友でもなく、恋人でもなく……同じ未来を夢見る一人の同志として。
俺はお前の身を、心を、たぶん誰よりも案じているんだ。

「か細い指先」

 長い長い静かな廊下。色の抜け落ちたような無機質なその廊下の遥か向こうに、よく見知った金色が揺れていた。
 遠目でも、例えば彼女が群衆の中にあっても、その金髪の持ち主を彼が間違えることは決してない。
 腰まである長い金色の髪は歩くたびにさらさらと背中を撫ぜ、すれ違う多くの者が振り返っていくのを彼女は知っているのだろうかと、赤はふと思った。
 不意に彼女、チェルシー・ローレックが顔を上げ、その瞳に同士の姿を見とめて軽く笑む。
「……久しぶり?」
「………ああ」
 問うような挨拶に、赤はいつも通りの調子で答えた。何か気の利いたことを言ってやりたい気もするが、あいにく彼の辞書にはそういった類いの言葉は載っていなかった。そんな赤の逡巡など全く気付かない様子で、チェルシーは立ち止まる。
 一瞬の空白の時間のあと、金髪の彼女の視線が窓の外へ向かった。両の瞳にはさっきまでの気軽さは微塵も含まれておらず、代わりに射るような鋭い光が宿っている。
「何か分かった?」
 思わず見とれてしまうほどの強い意志をたたえた横顔に、赤は束の間我を忘れて息を詰めた。
「…………いや」
 掠れた声を喉から出す。自身もチェルシーと同じように窓の外を見やって続く言葉を探した。
「公司の閲覧可能なデータバンクに白龍に関する情報は何一つ載ってない。俺の権限をもってしてもこの有様ということは、意図的に隠されているのは確実だが……」
 己の不甲斐なさに、赤はそれ以上言うべきものを見つけられない。
 そう、と小さく呟くチェルシーの体中が、落胆の色を呈していて。堪らず視界から彼女を追い出すようにして目を閉じた。
「ありがと」
 短く呟かれたその言葉に、閉じた双眸を思わず開く。
 さっきまでの落ち込みは綺麗に消え、チェルシーは口元に笑みさえ浮かべていた。
 本来なら安堵する所なのかも知れない。しかし赤は言いようのない寂しさと焦燥を感じて口を開く。開きかけた口から言葉が漏れる前に少女の力強い声が響く。
「私がもう少し手伝えれば良いんだけどね。……今も、華泰が来て、少し、時間をもらっただけだから」
「……そうか」
 少し前ならば華泰の話題に触れるだけで壊れそうな表情をしていた彼女が、言葉に詰まりながらもしっかりと話している様子を見ると、嬉しさと同時に物寂しい気分に襲われる。
 そんな気持ちになる自分に動揺しながらも、赤は顔には微塵も出さなかった。

「じゃあ、そろそろ行くわ。私も空いた時間で調べるけど、あんたも引き続きお願いね」

 そう言って身を翻した彼女の手を、とっさに赤の右手が掴んでいた。
 誰よりも驚いていたのは引き止めた赤自身で、細い手首を掴んだ彼の手にチェルシーの金髪が触れる。
「なっ、何っ!?」
 目を見開いて振り返ったチェルシーが小さく叫ぶ。
 その顔を直視できず俯いた赤の両目は少女の細い手を映した。

「………傷だらけだな」

 男の彼よりずっと細い指先にまで消えない傷が残っている。本来ならか細く頼りなくて良いはずの少女の手は、細いながらも傷にまみれてそこにあった。
 意図せず引き止めた理由をその傷へ転嫁てんかさせた赤は彼女の手首を解放した。
 束縛を解かれたチェルシーの手がゆるゆると元の位置へ戻っていく。

「これからも、増えるわ」
「ああ……」

 自身の手に視線を落としながら、彼女は自嘲気味に笑った。
 同意を示しながらも赤の心にぎった不可解なもやは 消えることはない。
 今度こそ本当に去っていく少女の背中に揺れる金髪を視界に入れながら、赤は小さく溜め息をつく。

 傍にいて、守ってやれない自分があんな事を言う資格などなかったのだ。
 案じるだけで、何一つ実行に移すことの出来ない自分が、彼女の心配をする権利などあって良いはずがない。
 自由に動けないことが、これほど歯がゆかったことはない。
 昔はあんなに近くにいたのに。

 金髪が廊下の向こうへ消えていったのを確認して、赤もまたチェルシーとは反対側へ歩き始める。
 差し伸べられないもどかしい手を爪が食い込むほど握り締めて。

二次創作↑

本当に久しぶりのTUG更新。
原作が終わったことにあえてサイトではあまり触れませんでした。いやもう寂しいのなんのって。
好きな作品が最終回を迎える時に感じるあの物悲しい気持ちって大事にしたいです。
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