このお話は、作者の純粋な楽しみのために書かれたものであり、 作中の登場人物や設定は、実際のものとは全く関係ありません。 また、彼らの肖像権やプライバシーを侵害するために作ったものでもありません。 序章 過去と現在 深夜二時。 私はあなたの部屋のドアをそっとノックする。 三回。 少し間を空けて、また三回。 それが私たちの合図。 すぐにあなたが、ドアを開けてくれる。 私は回りを少し気にしながら、あなたに肩を抱かれて、 部屋に入って行く。 久しぶりに会うあなたは、ちょっと強引だ。 まるで会えない時間を埋めようとするかのように、 奪うようなキスを繰り返す。 私も、それに応える。 もう後戻りできないことも、 彼の指に光る指輪のことも、 全て忘れて、私たちはお互いに没頭していった。 *** いつから、こんな関係が続いているんだろう。 自分の優柔不断さに腹が立つ。 一言、妻に言えばいいことだ。 好きな女性がいる、君と別れたい。 それを口に出すのは、本当に難しい。 妻を愛しているといえば、嘘になる。 本当は、もう愛情などなかった。 僕たちの間には、娘がいて、 僕は娘を心から愛している。 彼女のためにも、そして、自分のキャリアのためにも、 今は、妻と別れられない。 なんて、言い訳に過ぎないんだろうか。 街を歩けば、僕と妻と娘が仲睦まじく映っている 雑誌をいくらでも見つけることができるだろう。 心とまるで正反対の写真を。 僕は、長年ともに仕事をしてきた 女性を、心から愛してしまった。 誰にも言えない、知られてはいけない恋に、 踏み出してしまった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 爪痕 abp 第一章 愚行 彼女と初めて出会ったのは、もう8年以上も前のことだ。 初めは誰もこのショウに期待していなかったのに、 だんだんと人気が出始めて、 結果的に彼女は、無名の女優から、世界中の知るところとなる 「美しくて知的で冷たいスカリー特別捜査官」に変身することになった。 彼女は、最初の頃は本当に、居場所がなさそうだった。 いつもびくびくしていて、撮影現場でも小さくなっていた。 僕はそんな彼女を気に懸け、何かと話し掛けたり みんなの輪にさりげなく入れたりした。 彼女は、そんな僕を心底頼ってくれた。 僕も彼女を可愛いと思っていた。 そんな二人が男女の関係になるのに、たいして時間は掛からない。 僕たちはお互いにのめり込んでいった。 でも、ああ、その頃の僕は本当に愚かだった。 自由恋愛至上主義などと自ら吹聴し、 美しい女性となら誰でも寝ると公言してはばからなかった。 僕にとって恋愛はひとつのゲームであり、 バスケットでいくつゴールを決められるか、とか 野球でどれだけ打率をあげられるか、とか そう言ったのと同じ次元の問題だったのだ。 僕は性格的に欠陥があったのだろうか? 一人の人だけを見つめてゆくことが、できなかった。 そういう感情が世の中に存在することすら、信じられなかった。 ジリアンが去って行くまでは。 彼女は僕とのことを真剣に考えていた。 僕だって彼女を愛していた。 けれど、自由恋愛、という大義名分を盾に お手軽なデートをこっそり繰り返していた僕を、 ジリアンが信じられるはずもなかったのだ。 ジリアンが僕に一度、泣いて訊ねたことがある。 どうして私だけを見つめていてくれないの?と。 そのときの僕の愚の骨頂を極めたような答えを、 忘れたいのに今でも忘れることができない。 君は毎日リンゴばかり食べていたら、飽きないかい? たまにはオレンジやブドウも食べたくなる。 それと一緒だよ。 決して君への愛が減るわけじゃない。 もしタイムマシーンがあったら、 僕はあの時に戻って、 銃をぶっ放して自分の体を穴だらけにしてやりたい。 それだけじゃ足りない。 あの自信たっぷりだった自分を、地球から追放してやりたい。 僕なんて、アブダクトされれば良かったのだ。 でもそれも、全て自分のしたことだ。 過去は消せない。 あのときの僕を、今の僕が償わなければならない。 彼女はその僕の台詞を聞くなり、憎しみを込めた目で僕を見た。 そして、思い付く限りの汚い罵りの言葉を僕に浴びせた。 浴びせながら、彼女はぽろぽろと涙を零した。 そして僕は知ったのだ。 自分の行為が、彼女をどれほど深く傷つけていたかを。 彼女の愛が、どれほど深かったかを。 「ジル・・・・」 僕はようやく気がついた。 でも、遅すぎた。彼女と僕の間にできた溝は、 日本海溝より深かった。 彼女は黙って部屋を出て行った。 僕は海より深く後悔した。 一人の人を大切に思うということ。 それは、誠実であろうとすることに、他ならなかったのだ。 僕はジリアンを一番に愛していたし、 誰と寝ようとも、その愛は減らないとかんがえていた。 でも、実際、ジリアンからすれば、 そんな僕の考えは詭弁としか映らなかったろうし、 僕の愛を信じられるはずもなかったのだ。 僕はその日以来、きっぱりと女性と手を切り、 ジリアンだけを見つめようとした。 撮影で会う度に、話を聞いてくれと頼んだが、 彼女は全く取り合ってくれなかった。 それでも、お互いを信頼している芝居をする。 僕には耐えられなかった。 ジル、君だけを愛しているとやっと気付いたのに、 それさえ伝えさせてくれないのか? これから償っていきたいのに。 いつものように撮影が終わり、僕は彼女のトレイラーを訪ねた。 訪ねては、いつもドア越しに帰ってと冷たい声で言われてばかり。 でもその日は、何としてでも僕は自分の気持ちを伝えたかった。 「ジル、・・・ジル、開けてくれ。 話がしたいんだ。話だけでも聞いてくれ。 お願いだ。君が開けてくれるまで、ここを動かない。」 覚悟を決めて待とうと思っていると、ドアは容易く開けられた。 そこにはジリアンが、柔らかい表情のまま立っていた。 怒りは、もう見えない。 「ジル・・・・、僕は」 「入ってちょうだい」 僕はそう言われて部屋に入り、勧められるままにカウチに腰掛ける。 僕は彼女の顔も見ないで切り出した。 「すまなかった。僕は、地球一の大バカだった。 ジル、君の気持ちなんて少しも考えてなかった。 僕は」 「それ以上言わないで」 ジリアンは冷たい声で僕を制した。 僕は立っている彼女を見上げた。 「あなたに、報告しないととおもって・・・ 今、付き合っている人がいるの。 もうすぐ結婚するつもりよ。あなたも知っている人だわ」 僕は驚きのあまり、言葉が出なかった。 君が、結婚する? 僕以外の人と? 僕は驚きの次に、腹を立てた。 僕が怒れる筋合いじゃないのは知っていても、 僕はあの日以来君のことしか頭になくて、 どうやったら許してもらえるだろうと、そればかり・・・ なのに君は、もう次の奴を見つけて、結婚だなんて。 そして僕は知った。 全く同じ事を、自分がしてきたということを。 自分の愚かさを、また気付かされて、 僕は言葉を失った。 「おめでとうって、言ってくれないのね。 ・・・あなたとのことは、私には辛い思い出だわ。 まだ、完璧に傷は消えていないけれど、 でも彼と一緒に、癒して行けると思うの。 だからもう、あなたも悪いだなんて思わないで。 どうか、自分を貶めるようなことはもうやめて、 ちゃんと一人の人だけを愛してあげて。 あなたは知らないかもしれないけれど、 女はね、相手がこっちだけを見ていないと、 不安で不安で仕方なくなってしまう生き物なのよ。 だから・・・・。 一度は愛したあなただから、幸せになって欲しい。 それだけよ」 一度もこっちを見ずにそう言うとジリアンは、 哀しい程綺麗な笑顔を浮かべた。 「これからも、よろしく。仕事上のいい仲間として」 そして、僕に握手を求めて手を差し出した。 僕は何も、何も言えず、その手を取るしかなかった。 自分の犯した過ちの大きさに、いまさらながら気付きながら。 to be continued 初めてのデビジリFicですが、長い間暖めていたぶん けっこう長いものになってしまいそうです。 しかも内容がちょっと昼メロ的なものになりそうで・・・ お暇がありましたら、これからもお付き合いして頂ければ嬉しいです。 私の中でDDってこんな悪人だったのだなぁ・・・と書いて初めて知りました(笑)