そう、この稲荷の名称は結局わからないのだけれど、やはりこの写真の「正一位伏見稲荷大明神」というのは系統を示しているのだろうか。それとも、もうそういう名前なのだろうか。でも、ここは「稲荷社」なのだろうな、と思う。
この石の裏には、「創建 文化五年 二月 初午」と彫られ、一緒に、「再建 昭和二十九年
九月吉日」と彫られていました。
文化五年とは、、いったい何年前なのでしょう。100年近く前なのかなぁ?(日本史の本で調べて)わ!ええと、文化元年が1804年で、その年にはロシア大使レザノフが来航し、幕府は朝鮮・琉球・中国・オランダ以外とは外交などはしないと、拒否して杉田玄白らに批判されたり、これが元でロシアとゴタゴタしたりして、幕府の体制弱体化が始まりつつあった頃、です。とにかく、200年近く前ということです。
そして再建が昭和29年、というと終戦から9年後、日本は国際政治・社会に復帰しつつある、まさにさなか、ということになるのでしょうか。。
今日ここで見ている石や建物、は創建当時にはなかったのだろうけれど、その頃のこの場所の風景はどんなだったのだろう。全く違うのだろうな。
ここを通り過ぎる人、通り過ぎた人。猫、犬、爆弾。馬?ウシ?
宗教の、長さ、強さを少し感じた気がした。
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