このお話は、作者の純粋な楽しみのために書かれたものであり、 作中の登場人物や設定は、実際のものとは全く関係ありません。 また、彼らにまつわる著作権やプライバシーを侵害するために作ったものでもありません。 爪痕 abp ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 第二章 迷路 一人の人だけを愛して。 そう言われても、愛すべき相手はもう、人のものだ。 彼女以外は、愛せない。 それでも、夜は長く、淋しい。 僕は温もりを求めて、また逢瀬を繰り返す。 哀しい、虚しい繰り返し。 僕と彼女は、前のように仲のいい仕事仲間に戻った。 彼女は前のように屈託のない笑顔を向けてくる。 僕もそれに応えて笑い返す。 今日の僕は、ちゃんと笑えていたかい? 不自然じゃなかった? 想いが出てしまっていなかった? 毎晩、そうやってその日の自分を思い返す。 そうしているうちに、何とも辛くなって、 僕は思わず電話をしてしまう。 名前すらうろ覚えの女性たちに。 温もりだけを僕にくれ。 それ以外はいらない。 彼女じゃないと、そんなの意味ないから。 そんな自堕落な毎日を続けていたある日。 ジリアンが、僕のトレイラーを訪ねた。 僕は高鳴る気持ちを押さえて、紳士的に彼女を迎え入れた。 彼女は少し神経質になっているように見えた。 「どうした、ジル?何か悩みでも?」 彼女の口から出るはずもない言葉を期待しながら、僕は訊ねた。 しかし返ってきたのは、残酷な事実。 「妊娠したみたいなの・・・・・・」 僕はハンマーで殴られたような衝撃を受けた。 奴の子か。 少しでも、自分の子であればと考えた自分を呪った。 そんなはずはないのに。 彼女は奴と幸せに暮らしている。 「そうか・・・おめでとう」 僕は自分の理性を総動員して 笑顔を浮かべてそう、言った。 ジリアンは、喜びと不安の入り交じった 複雑な表情で僕を見つめた。 「誰にも言わないで。 もしかしたら、私、ショウを降ろされるかもしれない。 そんなの嫌なの・・・降ろされたくないの。」 「そうか・・・分かった。 君が自分で言うまでは、誰にも言わない。 でもジル、いつかは言わなきゃならないよ。 その時になったら、僕も君を降ろさせないように、 なんとか解決策を見つけられるように、力になる。 クリスと話し合って、ちゃんとうまく行くようにするから」 物分かりのいい友人として、彼女を抱きしめる。 彼女は目を閉じて、僕の腕にもたれている。 微かに震える彼女の睫毛を見ながら、 僕は抗いがたい気持ちが溢れるのを感じた。 このまま、さらってしまえればいいのに。 そして彼女と僕と彼女の子供と、ずっと暮らして行けたら。 不毛な考えを抱いたまま、僕は彼女の額にキスし、 そっと彼女を解放した。 「デビッド・・・ありがとう。本当に感謝してるわ。 最初にあなたに言って良かった・・・」 その瞳に、僕への昔の想いは少しも滲んでいなかった。 僕はそんな当たり前のことに少し傷つきながら、 ありったけの思いを込めて、優しく呟いた。 「きっと全てうまく行くよ・・・・ジリアン」 彼女は可愛い女の子を産んだ。 ジリアンが恐れていたような事態にはならずに。 僕とクリスは話し合い、彼女の妊娠、出産でできた穴を 新しいストーリー展開に変換させることにした。 そしてそれは成功し、ショウの今後を大きくプラスの方向に作用した。 僕は彼女が撮影現場に天使のような女の子を連れてくるのを 嬉しいような哀しいような、複雑な思いで見ていた。 パイパーと名づけられたその子は、僕にもよくなついてくれた。 僕とパイパーは撮影の合間によく遊んだ。 天使のような笑顔で僕に抱きついてくるパイパーを、 ジリアンも笑顔で見守っていた。 彼女の子だと思うと、可愛くて仕方なかった。 この子が僕の子だったら、どんなにいいだろう。 そんな不埒なことさえ、考えたりして。 彼女はしあわせそうだった。 娘を授かり、愛する夫がいて。 でも僕は、誰もいなかった、孤独だった。 当時付き合っている女性がいるにはいたが、 彼女の計算高い一面が見え隠れするたび、 僕はもう勘弁してくれと神に祈りたくなった。 それでも別れなかったのは、もちろん寂しさを紛らわせるためでもあったが、 何よりジリアンに、僕だって幸せなんだと思わせたかったから。 君に負けないくらい、僕だって幸せなんだよ。 信じてほしい。 でも、信じてほしくない。 恐ろしいほどの矛盾の渦の中で、僕はあがき続けた。 to be continued