tell a graphic lie
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(初恋)
相変わらずろくでもない年だった。ただ、それでもその真中には強い光を放つ光点がある。さぁ、はじめようか。
(初恋)
 まずはタイトルを宣言しなければならない。少し照れるし、ひねりも何もないのだけれど、ぼくはこれに「初恋」という表題を与えたく思います。
(初恋)
 「初恋」だと嬉しそうに言う割に、実は細かいことはあまり憶えていない。細部はぼんやりとして、それがほんとでは無かったと言ってみても、そんなに違和感を持たないかも知れない。そんな気すらときどきする。何かを無くした気はするのだけれど、それらはもともと無かったもののようにも思える。何かをもらった気もするのだけれど、それも実際は昔から持っていたもののようでもある。無かったことにしてもいいのかも知れない、と呟いてみて、そんなに変だとは思われない。そういう風にしてぼくの中にある。でも、ふとした拍子に何か熱を帯びたものが、心臓から身体中に拡がることが今でもあって、ぼくは少しの間動かなくなって、そのとき、ああやはり、と考える。けれど、もうそのくらいで、あとのことはなんだかよくわからないままでいる。嬉しくも悲しくも特にない。ほかってある。それは多分いちいち思い出したりするようなものではないのだと思う。ただ事実として、あの子はぼくの隣にはいない。そして、ぼくはその事は取扱っていない。
 この恋がそのようになっているのは多分、あの子と実際に会っている時間よりも、あの子を想っている時間のほうが長かったからだろうと思っている。それから、ぼくが本来持つ独善的な性質のためだとも思う。ぼくの中では、ぼくにとって都合のいい、きれいな記憶だけがいくつか集まって連なり、混じりあい、べたべたと溶接されて、ぼくのあの子を形作っている。ぼくのそのあの子は実際のあの子と同じようでもあるし、全然別人のようでもある。きちんと比べて見たことはないのだけれど、もしぼくの中にあるあの子とほんとのあの子を並んで立たせてみたら、二人はせめて双子に見えるくらいには似ていてくれるだろうか。並んだ二人はお互いに顔を見合わせて笑ったりするだろうか。それとも怒り出すだろうか、気味悪がるだろうか、照れたりするのだろうか。それには少し興味がある。どんな表情をするかちょっと見当がつかない。けれど、どんなであれ、結局二人共から「違う」と言われてしまうような、なんだかそんな気はする。それでぼくはしゅんとして、またぼくのあの子を持ち帰り、手を加えて、これならどう、と、またあの子に見せる。それを何度も繰り返して、「だんだん似てきた」と誉めてもらう。そうだな、それはいい。それはしたかった。
(初恋)
 もうそれは有り得ない。ホントニマイリマシタ。
(初恋)
 というわけで、「初恋」という表題は、その言葉の持つ響きや意味や価値に酔いたいぼくの浅ましい気持ちから付けられたというだけではなく、それも確かにあるのだけれども、実に「初恋らしい」初恋だったと言えなくも無いとも思う。それでぼくは「やはり初めてであったのだ」などと、わけのわからない、意味のないことを低く呟いて、自分を励ますか、慰めるだかして、これをきちんと装飾をして、宝石箱に大事にしまい込みたいと、なんせ「初恋」なのだからと、ぶつぶつやって、そしてこんなものを書き付けているのである。
 どうか、この恋を初恋と呼ぶことを許して欲しい。実際にはそんなものではないのかも知れない。ちょっと心当たりもあることはあるのだけれど。でも、ぼくはこれを「初恋」としたいのである。基準に達していないのを誤魔化し誤魔化ししながら、へどもど生きてきたぼくの人生にあって、これは突き抜けている。ほとんどはじめて、ぼくは能動的に自分の感情や意思に従った。ぼくはあの子を手に入れたかった。どうしても必要だと思った。何かが何か違うものになると思った。手に入るのを待つのではなく、自分で取りに行こうとした。それを阻もうと次から次へと途切れることなく湧き上がってくるあらゆる不安を、全ての気後れを、能天気で幸せな思い込みで覆い隠して、強引にそれらを押さえ込んで、風のようにあの子に会いに行った。
 それは恋だろう?違うかね。
(初恋)
 この初恋はそして、一目惚れでもある。ほとんどそう言って差し支えないと思う。
 4月に社会人になり、新しい環境を与えられて、そこでぼくはあの子に出会った。一目見て気になったから、少し観察して、結果、すぐに好きになった。けれど、ぼくはちゃんとそれを疑って、信用しなかった。一目惚れほど信用ならないものはない。そんなのはぼくだって知っているつもりである。それは新しい場に来て、始めにするお決まりの手続きのようなもので、つまり与えられた中からひとつを選んだに過ぎない、と考えた。適当で卑しいぼくの根性の決まりきった動作に過ぎない、そう考えた。ぼくの心は全く信用ならないのである。とにかく信用ならない。
 やれやれ、初恋である上に一目惚れか。おめでたいことだ。と、呆れ顔になるのはもっともなことだは思う。けれど、これが確かに恋であったのなら、それは一目惚れで始まった恋なのである。間違いないのだ。これについてはぼくも何度となく確認したつもりだ。ぼくは、実におめでたいのではないか、と自身に問い続けた。いや、実際にはもっと他のところで、おめでたかったのだけれど、とにかく、そこだけは何度も何度も確認をした。そして、それを確信したときに。
 そういうことだ。
(初恋)
 今でももしかしたらその程度のことであったのではないかと、いや今はむしろそうであって欲しいという全く反対の意図からなのだけれど、そう考えることがある。その検証作業はいつもある程度まではうまくゆく。今だってやれる。今だって。ほら。
(初恋)
 何しろ、あの子は美人ではない。背は小さく、痩せて、頬はこけており、肌も浅黒く、声も、ある人などは、最初男かと思ったと言うほど低い。おまけに化粧っ気など皆無である。胸だって小さい。色気なんてどこにもないはずである。
(初恋)
 どうだ、今回もここまではうまくいっている。素晴らしい。しかし、そのあとにいつも「でも」が続くのだ。
 ほら。
(初恋)
 でも、笑顔はいいのだ。笑顔がいい。小さな顔を全部使って笑う。蕾がぱっと開いて、一瞬で完全に花が咲く、そういう風に笑う。それは嘘じゃないし、誇張でもない。
(初恋)
 この作業は一度その笑顔を思い浮かべると、すぐにそこで頓挫する。その後はぼくは少しうふふとにやけて、もう好きを並べるだけになる。
(初恋)
 なんでそんなことで喜んでられるんだろう。なんでそんなに犬猫が好きなんだろう。ゴキブリは嫌いなのに。なんでいつも遠慮するんだろう。君がぼくよりも多く食べたっていいじゃないか。君の好きなほうを選べばいいじゃないか。なんですぐ頭抱えるんだろう。そんなこと、ぼくはいつもしているよ。なんで大したことないって言うんだろう。ぼくなんて、同じことをこんなにえらそうに喋っているのに。そんななのに、なんでそんなにひとに優しくするんだろう。なんでぐるぐる引っ張りまわされても嬉しそうな顔してるんだろう。ねぇ、なんで?それは誰のため?それでなにかいいことあるの?なんでぼくはあんな子好きなんだろう。君のほうがちっこい犬ころみたいじゃないか。ちっこい犬ころのくせに、なんで。
(初恋)
 失礼。ひどいものだ。これでも好きだ、をやっているつもりなのだ。入り口にもたどり着かずに終わってしまったから、ぼくの好きは疑問系を取る。まだそうなのだ。いや、これからももうずっと、そう。

(初恋)
 そしてその最後に、いつからそうなったのですか、と問うたとき、やはりぼくは「はじめからだ」と応えるほか無いのである。だから、これは一目惚れなのである。ぼくははじめからあの子が好きだったのだ。
(初恋)
 ぼくの初恋はだいたいそんなようなものだった。これから少しだけその話をしようと思う。よかったら読んでほしい。
(初恋)
 その恋のはじめは初恋らしくひどく控えめなものだった。とにかく、ぼくはあの子に興味があると誰にも悟られたくなかった。まだぼくは自分の恋心というものに対して、そのような疑いを持っていたのであるし、またぼくはそういった事柄から失格しており、そのような意図をもった行動はできる限り押さえ込む必要があったのである。ぼくのような人間に好きだのなんだのをされるということは、大抵の人にとって不幸以外の何ものでもない。それは知っているし、それを越えてまで自分のそのようなものを出すほど、ぼくは大きな勇気は持ち合わせていないし、無神経にもなりきれないのだった。
 そういうわけで、ぼくはあの子に対してできる限りそっけなくあらねばならなかった。それでも、ただ時々話しをするのがひどく嬉しかった。それはぼくにはどうしようもない感情だった。ぼくは出来うる限り、そういうことを避けようと思い決めたが、いろいろと理屈をこねてそれを思い決めたが、あの子を見ればその意思は常に敗北し、ぼくはせいぜいそっけなく、何でもないような顔を努めてしながらあの子と話をし、他の同僚と話すことがあれば、できるだけそちらの相手を真剣にしようと意識するくらいだった。
(初恋)
 話をするあの子はいつも控えめで、あまり自分のことを積極的に話そうとはしなかった。どうやら自分の喋ることは下らないことで、あまり面白いものではないと思っているらしかった。とんでもない。面白いもクソもない。ぼくは君のことなら何でも知りたいのだ。君が関わっていることならば、何でもだ。 好きなもの。嫌いなもの。いつもすること。大事にしているもの。大事な記憶、思い。捨てたもの、抱えているもの。時間の潰し方。読む本。音楽。朝起きると思うこと。できること、したくないこと。好きな食べ物。食べれないもの。行った場所。行きたい場所。妙に気になること。一日に使うお金の額。景色。恐れること。故郷。恋。寂しさの量。やさしさの質。昨日ちょっと疲れているように見えたわけ。感じるところ。両親。兄弟。家族。何に対してもどかしさを感じているのか。眠る前に祈る日はあるのか。つらい夢は見ない?泣くことはある?スキナヒトハイルノ?ボクハドウ?ボクハスキ?
(初恋)
 それはあってはならない感情だと知っていながらも、結局ぼくは、あの子の傍にいたくて、あの子の顔が見たくて、あの子と話がしたくて、あの子のことを少しでも知りたいと願うので、仕方なく、できる限りどうでもよい話をし、それを通じてあの子のことを少し知ろうとする、ひねくれた作業をそんなに多くない機会を使ってせっせとし続けた。十分な満足を与えられることは一度もなかったが、それでもそのような機会を得た日は、思考に空きがあれば、常に「好きだ」と頭の中で繰り返していた。それはあの子に対して向けられていたというよりもむしろ自身に対しての言葉であった。ぼくはやはりぼくを信用できないので、まずとにかく自分を納得させる必要があったのである。失格していることは十分に知っているつもりだったが、それでもやはりそうしたかった。好きだからといって、ぼくはあの子に何かをするというわけではない、それならば好きだと思うことくらい良いのではないだろうか、と小理屈をこねて、それを採用していた。
 あとはそれが本当だ、と言えればよかったのである。帰り道、自転車をこぎながら何度も「好きだ」と思い、何度もそれは本当か、と問うた。しかし、その途中できれいな人を見ればそれははたと中断し、それで、やはり信用ならず、と思考はまたふりだしへ戻り、今度は「すまん」などと思いながら帰った。それは楽しかった。足りない会話を補っているような気さえした。気障な書き方を許して頂けるなら、ぼくはあの子に対してこころだけでも誠実でありたかった。ぼくにはそれしか持ち得ないのだから。それ以上はありえないのだから。
(初恋)
 そういうことをしてなんでもなく1,2ヶ月は過ぎた。本当に何でもなかった。ありきたりの日々だった。ぼくらは新社会人というやつで、まだいろいろなことに不慣れで、そちらについてもそれなりにやっていかなければならなかったし、その程度のことでも初めてであるのでぼくには十分であった。
 そうだな、あと付け加えておくとすれば、あの子の左手の薬指には指輪が付けられていた。それについて一度話題にしたことがあったが、あの子は言葉を濁し、「別にそのようなものではない」というようなことを言った。そしてぼくは「そのようなもの」の意味を拡大解釈し、勝手に安心したのであった。そうだ。このときから既にぼくは道化であったのである。いやしかし、ただそれの意味を正確に認識していたところで、やはりぼくはあの子に好きと言っただろう。そんなものとは関係がないのである。ぼくがあの子を好きだというのは、ぼくからあの子に対しての、その間にのみ関わることなのだから。
(初恋)
 結局そのうちに、何か機会を見つけて、誘うことをするようになった。別に好きだと言うわけではないのだから、一緒にどこかへ行って遊んでもいいだろう、などというもはや文脈自体には何の意味も論理性もない「いいだろう」に飾りがついただけの理由を、大真面目で採用していた。それは何度かした。しかし、いずれも先約があるとの返事だった。ぼくのそういった行動は大抵突発的、発作的なもので、その返事は無理もないことであると思えた。そう考え、それでぼくは納得していた。しかし今思えば、それは愚かなで都合の良い思い込みであったのだろう。実際はやはり、やんわりとした拒絶の返答であって、ぼくはそれをきちんと受け止めることができないでいただけなのである。実におめでたい話だ。
 結局一度もそういう機会は持てないで終えた。恥のついでに書き添えて置くならば、あの子のそういうものをその控えめな性質のせいだとも思い、それをどうにかするにはどうすればいいのだろうなどという能天気極まりないことなども、思い上がり真面目に考えていた。とにかく、あの子のことを考えるのは楽しかったのだ。そのとき、ぼくは実に幸せであったようだ。今はそう思う。
(初恋)
 そうして、ぼくは順調にのぼせ上がり、心身両面における失格の自覚は少しずつ薄れ始め、いま少しの勇気さえ得ることが適えば、ぼくはあの子の隣にいることができるようになる、などと、恐ろしいことを本気で考え始めていた。もはや滑稽を通り越して目を背けたくなるほどの哀れさであるが、極めて真剣であり、有頂天であった。ぼくはそのために必要な、自身を肯定し、励ますためのバカバカしい根拠の構築作業や、暇があればあの子の顔を思い出し、その横に「好きだ」を添えて、わけのわからない高揚を作り出すというようなことを飽きずにした。
(初恋)
 そう、やり方なんて全然わかっていなかった。でも、どうか教えてください。一体そんなものは本当にあるのですか。
(初恋)
 そうして結局、だいたいこんなようなことを考えるようになっていた。のぼせ上がりの極みであり、既に美しくすらあるのではないかと思う。ぼくが自分自身以外のことについてこれほど方針を立てるのは、これが初めてのことだといっていい。
(初恋)
 ぼくがあの子を好きだということは、あの子が一番はじめに知るべきだ。
 それは回りくどい手段をやっているうちに、その恥ずかしさや身のほど知らずさに気づいて、本来の目的を達する前にくじけ、放り出してしまうだろうぼくにとっては、ほとんど言いわけに近い論法から導き出された答えなのだが、だからこそ、ぼくにおいては実に現実的な手法である、とも言える。
 そして、それにはどのような手続きが最も適当であるか。これは慎重に選定しなければならない。いくらでも安易な手段に頼ることができるだろう。実際、電話やメールを使ってやってしまえばそれはすぐにでもできそうな気がする。しかし、それは明らかに間違っている。ぼくは平時からこのような場を使ってやたらとなにやら妄想めいたことを書きなぐっているような人間である。しかし、あの子が好きというものを、そのような手段を用いてしまい、それらと同じ様なものにしてしまうわけにはいかない。あの子は現実であり、ぼくがあの子を好きだというのも当然現実のものでなければならないのだ。それにはやはり最もぼくが不得意である方法、すなわち、あの子の前に立って、あの子の目を見て、「好き」と言うことが最も相応しい。
 それくらいの勇気は出すべきだし、もう出てもいいだろう。出るな。出せるな。よし。
 何を当たり前のことを、と思われるだろうが、とかくぼくは安易な方法を選択しがちであるので、そのような理屈を使って自分を縛る必要があった。また、その手段はできるだけ困難であるほうが好ましかったので、それは採用された。ぼくが好きだと言わなければ、ぼくはずっとあの子のことをただ想っているだけで済むのである。それでも全然構わないようにも思われた。いや、本当はそれで終わるべきだったのだろう。何度も言うがぼくはそのようなことから失格しており、それ以上のことは分不相応なのである。ぼくはその分不相応なことをしようと思い始めていたのである。それにはやはり、あらゆる強引な理論武装が必要だった。
(初恋)
 そうして、幸か不幸か、ぼくは勝手に盛り上がっていった。実にめでたかった。
(初恋)
 そして、ここを得たのである。ここはいい。ぼくの想いの全部を書き付けよう。きれいに書きつけよう。
 ぼくはここを得ることによって、言葉の使用に関するぼくの中の規制を完全に撤廃した。ぼくは思いつく限りのつたない言葉を使って、この恋を修飾した。今まで持っているあらゆる語彙を使おうと思った。なんだ、大したことがないじゃないかなどと言ってはいけない。こんなものでもぼくを高揚させるには十分だったのだ。恋の力というやつだったのだ。
(初恋)
 いろいろな想像をした。いろいろなところへ二人で出かけて、おいしいものを食べて帰ってくることや、そう、ディズニーランドに行ってもいいとすら、一度考えたことがある。きれいな家具やあの子の着る服、つけるアクセサリを一日中歩き回って探すことや、当然、欲情に関係のあるようなものについても。
 その小さな唇にぼくの唇を合わせ、ヘタクソながら舌を絡ませたりすることや、小さな身体を包んでいる服をそっとはいで、その胸にできるだけそっとキスをし、次いで首筋に、脇、お腹、二の腕、そうして全身くまなくぼくのしるしを付けてゆくことなどを想った。ゆっくりと一つになり、体温を分かち、身体を交換して。それを朝まで、ずっと。しかし、実際にはぼくはその想像で昂奮することはなかった。どうもそれらはぼくにとってそういうものではないようだった。きっとそういうものを知る前の頭を使っていたのだろう。そして、あの子の鼓動を聴く日のことを想うのだった。
 ぼくはそれらの想像をいじいじとここに書き付け、ひとり悦に浸っていた。実際、その言葉はそれなりに美しいように思われた。あの子という触媒を得たぼくの想像、いや妄想はその翼を大きく広げ、象徴化された自己を自由自在に操ってあの子のイメージと戯れた。そこでは、あの子はぼくに対して開かれており、ぼくもまたあの子に対して開けていた。少し大袈裟に言いすぎか。そうか。うん、そうかも知れない。
(初恋)
 考えてみれば、しかし、ぼくとあの子の間に特別書けるような出来事は、あの滑稽な告白以外には何もない。あの子は常にぼくと距離を取っていた。ぼくにもそれを踏み越えて進む勇気は無かった。しかし、そうあることで奇形に育ったぼくの想いは、あの素晴らしい笑顔だけを日々思い出して、遂にはその距離を一息にゼロにしようと、それは当然そうあってしかるべきものなのだと、醜く勝手に思い込んで、あらゆる手続きを排して飛び込んでいった。

(初恋)
 それについてこれから書こう。

(初恋)
 その日は起きてすぐ、髪を切りに行った。ぼくはそれで賭けをすることにした。もしうまい具合に切ってもらえたら言おう。ぼくは髪を切ってもらうのが嫌いだ。ぼくはぼくに自信がないので、大きな鏡の前に長いこと座らされて、知らない人間にぼくの身体の一部を弄繰り回されるというのは、いやでしょうがない。その上に見たくもない自分の顔を他人と一緒にずっと眺めていなければならないのである。そして、うまくいったためしがない。今度もきっとそうだと思っていた。だからあまり負ける心配のない気楽な賭けだった。それに、勝ちたいのか、負けたいのか、そのときはよくわかっていなかった。
 そこは初めて行く美容室だった。木の質感を前面に出した内装の店で、「髪ふうせん」などというちょっと照れくさいが、嫌いでない名前が付いていた。中に入ると、暖かくて、ほっとした。そして、お姉さんが丁寧に髪を切ってくれた。
 ぼくは賭けに負けた。晴れたか、やれやれ、と思った。それは悪くない気分だった。そのあと、そのまま渋谷に出て買い物をした。めずらしく、気に入ったもの見つかった。それを買った。気分は久しぶりに良かった。
 言おう。そうだ、それがいい。
 そんなことをしきりに考えて、言い聞かせた。言うと決めてしまうと、今までのことが、なにやらしなくても良いことだったように思えた。いてもたってもいられなくなった。全部忘れていた。楽しかった。
「飽きたので次へ行くことにした。落ち着いており、そこがまた実にバカバカしく思えてならない。もう、どんな結果でもいいや。」
 部屋に戻り、ここにそう書いてから、あの子に電話をかけようとぼくは外へ出た。既に日は落ちて家々は黒いシルエットになっており、空は西の方はほのかに紫がかっていたが、大部分は深い藍色になっていた。まだ、そんなには寒くない。静かないい日だった。今日はいい日だ。ぼくはプラプラと自転車をこいで路地に入り、近くを一周した。確かあの子は今自分の大学の文化祭へ遊びに行っているはずである。それでも、もしかしたらすぐに会えるかもしれない。とにかく、言ってしまえるときに言ってしまわないと、次にそういう状態になるのはいつになるのか全く心もとない。今日言える気になったのなら、今日中に言ってしまわないと。それも早いうちに。風に飛ばされてしまわないうちに。
 携帯であの子の名前を探し出し、通話ボタンを押した。ぼくはこういう人間なのだ。仕方ない。
「今何処にいるの?」
「え、大学。何、どしたの?」
素晴らしく間抜けな会話である。ああ、ガスが洩れてゆく。ぼくは苦笑しながら、今から会えないかというような事を言った。相変わらずぼくは間が悪いようである。これから飲むという返事が返ってきた。まぁ、当然だろう、文化祭最終日なのだから。「そうか、ならいい。」などと力なく言い、電話を切った。西の空ももう夜に沈もうとしていた。仕方なく、ぼくはこのあとどうしようかと考えなくてはならなくなった。標的を失った想いをどうにかするために、どこかへ行こうかとも考えながら、暗くなった道をふらふら走った。やれやれ、やれやれ、やれやれ。ぶつぶつ呟いていた。電灯が無言で規則正しく並んで青白い光を降らせている。月は。月は確か探したけれども見つからなかった。
 しかし、今回はどうもいつもと違うようだった。どうも、本気らしい。そうだ、明日言えば良い。そう思い至り、またそれができそうであったので、俄然力を取り戻し、今日は素直に眠ることにしようと、部屋へ戻った。気分はとても落ち着いていた。心強く思った。
 日が明けて朝は雨が降っていた。ぼくは普段通りに会社に出た。普段通りに仕事をした。とても重大な事柄を前にして、ぼくがそういう風でいられるのは少し発見だった。定時近くになったら、今日の予定を確認して会いに行こうと考えた。淡々と仕事をこなした。
 しかし、そんなにうまくいくはずがない。定時近くになると、やはりだんだんと落ち着かなくなってきた。時間を空けすぎたようだった。ぼくらは仕事場の場所は違うけれど、同じ会社なので、社内ネットワークのメッセンジャーを使っていつでも文字で会話できる。それを使って、今日会いたいということを伝えようと思ったが、何度書いても、うまく書くことができなかった。ここまで隠してきたのだから、ぼくがはっきりそう言うまで、できればあの子にほんの少しでも悟られたくないと思っていたのだが、そのように書くのはぼくにはできなかった。そこに、会おう、と書くことは、好きだ、と書いているのと同じことであるように思えた。そう、書いて伝えてはならないのだ。あれとは違うのだ。ぼくは難しい顔をして、何度も書いては破棄をした。それでもできないので、諦めて新聞を読んだり、漫画を読んだり、同期と話をしたりした。そうしてずるずると時間は過ぎていった。
 いい時間になってきて、もうどうしようもなくなってきて、ぼくは仕方なく、何とか何時に仕事を終えるのか、だけを尋ねた。あの子はとても忙しいらしく、またそういう子なのだが、最近はいつも22時以降だと返事があった。それはぼくにとって都合が良かった。態勢を整える猶予を与えられたのである。ぼくは仕事をせずに、ただそわそわしながら、またインターネットでニュースを見たり、本を読んだりした。9時頃会社を出た。約1時間かかる。あちらに着くのは10時前後だろう。
 もう昨日のような前向きな心地で動き出したのではなかった。できれば取りやめたかった。しかし、もう後には引けない。それにつき動かされることにした。何しろ、昨日も会いたいと電話をしているし、今日も何時に仕事を終えるのか尋ねている。これで何にもしなかったら、アホだ。既にぼくはあの子に対して何かしようとしていると、もう十分不信を持たれている。言ってしまおう。そうだ、どっちだっていいんだ。いいんだ。雨はとっくに止んで、路面はもう乾き始めていた。傘をポンポン蹴って駅まで歩いた。寒くも暖かくもなかった。
 電車はすぐに来た。車内は異様に明るい気がした。事故かなんかで止まればいいと思った。唾を何度も飲み込んだ。そんなに速度を出すな。途中に普段下りる駅があり、そこで下りてしまおうかと迷ったが、迷っているうちにドアは閉まった。これで決まった。
 そうか、これからぼくはあの子に「好きだ」と言いに行くのだ。とても正気の沙汰とは思えなかった。溜息をつき続けた。
 無情にも何事もなく電車は渋谷に着き、よろよろと山手線に乗り換えた。恵比寿に着くと、切符をどこへしまったかわからなくなっていた。笑えもしなかった。駅員にその旨を伝え、もう一度お金を払い、ようやく駅を出た。帰りたくて仕方がなかった。何ヶ月間か毎日通った駅であるのにどっちへ行ったらいいのかわからない。
 改札から吐き出される人の流れの真中でしばらくぼんやりしていた。いや、本当はぼんやりなどでは決してなくて、動けないでいるだけなのだが。それでもずっとそうしているわけにはいかないので、ふらふらとなんとか会社に向かって歩き始めた。なんと言って呼び出していいのかわからなかった。考えがひとつの文にならない。できるだけ普通に歩く、それだけで精一杯だ。しかし、普通に歩いていると着実に会社に近づいてしまう。今会っても、なにを言っていいのか、わからない。これ以上会社には近づけない。
 途中の角を会社への道とは反対に曲がって歩道橋を越え会社から離れる方向に歩いた。ああ、訳がわからない。何でぼくはこんなところでこんなことをしているのだろう。困った。離れてゆく。離れてしまいたい。今日はだめだ。もうやめだ。渋谷までこのまま歩こうかとも思った。渋谷の空はいつもどおり、やっぱりいやな色をしてぼんやり濁って明るかった。そして、遠かった。
 それで、気が変わった。あの空の下に吸い込まれて終わってしまうのはいやだ。いやだ。やはり、やることにしよう。やらないとダメだ。どっちだって構うもんか。止まれ。引き返すんだ。
 引き返して、違う路地を通ることにして、ぼつぼつ歩きながらとりあえず電話を取り出した。何度か、通話ボタンを押しては取りやめた。そんなことをしているうちに、また結局ふらふらと駅の傍まで戻ってきてしまった。もう、戻るのも進むのもやってしまったので、これ以上は無駄なことだ。いずれどちらかになる。
 仕方なくぼくは通話ボタンを一度だけ押した。何を言えばいいのかなんて、もう何も持っていなかった。出る言葉を吐くだけだ。自動販売機の明かりがやたらと眩しくて、なんだかすごく恥ずかしかった。
 奇跡だ。素晴らしいことに通話中だった。声を立てず、けれども肩を揺らして笑った。そうだ、これは神様のお決めになったことだ。今日はもうやめだ。携帯を鞄に放り込んで、足早に駅へ向かい、切符を買って、今度は忘れないように右のポケットに入れた。電車は混んでいた。疲れきっていた。情けなかった。しかし、とにかく今日は終わったのだ。疲れた。もう知らん。早く寝よう。
 駅を出ると、少し冷たかった。それで、今まで気温を感じることができないでいたことに気が付いた。ポケットに手を入れて歩いた。鞄から携帯を取り出してみると、あの子からの着信があった。そういえば着信音を消していたのだった。
 また、寒いなどとは言っていられなくなった。電話しなければ。ああ、なんて言おう。もう帰ってきてしまっている。あの間抜けな旅をもう一度する気にはとてもなれない。ああ、面倒だ。もう電話で言ってしまうか。疲れていた。ああ、だめだ。もう、どうにでもなるといい。何も考えないことにした。今度は一度であの子は出た。
「電話した?」
「うん、した。」
「何。どしたの?」
「うん。」
さて、どうしたもんか。しかし、実にいい声だ。顔が見たい。いやだ、やっぱり。電話で言ってしまうのなんて。ああどうしよう、好きだ。会いたい。顔が見たい。笑って欲しい。それで、今日のこの苦労を全部話して、「君のせいだ」と言って楽になりたい。
「今何処にいんの?」
「え?自由が丘。」
「駅?」
「うん。」
行けるか?この道を真直ぐに南下すれば、自由が丘に行き当たる。それは一度、自転車で行っているから、知っている。思いのほか近かった。15分くらいだ。行けるのか?どうする?行くか。
行くか!
「下りて。」
「え?」
「いや、そこで下りて。待ってて。」
「え?」
「いいから。」
「うん。。。下りた。」
「よし。素晴らしい。いい子だ。今からそっち行くから。」
いい子だ!!ついに吐きおった。畜生、ああそうだ、あの子はいい子だ。いい子なんだ。大好きだ!
「え?何?何かすんの?」
「いいから。15分くらいだからさ。適当に暇潰しててよ。な。」
「。。。うん。わかった。」
「じゃ、着いたらまた電話するから。」
 さぁ、行くぞ。あの子はもう待っている。ぼくが来るのを待っているのだ。それは素晴らしい。実に素晴らしい。それこそぼくが想い焦がれていた事態だ。部屋へ大急ぎで戻り、水を飲んで、自転車をこぎやすいスニーカーに履き替えた。こぎ始めると少し寒かった。それを振り切るように飛ばした。お誂え向きに行程は真直ぐなのだ。何もかもがそろっている気がした。そうか、あのひどい旅も、このための演出に過ぎなかったのだ、などと考えた。
 言うぞ。驚け。そして喜べ。好きだ。好きだぞ。静まるオリンピック公園の脇を抜け、目黒通りを跨いで、真直ぐに走った。夜の闇すらぼくを祝福してくれているように思えた。電柱やら、信号やら、すれ違う人やらが、みんな帽子を取って挨拶をしているように思えた。誇張ではない。本当だ。
 着いた。右手に駅ビルが見える。電話を取り出してかけた。
「着いた。何処にいるの?」
「改札の前。」
「そうか。今行く。」
寒い中、そんなところで待っていたのか。もっと暖かいところにいればよかったのに。自転車に乗ってきたぼくの両手もかじかんでいた。
 自由が丘の改札は駅ビルがあるほどの駅の割にはこじんまりと小さかった。その前の太い柱にあの子は寄りかかっていた。とても小さい。あの子に会えたことはこの上なく嬉しかったが、その目的はこの期に及んでぼくを尻込みさせていた。おかしなことになってきていた。
 なんと挨拶をしたか憶えていない。ぼくらは並んで、駅の脇の路地に入った。小さい飲み屋やら、パブやら、パチンコ店やらが立ち並んでいる路地だった。最悪の選択といえた。ぼくの喉は凍り付いていた。
「あの、ちょっと私、風邪気味なんで、用があるなら早くして欲しいんだけど。」
あの子は少し鼻をすすりながらそう言ったのだ。それでぼくは悟った。ああ、そうか。間違っていたんだ。俺が馬鹿だったわけだ。考えてみれば、そりゃあそうだ。そこにはぼくしかいなかったのだから。ああ、もう、おしまい。ばいばいばい。
「うん。」
しかし、言わねばならないのだった。それで、ぼくはなんとも恐ろしい前置きを付けて言ったのだ。もう、どうにでもなればよかった。
「だいたい、もうわかってると思いますが、今日は、君に好きだって言いに来ました。」
しかし、これほどまでに醜くなるとは。想像すらしていなかった。どこまで巻き戻したらいい。はじめからだ。はじめとはどこだ。わからない。はじめのはじめからだ。全部巻き戻すんだ。
 そうだ、これがぼくだよ。最もよく出ている。笑いたまえ。ぼくはまだ笑えずにいるんだ。唇をどうにか醜く歪めても、すぐに歯を強く噛み合せて、口を噤んでしまう。だから頼む、ぼくの分まで笑ってくれ。お前は馬鹿だと、笑ってくれ。
 このあと、あの子を駅まで送って、送って、というほどではないが、別れるまでを知りたいかね。いや、全部憶えている。どのくらいの距離を歩いて、その間にどんな店があって、何人とすれ違い、あの子が何を言い、ぼくがそれにどう返したか。全部憶えている。しかし、それを知ってなんになるというのだ。ぼくが自転車を持て余して、蹴り飛ばして壊してしまおうと、そんなことだけを考えていたことなど、知ってなんになるというのだ。
 そうだな、せいぜいこれだけ付け加えれば十分だろう。駅も近くなったとき、あの子はふと、深い溜息をひとつした。ぼくはそれで呼吸が止まったよ。
 そのあと、来た道と同じ道を辿って帰ったのだが、その間は見事に空っぽだった。カラッポの、そこへ色が流れ込んできていた。それで、部屋に戻ってからすぐ、次のようなことを書いた。
「色が戻る。夜の通りに散りばめられたさまざまな色。アスファルトの灰色ばかりじゃあない。センターラインや横断歩道は白、速度制限はオレンジでかかれている。電灯の色にもいろいろあって、白いのや、オレンジがかったのや、いろいろある。自販機やコンビニの明かり。車のテールランプ、ヘッドランプ。家々の窓の明かり。信号機。雨上がりのクソ寒いこの空気の色。風の色。闇夜の色は単色ではない。色を無くしていたのはぼくだったのだ。」
 憐れにも、ぼくは空っぽとすがすがしさとを混同していた。いや、そう思い込もうとしていた。部屋はひどく遠かった。少しずつあの子と離れていっていた。何もかも全部ばかげている。手は硬くなっていた。寒くて少しふるえていた。
 これを書いてから、寒くて仕方がなかったので風呂を沸かした。風呂に入っていると、脳が少しずつ閉じていくのがわかった。脳は閉じることができるものだと、今更に少し感心した。しかし、その中にあっても、同情の余地がないことだけははっきりとわかった。
 ゆっくりと、全部、終っていった。身体が歪んで行くような気がした。おわり。もう、あの子ことは、考えてもいけないのだ。
 めでたい。実に、めでたい。
(初恋)
 おめでとう。
(初恋)
 ここで終わるべきだろうか。そうだな、そうするのはきっと、とてもいい。
 けれども、ぼくはその後も生き続けているのだし、それに、あの子とは会社の同期なのである。だから、尚二、三書くことがある。それは残念なことにひとつも見栄えのするものではないのだけれど、やはりそれまで書いてこれは終えるものなのだ、と思う。
(初恋)
 その週の金曜に会社の研修でぼくは再びあの子と顔を合わせることになった。研修の合間に何か話をした気がするが、憶えていない。ただ、研修を終えて帰ろうと、あの子の前を通ったとき、あの子はうつむいて歯を食いしばり、手にしたマグカップを両手できつく握っていた。それはあの子が何か困ったときにする顔だった。ぼくはそれを横目で認めて、どういうわけだか、鼻で笑って通り過ぎた。なぜそんなことをしたのか、実は今もよくわからない。何を笑ったのか。わからない。ぼくにあの子の何を笑えるというのだろう。ぼくは。わからない。
(初恋)
 毎日、あの子とは関係ないことをしている。

(初恋)
 開いた穴には土を被せましょう。ぼくのあの子の、その死体を放り込んで、土を被せてしまいましょう。
 何か食べている。五枚、洗い物をしている。掃除機のスイッチを切る。コードを巻き取る。ビニル袋ががさがさ音をたてる。腹を立てる。冷蔵庫のモーターが回り始める。白く塗られた金属でできたドアが開く。空気が濁っている。知らない人が歩いてゆく。顔も見ない。ぼくとは縁遠い話をできるだけに真剣に喋ってみる。やらないとならないことをいつもよりもうまくやろうとしている。爪をがりがりやって、ときに机を叩いたりする。音楽は好きなのが見つかりました。天井の染みの数と大きさを調べている。メモを作ろうか、と考える。テレビはいらないものばかり見てそれから、少しも慰められることのない、慰めようすらとしない、そういう文章を探している。飽きた、と呟くことがある。
 開いた穴。結局、あの子でなくて、ぼくが収まっている。横たわって、目を閉じて、胸の上で手を組んで、誰か土を被せて下さいと、静かにお祈りして待っている。
(初恋)
 それでもまだ、ときどき、ふと真剣に考え込むことがある。決して答えは欲しくないのだけれど、真剣に考えることがある。
 なんで、君とぼくはくっつけなかったのかな。当たり前だけれど、君はまだちょっと離れた場所で生きている。それは今も何も変わっていない。変ったのは、ぼくにはもう可能性、というやつがない。そこだけだ。それが、どうしてもぼくには納得がいかない。納得いかない、納得いかない、そればかり考えている。
 でも、それにもだんだん疲れてくると、納得いかないけれど、どうしようもない、それも事実で、仕方ないと、ぼくは人生なんてそういうものだと、何の変化も起こさないようなコメントを、ひとこと最後に付けてから、それから酒を呷って、その勢いで眠りに就く。
 おやすみなさいは当然、言わない。言うひとがいない。

(初恋)
それでこれを書いた。
(初恋) か。

(おしまい)
「初恋」を読んで頂いて有り難うございました。ひとことでもありがたいので、是非コメントをください。お願いします。mailto:kiyoto@gate01.com