池のほとり






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 用事らしい用事がなくても処女宮へ来るのは、ムウぐらいなものだった。
 ムウ以外の少年達は、たとえ用があっても直接声を掛けて来ず、処女宮付きの者に言付けを頼むか、どうかすると用件を記した紙を門扉に挟んでおくだけで、極力自分と接触せずに済ませようとしていることにシャカは気付き始めていた。
 だが、どうしてそうなるのかはわからなかった。
 嫌がらせを受けたり、仲間外れにされた覚えはない。面と向かって罵られたりすることもない。ただ何となく、煙たがられている…。
 聖域のルールは常に守っているし、誰に対しても感じの悪い態度など取っていないつもりだ。普通にやっているだけなのに、何故か自分は人に好かれていないらしい。
 幼く敏感な心は、悲しいほど冷静に状況を把握していた。そして、理不尽を感じる一歩手前で必ず「凡人には私の価値がわからない。」という結論が導き出され、一抹の寂しさを拭うためにはどうしたら良いのだろうと考えてみる地点までいつも行き着かないのだった。




 ムウだけはシャカのもとを訪れた。あるときは画用紙と色鉛筆を持って来て、池の前でシャカと一緒にカエルの絵を描いた。またあるときはマリー・キュリーの伝記を携えて現れ、頼んでもいないのに朗読してやると言い出し、芝に寝そべるシャカの隣で冒頭からポロニウムを発見する箇所まで一気に読み進んだ。
 シャカはムウを不思議な子だと思った。見たところ、ムウは皆と仲が良い。ほかにいくらでも遊び相手がいるだろうに、どうしてわざわざ自分の所へ来るのだろう。それとも、誰とでも満遍なく付き合う主義で、特定の者と親交を深めることをせず、だからこそ敢えて避ける者をも作らないのだろうか。処女宮で過ごさない日は、同じようにほかの宮でそこの主と遊んでいるのだろうか。





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