伸ばした髪は願掛けのつもりだったのか。
それともただ、切り落とすのが億劫だったのか。
どちらでも構わない。
どちらにしても、真っすぐ伸びた黄金の髪は眩しいほどに美しかった。
「伸び過ぎた髪」
押し開いた扉の向こうは、そこだけ外界からの喧騒に隔絶されたかのような静寂に満ちていた。
赤い髪の男は、白い部屋のなかへ身を入れると静かに扉を閉めた。閉め切ると、無音だと思っていた部屋のなかに本当にかすかな呼吸の音が聞こえる。その音だけが唯一、部屋の住人の生存を確かにさせるものだった。
並んだベッドの片方に目を落とせば、真っ白なシーツに見事な金髪が広がっている。開けば翡翠の色が見えるはずの瞳は、もう二日のあいだ固く閉じられたままだ。ゆるく上下する胸を見なければ、死んでいると勘違いしそうなほど少女の体に動きは無い。
「ローレック、あまり心配させてくれるな」
無愛想に呟かれた言葉のなかに、見落としてしまいそうなほどかすかな感情が含まれていた。
二日前にこの少女の姿を見たとき、これは都合の良い幻だと思った。
地下空洞から唯一生きて帰ってきた風使い、浅葱留美奈は丸一日沈黙を守ったのちにぽつぽつと詳細を語った。
命の巫女ルリ・サラサの選択と、かつての指導者華秦との戦い、すべての黒幕であった白龍の末路、そして何もかもを投げ出して白龍を道連れに逝ってしまったチェルシー・ローレックの最期。
自分は全てが遅すぎた。
全てに間に合わなかった。
あの日、自分を一喝したチェルシー・ローレック。あの燃えるような姿が、自分が見た最後の彼女の姿などと思いたくはなかった。
地下世界に残って事の収集に奔走していた崇神だとて同じ気持ちだったろう。だが、自分も彼もそれを表に出したりなどしなかった。ただ、振り切るために黙々と作業に徹していたのだ。
そうして風使いたちが地上へ帰ってしばらくたったころ、地下空洞近くで作業していた師兵たちが血相を変えて本部の赤のもとへ駆け込んできた。断片的に「ローレック」という言葉を聞くなり赤は誰よりも早く飛び出していった。
遠目にもはっきりと分かる金髪の少女の肩には瑠璃色の髪の少女が背負われていて、彼女は赤の姿を見とめるなりその場に崩れ折れた。
赤が慌てて駆け寄ると、彼女は師兵がどれだけ言っても離さなかった背中の少女を「頼む」と一言言って意識を手放したのだ。
後のことなどなにも考えずに、まだ荒れているこの地下世界で、自分の命よりも大切な少女を「頼む」と言って眠りについてしまったチェルシー・ローレックをその手に受け止めたとき、赤は不覚にも泣きそうになった自分を必死で抑えた。
この戦いで多くのものが失われたのだけれど、それでも変わらず存在するものがあったことに気づいたのだ。
チェルシーはそのとき眠ったきり、一度も目を覚まさない。
数少ない貴重な医者に無理を言ってチェルシーと巫女の容態を見てもらったが、なにも異常はないということだ。ただチェルシーのほうは疲労の度合いが強いという診断がなされた。
眠りつづけているのは体が静養を必要としているから、という単純なその理由にやるせない気持ちになる。
「ローレック……」
固く閉ざされたまぶたに呟きを落とす。
白いシーツに広がった金糸。
透けるような頬。なにも紡がない口。動かぬ手。
「頼む。ローレック、早く起きろ。……俺は、動いているお前が見たいんだ」
黄金の、その伸びすぎた髪が、自分と彼女が生きてきた歳月を示している。
自分と彼女との道が、分かたれた時からの歳月が。
その道が、ふたたび交わることができるのかどうかは、開いたその翡翠の瞳にかかっていた。
しばらくぶりに書いたTUGだったので本調子でず。
赤が赤じゃないような気がしてならず。
話の流れでチェルシーが起きてくれず。