結婚って何さ?戯志才には年の離れた妹が一人いる。 黄巾の乱で両親を亡くした彼にとって、たった一人の肉親といっていい。 だからだろうか、こちらに来てすぐに呼び寄せていた。 しかし・・・。 兄に似たのだろうか。 気が強い。 16ともなれば結婚を意識して多少はおとなしくなるものだろうが、彼女にそれはあてはまらなかった。 「兄様っ! 聞いていらっしゃるのっ?!」 もはや日常茶飯事となった台詞が今夜も隣の棟から響いてきた。 食事中だった荀ケと妻唐蓮からは自然と笑みがもれる。 「やれやれ、毎度のことながら・・・。」 箸を止めつつ荀ケは笑った。 「本当に仲のよいご兄妹ですこと。」 「あれは、はたして仲がいいと言っていいのだろうか?」 「あのように意思をはっきりと伝えあうというのは仲がよろしいとは申しませんでしょうか?」 「ふむ・・・。まあ、そうかもしれんが・・・。」 微妙なところだろう。 たとえば荀ケにも兄弟はいるが、あのように怒鳴りあった記憶はない。 ましてや唐蓮はまさしく深窓の姫君として大切に育てられたため、兄と会話したことさえほとんどない。 だからだろうか、二人にとって戯兄妹のやりとりは新鮮で、楽しみの一つでもあったのだ。 いつものことだ、と荀ケは苦笑しながら箸を運ぶ。 しかし今夜はいつものようには終わらなかった。 別に兄妹喧嘩がエスカレートしたわけではない。 唐蓮が突然とんでもないことを言い出したのだ。 「それにしても玉榮(戯志才の妹、戯晶の字)の可愛いこと。そうは思われません?」 彼女は特になんでもないかのように、にっこりやわらかい笑みを浮かべたままそう話を切り出した。 「? あ、ああ。まあそうかもな。性格が多少難有りといえど、可愛いんじゃないかな。」 「子供たちもとてもよく懐いておりますの。玉榮姉様と呼んで。私も妹のように思っておりますのよ。」 「ああ、だいぶ面倒を見てもらっているようだし・・・・・・・まあ、私も古くからの付き合いだから妹同然だが・・・・・・・・・・。」 さて何がいいたいのだろう? 荀ケは探るようなまなざしを妻に向けた。 だが彼女はただただ微笑むばかりである。 30年以上という年を重ね、それなりに腹の探り合いには熟練したと思っていたが、それは男に対してのみのようで、妻の腹の内はまるで分からなかった。 ふう、とため息を漏らすと、 「降参だ。それで、何の話だ?」 白旗を揚げる。 「・・・・・・・・私、「いもうと」がいたらどんなにか楽しいかと思いますのよ。」 「それは無理だろう。義父上はとうにお亡くなりになっておられるのだ・・・し・・・・・・。」 沈黙。 ・・・・・・・・・・・・・。 呆然と妻を凝視する荀ケ。 にっこり笑顔を浮かべている唐蓮。 (ちょっとまて・・・・。) 荀ケはそこでようやく話が見えた。 すなわち。 「もしかして・・・・・・・・キミに『いもうと』ができるのと同時に私に『あに』ができたりしないかな?」 おそるおそる尋ねてみれば、彼女は無言の笑みで肯定した。 (じょ・・・・・・・冗談だろう?!!) 荀ケの嘘偽らざる本音である。 唐蓮はなおも畳み掛けた。 「よろしいかと思われますのよ。彼女16と年頃でもありますでしょう? 私はもう子は望めませんわ。」 しかし荀ケは渋い顔をした。 「四人もいれば十分だ。」 「・・・・・・でもあなたはまだ30過ぎたばかりですのよ?」 「そう、14も年が上なんだぞ? 向こうとて若いほうがよかろう。」 「そうでしょうか。望まぬ殿方に嫁いだとて幸せになれるかどうかわかりませんのよ?」 「それは自分の経験から?」 「私はごくごく例外ですわ。」 荀ケと唐蓮の結婚は完全に政略結婚である。唐蓮の父唐衡が清流派士大夫とのつながりを欲し、唐蓮が生まれるや否や清流派士大夫の荀家に眼をつけ荀ケとの婚姻を申し出てきたのだ。 当時宦官が官界を牛耳る中、断ることは死を意味した。 荀ケの父荀コンは宦官の前に膝を屈し、荀ケとの婚姻を成立させたのである。荀ケが生まれて一年もたたないうちのことだった。 その唐家も既にない。 189年、宦官の大粛清の嵐に巻き込まれ、成童以上の男子は皆殺しにされたのだ。 それもまた過去のことである。 荀ケにとって唐蓮はもはや大切な妻であり、彼女にとってもまた荀ケしか生きるよすがはなくなってしまった。 そしてこの乱世。 二人は絆を深め、寄り添うように生きてきたのである。 そんな中での彼女の申し出だった。 「あのね、私は―――――――――――――」 荀ケがさらになにか言おうと口を開いとき。 珍客が訪れた。 他ならぬ当人たちである。 「おい、文若。なんとかしてくれよ〜。」 柵を乗り越えてやってきたのだろう。戯志才がげんなりとした顔つきで入ってきた。 その後ろから、 「まあ、なんて言い草! まるで私が悪いみたいではありませんかっ!!」 などと怒鳴りつけたのは言わずもがな、妹の戯晶である。 顔立ちはきついほうではない。どちらかというとおっとりしている。 しかしピンとした姿勢、ハキハキとした話し方などが彼女の雰囲気をガラリと変えていた。 「あれほど酒瓶は台所においてくださいと申し上げたはずでしょう? それになんですか、あの数は!身体を壊して将軍に見捨てられたら天上におわすお父様になんと申し上げるおつもりですのっ!? お母様とてさぞかしお嘆きでいらっしゃるでしょう。それに、ご自分の部屋くらい整理してくださいと何度申し上げたと思いまして? その耳は本当に機能していらっしゃるのっ!?」 まさしく立て板に水・・・である。 うんざりと言った様子でこそこそと荀ケの背後にかくれる戯志才。 「お兄様、文若様の後ろにかくれたって無駄ですわよっ!」 「まあまあ、待ちなさい。とにかく落ち着いて。蓮、玉榮に何か飲み物を。」 荀ケがそういって戯晶を座らせた。 唐蓮もさすがに「はい。」と返事をすると苦笑しながら下女にお茶の支度を言いつけた。 「俺にはないのか。」 「客にしか出すつもりはないのでね。」 「・・・・・・・・。それより何とか言ってやってくれよ。」 「まあ、何とか言ってほしいのはこちらですわ。文若様、このだらしのない兄に一言言ってやってくださいまし。」 まさしく板ばさみ状態。 荀ケはため息を漏らした。 くすくす笑うは自分の妻である。 どうやら割ってはいるつもりはないらしい。しかたなく荀ケは――――――――戯志才に矛先を向けた。 「子然、隣家の平和のためにももう少し身を正す気はないか?」 「冗談じゃない。なんで妹なんかに折れなきゃならないんだ。」 「あーら、随分なおっしゃりようですこと。その妹に一言たりとも言い返せないほど情けない兄はどこのどちら様でしたかしら。」 「言い返すいとまもなくお前が口やかましく言うからだろ! だいたいそのくらいの年頃になったら女はもっとおとなしくなるものだぞ! 唐婦人・・・・・・笑ってないで何とか言ってやってくださいよ。」 さらに言い募ろうとした戯晶を制し、ようやく唐蓮が口を開いた。 「でも、裁縫も料理もなかなかの腕前だと私は覚えております。それは戯様が一番ご存知では?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「確かに多少言葉が多いようですが、それさえも彼女の良さを際立てていると思っております。それに家に入れば自然落ち着くものですもの。」 さすがに戯志才もぐうの音も出ない。 しかし、別の意味で荀ケは息を呑んだ。 先ほどの話、まさか蒸し返す気じゃなかろうな・・・・。 いや〜な予感が脳裏をよぎる。 「それはね、入れてくれる家があって始めていえる言葉なんですよ、夫人。」 そして。 撒きえを散らしたのは他ならぬ「あに」になりそうな男であった。 そして、魚は食いついた。 「あら、ここでしたらよろしいでしょう?」 にっこり笑顔で。 さらりと一言。 爆弾発言をかました。 荀ケは頭を抱え、 戯志才は呆然と、 戯晶は頬を真っ赤に染め、 沈黙した。 「蓮、その話は後だ。」 「差し出がましいまね、申し訳ありません。」 謝る割には彼女の顔には微笑しか浮かんでいない。 一瞬息を止めてしまった戯志才が、「ゴホッゴホン」と咳き込みながら 「ちょっと待て。つまり、ご夫人はわが妹がここに嫁げばよいと、そうおおせか?」 尋ねれば、彼女は微笑を浮かべた顔を向けた。 どうやら本気らしい。 「わ、私家のことをほうったままでした。これで失礼いたします。」 顔をさらに真っ赤にさせた戯晶がそういって立ち去ると、ようやく場がなごむ。 荀ケがほう、とため息をつき痛ましげにクビを横に振った。 「蓮、場をわきまえなさい。」 「いやいや、いいんじゃないか?」 「お前、それ本気で言っているのか?」 「お前が俺の『義弟』になるってことだろう? 俺はそれで充分だ。よし、義弟よ。義兄のために酒買って来い。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 完全に面白がっている戯志才と、脱力気味な荀ケ。 その二人をほほえましそうにくすくすと笑いながら見つめる唐蓮。 三者三様の夜がふけていく。 後に。 荀ケは結局戯晶を側室として迎えることになる。 そのとき、彼女を祝うはずの『兄』の姿は、 どこにもなかったのであった。 はい、何が書きたかったんでしょうね(笑。 ギャグですってば、ギャグ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当は荀ケと唐蓮のラブラブが書きたかったなんて・・・いえない(涙。 |