このお話は、作者の純粋な楽しみのために書かれたものであり、 作中の登場人物や設定は、実際のものとは全く関係ありません。 また、彼らにまつわる著作権やプライバシーを侵害するために作ったものでもありません。 爪痕 abp ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 第九章 矛盾 デビッドが、辞める? XFを? 今まで追い求めてきた真実の行方や、 スカリーと築いてきた愛情の結実や、 誰もが納得の行くラストや。 そう言ったものを全て捨てて、辞める? 彼が去れば、彼だけが去れば、どうなるかは 火を見るよりも明らかだ。 悔しいけれど、モルダー捜査官のキャラクターの魅力が この番組をここまで成長させた。 漂々とした表情で真実を追い求める フォックス・モルダーが、XFをここまで大きくした。 彼の魅力あるキャラクターに誰もが惹かれた。 もちろん、スカリーも貢献した。 彼女の冷徹なまでの理性と知性は、モルダーとの対比で 美しく強調され、番組を彩った。 彼女の隠された情の深さに感銘を受けた人も多いだろう。 また、モルダーとスカリーが恋愛関係に発展するかどうかは きっとXFの真実の一つでもあるのだろう。 でも、やはり彼なのだ。 彼の持つ存在感が、この番組の中枢なのだ。 モルダーという、愛すべきキャラクターが。 番組は彼中心に回っていて、彼が抜けたら きっとふ抜けのように哀しいものになるだろう。 私はデビッド降板の話を聞いたとき、怒りより驚きより 哀しみだけが、心を通り抜けるのを感じた。 私個人だけならまだしも、番組までが 彼に振り回されていることを知った。 彼のふてぶてしいまでの野心が、ここまで積み上げてきたものを 一瞬にして壊してしまうのだ。 彼にとって、XFとは、その程度のものなのだ。 俳優としての責任などは、きっと微塵もないのだろう。 ただひたすら前だけを見て進む彼の自信や野心が、 今ほど憎らしいときはなかった。 もちろん彼のキャリアのために、XFを辞めるのはきっと妥当だ。 これから映画俳優として成功するためにも。 けれど、こんな風に辞める必要がどこにあるだろう? こんな風に色んな人を傷付けて。 悔しい。悔しい。 私はXFを大事に思っている。 私をここまで成長させてくれたのはこの番組だ。 デビッドに出会ったことも、恋したことも スカリーという一つの役柄を長い時間を掛けて作り上げたことも 私の人生の中で、決して無駄ではなかった。 なのに、デビッドはそれを否定するのだ。 まるで最初からなかったかのように、彼にとっての足枷のように 彼は番組を捨てるのだ。 まるで、玄関に敷かれているマットと同じくらい 彼にとっては、XFなどどうでもいいことなのだ。 それどころか、きっともう邪魔でしかないのだろう。 きっと、私の存在も。 公私にわたって私をこれほどまでに傷つけた男が、他にいるだろうか。 これほど侮辱されたことが、今まであっただろうか。 私ばかりが振り回される。私ばかりが悩まされる。 彼を愛しても、彼は鳥のように逃げてしまった。 そして仕事でも、また。 枯れることない涙の味を私は、一晩中味わった。 泣いても泣いても、涙は止まらなかった。 こんなに傷つくなら、愛さなければ良かった。 こんなに辛いなら、最初からXFなどに出なければ良かった。 けれど、もうそれは起こってしまったことなのだ。 私は彼と出会い、この番組と出会い、成長した。 たとえ結果がこんなに辛いもので終わっても。 私を踏み付けにして進んで行くデビッドが、憎くて仕方ない。 憎くて憎くて、死ぬほど憎くて・・・ そして、苦しいほどに愛している。 彼を嫌いになれたら、どんなに楽だろう。 その日は私は、撮影がなかった。 暗い部屋でまるでさなぎのように丸まって、じっと 暮れて行く空を眺めていた。 今までの自分がすべて、崩れていくようだった。 何度、彼に裏切られるのだろう。 何度、彼を憎く思うのだろう。 けれどどれほど憎く思っても、本当には憎めない。 こんな酷い仕打ちをされても、彼を憎めない。 今でもこんなに、愛している。 情けないほどに、彼を愛している。 それなのに・・・・ 心の中はもう、ぐちゃぐちゃだった。 気付けば私は上着を羽織り、車のキーを持っていた。 そして、彼のいる撮影現場へと向かっていた。 この想いに決着をつけるために。 To be continued