「・・・そうね、だったら上陸して調査しましょう。」
ジェインウェイ艦長の言葉に、僕は思わずガッツポーズなんかとって、
チャコティ副長に笑われてしまった。
「ハリー、よほど地表へ降りたいのね?わかったわ、あなたに任せます。
でもひとりではダメ!頼りになる友人と一緒に行って来て頂戴。」
「ありがとうございます!・・・チャコティ副長、ご同行 願えますか?」
「・・・私か?!」
ふいに名前を呼ばれて驚いたのか、見開かれた瞳に向って僕は真っ直ぐに視線を投げた。
「・・・じゃあ、副長、ハリーとふたりで上陸任務、お願いするわ。」
「キャスリン・・・今回の調査ならトムかベラナを同行させるのがベストかと。
私は艦に残って調べる事が山ほど・・・」
だけど既に艦長は、副長のほうを見ることもしないで、
「じゃあ、よろしくね。」
と右手を挙げてブリッジをあとにした。
僕達の艦、ヴォイジャーは、アルファ宇宙域までの長い旅の合い間に
地球によく似た環境のMクラスと思しき惑星を発見した。艦内からのスキャン結果では
上陸しても問題はなさそうなのだが、全員に上陸許可を出す前に、
地表調査をする必要があるというトゥヴォックの判断に艦長以下、
ブリッジ士官全員が賛成だったので、
僕は ぜひこの任務を任せてもらえないかと切願していたのだ。
副長とふたりきりでの上陸任務なんて、そう滅多にあることじゃないし、
僕はこのチャンスを最大限にいかすつもり・・・だって・・・
艦の中で暮らしてるだけじゃわからないかもしれないじゃない?僕が
どんなにチャコティを好きか、ってことをさ。
転送室でベラナに見送られた次の瞬間、僕たちは光降り注ぐ緑の大地を
踏みしめて立っていた。
「ああ・・・まるで地球と同じ、緑の匂いがしますね?副長。」
「・・・本当だな・・・風の香りを感じるなんて・・・随分 久しぶりだ。」
眩しさに目を細めて歩き出したチャコティのあとを追いながら、僕は
トリコーダーを開いた。
地表調査なんて、形だけのものさ・・・もう上陸休暇がとれるんだって
艦内はその話でもちきりなんだ。早々と荷造りして、GOサインを待つだけ、
なんて輩で食堂が溢れかえってるのを、艦長だって副長だってわかってるくせに。
「副長・・・僕のトリコーダーでは・・・大気はこの上もなく安定しています。
あとは・・・植物ですね。あ、あっちに繁みがありますね。あの付近を調べましょう。」
「・・・そうだな・・・ハリー、随分・・・はりきってるんだな・・・」
「だって・・・ここはまるで地球みたいじゃないですか?僕・・・嬉しくて・・・
すみません・・・はしゃぎすぎですね・・・」
いけないいけない、このままじゃ、子供みたいだと思われちゃう。
「いや・・・別に構わないさ・・・気持ちはよくわかる・・・」
チャコティは大きな掌で僕の髪をクシャっと軽く掴み、笑窪を見せて微笑んだ。
僕達は小高い丘の上に生い茂った木々の隙間をスキャンしながら、任務とはおよそ
かけ離れた話題〜〜太陽の下で食べるサンドウィッチの具について、だとか〜〜
に興じていた。そのとき、にわかに空の色が かげりを見せた・・・。
「ハリー・・・!・・・嵐が来そうだ!おまえのトリコーダーでは、どうだ?」
「・・・はい・・・でも・・・大気には一分の乱れもなかったのに・・・!」
「それでも嵐は来るようだな・・・ひとまず艦に戻るとしよう。チャコティよりヴォイジャー!」
即座にコミュニケーターが反応し、僕達はヴォイジャーへと転送される・・・
・・・はずだった・・・。
#2
「・・・チャコティよりヴォイジャー!応答しろ!」
慌てて僕も、自分の胸のコミュニケーターに手を伸ばした・・・
「キムよりヴォイジャー!キムよりパリス!・・・ベラナ?!」
くっ・・・なんだってこんな非常時に・・・応答がなけりゃ、こんなもの、ただの金属の塊じゃないか!
こうしている間にも、風は強さを増し、僕達の整った髪を乱し始めていた。
「ハリー、走れるか?」
チャコティが指差す方向を見ると、丘を下ったその先に、岩が折り重なったような場所があった。
奥が洞窟のようになっているようで、どうやらそこまで走れば雷雨は凌げそうだ。
「・・・はい、副長。」
必死で走る僕達を、降り始めた冷たい雨が濡らしてゆく。水を含んだ草に足をとられて
何度も転びながら、僕はそのたびチャコティに抱き起こされ「すみません」と謝って、
そしてようやく岩陰まで辿り着いた。
「磁気嵐・・・だな・・・トリコーダーが故障してないとすれば・・・だが。」
「・・・まさか?だって・・・上空の大気には何も反応は・・・」
「・・・スキャンでは感知できない、未知の物質が存在していないとは言い切れない。
現に今、ヴォイジャーとの通信リンクも途絶えているじゃないか。」
僕は自分の考えの甘さに恥じ入った。こんな調査なんて形だけのものだと、
タカをくくっていた自分の甘さに・・・悔しさに涙が溢れてくる・・・。
チャコティは、その落ち着いた態度が、僕の涙を倍増させてしまうってことには
まるで気付かずにジャケットを脱ぎはじめた。
「ハリー、ジャケットを脱ぎなさい。インナーは・・・濡れてないか?」
「・・・は、はい・・・あまり・・・濡れてないから・・・いいです。」
本当はヒンヤリとした布地が肌に触れて寒気がしそうだったけど、
ジャケットを脱いで乾かすのだと思った僕は、俯いたまま答えた・・・
「・・・そうじゃない・・・燃やすものが必要なんだ。気付かないのか?
気温がどんどん下がってきている・・・。」
顔を上げてチャコティを見ると、彼は僕に向ってその手を差し出して、
ジャケットをよこすようにと促した。彼は僕が手渡したジャケットからコミュニケーターを外すと
自分のジャケットと共に床の上にそれを置き、フェイザーで火を点けた。
そして手荷物の中から薄いブランケットを出し、僕に差し出した。
「冷えないように・・・これを体にかけておきなさい。」
「チャコティ副長・・・どうしてそんなに・・・落ち着いていられるんです?
ヴォイジャーと連絡もとれなくて・・・原因不明の嵐の中だってのに・・・
僕…僕なんか・・・ふ・・・不安で・・・それにこんなの・・・形だけの調査だなんて
思ってた自分が・・・情けなくって・・・」
「ハリー・・・・・・不安なのは私も同じだ。だが取り乱したり落ち込んだりして、
それが一体、何の役にたつ?それに・・・自分で望んで調査に来たんだろう?」
・・・そう、そうだ。僕は望んで・・・誰よりも先に地表に降りた・・・
「・・・すみません、副長・・・副長を巻き込んでしまって・・・」
「何を言ってる・・・?本当に来たくなかったら、私は来ない。トムにでも
行け、って命令して、今ごろは荷造りでもしていたさ・・・」
救急用のガーゼだとか、タオルだとかを裂いて火にくべながら、
チャコティは僕に微笑みを見せる。
あぁ、この人はどうしてこんなに大人なんだろう・・・僕は前からチャコティ副長に
憧れていたけれど、それだけじゃない、こうして僕の緊張を徐々に解いて・・・。
「副長・・・副長は・・・寒くないんですか?」
「・・・ああ、私は・・・そうだな・・・普段、鍛えているからな・・・この程度では・・・」
「・・・ブランケット、以外と大きいんですよ・・・二人でも・・・ちょうどいいくらいに・・・」
僕は副長に近づくと、ブランケットをひろげて彼を包み込んだ。
「・・・ハリー・・・火が・・・消えないように・・・しなければならないんだ・・・」
どうして・・・彼は僕の手を払いのけて、一瞬 俯いた。
「・・・副長・・・僕さっき木の枝とか、草花とか・・・サンプルに持ってきたんですけど・・・
布キレよりマシじゃないですか?」
僕は副長に拒まれた一瞬のショックを隠したくて、
わざと乱暴な手つきでサンプルケースを開け、中から採取したものを取り出した。
「・・・ハリー、サンプルにしては・・・多すぎるな・・・」
「・・・きれいだったから・・・多めに取ったんです。内緒にしといてくださいね。」
僕達は、ここ1〜2時間のあいだで初めてお互いの目を見つめ合って微笑んだ。
ほの甘い草花の香り、緑と土の匂いが広がり、火の中へと のみ込まれて行く。
「チャコティ副長・・・どうして・・・僕と一緒に来てくれたんです?」
チャコティは答えない。
「・・・どうしてなんです・・・?」
この火が消えてしまうまでが、僕に残された最後の時間だと感じるのは、なぜだろう。
『片想いにピリオドを打つ方法は、ふたつにひとつしかない。
恋人になれるか、フラれるか、そのどっちかだ。』と、
いつか親友に言われたことがある。
そして今、僕が導き出した、もうひとつの考えを親友に教えてやりたいよ。
それを決定する時間の枠が、あまりにも短いって事に気付くのは、
その瞬間の直前なんだって・・・ね。
「・・・ねぇ・・・チャコティ副長・・・答えて・・・お願い・・・だから・・・」
「・・・ハリー・・・と・・・・・・かった・・・から・・・」
小さな声だった・・・なに・・・?よく聞こえなかったよ・・・僕はもういちど
ブランケットを広げてチャコティを包みこもうとした・・・。
「ハリー・・・おまえと・・・来たかったからだ。」
チャコティはそう言うと、ブランケットの中に自らその身体を委ねてきた。
「チャコティ・・・副長・・・?!」
「・・・この惑星で休暇が取れたら・・・おまえを誘うつもりでいた・・・キャンプをして・・・
星空を下から眺めた事はあるか?鳥のさえずりが耳元で歌うような朝を
迎えたことはあるか?・・・私はこの世の美しいもの、すべてをハリー、おまえに
捧げてしまいたいほど・・・・・・」
恋の中では誰もが大人でなんか、いられないものなんだろうか。
チャコティが膝をたてて僕に抱きつく姿勢になると、
ちょうど僕のおなかのあたりに彼の唇が触れる。
その唇でインナーの裾を弾きずりだして、僕の素肌に吸い付くようなキス。
身体中の力が自然に抜けて、僕は彼の肩に両手をかけて跪き、それからその腕を
首筋に添って後へと回して抱きつく形になった。
どうかチャコティ、その力強い両腕の中に閉じ込めるように僕を抱きしめてほしい・・・。
ふたりを包み込む大きなブランケットの中で、交わす言葉は吐息。
恋して止まない彼の人が、今、僕の身体を愛しそうに撫でつづけている。
雨に打たれて冷えた素肌が、彼の掌で、唇で、熱を取り戻してゆく悦びのためならば
おそれるものなど、何もないんだ・・・。
雨と風の唸りにまぎれて、僕は淫らに声をあげてもよかった。
これまで何度も僕は、チャコティ副長に抱かれる夢を見てきた。彼の指先は
どんなふうに僕をいざない、なにを与えてくれるのだろう・・・そして
僕の返す答えに彼は、なにを感じてくれるのだろう・・・身体の芯が震えるせつなさと
ブランケットを通して感じる岩肌の硬さに僕は、今が夢ではない事を知る。
微かな炎の揺らめきが岩壁に作るふたりのシルエット。
「・・・チャコティ・・・副長・・・僕ずっと・・・あなたが好きで・・・たまらなかった・・・」
「・・・ハリー・・・私は・・・」
チャコティ副長は僕に覆い被さり、耳元で掠れた声を出す。
「・・・口に出してはいけないことかと・・・気持ちを抑えてきた・・・でも・・・もう・・・」
僕は目を閉じて、彼を受け入れるための体制をとろうと身体を起こした・・・
「・・・?!・・・ふ・・・副長・・・?」
「・・・ハリー・・・チャコティ、と呼んでくれ・・・」
「・・・あ・・・あの・・・ち、違うんです・・・
だ・・・誰か・・・いる・・・僕達のほかに・・・誰かいます・・・」
岩壁に映るシルエットの中に、あきらかに僕達のものではない影が入り込んでいる。
「・・・?!」
#4
僕達は慌てて起き上がり、影の先を目で追った。
この洞窟には、どうやらもっと奥があるらしい・・・甘い気分は一気に消え失せ、
僕達は『惑星を調査しに来た艦隊士官』に戻らなければならなかった。
燃やしてしまったジャケット以外のアイテムを素早く身に着けた僕達は
インナーにコミュニケーターを取り付け、トリコーダーを開いた。
「洞窟の奥に、何か反応があります。・・・有機生命体のようです。」
「・・・そのようだな。なぜさっきは反応しなかったんだ?!」
「・・・わかりません・・・ヒューマノイドでしょうか?」
「どっちにしろ・・・友好的であるよう望む以外、方法はなさそうだな。」
僕達は用心深く『影』を追って洞窟の奥へと歩みを進めた。
「ハリー、フェイザーを麻痺にセットしておけ。」
「はい、副長・・・。」
洞窟は、あきらかにそこで終わりだと思われる岩壁の、その奥に
さらなる広がりをもっていた。
「驚いたな・・・」
「・・・こんな・・・トリコーダーに反応しない物質だらけだなんて!」
艦隊の技術力をもってしても尚、わからないことなんて
だからこそ宇宙への探究心は尽きないのだと言ってしまえば それまでだけど、
それを こうまで目の当たりにして僕は半ば あっけにとられてしまった。
そしてもっと驚いた事に、そこにいたのはヒューマノイド・・・
地球人と さほど変わりのない外見を持つ生命体だったのだ。
幸い見知らぬ生命体は友好的で、僕達は危険な目にさらされることにはならなかった。
この惑星は一見(僕達の言うところの)Mクラスのように思われるが、地質が不安定な為
こうして洞窟の奥深くでしか暮らしが成り立たない事、
そして何よりも他文化との交流を望んでいない事を
きっぱりと伝えられ、ここでの上陸休暇の断念を余儀なくされてしまった。
嵐が治まれば干渉波の妨害がなくなり、仲間との連絡も取れるだろうと
言われたとおり、彼らの住居である洞窟から外に出た僕達は
この惑星に上陸してきた時と同じ、太陽と緑の匂いの中でヴォイジャーとの
通信リンクの復帰を知ることとなった。
★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜
艦長への報告を終えた僕とチャコティ副長は、揃って作戦室をあとにした。
「ガッカリしてましたね・・・みんな・・・。」
「ああ・・・だが仕方がないさ。艦長も言ってた通り、次の機会が来るさ。」
僕は黙って頷くと、チャコティの瞳を覗き込んだ。
「・・・ハリー、言っておきたいことがある・・・」
ああ、僕もチャコティに聞いておきたいことがあるんだ。
たぶん・・・きっと・・・同じ思いが二人の胸の中に渦巻いている、この瞬間。
「・・・洞窟での・・・その・・・」
僕から視線を逸らして、陽射しに焼けた浅黒い肌でも赤くなってるって
わかるほど、チャコティは動揺を隠せないみたいで。
「・・・洞窟での時間の・・・次の機会は・・・ありますか?チャコティ副長・・・」
驚きに目を見開いたチャコティは、手に持っていたパッドで隠した口元で僕に耳打した。
「・・・キム少尉、今夜2100時ちょうどに私の部屋へ出頭!」
そのまま足早に立ち去るチャコティを見つめていた僕の背中に、親友が声をかけた。
「おかえり、ハリー、今回は残念だったな・・・あれ?
あんまり落ち込んでないみたいだな。ハリーのことだから、
ガッカリしてるんじゃないかと思って心配してたんだぜ。」
「ありがとう、トム。でも僕なら大丈夫・・・この上陸任務で学んだからね・・・。
・・・次の機会を待つ楽しみが・・・増えただけの事さ・・・。」
(終)