雲雀の瞳が潤んでいたのは、先程の嬉し涙なんかじゃない。
「隼人、誰がお前の飼い主なのか叩き込んであげるよ」
血のついた頬を流れる一筋の涙は、喜びからなんかじゃない。
獄寺の生誕を祝う為に開かれていた唇から洩れる言葉。
「お前が僕のものだって、思い知らせてあげる」
獄寺を愛しそうに大事に触れていたトンファーを持つ手。
思い切りふりあげられて、獄寺の胸へ一気に落ちていく。
「ッ…う、ぁ!」
心臓上に思い切り掌で叩かれた。そのまま爪を立てられ、五本のソレでえぐるように何度も引っ掻か
れる。
「隼人、家に帰ってきたらまずはご主人様に報告じゃないの?」
着ていた黒いロンTは既に雲雀に引き裂かれてしまっている。獄寺の肌を守るものが無い今、雲雀の
爪がダイレクトに獄寺を犯していく。指に擦れて胸が熱い。焼けるように、痛い。
「ぁ、ぁあ、ぁ!」
獄寺の胸に傷を残していく雲雀。それとはま逆に、優しく獄寺へ問いかける。切れ長の、涼しげな瞳
が獄寺を見下ろして。最早乱れ引き裂かれ衣服なのかよく分からなくなってしまった布地を軽く退け
て、爪を立てるのを止めた。そして、掌で獄寺の胸元を撫で始めた。
暫く外に居たせいだろう、雲雀の手は冷たかった。獄寺と一緒で低体温な彼だが、今日は一層冷たか
った。それが雲雀の今の心情を示しているようで。獄寺の中に焦りが生まれ出す。
「ほら、言いなよ」
隼人―と雲雀の体がぐっと近くなる。何も言えずに戸惑っている獄寺を余所に、手が獄寺の上をます
ます這い出す。
「んぁ…ぁ…ンン…」
触れるか触れないかのぎりぎりのラインで雲雀の手が獄寺の胸上で動く。その微妙な接触具合が、獄
寺を余計高ぶらせていく。思考回路の邪魔をする。
何か言わないと、
(恭弥が、)
更に怒ってしまうのに。何も言えない。どう告げるべきか、どの言葉を発すればいいのか、彼が望んで
いるのかが全く分からない。
時間に比例して、焦燥とした心が強くなってくる。それと同時に、脳が上手く働かない。
「わ、かんなッ…」
迷ったあげくに出た一言は、それだった。
「わかんない?外で何をしてきたのか、言えばいいだけだよ」
脇腹を中指でなぞられ、腰が僅かに撓んだ。ベルトも無く、ボタンを外されていたズボンは少しの動き
で簡単に摺り落ちてしまった。雲雀は獄寺の股間に足を入れると、ズボンを蹴り下げた。
「ほら、言って。隼人。早く」
「…ッ」
「僕の気が、そんなに長くないって知ってるだろ」
蹴り下られたズボンが、雲雀の背後で揺れるバラの木にぶつかった。儚い花々が衝動に耐えきれずに花
びらを散らす。湿った地面に音も無く落ちた。
「…・・・」
「隼人」
ズボンと一緒に下着も取り除かれた。白い肢体が、雲雀の目の前で震えている。捕獲され、殺される寸
前の小動物のようだ。
「…何も言わないわけ?」
「だ、って」
今ここで、雲雀にさっき迄してきた事を素直に話せばこの冷徹な雰囲気は緩和されるのだろうか。
答えは『NO』だ。言われなくても獄寺にはわかっていた。けれど、じゃぁ、
(どうすれば、いいんだよ)
雲雀の瞳の奥で揺れる寂寥は、一体如何にすれば取り除かれるのだろう。闇夜に沈む、彼を苛む寂
寞とした感情はどうしたら除去出来るのだろう。
分からない。掴めない。無言の空間を断ち切る事も出来ず、山本との事を素直に話す事も出来ず、
堪らなくなった獄寺は雲雀の頭を抱えるように抱きしめた。
「わ、…っかんねぇよ…!」
「―…隼人、」
「わかん、ねぇよ…」
「…」
獄寺の抱きしめるその腕に力が込められる。雲雀はそれに、抵抗することはなかった。
時間が如何程経過したのかお互いに正確な数値を把握する事は出来なかったが、夜へ向かっている
ことだけは確実であった。獄寺が雲雀のもとへ来てから、空の色が暗くなってきていた。夜陰に乗
じて獄寺の心にも漠とした恐れにも似た気持ちが生まれ出す。その気持ちが、獄寺を雲雀へと更に
掻き立てていく。
「恭弥…俺は、山本と…―恭弥が思ってるような事、してきた」
獄寺の科白に、雲雀の肩が嫌と言う程大きくびくついた。頭を抱えている所為で獄寺に表情を認識
する事は不可能であったが、それだけで充分だった。―雲雀恭弥を、
(傷つけてる)
今。
「抱かれて、きた。」
「―…ッ」
「でも、好き、とかじゃない。好きなのは恭弥だけだから。」
「―…」
じゃぁどうして―というように、雲雀は己の頭を抱き込む腕を握る。
「俺、不安だったんだ」
酷く、不安だったのだ。
「恭弥が俺の事好きなのかって」
其々が孤立しているような関係で。互に分かっていなかったのだ。
獄寺は雲雀の、自分に対する気持ちが、
「恭弥の気持ちがよくわかんなくって」
暗然とした心持ちのまま。不安感だけが自分に襲来して。飲み込まれながら揉まれながら、誰かに
縋っていたくて。
「山本と…何となくそういう関係になってた」
誘われたんだ―と呟いた。声が枯れて、さざめき出した風に擦れて四方や雲雀の耳へきちんと届い
たのか獄寺には分からなかった。
「だから山本は好きとかじゃない。好きなのは―…恭弥だけだ」
本当だ、とその黒髪を撫でてみる。壊れ物を扱うように、恐る恐る。
「俺、恭弥から愛を…うまく感じれなくて。正直、このまま山本に流されちまう方が俺と恭弥の為
かなって、何回か思った。―けど」
今回のように。雲雀恭弥は、何度も、
(ぎりぎりのところでいつも)
自分に愛をくれて。
(もうダメだって、ところで)
優しさをくれて。
骨抜きにして、
「俺、恭弥から離れられないみたい…なんだ」
それはこの先もずっと。
逃げようとしても無駄なのだ。離れていって、雲雀恭弥という縛りから飛び立つ寸前で自分が一番
欲しいものを出されていつの間にかまた、彼の縛りに雁字搦めにされてしまっている。
「…隼人」
獄寺の告白に、雲雀は顔をあげた。
「君はやっぱり馬鹿だね。弱いし。どうしようもないよ」
僕が君を好きだって―自覚がないだなんて。
髪を撫でていた手を掴んで、今度は自分の手を握らせる。
「僕がどうして、自分よりも弱い人間をこんな風に気にかけるのか考えればわかる事だろ」
(君限定で、人間になるんだって)
言ったのに。
馬鹿だな、と握った手にそっと、雲雀は口づける。
彼の左手に。
左の、薬指に。
風はまだざわめいたままだ。
顔をあげた雲雀の視界に真っ先に飛び込んできたのは、紛れもない獄寺の泣き顔だった。
絹のような密度の濃い肌の上を、蝋のような涙が流れていっている。
「隼人、」
(泣かないで)
宥めようともう一度、指輪へ接吻する。すると、逆効果だったのか獄寺はますます泣いた。
「で、も・・俺、恭弥の事…何も、しらねぇんだッ…」
しゃくりあげる細い肩が、雲雀の目の前で何度も繰り返し上下する。
「なん、にも…しらなッ…から。」
他にも恋人はいるんですか。
今何を思っているんですか。
俺の事が本当に好きですか。
貴方の世界には何がいるの。
聞きたい事など、沢山あって。
今彼らを取り巻いている暗闇よりも余程、雲雀は獄寺にとって謎だった。奥が深くて、落ちてしま
った目下、抜けだせずずっとずっとひたすら墜ちている。見えない雲雀の真実と自分の愛と。獄寺
は、涙を流す事しかできなかった。
「何も知らないのは…お互い様だろ。僕だって、君が山本と何時からそういう関係なのか、知らな
い」
そうだろ?と問いかける雲雀は、普段とは違った優しい笑みを浮かべていて。
「でも馬鹿ネコな君も、これだけはわかるはずだ」
「きょ…や」
「君は今ここにいて、僕は今ここにいる。それから」
伝う涙は、雲雀の細い指先で払われた。暗暗とした空間で、微かにそれは煌めいた。
「今ここで、誓う。
僕は世界で獄寺隼人だけしか、いらない」
指輪に触れる雲雀恭弥の唇。
これで三度目。
指輪から自分の体になんて、温かさなど分からないはずなのに。
雲雀恭弥の口づけは、獄寺隼人の体とぬくもりという波で犯した。心の外に張り付いていた棘にも似
たささくれが、一瞬にして溶けて昇華したのを感じた。
「きょ…や、ぁ…ッ…」
(ず、りぃよ…ッ)
だから彼はズルイ。ずるい。
先程までどう返答すればいいのか分からなくて。もう駄目だ―と怖くて、雲雀を抱きしめていたはず
なのに。当の彼は、こんな嬉しい事を言って、普段見せない優しい頬笑みで獄寺を見つめているのだ。
(これは)
夢なのだろうか。都合の良い夢なのだろうか。けれど、闇夜の寒さや頬を伝う涙の冷たさが獄寺を現
実にいるのだと自覚させてくれた。
最早涙は止められなかった。拭う事もしたくなくて(雲雀と繋いでいる手を離したくなかったのだ)
せめてもの抵抗と睨みつければ、今度は唇にも柔らかくキスを落とされ歪んだ顔等直ぐに解けてしま
った。
「隼人、好きだよ。それと」
誕生日おめでとう。
静かに告げられて。
「誕生日ついでに、君も教えて」
獄寺隼人の、気持ちを。
素直な気持ちを。
「離れられない…とかじゃなくて。誓って」
気持ちを。ここで。
雲雀の言葉に獄寺は小さくうなずいた。
それからそっと、雲雀の手を取る。左手を。
取って、口づけた。その、薬指に。
「俺も…俺だって、恭弥しか欲しくない…ッ
好きなんだ。大好きなんだ。
な、ぁ俺だけ見て。俺だけにしか笑わないで。
恭弥を全部見せて、全部欲しいんだ。全部ちょうだ……ッ」
誓いは最後まで言えなかった。
言う前に、その言葉は雲雀の喉奥に消えた。口吸いによって、飲みこまれてしまったのだ。
裂けた服から見える肌に、愛という花弁が舞落ちる。
性急に慣らされず挿入されて。山本に抱かれてきたというのもあってかスムーズに入ってしまうと雲
雀は悔しそうに獄寺を睨視したが、それは獄寺を嬉々とさせるだけであった。
「もう、僕以外と交尾するなんて許さないから」
嗚呼、
雲雀恭弥が、
(俺を独占しようとしている)
「ひぁ…ァッ・・お、れは…恭弥…だけ、だか…らッ…」
(俺は、雲雀恭弥、だけだ)
お前だけを、ただ、
「愛し…てる…から・・・…」
(愛してる、から)
「大、好き…だか、ら…ッ」
(大好き、だから)
「お前、しか、いらな…いっ」
精一杯気持ちを伝えて。
一生懸命に、喘ぐ中で気持ちをみせる獄寺に雲雀は微笑みを一つ。
それから、誓う様に口づけた。
甘いその唇に。
愛してるよ、と。
「君と、出会えて…僕は、人間になれた」
この感情を。
この全てを。
「君が生まれた事で、僕も生まれた」
だから、ありがとう。
(誕生日、おめでとう)
闇夜に二人が溶け合った。
汗ばんだ手を握りしめ合った。
二人の涙とか汗とか。いろんなものが混じって。
誓い合った指輪に、零れて光った。
それはまるで、互いにすれ違って見えなかったものや、
獄寺の犯した過ちを流していくように、輝いた。
過去おかした過ちを、そのリングで、ぬぐい去って。
今新たに生まれた愛を、そのリングで、誓い合おう。
「愛してる」
その言葉を込めて、もう一度。
「大好き」
その気持を込めて、もう一度。
嗚呼、君が生まれた事で、
(僕は生まれた)
人間になれた。だから、
(ありがとう)
生まれてきてくれて。
「隼人、誕生日おめでとう」
FIN
誕生話でした。
続編なので終わりの科白をお揃いにしてみました。
二人は同棲設定なのでそれも書けたらいいなぁ。
ここまでお付き合い下さりありがとうございました!