がんじがらめ 僕達は同じ城戸家で暮らしながら、みんな揃って顔を合わせるということが意外と少ないのだ。それぞれ別の学校に通っているため、起きる時間も出かける時間もまちまちなら、放課後は各自バイトにサークルに忙しく、帰宅も夕食もバラバラだ。もちろん月例ミーティングには全員出席するけれど、休日は休日でやはり過ごし方が違うし、ここで一緒に生活するようになった当初ほどの親密な結びつきは今の僕達にはない。 それでも誰かの誕生日には、今も変わらず、いや、こうしてすれ違うことが多くなった今だからこそ、ささやかなお祝いの集いを催す。写真を撮ったり何か食べたり…たわいない時間を過ごしながら、僕達は同じ血が流れる兄弟の絆を確認し合う。 「『兄弟の絆を確認し合う』って…こだわっているのはお前だけだろう。」 兄さんは不機嫌そうに足を組み替えた。 「人の好い紫龍や単純な星矢はお前の兄弟ごっこに付き合ってくれるだろうが、俺まで巻き込もうとするのは、いい加減にやめろ。」 「そんな寂しいことを言わないで、兄さん!」 僕は誰かの誕生日が近付くたび、こうして兄さんを説得するのだ。 「せっかく縁あって出会って、一緒に暮らしているんです。みんなで過ごせる時間は大事にしていきましょうよ。」 「知らん。いつまでも子供じみたことを言うな。」 「でも、去年の兄さんのお誕生日だって、あんなに盛大に祝ったじゃないですか。兄さんも大喜びで、Lサイズのピザを1人で2枚も食べていたでしょう。」 「う、うるさいっ…いいかよく聞け、瞬!絆だか鎖だか知らないが、そうやって個人的な理想で他人を縛りつけようとする奴はなぁ、やがて自分自身もがんじがらめになって…」 気色ばむ兄さんだが、これも毎度のことだから、僕は特別気にならない。 「とにかく、23日はきっと空けておいて下さいね。週末じゃなくて23日ですからね。」 兄さんは返事をせずに、ガサガサと乱暴な音を立て、テーブルの上の新聞を取った。 兄さんに「23日」と念を押したのには理由がある。 氷河は毎年誕生日を故郷で過ごす。だから僕達は、いつもその前の週の土曜か日曜に繰り上げてお祝いをしていた。 だけど氷河は、今年はシベリアには帰らないと言う。だから正しく1月23日に誕生日を行うことになったのだ。 「今年はどうして帰らないの?飛行機が取れなかったの?」 僕は不思議だったのだ。マザコンだなんて冷やかす人もいるけれど、氷河はお母さんをとても大切に思っていて、そのお母さんと自分とを繋ぐ神聖な日を、思い出多い故郷で、お母さんの眠る海のそばで過ごしたいという願いは、まったく自然なものだと僕は思うからだ。 けれど氷河の答えは意外なものだった。 「今年だけじゃなく、多分これからもずっと帰らない。」 「えっ?」 「もう俺の家はないのだし、誰が待っているわけでもないのだし。」 僕はよほど驚いた顔をしていたのだろう。氷河は、言葉を選ぶようにしてゆっくりと話し始めた。 「つまり…自分はシベリアに帰りたいのか、幼い頃に戻りたいのか…どっちなのかわからなくなってしまって、少し考えてみたんだ。」 すぐに意味を理解出来ずにいる僕に、氷河は更にこう続けるのだった。 「あの頃に戻りたくてシベリアへ帰るのなら…それは無意味な感傷だ。なぜなら、時間は戻せないからだ。俺は決してあの日々には戻れない。それに…」 「それに?」 「いつでも、どこにいても、俺はマーマに会えるのだと気付いた。」 今もここにいるんだ、と言って、氷河は胸の辺りをポンと叩いた。 なんだか氷河がとても大人びて見えた。 決して重荷ではなかったかもしれないけれど、心地良ささえ感じていたのかもしれないけれど、心の中を支配していた大きな「束縛」が解けて、氷河は今ものすごく自由な状態でいるのだと、僕はその澄んだ水色の瞳を見て思った。 じゃあ大人になるって、自由になることなのだろうか? 僕は確かめずにいられなかった。 「氷河は良くても、お母さんが悲しむんじゃない?お母さんは来て欲しいんじゃない?」 耳の奥で警鐘が聞こえる。僕は氷河をグラつかせようとしているのではないだろうか。もしかしたら、深く考えた末にようやく下したのかもしれない氷河の決断に、僕は水を差そうとしているのではないだろうか。 だけど氷河は笑った。 「瞬は、マーマを心配してくれるんだな。…ありがとう。」 前にも増して幸せそうに笑ったのだ。 氷河のお母さんへの愛が弱くなったとは思わない。 でも僕には、氷河の気持ちがよくわからない。わかりそうでいて、わからない…。 ――ガンジガラメニナッテダナァ…―― あ。兄さん。 20080215 みんな大学生ぐらいという設定で。 世の中はとりあえず平和を保っていて、本業(聖闘士業)のほうは結構ヒマ…という感じで。 |