伽羅・白檀・ガラスの石




 海へ行こうと誘われた。
 泳ぐのは好きじゃないと答えたら、ただ眺めるだけだと言われた。


 「海が好きなのか?」
 「いつも憧れている。山で育った人間だから。」


 シードルの瓶を片手に、機嫌良く歩く後ろ姿。
 軽い足取り。革のサンダル。
 砂に浮かぶ軌跡は、いびつに揺れる弧の連続。


 私のクルタに風が入り込み、吹き抜けて君のもとへ。
 「伽羅が、ここまで届く!」
 振り返り叫ぶ。ストールをなびかせて。


 君が纏う香りはいつもの白檀。
 潮風に乗り波間へ向かう。


 立ち止まり、飽きもせず、見遣る彼方に広がる世界。


 眺めるだけで済まなくなった君は、そのまま水際へ踏み込んだ。
 予告なく押し寄せた高波に膝まで浸かり、急激な引きに足元を攫われ、よろけて崩れる。


 次の波が覆いかぶさる。
 それでも楽しそうに笑う。
 また新しい波が襲う。
 ものともせずに空を仰ぎ、ひとくちシードルを飲む。


 強くてきれいな、私の友達。


 滴る髪も服も何もかも、強い日差しに復元された頃、
 どんなに傾けてももう泡しか落ちてこない空っぽの瓶。


 ハンカチの包みを開いて数える。
 ふたりで拾った、波に洗われたガラス。
 丸く研がれて小石のように。青、白、オレンジ、水色、緑。


 いつか思い出になるのだろうか。
 いつ頃思い出になるのだろうか。


 ガラスの石、君も大事にしてくれるだろうか。






 20040406

ガラスの石


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