雪国だより・3






 今日歩くための道をつくる。




 星が残る瑠璃紺色の空。白い平原を渡る風の音以外、何も聴こえない。
 シャベルを入れる。サク、と乾いた音が浮き上がる。手を休めれば、再び無音の世界。
 まだ誰も踏み込んでいない雪を切り崩して、当座歩くだけの道をつける。こうしている間にもどんどん新しく降り積もり、すぐにも埋まってしまいそうだけれど。
 そうしたらまた雪かきをする。これが私達の冬。




 ビーツとキャベツを山ほど刻んで煮込んだスープはこの子達の好物で、2日目のほうが味が良いとわかっているから、ふたりとも昨夜は鍋を空にしなかった。
 ときどきラタトゥイユを煮たり、コルジェットとバジルが手に入ればベニエを揚げてみたりする。それは郷愁と言うよりも、異国の料理を味わう楽しさに似て。
 赤いスープには、スメターナとディルが欠かせない。この土地の習いに、いつの間にか舌まで順応している自分。




 そう言えば、北欧の風はディルの香りだとあなたは話していた。
 私の故郷は、ちょうど今頃ミモザの季節。




 ギリシアの友達から届く手紙は、厳しい冬への見舞い状。
 どんなに寒くて不自由しているか、いつも案じているのだと。早く任期が明けるよう一同祈っておりますと。
 多分彼らは知らない。雪がすべてを覆い尽くし、迷う心も何もかも、真っ白く塗り替えてくれるこの安らぎを。宙にきらめく氷の結晶が、踏み出せない背中を後押ししてくれるこの心強さを。
 そして私は新しい気力を取り戻し、また最初から歩き出すことが出来る。




 便りにあなたの署名はない。




 シャベルに湿った雪の手応え。春が近い。




 シベリアで訓練を受けたと言ったとき、皆驚いたような顔をした。
 シベリアで弟子を教えると言ったとき、皆哀れむような顔をした。
 あなただけが「素敵だね。」と優美に笑ったのです。




 安普請じゃない家屋。惜しげなく燃やされるストーブ。
 ここは寒いわけじゃない。雪も氷も、ただ冷たいだけ。




 皆、知らない。北の国ほど暖かい。あなたと私は知っている。











 20050218






 <この先自分語り。長文。>


 親の転勤や自分自身の都合で、子供の頃から北海道と首都圏を行ったり来たりしていて、現在は神奈川県に住んでいます。
 以前、同郷の知人が「ホント東京の冬って『寒い』よねぇ、北海道の冬はただ『冷たい』だけなのにさぁ。」とこぼしていて、「あっ上手い表現!その通り!」と頷きあったことがあります。建物の中はガンガン暖房が効いているから半袖でもいいぐらいだし、屋外を歩いていても、顔が冷えてビリビリしたり、息を吸った瞬間鼻毛同士が凍ってくっついてドキッとすることはありますが、こちらと違って、寒さで体が震え出すようなことってあまりないんですよねー。
 数年前にオーロラ観測が目的で行ったラップランドも、もう、昼でもマイナス30度とか、北海道とは比較にならない気温の低さでしたが、寒さの種類が同じだと感じました。確かに寒いことは寒いけど、不快な寒さじゃないのです。東京の冬のほうが、よほど辛いと思いました。
 これらは一体、どういう理屈なんでしょう…積雪のせい?湿度と関係ある?(私、理科はまるっきりダメなんですよね〜〜〜)
 よく、こっちで知り合った人と出身地の話になると「私、寒がりだから北海道には絶対住めなーい。こごえてしまう。」とか言われるんですけど、「あら、寒がりなら尚更、北海道のほうが楽だと思いますよ。」と答えても、「冗談ばかり!だって天気予報で毎日氷点下だって言ってるじゃない。」と笑われてしまいます。嘘ついてると思われてるのかな…と焦って説明しようとしても、私自身理屈がよくわかっていないから上手く伝えられなくて、もどかしい思いをすることがしばしばあります。
 東シベリアへ行ったことはありませんが、もしかして似た感じだろうか?と、想像しながら書きました。そしてカミュとアフロディーテは、「『寒い』んじゃなくて『冷たい』んだよねえ!」と盛り上がった同郷の知人と私のように、互いにわかりあえる何かを持っているのではないかと…。


 長文失礼いたしました。





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