「なぁ、俺の気のせいだったら悪いんだけど……」
「……気のせいじゃないと思うわ。残念だけど」
呟かれる声に緊迫したものは含まれていない。「うんざり」という形容が一番合うだろう。
黒い髪の少年と、金色の髪の少女は、背中合わせにその体を構えなおした。
「其れは密やかな」
ルリ奪還を目前に控えた、第四階層セントラル・シティー。
大体の準備を終え、後は突撃を待つだけの状態。そんな中、黒髪の少年浅葱留美奈と、見事な長い金髪をなびかせるチェルシー・ローレックが並んで歩いていた。
「なぁーんで、俺が銀のおつかいなんか。しかも金髪と……」
療養も大事だと言いながらごろごろしていた所に、銀之助が「今、手が放せないから」と必要な部品を記したメモを持ってやって来た。
彼は何やら奥で翠と一緒に大掛かりな物を作っているらしく、目の前でごろごろしていた手前、忙しいから無理だとは言えない。仕方なく引き受けたのだが、出掛けてからこの方、ずっとこの調子である。
「仕方ないでしょ!メガネ君とあの発明馬鹿は忙しいんだから。それにあんた一人だと何か仕出かしそうだし」
横からチェルシーが強い口調で、不平を打ち消す。
「だったらお前一人で行けば――」
バシッという辺りに響き渡るほど大きな音が、続くはずの言葉を制した。
「いってぇ〜……っ、何すんだよ!」
「しつこいからでしょ!あんたは、に・も・つ・も・ちっ!!ほら、さっさと歩くっ!」
訴えは無視する代わりに、留美奈の耳を引っ張りながらチェルシーは進み始めた。
「分かった!分かったって!行くからっ!!」
「あっ、ここにこんなの建ったんだー」
「え、あの店潰れたの!?好きだったのになぁ」
さっきからチェルシーが何事か一人で呟いている。
思えば彼女はここに住んでいたのだ、当然セントラル・シティーも馴染み深いものがあるのではないだろうか。
「金髪っ!早く部品の調達しようぜ」
留美奈は妙な疎外感を禁じ得ず、それを打ち消す為、少し荒っぽい口調になってしまったことを後悔した。
チェルシーの方はというと、きょとんとした目で留美奈を見、静かに「そうね。」と言うと歩調を速める。
―しまった……。
チェルシーにとってこの地下世界は「故郷」でもあるはずだった。この場所で生活してきたのだ。
きっと楽しい想い出もあるだろうし、当然それを思い出すこともあるだろう。
それなのに自分のつまらない一言で………。
―……しまった。
留美奈にとってこの地下世界に「安息」の想い出はないに違いない。自分には楽しい想い出がある場所でも、彼には違う。
特にここは一番公司に近い場所、セントラル・シティー。
久しぶりに訪れた懐かしい場所に魅せられて、留美奈のことを考えていなかった。
『謝んなきゃ。』
二人とも無言で歩き続けた。
同じ事を言おうとして、言えないでいることなんてお互い知る由もない。
チェルシーの案内で、どんどん人気のない方へ導かれていく。部品や資材なんて一般の人は滅多に買いに来ないだろうし、どちらかと言えば公司関係者の方が利用頻度は高い。
ならば必然的にそういった店は公司本部近くにあるはず。その分公司創立者として、また巫女の護衛役として顔が知られているチェルシーの危険度は増す。
さすがに今は公司の制服は着ていないが、見る人が見ればすぐに分かってしまうのではないだろうか。
留美奈の左手が、いつもは刀を差している辺りの空を掴んだ時だった。
「なぁ、俺の気のせいだったら悪いんだけど……」
「……気のせいじゃないと思うわ。残念だけど」
「うんざり」という形容が一番合うだろう。
黒い髪の少年と、金色の髪の少女は、背中合わせにその体を構えなおした。
不穏な気配を感じるが、明らかに公司の手の者でないことは分かる。それには安心したが、ここで暴れては行き着く未来は同じことだ。本部に乗り込む前に居場所がばれてしまっては困る。
「おい、そっちの美人な姉ちゃん置いてさっさと行きな、坊主」
下卑た笑いを浮かべながら、一人の男が左の茂みから出てきて言った。それを合図に仲間が七人進み出てくる。
留美奈が自然とチェルシーをかばうように一歩前へ踏み出した。
大したことはない。
留美奈とチェルシーはちらっと目を合わせると頷き合った。
「ふぅ、余計な体力使わせてくれちゃって」
両手の埃を払い落としながら、溜息まじりにチェルシーが言った。
「本当だぜ」
留美奈も手の甲をさすりながら溜息をつく。
ひとまず完全に伸びてしまった相手を茂みの中に隠し終えると、近くにあったベンチに二人は腰掛けた。
「なぁ、金髪」
「何?」
背もたれに頭を乗せ、人口の夕焼けを作り出す天板プレートを眺めながら留美奈が続ける。
「…………楽しい時もあったんだろ?ここでも。だからさ、だから………」
――忘れることはない、と。
上手く伝えられなかった。さっきのことを謝りたいだけなのに。
地下世界での楽しい想い出も、忘れることなくとっておいて良いと思う、と伝えるだけなのに。
何かが引っかかる、誰との想い出だろうと考えてしまう。
公司のメンバー………例えばそれは赤だったり、テイルだったりするのだろうか。
不思議と女ではなく、男の顔ばかり浮かんで来ることに、自分自身に腹が立った。
「今の方が、ずっと楽しいわ。だから、いいのよ」
きっぱりと言い切ると、チェルシーも視線を上へ移した。
「ねぇ、明日息抜きに面白い所連れて行ってあげるわ」
「は?」
予期しない提案に、留美奈が間抜けな反応を返す。
「決まりね!じゃあ、ほら。早く行きましょう。きっと待ってるわ」
急に慌しく動き始めるチェルシーの顔が、真っ赤になっているのを留美奈は知らない。
この人工の真っ赤な夕焼けが、自分の顔の紅潮も隠してくれないだろうかとチェルシーは思った。
やっとですね!留美奈がやっと出てきましたよ!
それに今回は留美奈×チェルシー風味です。(自分的には)
これは「Recovery&Reload」さん改装終了記念のつもりで書かせて頂きました。(勝手に)
そちらの管理人さん浅葱さんは素晴らしい小説をお書きになります!!
是非是非一度行って見て下さい。