の戸籍上の名前のキリは名も知らず顔も一度も見たことがない彼の父が一生の間、一度も周りから呼ばれた事のない彼の産まれた日の名でもあったのだ。

 

ジユはタツルスにいつこの世に産まれたのか尋ねていなかったし、タツルスも聞かれていない以上、特にジユには伝えていなかったのである。タツルスが王に即位して誕生の日の宴を催された時には既にジユはこの世を去っていたので、ジユは知る由もなかった。

 

都とこの遠いパルハハのゾルハの地でそれぞれ生を受けた父と子は奇しくも同じ日にこの世に生を受けていたのである。

 

その事は彼女も誰も知らない秘密であった。