そもそも、なぜ狐が神の使いになったのでしょう。先日購入した書籍を読んでみると、書いてありました。
・弘法大師の弟子、真雅僧正という人が書いた「稲荷流記」の中に、以下のような記述があったということ。
--以下、かなり勝手に略しながら引用--
「ある記によると、昔洛陽城の北、船岡山のあたりに老夫婦があった。
夫は身の毛白くして、銀の針を並べ立てるが如し。
尾の端あがりて、秘密の五鈷をさしはさめたるに似たり。
婦は鹿の首、狐の身なり。また、五匹の子を手引く。 各々異形せり。
弘仁年、中頃に両狐(いつのまにか狐ということになっている)五つ子を伴って稲荷さんに参って、
「我々は畜類の姿といえども、先天的に霊知を備えています。どうか、当社の御眷属となって世を守り、世のために働きたいのです」
というと明神は感動し、「今より長く当社の使者となりて参詣の人、信仰の輩(ともがら)を扶け、憐むべし」と言った
--以上、意訳・略しながら引用--
以上は「稲荷流記」に記されている由来ですが、
これに加えて、狐に乗った姿の豊川稲荷の本尊である荼吉尼真天(だきにしんてん)のこと、さらに
倉稲魂神(うかのみたまのみこと)を御食津神、御饌神とも称し、「みけつかみ」とも訓読みで読み、万葉仮名では三狐神と書いてあることから、狐を眷属にしたという説もある、ということ。
ミケツ神は他説ではキツネ、カラス、イタチの二獣一禽を称すともいうらしいです。
柳田国男は、「古い時代にあって狐は良い動物で、霊力を備えた信頼すべき動物だった」としている。そして九州から秋田に至る「狐塚」のそばには田んぼがあったことから、田の神、稲の神が関わった可能性も指摘しているのです。うう。狐塚?羽田にもあるみたいですね。。
・狐は稲荷大神の眷属になっている。眷属とは家族、それに準ずる格を意味し、大神の霊徳を分かつもの、ということ。
・「眷属」は雌雄の別無くして、霊狐に対する称号だということ。
・「命婦」に関することも書いてありますが、これはまだ探偵の途上で出てこないことなのでいいとします。
ということで、この稲荷を後にして、チャリチャリっと目的の稲荷神社方面へ。
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