「彼女を随分 気にかけているようだな?ハリー」
片笑窪を見せながらチャコティ副長が僕に笑いかける。
僕の最近の任務、それは天体測定プロジェクターの改良だ。
ボイジャーに乗艦したての元ボーグ
セブンオブナインと供に任されたのが唯一にして最大の難点だ。
こうしてチャコティの自室に改良案を見せにきたついでに
僕は冗談まじりに彼女との任務を解いてもらうべく提案してみたんだけど
チャコティはまるで軽く いなして何とか僕を言いくるめようとしてるみたいだ。
「セブンの教育係として、期待してるぞキム少尉」
肩を軽く叩きながら僕に微笑みを見せれば僕が「イエス」と答えるとでも?
…あぁ、だけど実際この笑顔にはかなわない。
「仕方ないですね。では任務形態は今のままで。」僕は作り笑顔で答えたけど
ふと、試してみたくなった…チャコティの本心を探ってみたくなったんだ。
「…副長、それは命令ですか?」
ふいに真面目な表情で自分を見つめる僕にチャコティもまた笑顔を消して呟くように答えた
「…命令?…お望みなら、そうしよう。」
∵・∴・★
一度だけ、あれはいつ頃だったろう。
僕が死後の世界を信じる種族のもとへ行き、艦になかなか戻れなかった時
チャコティ副長がとても心配していた……
(自分がヴォイジャー艦の副長になって初めての大事件だったし)……
と親友のトムから聞いた僕は、すっかり回復した体でまず、副長に会いに行った。
当時の僕は、上官の自室に足を踏み入れるのに
まだためらいがあった。
ましてその時のチャコティは
マキの船から移ってきたばかりとも言える立場だったわけだし。
そんな僕の、なかば偏見の混じった緊張を見抜いたのか副長は
自分の部族に昔から伝わる、スピリチュアルガイドという精霊の話をしてくれた。
「わかりやすく言えば、瞑想で気持ちを落着かせるようなもの…と思ってくれたらいい。」
チャコティはその瞑想に使う石を布の上に広げてみせた。
「艦隊にいてもマキにいても、任務や戦闘に心が休まらない日々もあるだろう。
キム少尉、君にその時が訪れたなら、君のガイドを探す旅の案内役を私にさせてほしい。」
正直言ってその時の僕には、その真の意味が理解できなかった。
部族の風習は素晴らしい伝統、だけど僕はネィティブインディアンではないし
瞑想自体あまり進んでするほうじゃなかった。
僕は他種族の文化に興味を示すのと同じ類いの好奇心で
その石を手に取って、よく眺めてみたかった。
「キム少尉!」
勝手にひとりでチャコティの大切な石に触れた僕に注意するための
ふいに聞いた大声に僕は驚いて、石を…落としてしまった。
床に直接座り込んでの出来事だったから、大事には至らなかったけど
チャコティにとっては、それを雑に扱われたと思って当然だったんだろう。
「大きな声を出して すまなかった…」
彼は床に落ちた石を拾い上げると、それ以上僕を責める事はなかった。
「…すみません…僕…乱暴に扱うつもりは…」
「いいんだ。」
いっそなじりでもしてくれたほうが気が楽だ
と感じるバツの悪さと重苦しい空気の中で僕は副長が石をすっかり片付けるのを待った。
「少尉、まだ若い君には、こういったものの持つ意味を理解できないかもしれない…
興味が先に立つのも あたりまえだ。私にも経験がある。だが…
やがて真の意味を知る時が来るだろう。その時は…」
副長はそのまなざしを僕に向け、
「君のガイドを探す旅の案内役を私にさせてほしい。」と、もういちど、静かに言った。
黙って頷いて、その場を立ち去ることさえ出来ずにいた僕の肩に副長は右手をそっと置いて言った。
「さあ、もう部屋に帰って休みなさい。」
言われて僕はようやく顔を上げ、チャコティを見た…
瞬間、胸の奥が、小さく疼いた。
強い光の中に優しさの影を落とした大人の男の瞳を
こんな間近で見たのは初めてだったかもしれない。
小さな疼きは…やがて乱れたメロディに姿を変えて僕の胸を打ち始めた。
「少尉…?」
「!!なんでも ないです…本当になんでも…」
悟られるのが怖かった
上官で、ましてや相手は男じゃないか。
ハリー・キム、落着いて。恋の始まりみたいな疼きだなんて勘違い、そう勘違いだ…。
「まだ体調が不完全なんじゃないのか?熱があるような顔色だ…医療室まで送っていこう。」
全く鋭いんだか鈍いんだか、チャコティ副長は肩を抱くようにして僕の体に腕をまわした。
「…ひゃ…っ!」
自分でも信じられないことに、僕は副長の手を払いのけて声をあげた。
純情な女の子みたいな態度ではあるけれど、この場合は失礼極まりない…
更に顔が熱くなった僕の胸には張り裂けんばかりの鼓動。
「キム少尉…一体…」
そう言ってチャコティ副長は、ハッとしたように僕から離れた…
「そっ…その、今のはその、少尉が気分が悪かったのかと…
さっ、支えようと…そうだ、支えようとしただけだ!ふっ…深い意味は…」
「ふ…深い意味っ…?」
「だ、だからそうゆうアレではないから…」
「は…はぃ…あ、あの、僕こそ、あの、あ、そ、それじゃ、帰ります…」
シドロモドロな口調で、逃げるようにチャコティの部屋から飛び出して、僕は自室まで走って戻った。
翌日、顔を合わせるのが、どんなに恥ずかしかったか今でも覚えてる。
そんな時に限ってターボリフトで、はちあわせだったり、
貨物室に用事があれば行き先が同じだったり、
艦長や周りのクルー達は僕たちをくっつけようとしてる?なんて疑いたくなる程だった。
僕は…たぶん【僕達】は、互いに充分すぎるほど相手を意識しながらも
感情を押し殺して極めて普通の上官と部下を演じてきた。
そうだ…演じてきたんだ。セブンオブナインがこの艦のクルーに加わるまで
それは続いていた。
∵・∴・★
セブンにはまるで子供みたいな部分がある。
小さい頃にボーグに同化されたから無理もないんだけど。
トムなんか最近 自分の恋が……
(機関主任のベラナが相手だ。美しいクリンゴン人とのハーフ
彼女ならトムとうまくやっていけそうだ)
……順調だからって、
僕までが、まるでセブンに恋してるような事を言う。
ついこの間も任務中に怪我をしたセブンに
トムが「もう機械じゃないんだから」なんて下手な冗談を言ったもんだから
女性を気遣え、と意見しただけなのに彼から返って来たセリフは
「お前の目は、恋をしてる目だ」
あのね…だけどたぶん親友の言う事は当たってる。恋をしてる…確かに僕は…恋をしてる。
ただ相手が、親友の思っている、元ボーグじゃない、ってだけだ。
∵・∴・★
天体測定プロジェクター改良とラボの完全な起動…任務はやりがいがあったし
セブンとの友情も生まれた…ように思う。
ただ、報告のたびに副長と顔を合わせなければならない
それは胸が かきむしられる刹那さだった。
二人きりの場面で、僕は手の平に汗をかくぐらい緊張していたし
最初のうちはチャコティも同じだったと思う。
どことなくよそよそしい雰囲気で報告は行われてきたけれど
回を重ねる毎に緊張はほぐれてきた…
今夜が最後の改良案報告…いつの間にか僕がセブンに熱を上げてる
なんて噂が流れはじめてるらしいから(トムの奴!)
そんな話がこれ以上広がらないうちに彼女との任務から開放してもらいたかったんだ。
∵・∴・★
「命令を…僕が望むならって…どういう意味ですか?」
「…別に…言葉通りの意味だ…キム少尉はとても忠実な部下だからな。」
「…?!」
それから長い沈黙。
「…セブンと、もっと親しくなりたがっているのかと思ってな。」
…何を言い出すんだ?
「セブンが、ハリーはとても面倒見の良い人物だと…誉めてたぞ。」
そうか。噂はもう、伝わってるってわけ。
「副長、はっきり言っておきますが、その、…噂になってるのは知ってます。
でも彼女は…そうゆうんじゃない!」
「…そうか。セブンとの対話には随分と時間をかけたようだな。
上官の命令には逆らわないのが艦隊士官だと話したそうだな?」
冷たく突き放すような言い方で、チャコティはなぜ声を荒げる?!
「組織ですからね!」 ふてくされた子供みたいに、僕までがなぜ?
「では私がここで君に何をしても、それが命令だと言えば従うのか?」
「!?」
何日、何か月ぶり、だろう。僕達の視線がぶつかったのは。
目を合わせることすらせずに、本当に言いたい事は ひとつも言えずに、
感情を押し殺して積み重ねた長い時間が、サラサラ流れる砂のように崩れてゆくのがわかった。
「…いくら僕でも…」
僕は今までの人生の中で、自分に一番正直になることに決めた。
「納得のいかない命令には従いませんよ?」
何も答えずチャコティが静かに歩み寄る。肩先にその手が触れた瞬間の、懐かしい胸の奥の疼き。
ぴくっ、と僕の体が反応したと同時にチャコティがフワリと僕を抱きしめた。
制服に包まれた厚い胸板と腕の中のぬくもり。
倒れ混むようにただ、ゆっくりと僕はチャコティの胸元に顔を埋めた。
「…ハリー、噂を聞いて、私の心は…乱れた…ガイドも役にたたない程に…」
「チャコティ、僕は…」
「わかってる、あの日からずっと…だが、ただの上官でいたほうが…お前はそのうち私への想いなど…」
「もう僕は…ただの部下のふりなんか、したくない…それがあなたの…命令でも…」
「…反逆罪だな」 「初めてですよ」
少しだけ体を離して上目使いにチャコティを見る…
僕の顎先は彼の指に引き上げられるのを待ってる。
「ハリー…私には、もう…上官と部下のふりなど…」
「…僕も…できない…」
抑えてきた情熱は枷を外されて、初めて重ねた唇が瞬く間に身体中を熱くする。
「…副長、僕は…あなたが欲しい…」
「…私はとっくに…おまえのものだ…ハリー」
机に置いた報告パッドが床の上に落ちて、僕達はシーツの柔らかさまで待ちきれない。
優秀な制服は乱れることを少しも気にしないし、部屋の灯りもそのままで。
身体中に唇の熱さを感じさせあいながら、僕達は
名前を呼び合う以外、何も言葉を交わせなかった。
だけどチャコティ、深く、深く、気持ちが伝わるその愛し方で、どうか僕に命令を。
ずっと、この腕の中で、あなただけに従順でいるようにと。