新年一発目のお稲荷探偵です。前回は頑張りすぎてヤケクソ気味だったので、今日は気軽に出かけました。
今日向かう「曹洞宗大本山 総持寺」というのは地元なのだけどあまりちゃんと見学したことはなくて、今年の初詣に行った際にそのすごさにこのお寺を見直したばかりなのです。そう、そのあとに団員番号は何番だったか忘れちゃったけれど、団員のあめさんが総持寺には「稲荷がある」ということを教えてくれたのです。そう。そういえば初詣の帰り道に、どこかで紅い旗を見た覚えもあったから「やはりあれは。。」ということになり、今日僕はここに立っているわけです。
上は総持寺の参道。まだ初詣の人々の姿が多く見られます。屋台も。屋台には目もくれず、坂をのぼる団員番号01(自分)。
そして上の写真の奥に見える門をくぐり、左手に初詣の時に見た、紅い旗が。でもそれは稲荷の旗ではなくて、水子の旗だということが判明。というか後に受付で地図をもらってみてみると、ここはテーマパークのようにも思えてくる。いろんなお参りができるのだ。たぶんちゃんと見たら一日かかると思う。でもお寺の大事な部分は正月しかみれないから、下の写真の上部のほうは普段は入れません。でも、建物が壮大です。まじで。初詣で僕は初めて知りました。ふだんはほとんど、この総持寺の内部は見ることができませんけれど。
上の地図を見て下さい。番号の1がさっきの写真の屋台のあたり。そしてそして、、稲荷は、、あ、僕の親指で隠れてしまった。2のあたりが、今日目指す、「穴熊稲荷」です。なぜ穴熊なのか。なにが穴熊なのか。穴守ではないのか???

そして初詣客たちが向かう方角とは別の方向の、小高い丘へ向かい、階段を登る。するとやっと、稲荷の旗が。ちなみに見えにくいけれど「穴熊稲荷大明神」の横に記入されている「白字会」とは総持寺の文字担当のグループのようです。なにか標語だったり、ありがたい教え「ほほえみ、心を静かにしてほほえみを」みたいな言葉を書にする、代筆のような部門だと僕は考えています。だからこの旗の文字も白字会の作品みたいなものなのかもしれない。どうでもよいのですが。
もうちょい歩くと、、見えた見えた。鳥居だ。今日は写真大放出です。読み込みに時間かかったでしょう。。すいません。
このように鳥居がアーチのように近い間隔で並べられるのにはなにか意味があるのでしょうか。小ぎれいな境内です。今日は天気も良くて、前回の探偵活動とは気分も全然違いました。

稲荷です。見たらわかりますが。。ちょっと驚きました。前回までの稲荷と違います。左の狐は球を踏んでいたけれど、ここのは何も踏んでいない。巻物をくわえています。
そして右側には子供もおらず、よく見てみるとなにかくわえています。

左側は、たぶんこれは球ですね。くわえています。そして顔はこれまで見た顔のどれよりも凛々しい。いい顔です。彫刻師のセンスが良い。そういえば総持寺の入り口の隣には大きな石材店があって、いろんな種類の石像などが置いてある。中には確か、ミッキーマウスの石像もあったりします。そこから総持寺は買い付けてるのでしょうか。。

右。やっぱり巻物をくわえているように見えます。何の意味なのでしょう。学業?

そして意外に気になる軒下。ここは本殿自体は朱色には塗られていません。そして唐草模様は一応真ん中にそれらしきものはあるけれど、あまり主張してはいません。どういうことでしょう。そして中には像などはなく、文字の書いてある札が立っていました。たぶん。賽銭を100円+5円入れて、お祈りします。受かりますように。長く手を合わせていると、気持ちが良くなる。ここは人もほとんどいないし、いつまで手を合わせていてもよいような気分。

ふと周りを見ると、大きい鐘があったり、いろいろな石碑が立っていました。これは稲荷のすぐ隣にあったもの。芭蕉がどうのこうのと書いてありましたが、残念、字が読めなかった。。。立ち寄ったのでしょうか?芭蕉。句は書いてありませんでした。と、稲荷のほうをもう一度見ると、本殿の裏手に何かあります。。なんだろう。。。んー??

なんじゃこれは?あ、穴熊の、穴か?うーん、謎。。。穴があると中を見たくなるのが人情ってもので。。ちょっとこわいけど、、、ちっちゃい熊がいたりして。。。

それっ!。。。。何もいない。というかなにもない。。枯葉が一枚。ちょっと恐いから戻ろうっと!

お稲荷さんの近くにある石碑の前にできた陽だまりに、猫発見。しばらく一緒にひなたぼっこして、あの本殿の裏のことや、稲荷の由来なんかを総持寺のお坊さんに聞きに行こうとしたけれど、本当に総持寺って大きくて(お坊さんの学校も敷地内にあって、総本山というだけあって、のれん分けしているみたい。日本各地に。)受付もなんかめっちゃくちゃでっかいし、うわさではお坊さんが何百人もいるらしいです。夏とかには町中を「おおおーーーー」って声を出しながら、その何百人もの坊さん修行の生徒が、鶴見を練り歩くのです。。
(2003.2.8 追記)
本日、総持寺の穴熊稲荷へふたたび参ってきました。
そう、それはやはりあの社の背後にある石の存在が気になっていたからです。
総持寺へ着き、まずはもう一度、あの社へ参拝するために社へと向かう。
すると社の脇にある鐘楼堂(下がっている鐘の重さは19トン=でかいということ)の床を掃き掃除している若いお坊さんを発見。「ちょっとお尋ねいたします、穴熊稲荷の社の後ろにある穴の空いた石はなんでしょう」
と話しかけると、「ああー、申し訳ありません、ちょっと私ここの僧ではないので、いまここの者を呼んできます」と言って、奥にある三宝殿(総持寺の守護神・三宝荒神が祀られている)から別
のお坊さん(まだ10代に見えた)を呼んできてくれた。
その人によると、「総持寺が鶴見に移ってくる少し前に、神通力を持つ人が、今の○○○(総持寺の建物のひとつ)のしたに穴熊稲荷さまが埋まっている、と言われて、掘ってみたら穴の空いた御神体が見つかって、それを移転してくる総持寺の鎮守さまにしたそうです」
ということでした。テーマパーク的合祀のひとつ、ということではなく、総持寺鶴見移転時のルーツにつながるいわれのある話があるというのは、意外だった。
また、総持寺の宝物殿(展示場のような役割の建物)で尋ねたところ、「穴熊稲荷」というのはここだけにあるものではなく、他にもある、ということなので、ここだけのもの、ではなく、たまたまいくつかある穴熊稲荷のひとつが、埋もれていて、移転の折りにそれを掘り起こして鎮守様にした、という事みたいです。
おまけ:町を「おおおー」叫びながら鶴見の町を寒中托鉢修行する総持寺の修行僧↑
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