天上の孔雀






 菩提樹の幹に背をもたせ掛け、シャカは長い息を吐いた。
 虚脱とも充足とも知れぬ不思議な感覚が、静かに体中に広がる。
 どうやって来たのか覚えていない。気がついたらこの木陰にいた。
 下草の手触りも葉擦れの音も、柔らかく、軽やかで、こうして座る地面ごとゆらゆらと宙に浮かび風に流されて行きそうな、けれどそれもまた良いような気がして、シャカはのんびりと空を見上げた。
 木漏れ日がまぶしい。ここは太陽が近いのだ。




 目の前をつがいの孔雀が行き交う。
 鳥は決まった相手と添い遂げるという話を、シャカは思い出していた。
 青い胸を張り、オスの孔雀が飾り羽を開く。小刻みに振動する緑色の目玉模様。求愛行動。しかしそこに愛情は存在するのだろうか?
 どちらかが先に命を終えるとき、残された1羽は悲しむだろうか。人間だったら後を追うこともあるかもしれない。鳥はどうなのか。
 シャカは、待ち人は来ないのではないかと思い始めていた。否、来ないことを願った。




 強い風が梢を揺らし、甲高い声で孔雀が鳴いた。
 シャカは立ち上がった。ひとりで行くつもりだった。目印など何もないのに、進むべき方向は自然とわかった。
 砂利を踏み藪を抜け河畔に出ると、優しい色で咲く睡蓮の花が、幾つも水面に浮かんでいた。橋は架かっていない。だけど安心して渡れるとシャカは思った。
 水に足を浸そうとしたとき、傍らに気配を感じた。
 「待たせた…シャカ。」
ムウが佇んでいた。
「来たのだね。」
シャカがそう言うと、約束したでしょうとムウは微笑んだ。




 ふたりは揃って川の中へ踏み出した。水は心地良い温度で足を迎え入れ、どこまで行っても膝より深くはならなかった。
 睡蓮が1輪、供をするかのように後をついて来た。シャカはそれをすくい上げ、水中を覗き込んだ。
 下の世界が水の中で揺れた。シャカはそっと花を水に戻した。
 孔雀の鳴き声がした。
 向こう岸にも孔雀がいたら、下界でもつがいだったのか尋ねてみようとシャカは思った。相手が先に死んだとき、悲しかったかどうか聞いてみようと思った。











 20050420






 小さいときは死後の世界を信じていました。お寺の幼稚園で仏教系の教育を受けたせいかもしれません。
 今はもう信じていないけれど、もし本当にそういう世界があるのだとしたらロマンチックだな、と思います。





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