貴方が私から遠ざかってく姿なんて見たくないの。
だから目を閉じて、耳を塞いで、思考を止めて……。
誰も私に声掛けないで。
「しらんぷり」
ここの所、毎日華泰に会ってる。
それは本当だったら嬉しいことのはずだった。少なくともその目が私に向けられていればの話。
華泰が「会ってる」のは、ルリ様。私じゃない。
目の前でルリ様に話し掛けてる華泰を見て確信する。
華泰は変わった。
一番変わったのは瞳だ。
前は………前はもっと生き生きしてたはずだ。
高い理想と、理念でもってその瞳は力に満ちていた。だけど今は何かに憑りつかれたような、どこも見ていない瞳をしてる。
(何故?)
ルリ様に何か特別な力があるのだろうか。
(私を見て)
白龍が何かしたのだろうか。
(私の声を聞いて)
赤に白龍の事を調べてもらっても何も分からなかった。
(私の気持ちを分かって)
今が、一番貴方が公司に必要な時なのよ。
「私を…………」
「チェルシー」
無機質で威圧感を多分に含んだ、それでいて微笑をたたえている顔を連想させる一言。はっと目を見開いてチェルシーは慌てて返答する。
「はい」
自分の心の声を聞かれてしまったのではないかと、有り得ないことを想像させる真紅の瞳。
「オレはもう行く。サラサのことは頼んだぞ」
「はい……」
もう一言。お願いもう一言。
何か言って……華泰…。
「そうだ、チェルシー」
扉を閉じかけた背中が、何かを思い出したように動きを止め振り向く。
「なっ、何ですか? 華泰様」
鼓動がうるさい。聞かれてはいないかと心配するほど……。
「サラサの外出許可を取ったそうだな。サラサにとって外は危険だ。いつ反逆分子が襲ってくるかどうか分からない。お前がいる限り大丈夫だとは思うが、最大限注意してくれ」
「……はい」
チェルシーは顔を上げ、華泰を真っ直ぐ見つめると微笑を浮かべた。
「このチェルシー・ローレックが付いてる限り、ルリ様には怪我一つさせませんよ」
華泰は安心したように少し笑うと、
「任せたぞ」
そう言って出て行った。
華泰の気配が完全に消えて行くまで、チェルシーは動かなかった。
いや、動けなかった。
「馬鹿ね、あれぐらいで嬉しくなるなんて……。ホント、馬鹿」
華泰が「私」を見て笑ってくれた。
それだけでこんなに嬉しくなるなんて。
「………っ」
溢れる涙をどうしても止めることが出来なかった。こんな所をルリ様に見せたくなかった。
それはルリ様のためというよりも、自分のプライドのためだったのかも知れない。
「ルリ様、私、少し出かけてきます。すぐ…戻ってきま……っ」
言葉は最後まで紡げなかった。
だってその言葉を向けていた相手が、彼女を後ろから抱きしめたから……。
チェルシーは、自分の中の何かが砕け、弾けとんだ気がした。
「大丈夫です。大丈夫」
チェルシーはルリの小さな頭を優しく抱いた。
「心配してくれたのですね……。有難うございます」
相変わらずルリの感情はあまり伝わっては来なかったけど。心の中は不安で一杯だけれど。
私は、この小さな少女を守る為だけに生きよう。
ただそれだけの為に強くあろう。
この少女を守れるのは自分だけだから。
だから…………大丈夫…。
私は変われるわ。
目を閉じて、耳を塞いで、思考を止めて……
華泰、貴方のことはしらんぷり。
ふとした瞬間、不意打ちのように素直な顔を見せるチェルシーが大好きです。