バルフィ






 四角い菓子の角をかじり、ムウは大袈裟に顔をしかめた。
「甘い。」
手の甲で軽く口もとを拭った後、食べかけた菓子をそっと皿に戻す。
「どれもこれも甘いや。」
床に届かない足をブラブラさせ、ムウは渋みの強い茶を啜った。銀の大皿には、小さな歯形のついた幾種類もの菓子が食い散らされていた。
 シャカは左手に握り込んだ緑色のマンゴーにナイフを立てながら言った。
「菓子とは甘いものだろう…甘みを求めていないのなら菓子を食べなければ良いではないか。」
種を避けてすっぱりと、シャカは慣れた手つきでマンゴーの身を下ろす。濃い山吹色の断面が現れ、ムウは切り分けられた半身を受け取るため、取り皿を差し出した。
「そうだね。僕はもうお菓子は食べないことにするよ。」
白磁に果汁が点々と垂れた。いつかシャカが着けていた袈裟と同じ色だとムウは思った。
 果肉をすくった匙を口に運ぶなり、ムウの顔がほころぶ。
「おいしい!」
なめらかな口当たりと蜂蜜のような甘みが、南国の味に慣れぬ舌を夢中にさせるのを見届け、シャカがニヤリと笑う。
「君、果物の甘さは気にならないのか。」
「あ…そうだね、……変だな。でも果物は…」
歯切れ悪く呟いてから、ムウはわざとらしく首を傾げた。その様子がいささか芝居がかっていたので、シャカのほうが気恥ずかしくなった。
 世話係が、指を洗うぬるま湯を持って来た。子供の手とは言え、さして大きくもないボウルの中で、2人分の指先は窮屈そうに湯を掻いた。
「シャカがこっちに帰った次の日、茶話会があったんだけど…」
秘密でも打ち明けるように声を潜めて、ムウは話し出す。
「『男が甘いものを好むのはブッたるんでる証拠だ』って、アイオリアが言って…」
卓上に水滴が飛んだ。ムウにもシャカにも、順番に湯を使うという発想はなかった。
 湿った風が東屋を通り抜け、軒端の風鈴が気休め程度の涼を奏でた。
 暑さを助長するように、夾竹桃が濃いピンク色で咲く。
 別の世話係がやって来て、テーブルの下へ蚊遣りを置いた。シャカは手を拭いた藁半紙を丸め、身をくりぬいたマンゴーの皮に収めた。ムウもそれに倣った。世話係は茶をつぎ足した後、空いた皿を盆に載せ母屋へ戻って行った。
 「本当はね、これが好き。こういうのが好き。」
かじりかけの菓子にムウが再び手を伸ばす。
「お母さんの味がする。」
えっ、とシャカが問い返すと、ムウは慌てて首を横に振った。
「違うよ、ちょっと言ってみただけ。」
 練乳を押し固めたような柔らかな白い菓子は、表面に銀箔が散り、ほのかにカルダモンの香りがする。
 素焼きのカップに砂糖をひと匙入れ、ムウはコトコトとあどけない音を立ててかき混ぜた。シャカはこの菓子の名がどうしても思い出せず、世話係に聞こうと言って手を叩いた。
 池でウシガエルが鳴いた。












 20051028






 インドに一時帰宅しているシャカと、遊びに来たムウ様。





作品一覧へ戻る    目次へ戻る