カルダモンKiss☆






 ささくれ立った気分を鎮めるために、口の中へ放り込む、小さな莢。カルダモン。
 「シャカ、何?今の。」
ムウは目ざとい。
 心に平安が欲しいとき、カルダモンを噛む。インドにいた頃からの私の習慣。
 「ピスタチオ?」
好奇心が強いムウ。
「南瓜の種?」
知りたがりのムウ。私の心を乱す原因を作ったのは君なのだが…いや、それはもういい。
 自分で自分に暗示をかける。
 戻れ。戻れ。落ち着くのだ。
 噛み砕いたカルダモンの種が苦い。舌に、かすかな痺れ。涼しい香気に清められ、波立っていた胸が少しずつ凪いでゆく。
 よし、よし、戻れ。戻るのだ。
 私は咀嚼を続ける。




 「本当に、不安やイライラが治まるのか?」
ピルケースの中をしげしげと見つめながらムウが聞く。
「そう思うだけかもしれないが。」
「知らなかった。カルダモンにそんな効能があるとは。」
 効能の有無は、実のところ定かでない。ただ私には、もう、精神の安定とカルダモンを切り離して考えることは難しい。
 ムウは感心したように言葉を続ける。
「しかも、このまま食べられるなんて。初めて知った。」
美味とは言い難いし、腹の足しにもならない。「食べられる」と言う表現が適当かどうかはわからない。
 ケースを鼻先へ近付けるムウに、私は言う。
「君も試してみたければ、少し持って行くといい。」
束の間考えてから、ムウは首を横に振る。
「私は、気持ちが揺れ動いても構わないことにしているから。」
 ああ、そうか。そうなのか。
 私は、感情が大きく動くのは得意ではないし、出来れば避けたい。
 しかしムウは、違うと言う。そのまま受け入れられるのだと。




 そうなのだ。だから、ムウは…。




 片付けようとする私の手をムウが遮る。
「ちょっと待って。1粒だけ。」
「どうするのだ。」
「味見をしたい。」
 端正に切り揃えた爪がカルダモンをつまみ、口元へと運ぶ。下唇に押し当てたまま、ムウは上目遣いで私を見る。
「シャカ。」
「何だ。」
「甘い?苦い?」
 あまりに子供じみた態度に私は思わず吹き出す。ムウも笑う。
「どっちなのだ。」
「さあな。」
笑いながら、ムウはカルダモンを口の中へ入れる。
 その歯が莢を潰すのを見計らって、私はこう聞いてやる。
「君も、知っている味だろう?」




 意味を理解するのと、味を感じるのと、どちらが先だったのだろう?一瞬の沈黙の後、ムウが気恥ずかしそうに呟く。
「ああ…これか…。」











 20031107






 親しい人にはタメ口なムウ様。





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