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| 東潮田の杉山社、西潮田の御獄社は、日本武尊が東征の途中、相模から海上を上総へ向った際、 征途の安全・守護を祈願して、海岸老松の生い茂る潮田の地に小祠を奉斎した事に由来すると伝えられています。 正親町天皇の時代、潮田の地を知行した太田道灌の曽孫で北条氏の寵臣、太田新六郎康資は、 この両社殿を新たに建て、北条一族の崇敬の念を明確に示しました。 以来幾度かの修理、造営、小祠の合併を経ながら、潮田地域の氏神様として人々の厚い信仰を集めてきました。 大正8年、京浜工業地帯の一大発展に伴い、東西の神社を合併、潮田神社の社名を得ました。 昭和59年、氏子崇敬者の総意を集めて荘厳華麗な現社殿が造営竣功されました。 |
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