プレゼント






 日曜の午後のフルーツパーラーは少女達で賑わう。さざめきは華やかに店の隅々まで行き渡り、紫龍は自分がひどく場違いであるような気がして、どことなく居心地の悪さを感じている。
 手を洗って席に戻ると、ちょうど頼んでいたものが運ばれて来たところで、春麗が狭い卓上で、紙ナプキンを右へずらしたりメニューを左へ動かしたり、忙しくしている最中だった。
「あ、紫龍。見て。きれいでしょ。」
白いココナッツミルクを張ったガラスの器に、ところどころ顔を出す透き通ったタピオカと、丸くくり抜いて浮かべられたスイカとメロンの鮮やかな色合いが美しい。
「やっぱりこっちにして良かった。」
シャーベットにしようかタピオカミルクにしようか最後まで悩んでいた春麗は、満足げに頷いた。




 刺繍が入った大判のハンカチをバッグから取り出し、膝に広げた春麗は、紫龍の視線を感じて顔を上げた。
「これ?よそ行きのときだけ使っているの。」
レースの縁飾りまで丁寧にアイロンがかけられたハンカチは、贈ってからもうだいぶ経つのにくたびれた様子がなく、ひと目で大切に使われているのだとわかる。それは嬉しいことではあるが、反面、紫龍は胸の奥に淡い痛みを覚える。
 店員に「プレゼントですか?」と尋ねられ、思わず「いいえ」と返事をしてしまった。変に格好つけたりせずに「はい」と答えていれば、ハンカチは赤い化粧箱に納められ、その上から金色のリボンで飾られたはずだったのに。
 百貨店の簡素な紙袋を渡したとき、あまりに春麗が喜んだので、紫龍は照れ臭さよりも先ず、苦い後悔に耐えなければならなかった。そして今も、楽しそうに微笑む春麗を前に、紫龍の胸はツンと痛むのだった。




 濃いオレンジ色のジュースを満たしたグラスの表面に、ポツリポツリと水滴が浮く。
 紫龍はいつもどこでもそうするようにストローを使って飲もうとしたが、今日は何となく気が向かず、ストローを挿したままグラスを持ち上げ、直接口を付けた。泡立った果汁と細かい氷が口元にぶつかる。
「人参ジュースっておいしい?少しちょうだい。」
春麗の言葉を無視して一気に飲み干せば、あーあ、と大仰に残念がる声が聞こえ、やがて打って変わって潜めた声音で、春麗は紫龍に耳打ちする。
「ね、気付いてる?あの子達…」
「『あの子達』?階段の横のテーブルの?」
「そう。さっきからずっと紫龍のこと見てる。」
「え…」
「フフッ、今、キメ顔つくったでしょう!」
おかしそうに笑う春麗を軽く睨み付け、紫龍はぶっきらぼうに言った。
「ほら、早く済ませて買い物に行くぞ。」
鈴を転がすような春麗の笑いは止まない。




 窓から射し込む陽を浴びて、華奢な指先の小さな爪は、薄桃色の貝ボタンさながらの透明な光沢を放つ。
「いいじゃない、お休みの日だけよ。帰ったらすぐ落とすもん。」
小言を言いたげな視線をかわし、春麗は澄まし顔である。
 紫龍は、今朝廬山から乗ったバスで隣に座ったとき、スカートの裾から黒い靴下の膝小僧が覗いていたのを思い出した。
 そう言えばこの間、雑誌を眺めながら「髪を切りたい」なんて言っていた。




 任務で留守にする前は「さびしい」と涙ぐんだりするくせに、自分から遠くへ行くことにこの少女はてんで無頓着。




 10月も半ばを過ぎたというのに外は夏を思わせる陽気だった。セーターの袖を肘まで捲り上げた紫龍は、手帳を繰りながら、軒を連ねる商店を見渡した。
「この辺に、良心的な文房四宝の店が出来たと聞いたんだ。」
「あら、筆とか硯なんて、もうたくさんお持ちだわ。」
春麗は帽子屋の前で立ち止まる。
「こういうのはどうかしら?」
陳列されたタータンチェックのキャスケットを見て、紫龍は噴き出した。
「老師には似合わないよ。」




 道を渡りたい紫龍と春麗は、車の流れを見つめながら、喧騒に負けじと怒鳴り合うようにして会話をする。
「もっと下がって!危ないぞ。」
「平気よ、それよりケーキ!どこのお店がいいと思う?」
右に左に揺れる三つ編み。先を結わえたゴムに、白い猫の顔がついている。
 あれはいつか日本の空港で買ったんだっけ…紫龍はそんなことを思い出す。子供っぽいと言われるのではないかと心配したが、五老峰へ帰って渡したとき、この猫は学校でとても流行っている、友達に羨ましがられると大喜びされ、妙に安心したものだった。
「去年の店はダメなのか?安くて大きかっただろう。」
「紫龍がいない間に潰れちゃったのよ。…ああ、本当に車が多い!」
「じゃあ仕方がないな。…あのミニバンの後で渡ろう。」
「ねえ、ロウソクは19本?262本?」
車が途切れた。
「よし、さあ春麗!」
紫龍が手を差し出すと、既に春麗は車道に駆け出していた。











 20060201






 紫龍より春麗のほうが1歳下だけど、兄妹というよりは、幼なじみの同級生みたいな関係だと良い。
 で、女の子の方がおマセだから、ときどきお姉さんぶろうとする春麗を「しょうがないなぁ」って感じで見守る、兄のような紫龍だったりすると尚良い。(あれっなんか矛盾…?)





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