このお話は、作者の純粋な楽しみのために書かれたものであり、 作中の登場人物や設定は、実際のものとは全く関係ありません。 また、彼らにまつわる著作権やプライバシーを侵害するために作ったものでもありません。 爪跡 abp 第六章 恋慕 デビッドは私に何も言わずに結婚してしまった。 そして今、ティアは彼の子を宿している。 傍目から見ても、彼はしあわせそうだった。 もうあのゴールデングローブ賞の日のことなんて、憶えてもいないだろう。 自分で拒絶した想いが、今ごろ私を責めたてる。 こんなに苦しいのなら、どうしてあの時彼の想いを受け止めなかったのか、 そういって責めたてる。 あのひとは、モルダーと同じように、私を翻弄してばかりだ。 私を好きだと言ったと思えば、もう違う人と家庭を築いている。 前に進んでいる。 私はいつも同じ場所にうずくまっていて、彼と別れた日から 一歩も前に進めない。 彼への想いが邪魔して、前へ進めない。 彼を忘れようと心に誓っても、毎日のように仕事で顔を合わすのに、 どうして忘れられるのだろう。 雑誌の撮影で恋人のように抱き合って、どうして平気でいれるだろう。 そしてその彼はもう人のものなのに、どうして笑顔を作れるだろう。 私は知らず知らずのうちに、彼と距離を置くようになった。 撮影が終わると、ほとんど言葉も交わさなかった。 彼はいつもなにか言いたげに私を見たけれど、私は気付かぬ振りで 彼の前から逃げた。 そんな私達を、マスコミは不仲だと書き立てた。 インタビューでもそればかり聞かれた。 私はそんな時いつも、彼とはプロフェッショナルな関係なのだと強調した。 そしてそれは本当だった。今や私達はそれ以上でもそれ以下の関係でもない。 私達は、終わったのだ。とっくの昔に。 想いを引きずっているのは、私だけ。 彼を忘れようと、色んな人と付き合った。 そして今付き合っている人は、共演したことのある俳優だった。 パイパーは彼を好きではなかった。 でも、彼はデビッドを忘れさせてくれるかも知れない人なのだ。 私は彼が、神様のように思えた。 彼と肌を合わせる時、私には彼がデビッドに思える。 そんなことは彼には言えないけれど。 息が上がり彼に夢中でしがみつくと、思わず違う名を呼びそうになる。 随分長い間、想い焦がれつづけた名前を、デビッドと言う名前を。 数年前、ちょうどそうしたように、彼の背中に爪を立てそうになる。 そんな時、私は恐ろしさのあまり一瞬、理性が戻ってくるのを感じる。 他の人に抱かれているときに、そんな事を考えるなんて。 デビッドのことを考えたらもう、さっきまでのように燃え上がれない。 私は彼に酔いしれている演技をしなくてはならないのだ。 誰と付き合っても、デビッドは私の心から出ていってくれない。 たとえ彼から遠く離れたところに行ったとしても、この想いは消えないだろう。 こんな事が一生続いたら、私は気が狂ってしまうかもしれない。 どうしよう・・・・ ある賞の授賞式に、恋人と一緒に行った時のこと。 私は人ごみの中に、デビッドを見つけた。 私は恋人と一緒に、彼に近づいた。 少しだけ、胸が高鳴った。 背の高いデビッドは頭一つだけ、人ごみから飛び出している。 誰かに向かって話し掛けている彼の方へ、歩いて行く。 「デビッド」 そう声を掛けると、彼はこちらを向いた。 彼の柔らかい笑みが私を捕らえる。 「ジル!探してたんだ、こっちへ来て」 ああ、なんだか本当に久しぶりに、彼とこうして話す気がする・・・ 人ごみを掻き分け、彼の前に立つ。 一瞬、心臓が止まるかと思った。 彼の横には、美しい彼の妻が寄り添っていたから。 私の顔がこわばったのに、気付かれただろうか。 デビッドは私の横にいる恋人を見て言った。 「やあジル、彼は君の彼氏かい?」 「ええ。・・・デビッドよ」 そう言って私はデビッドを恋人に紹介した。 彼はデビッドに握手を求めた。 「はじめまして、デビッド」 デビッドもそれに応える。 「はじめまして。美男美女でお似合いだね」 そう言ってデビッドは微かに笑った。 私は複雑な気持ちで、ティアを見た。 「デビッド、奥様を紹介してくださる?」 「ああ、ティアだ、初めてだったかな」 「ええ。はじめまして、ティア。ジリアンよ」 ティアは邪気のない笑顔で私を見た。 「はじめまして、お会いできて嬉しいわ。 私よりずっと長く彼を知ってる先輩として、色々教えてちょうだい」 そう言って、美しい笑みで右手を差し出す。 私も笑みを作って、彼女の手を握り返した。 スラリとして気品があって、意志の強そうな瞳。 彼が私とまるで違うタイプの彼女を選んだことに、 自分でも驚くほどに心が痛んだ。 デビッドは、握手を交わす私達を、穏やかな笑顔で見守っていた。 「じゃあ、またあとで。授賞式で会おう」 そう言ってデビッドは、ティアの肩を抱いて歩いて行った。 「綺麗な奥さんだな」 私の肩を抱きながら、恋人は言った。 「そうね・・・」 「でもオレなら、君を選ぶな」 「ありがとう。でもデビッドはああいう女性が好みなのよ」 言ってしまってからこれではまるで嫉妬だと、息を呑んだ。 でも彼は気にするふうもなく、デビッド達の去った方を見ていた。 授賞式で、私は賞をもらった。 私の名前が呼ばれると、近くに座っていたデビッドは嬉しそうに立ち上がった。 私は恋人にキスする間もなく、彼に強引に手を引かれた。 彼は私の近くに来ると、耳の側でおめでとう、と言った。 そして限りなく唇に近い場所に、キスをした。 私は彼への想いがこみ上げてくるのを感じたけれど、それを抑えて、 ありがとう、と彼に微笑んだ。 私が涙ぐんでいたのを、皆は受賞した嬉しさと勘違いしてくれただろう。 デビッドでさえも、そう思っただろう。 帰りの車の中で、恋人が私に言った。 「今日のデビッドとのキスは、ちょっと妬けたな」 「どうして?」 「だってオレにキスしようとしてた君を強引に引き寄せて、 あんな唇に近い場所にキスしたんだ。誰だって誤解するさ」 「そんなことないわよ。彼は昔から感激屋だから、 きっと嬉しかっただけで、周りが見えなかったのよ」 「だといいけど」 「どういう意味?」 「あいつの目はどう見ても君に恋する瞳だったってことさ」 「バカ言わないで。結婚してもうすぐ子供も産まれるのよ、そんなわけないでしょう」 「君はどうなんだ」 だんだん彼の目が熱を帯びてくるのが分かる。 私は平静を装った。 「私がどうだっていうの?」 「好きなんじゃないのか、あの男が。君達はこれだけ長い間 一緒に仕事してきたんだ。恋が芽生えたって不思議じゃない」 「どうしてそんなに疑うの?私が信じられないの!?」 私が思わず声を荒らげると、彼は怒ったように言った。 「じゃあ言わせてもらうが、君が時々寝言で奴の名前を呼んでること、 セックスの最中にだって奴の名前を呼びそうになってること、 オレが気付かないとでも思ってるのか!?」 私は驚きのあまり言葉を失った。 「何も言わないのは肯定か?あいつを愛してるのか? あいつと寝たのか?あいつのセックスは、オレより良いのか? あんな軟弱な顔したやつが?」 「いい加減にして!!」 私は思わず、彼の頬を張っていた。 「これ以上彼を侮辱するようなことを言わないで! 言ったらただじゃおかないわ、たとえあなたでも!!」 そう言った途端、彼に物凄い力で殴られた。 私はリムジンの端まで飛ばされ、酷く頭を打った。 クラクラする頭を抱えながら、信じられない気持ちで彼を見た。 「な・・・んてことするの・・・殴るなんて」 彼は怒りに燃えた瞳で私を見た。 「君がオレを殴るからだ。まるであの男をかばうようなことを 言うからだ」 「あの男だなんて言わないで。デビッドのことをこれ以上悪く言わないで。 降りて、今すぐ車から降りて!ねえ、止めてちょうだい!」 最後は運転手に向かって言うと、車は静かに止まった。 私はドアを開けて、彼を車から押し出した。 「ジリアン、オレは・・・」 彼が車の中を覗き込むように見た。 「もう終わりよ、二度と私の前に顔を見せないで」 そう言って私はリムジンのドアを閉めた。 彼は何も言わず佇んでいる。 「・・・出していいですか?」 遠慮がちな気遣うような声が、運転席から聞こえてきた。 私はその声に少し励まされた気がして、涙を拭いて答えた。 「ええ、出してちょうだい」 家へ帰って鏡を見ると、右の頬が赤く腫れていた。 明日は撮影があるのに・・・。 とりあえず頬を氷で冷しながら、ベッドに入った。 昔ならこんな時、デビッドに電話することができたのに。 そして彼はいつもすぐに、飛んで来てくれたのに。 今彼はきっと、あの美しい妻とともに、幸せな眠りに就いているだろう。 どこへも行きつかない想いだけが胸を締め付けて、 私は明け方まで、眠れなかった。 To be continued うわーーん、終われないよう。 いつまで続くんだろう・・・ そんでジリアンがいくらなんでもかわいそう。 GAファンの方、ごめんなさい!! こんなうざい話を読んでくださってる方がいるのだろうか・・・ いつになるかわかりませんが、納得の行く結末にしてみせますので どうかどうか、もう少しご辛抱ください。 verytime@infosea.zzn.com