雪国だより・2






 ギュ、ギュ、ギュ。雪が鳴る。一歩一歩踏みしめて、昨夜積もった新雪が、押し固められギュッと鳴る。
「こないだ、マシュマロ作ったときにさ…」
変声期はまだ少し先。アイザックの声は澄み切ったソプラノ。
「うん、僕も今思い出してた。」
氷河の声はもう数度低い。ケルビーノを歌ったらきっと可愛い。




 マシュマロが熱いショコラの中で溶けるのは、メレンゲとゼラチンで出来ているためだと何気なく話したら、ふたりとも不思議そうな顔で聞いているので、実習することにしました。
 コーンスターチを敷き詰めたバットに指を埋めたときの、ギュ、ギュときしむ感触が面白いと、目を輝かせはしゃぎ合っていたけれど、この年頃の子供達は、毎日が新しい発見の連続なのだから、こんな些細な感動は日々積み重なる体験に埋没し、直に褪せてゆくのだろうと私は思いました。
 しかし、たとえ翌日には忘れてしまったとしても、重要なのはそのとき心が動いたという事実です。粉の手触りの楽しさや、卵白が泡立ち嵩を増してゆく様を目の当たりにした驚きが、ずっと時間を経た後で何かの拍子に思いがけなくよみがえり、それまで蓄積してきたあらゆる知識とつながって、急に視野が開ける瞬間に(或いはその瞬間は、永遠に、ただの1度も来ないかもしれないけれど)もたらされる喜びは、無上のものであるはずだと私は考えています。




 私の脇にぴったりと並んで歩きながら、氷河が続ける。
「僕、自分でマシュマロが作れるなんて知りませんでした。」
耳まで覆った青い毛糸の帽子から金の前髪を覗かせて、見上げる目の色も青。
 数歩前を行くアイザックも振り向いて言う。
「俺も俺も!先生に教えてもらうまで、店で買ってくるものだと思ってた。」
紙袋の口を押さえ、こちらへ駆け寄る。揺れる帽子の飾り紐は赤。
 小刻みに。ギュギュギュギュ、ギュ。
「また作りたい!今度はピンクにしたい。さくらんぼシロップを混ぜてもうまく固まる?」
「先生、粉とか雪は、粒子が細かいから鳴るの?」




 この子達は、私を「先生」と呼ぶ。




 喜びの種を蒔くことは幸せなことだし、運良くその瞬間に立ち会えたとき、私は、教える仕事をしていてよかったと思うのです。
 しかしその一方で、このまま戻れない気がして怖いとも思います。安住など許されないはずなのに、ここでの毎日はあまりに優しく穏やかで、自分は何を目指しているのか見失ってしまいそうです。
 現に今、あなたに会えないことさえも日常の一部となりつつあり、すっかり鈍麻した私は、あの薔薇の園に憧れながらもこの住み慣れたシベリアで、諦めにも似た胸の痛みにただ甘んじているのです。




 アフロディーテ。




 空は黄色がかった灰色。また雪が降り出しそうです。











 20041123






 アフロディーテへの思慕を募らせるカミュですが、ここの居心地は良好で、さしたる不満もなく…ゆえに複雑。





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