町田 千春 著
 刺繍師番外編 アギ     TOP


夜の張が降りて、昼間は慌ただしい雰囲気に包まれていた王宮もすっかり夜の深い闇の中にすっかり静まりかえっていた。

そんな中で一組の男女が向かい合って座り、静かにクチャの花の茶を片手に語らい合っていた。 

お前のお陰でトナもだいぶ落ち着きを取り戻して元気になってきたよ。礼を言うよ。ありがとう。

そう呟いたのは刺繍侍女長であるアギである。

そんなアギに、いやいや、礼を言うには及ばんよ。

私はただ薬師としてやる事をやったに過ぎないし。と

返事を返したのは薬師長のガクである。

 二人はそれぞれの住まう刺繍侍女の棟でも薬師の棟でもなく王宮内にある刺繍室の倉庫の奥にある、そうこの王宮でもこの秘密の小部屋について知っているのはこのガクを含めてたった五人だけという、刺繍師の秘密の部屋にいた。

 トナはその後何か言ってきたのか?そうガクがアギに尋ねると、アギは黙って小さく首を横に振った。

ガクはアギの話を聞いて、トナは刺繍師にはなれないだろう。おそらく次の刺繍師はもう一人のアラという娘がなるだろう。そう直感していた。もちろんその事はアギには伝えず自分の胸の内だけに秘めていたが。

ガクも王宮に長く仕えているだけあってアギの前の刺繍師であるトクも知っているし、王様の妃になってしまったので叶わなかったが、アギがナトラスを次の刺繍師にと考えていたのも知っていた。

そして自分の妻になる道を選ばなかったアギ自身も皆刺繍師になる者はどこか謎めいた雰囲気を漂わせていた。

 刺繍の腕云々よりもその者の持っている雰囲気自体が刺繍師に向く者と向かない者がいるのだ。

そして皆その独特な雰囲気から謎めいた美しさを漂わせているのだ。

トナとて決して美しくない訳ではない。ただあの太陽の元ですくすくと育ったような好ましさや正直さは

謎多き刺繍師には向かない。

あの娘のいる場所はここではないのだ。

もっと別の場所でこそ咲く花なのだ。

ガクはそう思った。

 ふとガクは自分とアギが出会って恋に落ち、悩み、それぞれ互いに別々の道を歩もうとしたが、結局今の形に落ち着いた。そんな甘く切なくほろ苦くもある長い年月を思い出していた。

 

ガク選ばれて薬師として王宮に上がって数年が経った

ガクは調合していた薬を擦り終わると額の汗を拭った。やはり慣れたとは言え緊張していたようだ。

相手は例え九才とは言え、この国の世継ぎの王子様だ。

先ほどまでこの薬師の棟には世継ぎの王子であるダルマツ様が来ており、ガクが薬を調合するのをじっと黙って眺めていた。やはり世継ぎの王子様の前では慣れた薬の調合でも緊張する。

 

本来はここは幼い子が入って来るような場所でもないが、ダルマツ様は将来薬師になって弟や母上の病を直したいのだと自分や薬師長であるタヌに打ち明けており、世継ぎの王子としての忙しい教育の合間を縫ってこの薬師棟を訪ねて来ては薬の調合や自分で調べた事を尋ねに来ていたし、王子様を追い払う訳にはいかない。

 

ダルマツ様がどんなに賢くとも、熱意があってもこの国の世継ぎの王子に産まれてしまった以上、ダルマツ様には薬師になるという道はないが、期待に胸を膨らませ、イキイキと楽しそうに目を輝かせてあれこれ質問してくるダルマツ様にガクもタヌも何も言えなかった。

 

おお。ガク、終わったか。薬師長であるタヌがガクの調合台の側に寄ってきた。

 

ガクが産まれ故郷の北のバルスエから選ばれて薬師として王宮に上がって数年が経った。上役であるタヌは事あるごとに私の次に薬師長になるのはお前だと公言しており、それは既に王宮内でも広まっていた。

タヌは先ほどまでダルマツ様が座っていた、今は誰も座っていない椅子を眺めると、惜しいな。とポツリと呟いた。それが何を指しているのかガクにも分かっている。タヌもダルマツ様の薬師としての資質や熱意を高く評価しているが、それは叶わぬ事と二人共分かっていた。

 

ガクもタヌから他の者は手伝う事を許されていない王様の薬の調合や処方した薬に関する資料の整理など極秘とされている王様の体調に関する情報を伝えられていた。それはつまり次の薬師長としての準備だ。

そうやって代々次の薬師長に伝えられていくのだ。

自分が薬師長になった暁に、成長したダルマツ様にやはり同じように伝えていけたら。

 

ガクは叶わぬ夢に首を横に振ると、また今の作業に戻ろうとした。

 

ああ、ガク。済まぬ。急いでもう一つ薬を調合して欲しいのだ。昨晩またゾルトア様が熱を出され、朝のお食事もほとんど口をおつけなかったそうだ。

 

ゾルトア様とはダルマツ様の三才年下の弟君の王子である。ゾルトア様の母もダルマツ様の母と同じ王妃様なので身分的には次の王になれる立場だが、いかんせん産まれた時から病弱で今でも頻繁に体調を崩して寝込むことが多く、とても将来王座を担えるとは王宮の誰もがはっきりとは口にできないが分かっていた。

 

今の王様には王妃様以外に五人ものお妃様がいるが、他に王子様はおらず、王女様が三人いるだけだ。そう言った意味でもダルマツ様以外に今のセルシャの国で次の王座を継げる人がいないのだ。

 

ガクは今調合していた薬を横によけて、ゾルトア様の薬を調合しようとした。横によけた薬にタヌはちらっと視線を向けると、ガク。お前もそろそろ現実を受け入れて嫁をもらったらどうだ?お前の子ならさぞ賢くて、将来お前のような優秀な薬師になれるであろう。

それにお前とダルマツ様のやり取りを見ているとお前は子供の扱いも上手い。さぞ良い父親になるであろう。そう諭すように言った。

 

ガクには秘かに想い合っている人がいた。

刺繍侍女のアギである。もともとこのセルシャの国では西は美人が多いと囁かれているが、西のパルハハの出のアギもどこか近寄りがたい雰囲気を漂わせている美しい人だ。しかしその近寄りがたい雰囲気とは裏腹に実は優しく情が深く、そして情熱的な女だ。

 

二人は秘かに想いを寄せ合って、人目を忍んでは逢い引きし、肌を重ね合っていた。普段は冷静な雰囲気を漂わせているアギが自分の腕の中では他の誰にも見せていないであろう情熱的で蠱惑的な姿を見せてくれているのに、ガクはすっかり魅了されていた。

 

アギは刺繍の腕も素晴らしいそうで、今の刺繍侍女長のトクは次の刺繍侍女長にアギを考えていると聞いた事があった。

 

そこでガクはついに思い切って自分の妻になって欲しいとアギに申し込んだのだ。


ガクは当然アギが自分の申し出を受け入れて妻になってくれるとばかり思っていたが、アギは悲しそうな顔をして首を横に振った。

 

ごめんなさい、ガク。あたしはあんたを愛してるけど一緒にはなれないのよ。そうアギは答えたのだ。

 

自分を愛しているのに一緒になれない?

ガクは思わずアギの両肩を掴むと激しく揺さぶりながら、なあ!アギ。どうして一緒になれないんだ!

そう尋ねてみた。

 

アギは一瞬口ごもると、意を決したようにあたしが王宮に上がったのには訳があるのよと悲しそうに、そしてどこか辛そうな顔をして呟いた。

 

刺繍が得意なので選ばれて王宮に上がったのではないのか?ガクは思いもよらなかったアギの様子に不安な胸騒ぎを覚えた。

 

アギはあたしは子供が産めない身体なの。そううつむいて悲しそうな声でそう言うと、昔荷車から滑り落ちて車輪に挟まれてしまったの。何とか助かったけれどその時に診てくれた薬師は父さんと母さんにこの子は腹を強く圧されてしまったので、おそらく子供は望めん身体になってしまっただろう。

 

このままパルハハにいてもおそらく最初から子が産めないと分かっているなら嫁に行けないだろう。

それなら王宮の侍女として一生王宮に仕えて暮らす方がこの子にとっても幸せだろう。そう言われてあたしは元から得意だった刺繍に励んで、十二才になってすぐに王宮に上がったの。

 

そうアギは遠い目をして言うと、ガクをまっすぐ正面から見据えると、あたしはあんたの子供を産めない。

あんたの跡を継げる子供は産めないんだ。だからあたしはあんたの妻にはなれないのさ。そう最後の方はどこか悲しみと怒りの混じったような声でアギは呟いた。

 

ガクは思いがけないアギの告白にただ黙ってしまった。

 

しかし冷静に考えればそれはアギを子供の頃に診た薬師の見立てであって、成長する時に直っている可能性もあり得る。何より自分は薬師だ。

愛するアギを何とかして救いたかったし、その事が理由で自分の妻になれないと言うのならば問題ないとアギに分からせれば結婚を了承してくれるはずだ。


またダメだったか。

ガクは薬を調合する机の前で大きくため息をついた。

 

アギの月のものが来るよう良いとされる薬を数種類、また遠いオクルスの国の民の間で子を望む時に用いられる薬草など調合してみたが効き目がなかった。

 

あれから一年もの間、ガクは過去の文献や遠いオクルスやマルメルの国に伝わる薬や民の間に伝わっている療法など調べて、アギに施してみたが一向に効き目がなかった。

 

コンコン。物思いに耽っていたガクは扉を叩く音にはっと顔を上げると扉の向こうにはアギが人目を避けるように夜の闇に紛れて自分のいる薬師の棟を訪ねて来てくれていた。

 

王宮に仕える薬師は王様や王妃様やお妃様達、それに

侍女や衛兵達が夜中に急に具合が悪くなった時の為に交代で夜も寝ずに薬師の棟に宿直する。

 

いつもは王宮の端にある薬師の宿舎で同じように王宮に仕える独り身の薬師達と暮らしているが、今晩は自分がその宿直の番の夜で、アギはこっそり人目を避けるように自分を尋ねて来てくれたのだ。

 

ガクはいつものように優しくアギを抱きしめようとしたが、そんなガクをアギは押し留めると哀しそうに首を小さく横に振ると、ガクにこう告げたのだ。

 

ついに正式にトク様が刺繍侍女長を退かれて王宮を去ることになった。明日には王様にお許しを得るであろう。そう言うとそして私を次の刺繍侍女長に任命すると先ほど伝えに私の部屋にいらしたのだ。

 

トク様はアギ、お前も異存はあるまいな?もし思い残す事があるのならば今晩のうちに心の整理をしておくのだ。

相手にもきちっと伝えて片を付けておくのだぞ。


そう仰ったのだと言うとアギは俯いた。


いつか遠からずそんな日が来てしまうかも知れないと恐れていた事がついに現実になってしまったか。

 

ガクはアギの両肩を掴むと、アギ。ここから二人で逃げよう。どこか田舎の村にでも逃げて、そこで二人で人目を避けてひっそりと暮らせば。どんな辺鄙な田舎の村でも薬師は必要とされるから食うには困らないさ。そうガクはアギの目を見つめながら強い口調で語りかけた。

 

しかしアギは哀しそうな瞳をすると首を横に振り、あんたはこの国一の薬師になれる才能を持ってるんだ。

そう。この国の王様の日々の健康を支える。

言わばこのセルシャの国を支えるお方を影で支える重大な務めを果たすんだ。

それがそんないつ誰が来るとも知れない辺鄙な田舎の薬師になんかなって埋もれさせられるかい。

もしそんな所に逃げたとしてもあたし達に子は産まれない。あたしはあんたに似た賢い子を産める人と一緒になって幸せになってもらいたいんだよ。

 

最後にアギは絞り出したような悲鳴にも似た哀しい声で、自分の愛する人を自分の手でみすみす不幸にすると分かっている事なんてできやしないよ!と叫ぶと涙を流しながら部屋から飛び出して行ってしまった。

 

アギのあまりの自分への痛ましいほどの想いにガクは為す術もなく、茫然と立ち竦んでしまいアギを追うことすらできなかった。

その後予定通りアギは王宮の刺繍侍女長となり、そしてガクもこの王宮の薬師長となった。

 

アギがあの時、愛する人を不幸にすると言ったが、ガクはあれから自分にとって何が不幸で、そして何が逆に幸せなのかと考えさせられ、迷い、考え、数年経ってやっと自分なりの答えが見つかったのだ。

 

例え夫婦という形でなくとも、この王宮の中で二人別々の場所で自分達の役目をそれぞれ果たして生きて行く。それがガクの出した答えであった。

 

自分はこの王宮の薬師となるべく望んで王宮に上がったし、それはアギとて同じだ。

無論二人共にこの王宮でそれぞれ薬師長と刺繍侍女長に上り詰めるだけの才に恵まれたが、それだけではなく努力もしてきた。ただ優雅に座ってその地位を得たのではないのだ。お互いの才と努力を無駄にはしない。

 

アギはガクのような優秀な子を産める人と言ったが、ガクは妻を娶らない事に決めた。

もし仮に妻を娶ったとしても心の中にはアギがいるのに相手の女性に失礼だし、その人との間に必ず子が授かるとは限らない。もし子が産まれても自分のように薬師になれるか分からないし、そもそも薬師長は王と王子のように世襲でもないのだ。

 

自分は妻は娶らずに自分の子ではなく次の世代の優秀な薬師を育てればいい。そう決めたのだ。

どうやらはっきりとは口のは出さないがアギも同じ考えらしかった。自分の娘達のように刺繍侍女達を見守り、育てる。

 

私達は自分達の子ではなく、たくさんの優秀な次の世代を育む。いつしかお互い口には出さないが同じ想いを通わせ合っていた。

 

もう一杯新しいクチャの茶を口に含みながらガクは今朝の診察の際の王様の様子を思い出していた。

 

今朝、王様の体調を診察に行った所、王様はどうやらトナとカイがお互いに想い合っている事を知ってしまったようだ。話の出所はどうやらカイと同じ時に副衛兵長に昇進したジモのようだ。

 

ナトラス様がトナを気に入っている事は王様もご存知なようだし、ナトラス様の為にもカイをどうにかセルシャの国の王宮へ、つまりトナの元へ戻す方法はないかとお考えなのだろう。

 

またナトラス様が敢えてその話を今まで王様にされなかったのは王様が知れば、自分と国の間で板挟みで苦しまれてしまうと王様を気遣うナトラス様の王様へのお心の愛情の深さに胸を打たれたのだろう。

 

そんな優しいナトラス様の為にも何とかできないものか。そう王様はお考えなのだろう。

王様もナトラス様に負けじとお優しいからな。とガクは静かに茶を飲みながらも推理を働かせていた。

 

仕方ない。あの方の力を使うか。

本当は脅しのような事はしたくなかったが、致し方ない。ガクは今回の件を解決できるであろう人物を思い浮かべた。

その人は今マルメルの国の王宮にいる。

 

彼女はマルメルのセセホラの領主の妹で、そして今はマルメル王の寵妃であるリホネロだ。

そしてガクは彼女の秘密を知る数少ない人物でもあった。

 

実はリホネロは王様から直々に妃にと望まれたが、秘かに想い合っていた男との間に子を身籠ってしまい、秘かに堕胎に手を貸したのがガクだったのだ。

 

妹の妊娠を知り慌てた兄のセセホラの領主が何とか周りに気付かれないうちに始末してしまおうと考えたが、マルメルの国で堕胎を行えば、何かの弾みでどこかから話が漏れてしまっては一大事だ。

王様に望まれて妃になるはずの娘が生娘でもなく他の男との子を身籠ったと知れてしまったら自分は領主の地位を剥奪されてしまうし、一家は断絶になる可能性も高い。

 

セルシャの国のクナクスの領主の妹である妻に秘かに相談してセルシャの国で堕胎することにした。

セルシャの国なら身元がばれていないので、秘密が漏れる可能性は低い。

ただ危険を伴う行為なので信頼できる腕の確かな薬師に任せないといけない。

 

そこで白羽の矢が立ったのが、その時王宮の副薬師長であったガクであった。

 

クナクスの領主の妻は同じ北のバルスエの領主の娘で幼い頃からバルスエ一の秀才と誉れ高かったのガクとは幼い頃からの知り合いである。若くして王宮の副薬師長に任命されているし、秘密を守れる信頼できる人物でもある。そういった縁で秘かにクナクスの領主から懇願されガクは故郷の両親に会うという名目で王宮を一旦退出し、クナクスの地で堕胎を行った。

 

その後リホネロは予定通り、何もなかったかのようにマルメルの王の元に嫁ぎ、王様の寵愛を受けて、二人の間には二人の王子にも恵まれた。

 

領主の娘に生まれて、王様に望まれて妃となり、ご寵愛を受けて二人の王子にも恵まれた。

誰もが羨むようなリホネロの隠された暗い過去である。

カイをセルシャの国に戻すには、その副事師と語師の娘を結びつけるか、それとも父親の語師の面目が保てるようにその娘を誰か程よい貴族の息子の元に嫁がせるか。

 

リホネロの寵愛ぶりは海を越えてこのセルシャの国にも伝わっているぐらいだから彼女がマルメルの王にちょっと囁けばどちらにしてもすぐに縁談は纏まるだろう。ガクに負い目のあるリホネロはガクに何か頼まれればどんな事でも断れまい。

 

そうすればカイはセルシャの国に戻って来られる。

 

王様が動けばそれはもう外交問題になってしまうが、一介の薬師が影で行えば、万が一明るみになっても個人がやったとしらを切れる。

責めを負った場合でも自分が王宮の薬師長の座を辞すれば大事になる前に幕引きできる。

自分はいつ薬師長を辞してもいい年だし、自分の跡を任せる副薬師長のセクやその他にも優秀な薬師達も確実に育っている。

 

そうとなるとどこからこの話を伝えるべきか。

クナクスの領主経由か。いいや。今回はクナクス出身のカイの件だ。明るみになった時にクナクスの領主を巻き込まないよう彼は避けよう。幼なじみの夫であるし、クナクスの領主の人柄の良さをガクは認めていた。

となるとマルメルの王宮に伝があり、信頼できる者は。ガクは過去の経験と人脈から今回の願いを内密に確実にリホネロに伝えられる人物と方法を閃いた。

 

そうと決まるとすぐに動かなくては。

 

ガクは腹を決めたように大きく最後の一口を飲み干した。

ガクは席を立つとアギにやる事を思い出したので、今晩はもう自分の部屋に戻ると伝えると、アギは無言でじっとガクを見つめた。

 

まるでこれからガクがしようとしている事を全て見通しているかのような目だ。

 

しかしふっと視線を外すと、そうだね。薬師長様はお忙しいし、あたしもやる事があったのを忘れてたさ。お互い年を取って朦朧し始めたねと口の端を軽く上げて小さく笑った。

 

ガクもご馳走さま。ありがとうと茶の礼を言うと部屋の扉へと向かった。

 

扉に手を掛けた時にふっとアギの方を振り返り、

なあ、アギ。もし私が王宮を去るとしたら着いて来てくれるか?そう尋ねると、アギはフフフと薄い笑みを浮かべると、あんたの後のセクは確実に育って、もういつ次の薬師長になっても問題なさそうだが、あいにく刺繍侍女はまだどちらが刺繍侍女長になるべきか決まってないのでねと言うと、数年先の事になるだろうが、次の世代にきちっと引き継いだら迷わずあんたを追いかけに行くよと口調は素っ気ないが、しかしその瞳は温かく包み込むような眼差しだった。

 

ガクは口の端を軽く上げて片手を上げて無言で返事をするとそっと部屋から出ていった。