地下にいる者は、地上に強く憧れを抱く。それは時に恋情に近いものがあり……。
決して叶えられぬ願いを人は、例えばこういう形で訴える。

地上と同じ建造物に想いを託し……

「迷路」

 ぞろぞろと連れ立って歩いている面々は、どう考えても「遊園地」にそぐわぬ者達ばかりで。
「まさか本当に行く事になるとは……」
 思い切り呆れを含ませた声音が、赤の耳に届く。
「俺だとて同じ思いだ」
「えぇ、そうでしょうよ。あんたが一番似合ってない」
 ちらりと横を歩く赤を見やり、チェルシーが溜め息と共に呟く。
 その言葉を心外そうな表情で赤は受け取った。
「俺の前に、崇神がいるだろう、崇神が」
「崇神は"似合わない"の度を越しすぎて、逆に似合ってるわよ。ほら、むしろ職員に見えるじゃない。赤、あんたが一番微妙」
「似合っていると言われるのも嬉しくないが、もう少し言葉を選べ、ローレック」
 突然掛けられた背後からの声に、一瞬チェルシーが肩を揺らす。
 振り返った目線の先には、いつも通りの無表情で崇神が歩いていた。それよりもっと後ろの方にテイルがふてくされた様について来るのが見える。
「……前言撤回。やっぱ崇神が一番似合ってない」
「……………」
 眉をひそめた崇神と目が合う前に、チェルシーは再び向き直った。その視線の先には華泰がいる。
 そう、今回の「遊園地行き」を計画した張本人。公司最高権力者、華泰が。



「よし、やっと取れた」
 引き取りに来た書類を両手に抱え、挨拶もそこそこに退室しようとしたチェルシーを、華泰の嬉々とした声が止めた。言葉の主語を考えあぐねて、扉を蹴りあけた足を元に戻す。
 彼女の問いかけの視線を受け止め、華泰は悪戯っぽい表情で微笑んだ。
「休み。来週の日曜日、セントラルに新しく出来た遊園地に行こう」
「…………は?」
 何が取れたのかは分かった。だが、彼が何を提案しているのかが良く分からない。
 山と積み上がった書類に痺れる腕のことも忘れて、チェルシーは扉の前で立ち尽くす。
「大丈夫。お前の休みも取ったし、崇神、赤、テイルも何とかなるだろう」
 的外れな返答をその身に受け、やっと彼の言わんとすることを悟った。
「かっ…、華泰!? ちょっと、何考え――」
「ちゃんと私服着ろよ? 最近制服姿しか見てないもんなー」
「え、あっ、ちょっと待っ……………ってって、きゃあぁっ!!」
 あまりに突拍子もない提案への戸惑いが、そのままダイレクトに腕に伝わったらしい。
 無残にも崩れ落ちていこうとする書類を見ながら、拾うのは面倒だろうと、微妙にちぐはぐな考えをチェルシーは抱く。

「本当に、お前は何回書類をばら撒けば気が済むんだ」
「本当にな」
「せっ、赤……華泰も…」

 前と後ろと、両方から伸びてきた手に支えられて、紙の山は何とかチェルシーの両手に留まる。
 背後から抱きかかえられるようにして伸びてきた手は赤のものだ。その手が半分ほどの紙の束をひょいと取り上げる。
 残りの半分も華泰に取り上げられ、チェルシーの手には何も残っていなかった。
「………何もそこまですること…」
 無言で「おっちょこちょいだ」と言われている様で、ふてくされたようにチェルシーが呟く。

「せっかく処理しやすいように順番に重ねても、お前に渡したら意味がないな、ローレック」

 酷い言われようにばっと背後を仰ぎ見ると、そこには実務処理全般を引き受けている崇神がいて。確かに彼の言う通りなのだが、どうにも素直に謝る気にもなれず、チェルシーは無言のまま彼に道を譲った。

「本当にね。僕なら絶対落とさないよ」
「あんたは書類整理の仕事はしてないでしょ、テイル!」
「してたとしても落とさないね、絶対」
「どうかしら?あんた癇癪でも起こして書類びしょぬれにしちゃうんじゃない?」
「君と一緒にしないでもらいたいね!」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 早くも火花が散り出した両者の間を割って、静かな崇神の声が響く。
「暴れるのは自由だが、後片付けは自分たちでやるのを覚悟しろ」
 静かに、だが圧倒的な威圧感と拒否を許さない声音に、二人は睨み合ったまま冷や汗をたらす。どちらともなく目線を外し、顔を背ける。しかしそこにはさっきまでの余裕はなく、あるのは無表情の崇神への恐怖だった。
「で?華泰、俺達がここに集まっているのは偶然じゃないんだろう?」
 そうだ。偶然であるわけがない。
 ここ数ヶ月、誰も彼も忙しくて、彼らが一同に会することなど物理的に有り得ないことで。たまに誰かと会っても、それは仕事上のことであり、必要最低限なこと以外に言葉を交わすことなど何ヶ月ぶりだろうか。
 改めて自分たちの多忙さを思い知り、チェルシーの肩にどっと疲れが降りかかる。
 自室に持ち帰るはずだった書類は中央のテーブルの上に置かれている。彼女は手前のソファに腰掛けた。
「皆も座ってくれ、これから大事な話があるんだ」
 やはりさっきのは聞き違いだったのだ。そう自らに言い聞かせながら、どんなやっかいな仕事の話だろうかと僅かに体を強張らせる。
 それは他のメンバーも同じことで、この面々が収拾されるほどの大事な話とは、一体何事かと神妙な顔つきになった。
「まず始めに、聞いておかねばならんことがある」
 華泰が厳かに口を開く。
 その場に緊張が走った。

「この中に誰か、高所恐怖症の奴はいるか?」

 意外な彼の質問に、対応を遅らせながらも、皆が一様に首を振る。
 それを満足そうに華泰が見つめ、更に続ける。
「じゃあ乗り物酔いしやすい奴は?」
 全貌が見えてこない質問に戸惑う。
 疑問符を浮かべながらチェルシーが首を振ろうとした。
「あ、僕は結構酔う」
「………却下だ。堪えろ」
「え、あぁ…うん」
 切り捨てられたテイルの答えが、空しく宙に漂う。
 却下するのなら始めから聞くなと言ってやりたくなったが、辛うじて誰も突っ込まなかった。

「これが最後だ。この中に、自分はメルヘンが似合わないと思う奴はいるか!?」

 ますます混迷を極めた"大事な話"を推測する事はやめた。
 そして最後の問いに対する答えは皆同じ。

 「似合う奴はいない」

 誰一人としてメルヘンの似合う者がいないメンバーは、これから十日後、セントラルシティー唯一にして最大のテーマパークに行く事になる。

二次創作↑

このメンバーで遊園地に行ったら絶対に浮く。
巨大迷路に入ったみんなを書きたかったのに、そこまで到達しなかった。
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