このお話は、作者の純粋な楽しみのために書かれたものであり、 作中の登場人物や設定は、実際のものとは全く関係ありません。 また、彼らにまつわる著作権やプライバシーを侵害するために作ったものでもありません。 爪痕 abp 第十章 告白 僕がXFを降りると言い出した事で、周りは大騒ぎした。 僕は撮影にあまりに時間が掛かりすぎることで他の仕事が 出来ないことや、モルダーのイメージが自分に固定されて しまうことを降板の理由とした。 もちろん本当の理由は、誰にも言わなかった。 ティアは僕が降板することに賛成した。 「私もあなたは新しい役に挑戦したほうがいいと思ってたの。 7年も続いたもの。もう潮時よね」 潮時・・・・ 彼女の何気ない言葉に、僕の心は傷ついた。 僕とジリアンのこの関係も、潮時と呼ばれるのだろうか。 忘れると決意した赤毛の女優は、 最近ますます美しくなって僕を困らせる。 君の耳にも、僕の降板のニュースは入っているだろうね。 君はどう思っているの? 怖くて聞けなかった。 せいせいするわ、と言われてしまいそうで。 僕は君を悲しませることしか出来なかったから。 撮影が終わり、僕はトレイラーでコーヒーを飲んでいた。 ジリアンは今日は撮影がないから、きっと家で娘と過ごしているのだろう。 僕はこれで最後となるだろうシーズンのポスターを眺めた。 スーツをびしっと着こなして、鋭い眼でカメラを見つめるジリアンは 綺麗だった。とても、綺麗だった。 僕は想いを振り切るように、ポスターを丸めて仕舞った。 長かったXFの仕事やジリアンとのことを、考えていた。 こんな形で逃げるようにXFを去るとは、まさか思わなかった。 彼女の思いを断ち切れずに、逃げることしか出来ないなんて。 オーディションで出会った時に、こんなに深く愛してしまうとは 夢にも思わなかった。 コン、コン ノックの音に僕は顔を上げた。 「開いてるよ」 そう言うと、遠慮がちにドアが開かれた。 そこにはジリアンが立っていた。 淡い水色のカットソーに黒いカーディガンを羽織り、 スリムのジーンズを合わせていた。 僕はまさかジリアンが今日来るはずもないと思っていたので 驚いて彼女を見つめた。 「入っても・・・いいかしら?」 「あ、ああ、もちろん。どうぞ」 ジリアンは音も立てず部屋に入った。 僕はコーヒーを入れ、彼女に渡した。 彼女はマグを両手で包み込むようにして、コーヒーを飲んだ。 僕は躊躇いがちに彼女の隣に座った。 本音を言えば、こんなに近くに来て欲しくはなかった。 苦しいまでに君への想いを断ち切ろうとしている最中なのに。 「降りるんですって?」 乾いた声で彼女は言った。 「・・・・ああ」 「7thで?」 「ああ」 「・・・そう」 気まずい沈黙が流れた。 その沈黙に耐え切れず、僕が口を開こうとしたとき 彼女の静かな声が聞こえた。 「・・・あなたは最後まで、私を苦しめるだけなのね」 「え?」 僕は思いがけない言葉に彼女を見た。 彼女は僕の方を見ずに続けた。 「あなたにとって私達が培ってきた7年間なんて、これっぽっちも 意味がないものだったのね。 そうじゃなきゃこんな風に降りるなんて、言えるはずないわ。 あなたにとって私はただ単に、キャリアアップの 道具でしかなかったのね」 ジリアンの美しい頬のカーブに沿って、透明な涙が滑り落ちた。 次々落ちる雫を隠そうともせず、彼女は話しつづける。 「私はあなたと別れてからも、あなたに振り回されてばかり。 でもあなたは私を時折冗談か本気か解らない言葉でからかったと思えば ふいにショウを降りるだなんて・・・ これ以上馬鹿にしないで。 これ以上傷つけないで・・・お願いよ。 もういい。もういいわ。二度と、私の前に姿を現さないで!!!」 そう言って彼女は立ち上がって、部屋から出ていこうとした。 「ジリアン!」 僕は彼女の腕を咄嗟に掴んだ。 振り返ったジリアンは、赤い瞳で僕を睨んだ。 そこには怒りと悲しみが溢れていた。 「ジル・・・僕は君を馬鹿にしてなんかいないよ。 確かにこんな形で辞めることは無責任だと自分でも思う。 ちゃんとXFにも決着をつけるべきだと、思うよ。 でもこれ以上・・・もう続けていくことは出来ないんだ。 これ以上」 僕は彼女の腕を掴んだまま言った。 ジリアンは取り乱したようにぼろぼろ泣きながら叫んだ。 「続けていくことが出来ない、ですって? 後何年も続くわけじゃない、もう少し我慢すればちゃんとした エンディングを二人揃って演じられたのよ! あと半年や一年が、あなたのその輝かしいキャリアに影響を そんなに及ぼすの?そんなに、XFが邪魔なの!?」 「邪魔なんかじゃない!僕だってこの番組を大事に思ってるさ。 僕をここまで育ててくれた番組だ。この番組がなければ 今でも三流映画にしか出れない俳優だったかもしれない。 何より大切な存在だよ。 だから僕だって・・・ちゃんとした形で終わらせたい。 でも、無理なんだ、これ以上無理なんだ」 「何が無理なの、デビッド、そんなに何を急いでいるの?」 ジリアンは僕をまっすぐに見た。 その瞳があまりに蒼くて・・・あまりに澄んでいて、 僕は自分の口から恐ろしい台詞がこぼれるのを押さえられなかった。 「これ以上、君の側にいるのは耐えられない!」 沈黙が流れた。 ジリアンは数瞬、何も言わず僕を見た。 下唇が真っ白になるほど噛み締めて、涙を堪えているようだった。 僕が口を開きかけた途端、ジリアンの平手が僕の頬を打った。 「つっ・・・」 手で頬を押さえた僕を、心底憎らしそうに彼女は見た。 「あなたの顔なんて、二度と見たくない」 「違うんだ、ジル、君は誤解してる!」 「何も聞きたくないわ」 そう言って出て行こうとする彼女の細い手首を掴み、 僕は強引に彼女にくちづけた。 「!!」 彼女は必死で抵抗して、僕の胸をこぶしで叩く。 でも彼女の抵抗くらい、僕は軽々とねじ伏せることができる。 ジリアンは涙を零しながら、抵抗を続けた。 僕は構わず、キスを重ねる。 その時、僕の唇に激痛が走った。 ジリアンが、僕の唇を噛んだのだ。 たちまち広がる血の味が、ジリアンの悲しみを僕に伝えた。 僕は思わず彼女を腕から解放した。 彼女は唇を手の甲で拭い、僕を睨んだ。 「あなたを、軽蔑するわ」 「ジル、聞いてくれ」 「何も聞くことはないわ。もう何も」 駄目だ、帰らせちゃ駄目だ。帰らないでくれ。 「ジリアン!!!」 初めて聞く僕の怒鳴り声に、ジリアンはびくっと身をすくめた。 驚いて僕を見つめる蒼い瞳に負けないように、僕は口を開いた。 言ってしまえ。言ってしまえ。 抑え込んだはずの想いが、苦しいほどに僕を急き立てる。 「僕がどうしてXFを辞めるのか・・・教えてやる。 君を愛しているからだ。君が恋しくて恋しくて、 僕はもう狂ってしまいそうなんだ。 ティアと結婚して、君を忘れられると思った。 でも無理だった。そんなの最初から無理だったんだ。 だからこの間、映画の撮影で思わず君にキスしてしまった。 自分を止められなかった。 びっくりしたよ。ここまでだとは思っていなかったから。 でも僕は、娘がいる。妻だって。 そして君は僕のことなんて愛していない。 なのに想いつづけろなんて、それは拷問だ。 だから僕は逃げた。君から、XFから」 ジリアンは言葉を無くして、じっと僕を見つめていた。 僕は続けた。 「君を傷つけたこと、謝るよ。 こんなに中途半端な形でショウを辞めることも。 でももう無理なんだ。 これ以上君の側にいると、僕は壊れてしまう。 このまま募る思いを抑えていたら、僕は犯罪者になってしまう。 嫌がる君を無理矢理押さえつけて、犯してしまう。 そうなる前に、僕は・・・・・」 僕は手で顔を覆い、カウチに腰掛けた。 言ってしまった。 隠していた想いを伝えてしまった。 ジリアンは、軽蔑するだろう。 こんな個人的な理由で仕事を放り出した僕を。 「デビッド」 気付くと、ジリアンが僕の側に来ていた。 カウチに腰掛けた僕の頭を、優しく撫でている。 「ジル・・・・・」 「どうして私があなたを愛していないと、決め付けるの?」 彼女の瞳からこぼれた涙の雫が、僕の手のひらに落ちた。 僕はびっくりして彼女を見た。 「ジル?」 「どうしてそうやっていつも、一人で突っ走ってしまうの? どうしていつも、私を置いていくの?」 「・・・どういう、意味だ?」 「あなたは、卑怯よ。自分だけ楽になろうなんて。 私だってどれほど辛かったか、あなたへの想いを押さえてきたか・・・ 愛してるって叫び出しそうになる心を、どんな思いで無視してきたのか。 どれだけ辛くても、私はあなたと仕事を続けることを選んだわ。 私だって逃げたかった、逃げてあなたを忘れられるのなら、そうしたかった。 あなたは卑怯よ、裏切り者だわ」 僕は彼女の言葉が信じられなかった。 「ジル?今・・・・今なんて? 今、僕をずっと愛してきたと、そう言ったの? 僕の空耳じゃなく、そう、言ったの?」 ジリアンははらはら涙を零しながら、僕の隣に座った。 そして僕に向き直って、涙声で言った。 「言ったわ。あなたを愛してた、今だって愛してる。 ずっと隠してきたわ、あなたをどれだけ愛しても あなたはもう他の人のものだって言い聞かせて」 「どうして・・・・じゃあどうしてあの日、僕を拒んだ?」 あの日・・・あのゴールデングローブ賞の日。 あの日君が僕を受け入れてくれてさえいれば、 お互いここまで苦しまずに済んだはずなのに。 ジリアンは睫毛を伏せた。 「怖かったのよ・・・またあんな辛い思いをするのが。 いつだって私ばかりが心配して、私ばかりが振り回されて。 あなたは自分の思うように生きて。 それを繰り返すのが、怖かった。 もうこんな最低な男、忘れようと何度も思ったわ。 でも、できなかった。 あなたを見るたび、どんなに忘れようとしたって 忘れられなかった。 あなたを嫌いになんて、なれるはずなかった・・・・ 嫌いになれたら、どんなに楽だったでしょうね。 それでも・・・・あなたを愛さずには、いられなかった。 あなたは私のことなんて少しも思っていないと解っていても、 あなたは幸せな家庭があると何度言い聞かせてみても、 憎らしいほど、あなたが愛しかった」 僕はジリアンの頬に手を当てた。 彼女は僕の手を自分の手に重ねて、愛しそうに目を閉じてから 何かを振り切るようにもう一度目を開けた。 「・・・・こんなこと言っても、何の解決にもならないわね。 あなたには家庭があるし、もうすぐXFも辞める。 そうね、これが一番いいのかもしれないわ。 あの授賞式の日、あなたを受け入れていれば良かったのかもしれない。 でももう遅いのよ。お互い愛し合っていると気付いても、 もう遅すぎる。いまさら全てを捨ててなんて・・・無理だわ」 最後は涙で声にならなかった。ジリアンはそのまま、 足早に今度こそ部屋を出ていこうとした。 僕は彼女の肩を引き寄せ、抱きしめた。 その時、何かが弾ける音を僕は聞いた。 今まで感じないように、思い出さないように、 心の奥底に閉じ込めていた想いが、殻を突き破って 真っ直ぐに彼女へと向かうその音を、僕は聞いた。 彼女を離すなと、本能が僕に告げた。 もう何も惜しくないと、僕は思った。 彼女さえいれば。 僕は彼女の小さな体を抱きしめて、夢中で言った。 「逃がさないよ、ジル。君の気持ちが分かったから。 僕が君と別れてから今日までの長い時間、 どれだけ君を想って焦がれていたと思う? 本当に、君は大女優だよ。 そんな想いを億尾にも出さずに、僕に接してきたんだから。 僕は、君が僕のことなんてちっとも愛してないと思って、 どんどん自分を貶めていったんだ。 君を想う気持ちは日増しに強くなるのに、 僕には家庭があって、君にも家庭があって 何より君は僕を愛していないと思っていた。 だから僕はただ、君から逃げようと、そう思った。 それがどんなに、卑怯だとしても、そうするしかなかった・・・」 僕の言葉を遮るように、ジリアンは僕を強く抱きしめた。 僕のシャツが彼女の涙を吸い取って、柔らかく濡れた。 「でも、もう僕は偽らないよ。 君から気持ちをもらったから、もう偽らない。 遅すぎるなんてことはないんだ、ジル。 お互いの気持ちを知って、それでも知らんふりができるなら その人は心がないのと同じだ。 君を愛している、誰よりも。 ジル、お願い、今度こそ拒まないで」 僕の胸に顔を埋めたまま、彼女は囁く。 「デビッド・・・お願い、一つだけ教えて。 今私は、夢を見ているのかしら? あなたも私を愛してくれていたというのは、現実のこと?」 僕は彼女の顔を覗き込んで言った。 「つねってみるかい?」 彼女が微笑む。 「信じていいの?全て真実だと、信じていいの?」 まるで子供のように何度も訊ねる彼女の瞳の奥を、僕は覗き込む。 「僕らはどれほど長い回り道をしていたんだろうね。 モルダーとスカリーにさえ、笑われてしまうかもしれない。 でも、僕を信じて。 今まで自分のしてきたことを考えたら、平気な顔で言える セリフじゃないことは分かってるけど。 信じて欲しい。何にかけてもいい。君が望むなら、 僕の全てにかけて誓うよ。君だけを愛している」 ジリアンは涙で濡れた頬を拭って、綺麗な笑みを浮かべた。 僕は思わずそれに見とれる。 「この台詞をあなたに言える日が来るなんて、思わなかったわ。 デビッド・・・私あなたを・・・」 僕はジリアンの唇に人差し指を当てた。 赤く頬を腫らした彼女に夢中でくちづけたあの日のように。 「それ以上言わないで。そのセリフは僕が言うんだ。 何度だって言わせてくれ。僕の想いを表し尽くすことなんて 到底できないけど、それでも言わせてくれ。 君を愛してる、出会った日から今日まで、君だけを。 どんな女性を抱いていた時も、ティアの指にリングを はめた時でさえ、君を愛していた。 君は僕を卑怯だと思うだろうね、でも、 君になら責められてもいい。君になら裁かれていい。 君のくれる罰なら、何でも受けるよ。 君がくれるなら、毒だって喜んで飲むだろう」 ジリアンはこれ以上ないほどに優しい瞳で僕を見た。 微かに首を振って、泣き笑いの表情になる。 「デビッド・・・私の長くて辛かった日々は、 今のあなたの言葉で全て消えたわ。 私を喜ばせるのも哀しませるのも、あなたにしかできないことよ。 愛してる、愛してるわデビッド。 なんて素敵な言葉なの。本当に言いたい言葉は ずっと言えなくて、心と反対の言葉ばかりだったのに。 本当に言いたい言葉を本当に言いたい人に言えるのは、 なんて素敵なことなの、ねえデビッド。 愛してるわ。 あなたほど愛した人はいない。 今までも、これからも」 神よ、どうかこのひとときが夢でないと言ってくれ。 怖いんだ。まばたきした次の瞬間には彼女が消えていそうで、怖いんだ。 だからどうか、これは現実だと、そう僕に証明してくれ。 僕はジリアンが消えてしまわないように、腕の中に閉じ込めた。 そして彼女の赤い髪に顔を埋めて言った。 「君に会うまでは、僕は小さい男だった。 ちっぽけなプライドにしがみついて、変に自信たっぷりで、 人のことを少しも考えない最低な奴だった。 君が、僕を変えたんだ。君が僕を一人の男にしてくれた。 人を思う気持ちの奥深さや美しさを教えてくれたのは君だ。 君のいない世界なんて、僕には耐えられない。 ・・・結婚しよう、ジル。君以外は愛せそうにない。 何を失ったって構わない、君さえいればいい。 僕のキャリアも体面も、そんなことどうだっていい。 ねえジル、僕は誰に嫌われたって平気なんだ。 君さえ側にいてくれたら、僕の生きる意味はそこにあるんだ」 君の瞳が、何度も僕の罪を赦してくれる。 僕は今までの愚かさが、君の美しい清らかさによって 浄化されて行くのを感じた。 そして今度こそ、深くて甘いくちづけをする。 まるで時間が止まったかのように、君だけが僕の意識に在る。 ジリアンは唇を離して、窺うように僕を見た。 「ねえ・・・疑い深い女だって・・・呆れるかもしれないけれど・・・ あなたを信じて、いいの? あなたを愛しているわ。でも心の半分が、ブレーキをかけていることも事実なの。 私達が想いを結べば、傷つく人がいるっていうことが、 私を引き止めるのよ・・・」 僕は自分の妻のことを思った。 そしてその次に、自分の娘とジリアンの娘のことを思った。 「ティアのことだね。言っただろう。僕はもう偽らない。 このまま偽りの結婚を続けることに、何の意味がある? ねえジル、これ以上もう抑えないで。 誰も傷つけないなんて、不可能なんだ。 誰にもいい顔なんて、できやしないよ。 僕たちが一緒になることは、それ程重くて覚悟のいることだ。 きっとたくさんの人を巻き込んで、迷惑をかけたり ひどく傷つけたりするかもしれない。 僕や君の娘も、傷つけるだろう。 でも、もう嘘はつきたくないんだ。何かのために君を諦めたくない。 君も僕を愛していると知った以上、もう諦めるなんて無理だ。 もう君を想うあまり愚かになる自分を見たくない。 僕は恐れないよ。もう何も怖くない。 君からもらった気持ちが、ここにあるからね。 だからお願いだ、もう自分を犠牲にしないで。 僕と約束しただろう?幸せになるって。 その約束を守ってくれ。僕が君を幸せにする。 ・・・さあ行こうジル」 「どこへ?」 「僕の想いを、証明しに」 To be continued やああっと、思いを通じ合わせましたね、この人たち。 かなり無理矢理っていう感はすごくありますが。 しかしこの章は・・・こっぱずかしいですね。 メロドラマ一直線でしかも シェイクスピアみたいに長々したセリフばっかで。 胃もたれしてしまった人、ごめんなさい。 次でついに終わります。