配役
★シンデレラ…………ラキア
★王子………………リディス
★魔法使い…………セラフィー
★継母………………アリシア
★その連れ子(姉)…アゼル
★同じく(妹)…………ギルヴィア
★お城の使い………アリヤ        ※以下省略(お楽しみに)


 バベル帝国にて
「ちょっと待て。何で俺がシンデレラなんだ、普通でいったら王子のはずだろ?」
「普通でいったら面白くないじゃないですか」
「セラフィーさんの言う通りですよ。それに私、ヒールの高い靴って足首ゴキってなるからはきたくないです」
「そうですか?リディス様……私どうせ見るならリディス様のドレス姿が良かったです」
「俺だってそっちの方が見たい」
「まぁまぁ、そんなことはどうでも良いですからさっさと始めましょう」
「……セラフィー…、お前本当に楽しそうだな」
「えぇ、楽しいですよ。…さすがラキア様、スカートも良くお似合いで」
「黙れ」


 アシュハルト王国にて
「あらあら、私継母の役だわ。意地悪な役なんて出来るかしら」
「姉さんなら大丈夫ですよ……」
「ギル?何だか棘のある言い方ね」
「別にそういうわけじゃ…、それより、シンデレラがバシリスク宰相ですか。リディスが良かったなぁ」
「ものは考え様よ?良い機会じゃない。リディスに相応しいか試してみましょう。根性のない方にあの子は渡したくないわ」
「ほどほどにね……」
「遠慮する必要はない、アリシア。継母の特権は有効に使え。俺も良い役をもらったな」
「にっ、兄さん…。怖いよ、二人とも。というか性別については誰も言及しないんだね?」



「逆転シンデレラ」 〜前編〜


 皆さん良くご存知の通り、ある所にシンデレラという美しい娘がおりました。
 ある日母親を亡くした彼女の悲しみを癒そうと、父親は再婚しました。ですが彼、見当違いも良いとこです。女の本性を見抜く目を、彼は残念ながら持ちえていなかったようです。

「あら、シンデレラ?こんな所に埃が残っているわよ。やり直しね?」
「えっ!?そこはついさっき掃除したとこじゃ……」
「何か言った?」
「いいえ……、やり直させていただきます」

 無責任な父親は、姿は美しいけれど意地悪な奥さんとその二人の連れ子をシンデレラに残し、遠い遠い海に沈み二度と帰らぬ人となってしまいました。後に一人残されたシンデレラは可哀想に、継母と連れ子二人に陰険な嫌がらせを受けながらも愚痴一つこぼさず、健気に生活しております。
「叔父さ…じゃなかった、父さんも何でこんな女性を選んだんだか……。趣味を疑うね」
 廊下が磨り減るほど力強く雑巾をかけながら、亡くなった、温和でどこかボケていたようにさえ思える父親を思い出します。この世で唯一自分の見方だった父親はもういません。そう思うとシンデレラは涙が滲んでくるのでした。
「シンデレラ?何か言った?」
「いっ、いいえ…」
 ぼそりと呟いた言葉を、地獄耳の継母が拾います。極寒の笑みで微笑まれて、シンデレラは身震いしました。

「おいシンデレラ。洗濯物だ、今日中に洗って乾かせ」
「ちょっ……、さっき洗濯は終わったんですよ!?しかも今日中なんて無理です、無理!」

 ばさりと放り投げられた洋服たちは、よく見ればどれも着た様子のないものばかりです。顔を上げればシンデレラとは比べ物にならないほど綺麗なドレスに身を包んだ義姉が立っていました。意地悪く見下ろしてくる琥珀の瞳は、シンデレラのことなどこれっぽっちも考えてはいません。
「まさか今『無理』などとふざけた事を口走ったか?それとも俺…私の聞き違いか?」
「………台本にないことまで良くもまぁやってくれますね…。良いですよ、やりますよ。やれば良いんでしょう?やれば」
「ふん、分かっているなら最初から口答えするな」
「その格好でその言葉遣いやめて欲しい……」
 そう良いながら、意地悪な義姉はシンデレラが拭いたばかりの床を、必要以上に汚れた靴で踏みしめます。わざとらしく泥がついている靴を見て、シンデレラは悲しくなりました。それでも義姉を全く責めずに、黙って床を拭き直します。
「くそっ…シンデレラがリディスだったら、絶対こんな事しないはずだっ」
 え?何か聞こえたって?幻聴でしょう。シンデレラは何一つ文句を言わずに汚れてしまった床を拭き終わると、義姉から受け取った大量の洗濯物を抱えました。前がよく見えないくらい積み重なった洋服を見て、シンデレラは溜め息をつきます。

「あっ、シ…シンデレラ……。悪いんだけど、その、これも頼むね」
「えっ、うわ!」

 今度は二番目の義姉が出てきました。こちらも大量の洗濯物をシンデレラに押し付けます。うず高く積み上がった洗濯物はバランスを崩し、床に散らばってしまいました。ですが健気なシンデレラは何一つ文句を――……
「っ……あーーーーっ、くそっ!配役をくじで決めようなんて言った奴は誰だ!!!」
 何一つ文句を言わず、シンデレラは継母たちの意地悪に今日も耐えていました。




「けっ…結婚、ですか?」
「そうだよ王子。お前もそろそろ一国の主として后を迎えねば……、いや俺個人としては全然そんなもの迎えなくても構わないんだが、話的にそれじゃ進まないしな…」
「父さん……」

 黒髪の長めの髪を後ろで一本に結んだ王は、王というより腕白坊主と言ったほうがしっくり来ますが、この際それは置いておきましょう。隣に立つのはこの国の美しい王子です。本当に血が繋がっているのかと思えるほど似ていません、などと思っても口にしてはいけません。
 王子の髪は銀色で、瞳は真紅。すらりとした体に上等な王子の服が本当によく似合い、人目を惹きます。
「ほら、そろそろ結婚しないとアンが…母さんがうるさいだろ?あいつ、俺の顔見るたび『王子はまだ結婚しないのか』って本当にうるさいんだぜ?」

「だーれがうるさいですって!?」

「げっ…」
「あ!母さん!」
 背中に不穏な空気をたたえた后が、いつの間にか王の背後に立っていました。ビックリした王はだらだらと冷や汗をかいています。小柄な后は王子を見上げて言いました。

「王子、何も心配しなくて良いわ!国中の女性を集めて明日夜会を開く事にしたから。パーティーに来た女の子の中から好きな子見つけなさい!」
「えぇ!?そんな急に…しかも適当過ぎる……」

 さらりと爆弾発言を残し、后はさっさと部屋を後にしてしまいました。王子の不平は寂しく宙に漂います。残された王子と王は呆然としていました。ですがそうしていても明日は必ずやって来るのです。頑張れ、王子!負けるな、王子!
 例え明日の夜会に呼ばれた女性たちが、女性というには背が高くがたいが良すぎたとしても、女性というには声が低すぎたとしても、女性というにはドレスが似合わなかったとしても、挫けてはいけません。
 えぇ、そうです。例えそれが「女装」にしか見えなかったとしても、王子は誰か一人、取り合えず選ばなくてはならないのです。




 その日のうちに、国中の娘たちにお城からパーティーの招待状が届きました。明日の夜行われる夜会に必ず出席するようにと書かれた招待状を握り締め、皆、美しい王子のことを想います。王子は集まった娘たちの中から一人、后を選び出すのです。
 そして当然、シンデレラの家にも招待状がやって来ました。もちろんシンデレラの分もあります。
「ふう……やっとこの家から抜け出せるのか……」
 シンデレラは今しがたお城の使いからもらった招待状を眺め、一人溜め息をつきました。すると横からやけに親しげなお城の使いが口を挟みます。

「王子様はとってもお美しい方ですからね、競争率高いですよ。でも押しに弱いですからね、押して押して押し倒……じゃなかった、押しまくればきっと上手くいきますよ!頑張ってくださいね」
「えっ?あっ、あぁ……分かった、ありがとう」
「じゃあ、ちゃんと来て下さいねーっ!!」

 親切なアドバイスを残して去っていくお城の使いに感謝をして、シンデレラは義姉たちに招待状を渡しに行きました。


「まさか自分も行くなんていうわけじゃないよな?」

 一番目の義姉が威圧感を含んだ瞳でシンデレラを睨みます。シンデレラは言葉を失ってしまいました。義姉さんはどこまでもシンデレラに意地悪なのです。

「は?行くに決まってるでしょう?何が悲しくてあんた達がリディ……王子に会いに行ってる時に一人寂しく雑巾掛けなんかしなきゃいけないんですか」
「シンデレラ……台本と違うってば」

 何も言えないでいるシンデレラに、二番目の義姉も酷い言葉を投げかけました。どうしても舞踏会へ行きたかったシンデレラは、どうして良いか分からなくなってしまいました。

「およしなさい二人とも。招待状には『国中の娘たち』と書いてあるわ。シンデレラ、貴方にも行く権利はあります」
「母さん!?」

 意外なことを口に出した継母に、二番目の義姉は驚いて声を上げました。それとは逆にシンデレラは喜びました。その隣で一番目の義姉が不服そうに顔を歪めます。
「ただし……ちゃんと家事を終えてからよ?」
「どうせそんなこったろうと思った」


 継母の意地悪な陰謀に気付く様子も無く、シンデレラは言われた通り家事に取り掛かります。ですが何故か一向に終わりません。いつもよりちょっと量が多いようです。

「『何故か』じゃないっ。明らかに誰かの意図を感じるぞ」
「うるさい、黙ってやれ。あとこれも追加だ。それと流しに食器が溜まっている」
「……何ですか、この洗濯物は。それに流しはさっき片付けたばっかりですよ!?」
「あぁー…、うるさいうるさい」
「くっ……くそ!」

 バチバチと両者の間に火花が散っているようにも見えますが、きっと何かの見間違いでしょう。謙虚なシンデレラにそんなことあるはずありません。皆さん、私たちはちょっと目が疲れているようですね。
「あのー…、悪いんだけどこれも…」
 いつの間にか後ろに立っていた二番の義姉が、更に多くの洗濯物をシンデレラに押し付けました。これでは今日中に全ての家事を終える事は無理なように思えました。
 シンデレラは悲嘆にくれながらも、一生懸命家事をこなしました。頑張って頑張って頑張って……やっと全てが終わった頃には、既に日は遠い地平線の向こうへ沈んでいましたが、今から急げば舞踏会には間に合います。

「よっし、行くぞっ!!待ってろリディ…じゃない、王子!」

 シンデレラは逸る気持ちを抑えて、準備に取り掛かりました。ですがこの時彼女はまだ重要な問題に気付いてはいませんでした。
「まぁ、落ち着いてよシンデレラ。あのさ、僕が考えるに、その……ドレスとか、君は持ってるのかな?」
「………え?」
 二番目の義姉が意地悪い笑みを浮かべながら、さもわざとらしく問いかけました。その問いにシンデレラは固まります。そうです、もっと早く気付くべきだった感は拭えませんが、彼女はドレスも靴も、ネックレスなどの装飾品一切を継母たちにとうに取られているのです。お城の舞踏会に行けるようなドレスは一着も無いのです。

「あらまぁ、残念だったわね、シンデレラ。でもドレスが無いんじゃ仕方ないわ。まさかそんな惨めな格好で行くわけにもいかないし、諦めるのね」
「安心しろ、お前の分も楽しんできてやる」
「じゃあね、シンデレラ…。王子にはよろしく言っとくから」

 継母たちは口々にシンデレラを傷つける言葉を言いながら、迎えの馬車に乗ってお城へ行ってしまいました。残されたシンデレラは悲しみにくれ――……

「別に、あいつらがいないんだったら、勝手にクローゼットからドレス失敬すれば良いだけの話じゃないか」
「お待ちなさい。そんなこそ泥みたいな事はやめて下さい」
「何だお前は」
 悲しみにくれていたシンデレラの前に、突然不思議な女性が現れました。シンデレラはビックリして言葉を失います。
「私は魔女です。えっと、ドレスですね。私が魔法で出してあげますから」
「よく分からないがくれる物は受け取ろう」
「じゃあ取り合えず、かぼちゃと、二十日鼠とトカゲを六匹ずつ持ってきて下さい。」
「なっ、お……俺…私が持って来るのか?」
「当然です。それとも私に取って来いと?わざわざ出向いて魔法を使ってあげようっていうこの私に?」
「いっ、いや。私が取ってきます」
「早くしてくださいね」
「…………」
 魔女の言葉にシンデレラは喜びました。これで舞踏会へ行く事ができます。舞踏会へ行く事ができるならちょっとの苦労くらい何でもありません。シンデレラは畑から大きなかぼちゃを一つ、家中走り回って六匹の二十日鼠を、そして庭で六匹のトカゲを捕まえて戻ってきました。


「ほら……持って来たぞ」
「遅かったですね、帰ろうかと思っていたところです」
「お前な……」

 魔法使いは早速手に持っていた魔法の棒を一振りしました。するとどうでしょう。たちまちかぼちゃが金色の美しい四輪馬車になりました。シンデレラは驚いて声を上げました。
「うわっ!趣味悪いな…金色か」
 続いてもう一振り。今度は六匹の二十日鼠が大きく立派な馬になります。そして最後の一振りで六匹のトカゲが六人の立派なお供に変わりました。シンデレラはただただ驚き、そして喜びました。

「……御者はどうするんだ?」
「あ、それは私がやります」
「え?だってお前魔法使いだろ?出番はここまでじゃなかったか?」
「まあまあ、細かい事は気にせずに」
「……楽しんでるだろう」
「いえ、まさか。…あ、一つ忘れてた」

 魔法使いは大きく杖を振りました。するとシンデレラのボロボロの服が、たちまちまばゆい刺繍の光る綺麗なドレスに変わりました。シンデレラは夢でも見ているような気持ちで思わず呟きます。

「あー…こんな格好で会いたくない」

 最後に魔法使いはどこから出したのか、見事なガラスの靴をシンデレラに差し出しました。
「本当にこれをはくのか?」
「えぇ、でないと話が進みませんからね」
「手に持っといて、帰る時に階段で投げ捨てれば良いんじゃないか?」
「無茶言わないで下さいよ。せっかく貴方サイズにオーダーメイドしたんですから」
「………余計な事を」
 今まで見たことの無い美しい靴を喜んで受け取り、シンデレラは自分の足に慎重にはかせました。ぴったりはまったその靴は、まるで最初からシンデレラのもののように思われます。思わず足取りが軽くなりました。
「いっ、痛っ…」
 嬉しくてぼうっとなっているシンデレラに、魔法使いが声を掛けました。
「早くしないと、貴方の義姉さんたちに王子を持ってかれてしまいますよ」
 その言葉に急いでシンデレラはかぼちゃの馬車に乗り込みました。シンデレラが乗ったのを確認してから、魔法使いはピュッと鞭を鳴らします。満天の星空の元、けばけばし……まばゆい金色の馬車が疾駆する様子はまるでおとぎ話のようでした。




「はぁー…」

 国中の娘たちが集まった舞踏会であるというのに、王子は一人、つまらなさそうに肘掛に頬杖をついています。大きく溜め息をついたその時でした。何やら騒がしくなった入り口の方から、一人の使いが王子の下へ慌ててやってきます。

「王子様!えっと……見たこともないような美しい娘が今素敵な馬車に乗っていらっしゃいましたよ!」

 その使いはシンンデレラに招待状を渡しに来た者でした。彼はシンデレラを一目見、この人なら王子様も気に入るだろうと思ったのです。いまかいまかと待っていたシンデレラが、さっきやっとお城についたのです。
 王子は使いの言葉に席を立ち、急いで門の方へ走り出しました。
「ちょっ…アリヤ……、そんなに引っ張らなくても…っ!」
「早く早く!わっ、笑えますよっ。だってド…ドレスですよ?妙に似合ってらっしゃるのがまた笑えますっ!!」
「そんなに言ったら可哀想じゃない」
 王子様は逸る気持ちを何とか抑え、やっと広間の入り口の階段にたどり着きました。するとちょうどシンデレラが階段を上ってくるところです。その余りの美しさに王子様は息を呑みました。
 シンデレラが顔を上げると、王子様と目が合います。

「うぁっ、えっ……えっと…。お嬢さん、お手をどうぞ」
「……どうも」

 シンデレラは幸せいっぱいの笑顔で王子様の手を取りました。そのまま手を取り合って大広間へ入っていきます。シンデレラの美しさに、大広間にいた誰もが感嘆の溜め息をつきました。王子様は早速シンデレラを踊りに誘います。

「あの……じゃあ、どうせなんで、一曲踊りましょうか」
「……やはり俺は女性のステップを踏むのかな」
「当たり前でしょう、貴方は今シンデレラですよ?」
「……面倒くさい」
「わっ!?」

 シンデレラと王子様のために、大広間に素敵な曲が流れ出します。二人が踊り出すと、みんな手を止め、うっとりと広間の真ん中で踊る二人を見つめました。え?二人のステップが入れ替わってるって?そんなはずはないでしょう、何かの見間違いですよ。
「ちょっ、ラキア様っ!ステップ違っ……」
「本編で虐げられてんだから、これくらいしたって誰も文句言わないさ」
「………全くもう」
 流れるようなステップで二人は踊ります。曲が終わっても二人は離れず、また流れ始めた音楽を踊ります。シンデレラのドレスが波打ち、足元にはガラスの靴が光ります。

「えーっと……次のセリフ…」
「『私と結婚してくださいませんか?』」
「あ、どうも…。私と結婚……って、違いますよ!!『あなたのお名前は?』です!」
「ちっ、騙されなかったか」
「こっ、こんなシンデレラやだ……」


 幸せに踊る二人を、不穏な面持ちで見ている者がいようなど、この時の二人は思いもしませんでした。






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